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レイチェルの末裔  作者: 柏木 裕
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Memo.008 黒の本懐と灰の事情 その2

2019年12月5日(0:22) 一部、誤字を修正しました。内容に変更はありません。

 (ドア)は何の変哲も無い木造の清潔感ある外観だったが、敷居を跨ぐと奇妙な違和感に襲われ、視界がぐにゃりと歪んだ。

 廊下から見えた玄関は記憶の彼方へと消え去り、その代わりに出現したベニヤ板の表面が、少しだけ覗ける部分に立たされて居た。

 そこから見えた景色は魔境。中身のたんまり詰まった大小様々なポリ袋が床板を視認出来ない程に散乱し、部屋の四隅へ近付くに連れて絶妙な平衡(バランス)で崩れない様に積み重なって居る。

 しかし、この部屋、外の扉の配置から見た予想出来る寸法と実際の寸法が全然合わない。

 一部屋の両側の壁をぶち抜いて三部屋を繋げて作った大部屋か、それよりも少し広い位に感じられる。見た所、奥行きも同じ位はあるかも知れない。

 問題はそのだだっ広い筈の空間が、ごみ袋で埋め尽くされて居る事実であり、ルチルがここへ間違って案内したと言う可能性は残念ながら極めて低い事だろう。何故なら、部屋に入ってからのルチルの表情が何処(どこ)か物悲し気に見えたからだ。

 そのルチルの姿は、疾うに奈央の容姿では無く、先ほど白い世界で見せた白髪灰眼と白衣の風貌に変化して居た。この部屋の中で二人の奈央が隣り合い、見間違う等と言う失態を演じずに済みそうで、その点だけは安心して良さそうだ。

「ここに居るんだな?」

「ああ、居る」

「この広い空間は、魔法で何かして居るのか?」

「ある神様に伝手があってな。特別な部屋に繫げて貰ってる。ここ臭わないだろう?」

 神様に直接会って話せると言う事だろうか。とても凄い事の筈なのに、眼の前の惨状の方がある意味凄く映ってしまい、雫はこの膨大なごみから全く臭気を感じられない謎を追い掛ける事にした。

「良い匂いも悪い臭いもしない。丸で綺麗に片付けられた清潔な部屋の様な、そんな訳は無いが……」

 ルチルがしゃがみ込んで、間近にある左側のごみ袋を、灰の桜を煌めかせて浮かせ下から何かを引き抜いた。

 それは靴を収納出来る木製の踏み台だった。一足だけ収納されて居る所を見ると、この靴が奈央のものと言う事になる。少しだけ引き抜いて見ると、それは新品同様で使って居る気配が感じられ無かった。

「靴は一応ここだ」

 奈央に存在すら忘れ去られて居るだろう事が覗える踏み台に、脱いだ靴を二人して収めた。

「それで奈央は、どの辺に埋まって居るの?」

 見渡す限りごみの山が広がって居るだけだ。ここで暮らして居なければ、或いは奈央の正確な位置を把握する事も困難に違いない。

「この距離ならそろそろ聞こえて来るんじゃないか?」

「何が?」

「奈央の声だ。心の方のな」

「ん? 【記憶の渠溝(メモリスロット)】で? それは無理だろう。私は地下に落ち延びるまで他人の心の声を聞き取れた事は無かったし、そもそも私自身の力では無いと言うか。それに私は、相手が魔法使いだと行使しようとする度、至近距離まで近付いて円環を目視するか、相手に触れないと殆ど読み取れないからな? 位置標識(マーカー)型と言うか、直接接続(ダイレクトリンク)型と言うか、そう言う風にしか出来ない感じだから」

「いいから眼を閉じて耳を澄ませろ」

 ルチルの性格は結構強引なのかも知れない、と半ば諦めつつ雫は先人の教えならばと素直に従う。

「むぅ、何も、特に……」

「自分の両耳に集中しろ」

 じっと立ち竦み沈黙して十秒くらいが経過した辺りで、視界を閉ざした暗闇の中、何かの(ささや)く様な雑音を聴覚が捕捉する。

『――――ぁ……ああああああああ!!? 雫だ! 雫が生きてた!! 今、生きてここに居るっ!!! ルチルがやっと当たりを引いたんだ! うっし、うっし! ……あ~、だけど、こんな時どうやって出て行ったらいいの? 感動的な再開ってどんな感じ? う~ん、解らん、解らんけど、早く抱き締めたい! なんて! なんて可愛く育ったんだ! 私に似て!!』

 眼を痛いくらいに見開き、紛れも無く奈央の声だと理解する。本の少し記憶より声色が低くなった変化は、否応無く三年と言う歳月を痛感させた。

 この部屋の形容し難い現状を鑑みるに、食い殺された恐怖に怯え引き籠って居るものとばかり想って居たが、元気そうな声を聞くと自然と雫の頬に涙が溢れ出して居た。

 瞳が潤み、喉が渇き、胸の奥に切ない(わだかま)りを抱えたが、身に沁み渡る止め処ない欣喜に、自ずと声を発する事は叶わなかった。

 ルチルはその雫の姿を後ろから見据え、確かな達成感を味わい、気は進まないがやらなければならない使命感に言葉を送った。

「雫、ここからだ」

「……え?」

 奈央が無事で、これ以上何があるって言うんだ?

 混乱の真っ唯中で考えが上手く纏まらない雫は、半身になってルチルの顔を覗い見たが、その後に何か発言するでも無く、二人の視線は勝ち合った儘となった。

『ああ、何て美しく成長したんだろう! 膨らみ始めたばかりの胸! 子供から女性らしさの輪郭が出て来たお尻! あの頃の儘の長い髪も最高に似合ってる! もう、戴いちゃってもいいよね? お姉ちゃんだし! 合法だよね! はぁ、今夜が初夜か……感慨深いな。食っちゃ寝して布団の下にも三年、待った甲斐があったってもんだわ、うん! ああ゛!!? そうだ!! 先ずはキスが先だよね!! うっ、くううう、私とした事が先走ってしまった!! いや、だって、こんなに可愛くなって生き別れた妹が帰って来たら頭に血が昇って喜んじゃうよねフツー!!!』

 何…………これ。え、何の冗談? 胸? お尻? は?

 雫は数多の負情の記憶と共に、その人しか知らない個人的な記憶をその身に宿して来た。近い年齢の同性の者から、狡猾な誠二の罠によって無慈悲に命を奪われた異性の老人に至るまで多岐に渡るものだ。

 その上、雫は地下の死闘を制す傍ら、勉学を疎かにする事は無かった。集中力が高まり、学習速度が飛躍的に上昇した事で、戦闘の時間以外は自主的な筋肉トレーニングと刀術の修練を熟し、復学は叶わないだろうが遅れは取らない様にと努め、その姿は(まさ)しく精励恪勤(せいれいかっきん)と言えた。

 勉強過程には性教育も当然あり、一通りの事は学問として解って居る積もりだ。

 また、思い掛けず得てしまった記憶の中には、同性を慕い、心より愛する感情を持って居た者も数こそ少ないが居た。

 まさか、実の姉がそうだったのかと言う驚愕の新事実と、まだ再会を果たしても居ないと言うのに、これから奈央とどう接したら良いのか定まらない内心の錯乱具合に、涙を拭って再びルチルを見遣り助け船を請う視線を送る。

「雫、そのな……実はまだあるんだ」とルチルは申し訳無さ気に小声で告げる。その伏し目がちな視線が真実味を増して居た。

 まだ何かあるの!? っ!? もしや、それが奈央の外に出なかった真の理由?

 真顔になるや雫は深読みして、再度聞き取りに専念する。

『はぁ、はぁ、雫。も、もう、そろそろ出て行くべきかな? 雫は絶対私のこと好きだし、我慢しないでいいって思うけど、やっぱり少しだけ顔を合わせるのが怖い。あの豚共に負けてビビってこうなったって説明するのも何か嫌だしなぁ』

 奈央、やはり切実な状況下にあったんだな。だけど、もう心配要らない。奈央の性的嗜好を受け入れるのには少し時間を掛けてしまうかも知れないが、頭から否定せず言葉をきちんと選んで話して行こう。聡明な奈央の事だ、きっと話せば理解を示してくれる。それにしても、ルチルのまだあると言う意味深な表現はその事だけなのだろうか。何と言うか想像より幾分か増しで拍子抜けしたが、これで一安心だな。後は奈央の顔を拝めれば良いのだが。

 雫は奈央の窮状に向き合って行く心構えをすると共に、自分からも声を掛け説得を試みる事にした。

「奈央。私、雫だよ。こうして話すのはもう三年振りになるよな。一度で良いから出て来てくれないか? 元気な奈央の顔を見せて欲しい」

 楽曲が掛って居たりする訳でも無く室内は静寂で満たされて居るから、間違い無く声は届いて居る筈だ。僅かでも動いてくれれば、その辺りを重点的に掘り返して見付ける事が出来る。奈央は無理矢理の再会を嫌うかも知れないが、それでも健康に過ごして居る姿を一目見たかった。

『くぅ、雫、立派になりやがって。カッコ可愛いぜ。だがしか~し! 私も伊達に三年間、隠遁して来た訳では無いのだよくふふ。残念ながら今はルチルが居るから、出て行ったら捕まってしまう。学園に登校しろとか訳の解らない義務を課して来るんだアイツは! 私、勉強とかしないでいい天才なのにだぞ? 確かに学園はいいよ? 同年代、年上、幼い男の子から女の子まで選り取り見取りだよ! 未来の日下部大家族(クサカベファミリア)の一員なんだから、今から良好な関係を築いて置くのも吝かではない! でも、学園にはルチルが代わりに行ってくれてるから、私何時行っても同じなんだよ? 今じゃなくて来年でも、再来年でも、なんなら中等部に切り替わったタイミングでもいいんだよ! それならさ~、別に急がなくてもいいじゃんって思うの私』

 …………んん? 奈央の代わりに学園へルチルが通って居る? いや、恐らく気の所為だな……そうに違いない。だが、日下部大家族(クサカベファミリア)()()り見取りと言う言葉、一体何と勘違いしたら出て来ると言うのか、さっぱり見当も付かない。と言うか、自分の記憶を実時間(リアルタイム)改竄(かいざん)しない限り、思考を完全に偽装する事など不可能なのでは……だとしたら、まさか、いや、奈央に限ってその様な事ある筈が無い。

 刹那、雫は思い浮かべたある邪な推察を、首を振って頭から搔き消そうとした。

 その意思に反する様に、雫は一歩また一歩と後退り、気付いた時にはルチルの両腕に後ろから抱き留められて居た。

「大丈夫か?」

 ルチルの心配そうな声が耳許に囁き掛けられる。

 酷く動揺して居た所為で、驚く暇すら与えて貰えなかったが、焦躁感は鳴りを潜め、落ち着きを取り戻す事が出来た。

「ありがとう。もう大丈夫」

 前を向いた儘、雫は胸の辺りに組まれたルチルの両の手に、自分から左手を置いた。

 その時、奈央の昂りが(つんざ)く声音へと変調を来した。

『ちょおま!? わ、私の雫に何勝手に触っちゃってんのルチル!! それ! ワ・タ・シ・の!! ふんぬっ! ぬぅうあああ!! でも、捕まるから出られない!! どうしてくれようかっ!?』

 ともすれば並々ならない悩乱を荒ぶる声色に乗せた奈央の異変に、雫は一計を閃き(ひそ)やかにルチルへ企てを持ち掛ける。

「ルチル、頼みがある」

 雫がそう告げただけで、ルチルは作戦の概要を思い浮かべにやりとほくそ笑んだ。

「ああ、これは効きそうだ。少しだけ辛抱してくれるか?」

此方(こちら)こそ不快な気分にさせるかも知れない」

「……そんな事は無いさ。よし、二人であの莫迦者に、眼に物見せてくれよう。雫やるぞ」

「応」

 こうして、(かつ)て敵同士だった二人は、奈央を誘き寄せる為に共闘関係を築く事と相成った。


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