6:鬼ごっこ
葉桜が休憩を取っている間にセラが話し相手になっていた。疲労困憊の葉桜は二人で気まずい空気だけは回避したかったのでありがたいと思った。なにより、セラが想像以上にお喋りで初対面の時とは違った印象を受けている。
「それで、葉桜は魔法とかどうなの?」
「あー、魔法ね。それは少し……いえ、とっても苦手」
「ふふふ。そうね。魔法は苦手よね。このまえポリュス王国の公園でお話をしたの。そのお話した相手は公園で遊んでいる子達なのだけれど……男の子と女の子が追いかけっこをして遊んでいたのよ。その遊びは相手にタッチしたらその人が、んーと。アレね。鬼。そう、鬼だわ。鬼という役職? になって他の人を追いかけるの」
時折空を見上げて記憶の海を彷徨うセラのしぐさは可愛らしいと葉桜は思いながら相槌を返していた。そして、今の話題は葉桜も小さな頃にやったことがある。
「鬼ごっこだね。それは良く小さい頃にやってたよ」
「まぁあ! 鬼ごっこという名前が付いていたのね。ふむふむ。でね。その鬼ごっこで男の子と女の子……えーっと」
そう言ってセラはまた指折り数える。
「えぇ。六人ね。男の子も女の子も三人。その鬼ごっこも人間の特徴が出ていたわ。生き物は個体が違えば能力が違うものよね? 生きている年月でも能力は大きく差がでるわ。毎日体を動かしている子は本当に活発に動き回ることが出来る。葉桜は少し運動能力は高いとは言えないけれど」
そう言ってセラは葉桜をじーっと眺めた。
「今はこうだけど、これから僕は大きく成長するだろう……多分」
「そうなるといいわね。でね。見ていて私は分かった事があるの。男の子の方が運動能力が高いのね。本当に大きく差があったわ。だから、最初の鬼は女の子がなっていたの。力……筋肉の強さが違うから足も速いのよ。どんなに頑張っても捕まえる事が女の子には出来ない様に見えたのよ」
体系や経験でも人の力が大きく違うのは葉桜も知っていた。何より、歳をとれば体は衰える物だと認識していたが葉桜の中で常識が変わりつつある。じーちゃんは凄い。昔から運動が得意で色々な事をしている。なので、セラの言いたい事は良くわかった。本人は意地悪をしている様子でも無いので葉桜が女の子でじーちゃんが男の子のたとえ話をしている訳では無い……そう思うことにする。
「で、うーん。そうね。ぴんぽんぱんぽーん!」
「えぇ!? 急にどうしたの」
「ここで質問です!」
セラが人差し指を一本立てて続ける。
「その男の子はずーっと捕まらないで鬼になる事は無かったでしょうか?」
「あー、そういうことね」
先ほどの話を自分に置き換えて葉桜は考える事にした。じーちゃんが逃げる側で葉桜が追いかける鬼だと仮定しよう。相手は自分よりも能力が高い……そして、追いかける側は走る速度も『体力』も少ない……。葉桜は自分に置き換えて暫く想像力を膨らましてみたがじーちゃんを捕まえる事が出来るとは思えなかった。単純な追いかけっこでは難しいと思う。なら、なにか新しい手は無いだろうか……落とし穴を作ったり隠れて油断した所を捕まえるとか色々と考えてみたがじーちゃん相手だと葉桜を放置してお酒を呑みに行きそうだなと結論を出す。
そもそも、インチキは良くないと思った。
「その男の子は足も速ければ体力も女の子よりあると思う。なので、ずーっと逃げ切れた!」
「ぶー!」
口をすぼめて一生懸命に分かりやすく不正解だとセラが伝えた。
「その女の子は足も速くない。でも、男の子を触ったわ。鬼が交換された直後に男の子は女の子をもう一度触ったの。そこからムキになって二人はお互いを狙い続けたわ。最後にどっちも疲れ果てて遊びは終わってしまったの。男の子は『体力』が切れて女の子は『魔力』が無くなってしまったのよ」
魔力……ここ五十年程で人類が持つ力として発見された力。発見と表現するよりも認知されたと思った方が正解である。
「女の子はびゅーんって風の力を魔力で引き出して移動速度をあげたのよ」
「なるほどね。その子は魔力が強くてそんなことが出来たんだ……」
葉桜も存在は知っている。というかポリュス王国の皆は知っている事だ。でも、魔力の容量は個人の素質や努力によって左右される。火を起こすのも魔力を込めれば可能な人が居るが、出来ない人の方が多い。何より、火を起こしても持続させる為に魔力を消費し本人が疲れる。
「でね。私はその遊んでいる子達に話しかけたの」
「ん? なんて声を掛けたの?」
「疲れて汗を掻いている男の子に私は言ったのよ。『どうして魔法を使わないの?』ってね」
女の子と同じように魔法を使えば……移動する速度を上げることが出来れば逃げるのも難易度が下がっていただろう。
「するとね。魔力って男の子と女の子で大きく差があるそうなの。向き不向きがあるのね。男の子は体を鍛えて運動能力を上げる方が向いていて、女の子は魔力を使うのが上手みたい。感受性? が女の子の方が高いのかしら」
それから、セラは魔法について葉桜が知らない事を教えてくれた。魔力について認知され始めたのは勇者が魔王を倒して暫く経ってからの事だった。魔王と呼ばれていた者は邪龍と伝えられ魔力を蓄える性質を持ち、世界から得た魔力を元に凄まじい力を持っていた。その魔王を勇者が七十年前に倒すことで蓄えられてた魔力が世界にばらまかれエルフや人間といった種族が大きく影響を受ける。
そこで、大きく男女に差が出て魔力を鍛える者が少しずつ現れた。魔術師として役職を持ち人々の助けを行っている人も多く見てきたらしい。
そして、男女で差はあれど。男の子だから魔力が使えないという事は無い。少なからず使うことが可能だとセラが教えてくれた。そんな話をしていると木を倒し終わったじーちゃんが近づいてくる。
「よぉ。水でものみな」
そう言ってじーちゃんは懐から小さな革袋を取り出し葉桜に手渡す。先ほど湖の水を少し飲んでいたが喉はカラカラだった。
「ありがと、全部飲んでいい?」
「はーん。飲めるもんなら全部飲んじまえ」
葉桜が受け取ってがぶがぶと飲み干す勢いで水を飲んでいた。しかし、いくら飲んでも水が無くならない。数秒で飲み干してしまう程の大きさにしか見えない革袋から無限と思える水が溢れていた。
「昔なぁ。湖のねーちゃんから貰ったやつでよぉ! なんか知らんけどずーっと飲めるんよ」
がははと笑いお腹いっぱいで苦しそうな葉桜から革袋をじーちゃんは受け取った。
「えー。知らなかったよじーちゃん。そんなの持ってたんだ……」
葉桜が思っているよりも身近に魔法が隠れていると実感する。
「で、二人は楽しそうに何話してたんだ?」
「あなたの話よ」
葉桜の前でセラは鬼ごっこの話でも無く、魔力の話でも無く。じーちゃんの話だと言った。これは意地悪だろうと葉桜は思った。
「はん。どうせ悪口でも言ってたんだろ? うちのひ孫に変な事を吹き込むんじゃねーぞ」
「私は紗月とは違うわ。悪口何て一言も発した記憶は無いもの。ね? 葉桜」
二人が葉桜の顔を見る。
「そうだね。じーちゃんの事は一言も出てこなかったね」
「まぁ、紗月と葉桜は似ているのかしら。私を悪者にするつもり?」
口を膨らませて抗議の視線を力強く向けているセラに葉桜はたじろぐ。だって、話の中にじーちゃんは一言も……勇気を出して抗議の目に答える事にした。
「セラは鬼ごっこと魔力の話をしていたでしょ? じーちゃんの話なんて……」
「うーん。その中に魔王を勇者が倒したってお話をしたでしょう?」
「あ、そうだったね。じーちゃん知ってた? 魔王を勇者が倒したから人間は魔力を強く感じれるようになったんだって」
葉桜の身近に魔力を自由自在に扱う人材は居ない。ポリュス王国の騎士団は魔力を使える人が沢山いるらしいが葉桜は剣さえ振った事はなかった。
「あぁ、それなら知ってるぜ。あいつは強かったなぁ」
「へぇー、じーちゃん。勇者と知り合いだったの?」
葉桜の言葉にセラとじーちゃんが顔を見合わせる。そして、じーちゃんは何か思い出したように空を見上げた。
「意地悪をされているのは葉桜の方だったのね。何より、勇者なんてチヤホヤされていたのは紗月なのよ」
「……え?」
葉桜はじーちゃんを見ると少し照れくさそうな罰が悪そうな顔をしている。
「じーちゃんが勇者って。本当? え? なんで教えてくれなかったの!? 信じられない」
「あー、あれな。ちゃんと葉桜が小さい頃にじーちゃんのお話だぜって絵本を読み聞かせしたと思うんだけどよぉ。伝わって無かったかははは」
葉桜が人生で一番驚く出来事だった。




