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凌の風疹感染が公に告知された。感染期間内に行われたライブはなかったものの、直近二回の公演に参加した観客への注意喚起が行われた。
心配された観客への感染は幸いなことに報告がなく、いないようである。ただ一緒にスタジオへ入っていたローディーが一人感染してしまったものの、それ以外の感染報告は出ていない。
発疹が消え、熱が下がって、感染させる期間が過ぎた後で凌は復帰した。
中止になった三回分の公演は夏ごろにかけて振替公演が行われることになった。
「ご迷惑おかけしてすみませんでした。亀田さんも、申し訳ありませんでした」
「いやいや、独身のぼくのために会社が病院手配してくれて助かりましたから。可愛い看護師さんに囲まれて、天国だった」
「そのまま天国に行かなくてよかったな」
他のスタッフのからかいに、跳ねた心臓を押さえながら亀田が大きく頭を振る。
「ほんと、うちのがすみませんでした。凌も悪かったな。具合は」
「だいぶいいけど、相変わらず関節が痛い。なんか、当面は痛むらしい」
壊れかけのロボットのようにきしむ関節を摩りながら、凌は軽く腕を伸ばした。
「なんかいいことでも?」
まだ体も本調子でもないだろうに、凌はなぜか楽しそうだった。越智は思い当たる節に、にやにやしながら訊く。
「行けなかった映画見に行く日決まったのと、ご飯食べに行った」
ニコニコ嬉しそうな凌に、児玉が段ボールを無言で渡す。
「ファンレターに千羽鶴です。あとで依頼が来ている雑誌にコメントをお願いします。これは、会社に来たお見舞いメールです」
「すごいな」
急遽、公演を中止にしたことで、観客はもちろんスタッフにもかなりの迷惑をかけてしまっていた。そのことに、凌は負い目があった。だが、励ますような文面であふれた手紙やメールを多くもらい、周りから気遣う声をかけられ、ようやく自分の活動が大勢の人によって支えられていることを実感する。
「ツアー、がんばる」
自分たちのためだけじゃない。ライブに足を運んでくれる人、応援してくれる人、支えてくれるスタッフ……色んな人に少しでもいいから何かを返したい。そんな思いが生まれた凌の心にやる気が湧いてくる。