表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイチェルの末裔  作者: 柏木 裕
21/22

Memo.008 黒の本懐と灰の事情 その1

2019年12月01日(02:44) 一部、表現を変更しました。内容に変更はありません。

 純白で清潔感のある天井は高く遠く、天蓋の雲の様に実際の距離感を狂わせて来る。

 その白さは眼に映る全てが鈍い輝きを帯びるも、太陽の光とは違いずっと見続けても問題なさそうな優しい光に見えた。

「ここは……何処(どこ)だ?」

 むくりと雫は起き上がり、周囲を見渡しながら自分の記憶と照らし合わせる。

 敵の放った弾丸は頭に命中した。その衝撃はどう言う訳か痛みを伴わないものだったが、確かに直撃して、意識が刈り取られたのは覚えて居る。

 死んだのだよな? その自問が懐疑的になる程に、身体の感覚を(しっか)りと感じられた。

「まさか、死んでない? いや、頭は流石に……」

 腕組みをしながら、口許を隠し、はっとして手慣れた魔法を使う。黒刀を思い浮かべ、創造する事が出来てしまった。黒刀がすっぽりと左手に収まる。

 出したからには、沁み着いた癖で素振りを始める。片手で持つから普通の素振りとは異なるが、眼の前に案山子が居ると考え、上段からの縱切り、左斜めへの振り上げ、上寄りの返し、仕舞いに左斜め下へ振り下ろした。

 これを一秒でやれば、魔物は切れる。豚人(オーク)(ウルフ)は大体これと黒靄剣(くろもやけん)で何とかなった。

 要は速く動いて速く切れば良い、そう言う事だ。

 暫く、一心不乱に黒刀を振って居ると、漠然として居た心の(つか)えに辿り着いた。

「死んでるなら、もう食い扶持(ぶち)を気にしても仕方無いか」

 手から黒い靄が薄まり、数瞬で再び白い世界に戻った。

「やはり、見事だな」

 知らない誰かの声に誘われる様に、後ろに振り向いた。

 白い髪、端正な顔立ち、背は同じか少し高い位。吸い込まれそうな灰色の瞳を持ち、雫とよく似た服の上に白衣を羽織って居る。途轍も無い美人の卵を前に警戒心が揺さぶられる。

「……………………誰?」

 恐らく初対面の手合いだ。

 灰色の瞳は【心象色(ヘルツファルベ)】だろうか。あの敵も同系統の色を宿して居た。

 だが、この人の持つ灰色は宝石や鉱物に見られるものに近い、芸術的な美しさが備わった瞳をして居る。

 多分、あの敵では無い……筈。だけども、『やはり、見事だな』の台詞は、過去に見た事がある口振りを匂わせるものだ。

「あんた誰?」

 一応、話し合いから始めようと考え、黒刀で斬り付ける事は止めて置いた。何故だか口調が何時もより尖ってしまう。

「もう、忘れたのか? さっき戦った仲だろうに?」

「あんたが……奈央を。いや、それは後回し。それで? 用件は?」

 雫の嫌に素直な態度に、敵は感心の声を漏らす。

「敗者は勝者に従うって事かな?」

「道理だ。今の私が何万回戦った所で、あんたには一度も敵わない。なら、その用件とやらを聞く事にする。それに私、今暇なんだ」

「そうかそうか。なら、よし、付いて来い。私はルチル。苗字は一応日下部の姓を名乗っては居るが、唯のルチルでいい」

 ルチルは何も目印の無い地平線の白世界を迷い無く歩いて行く。

何処(どこ)に向かって居るの?」

 雫には同じ景色が広がって居る様にしか見えず、床や天井にも線が無いので遠近感も摑めず、簡単に迷子になる自信があった。

「ここは神回廊(しんかいろう)、神域、神の国、まあ呼び名は無数にあるが、要は神様が居る場所って認識して置けば問題ない」

「神様何て本当に居るのか?」

「ああ、居る。それこそ八百万の数も越えて余る程の数多の神が居る」

「……私には何も見えないけど?」

「ああ、神は普段見えない。ここであっても中々、姿形を作らないから、探しても無駄だ」

「そっか、仕方無いな」

 それを聞いた雫は猫背になり、肩を落とした。

 ちらりとルチルがそれを見て、他人と俤を重ねた。

「ふふっ。お前は真霧によく似て居るな。研究が上手く行かなかった時の真霧の落ち込み方と同じだ」

 まぎり? ……真霧?!

「え、お母さん? え!? 何で? どう言う関係?」

「ふふふ、ふっふっふ、ふ~、ああ、面白いな雫は」

 慌てた顔も非常に似て見え、ルチルは腹を抱えて上品に笑った。

「ほら、行くぞ雫」

 子供を先導する様に手首を取って引くルチルは何処か楽し気で、雫は気恥ずかしさと同時に嬉しさも感じた。

 引っ張ってくれたのは、何時も姉だったから。

 絶対敵わない姉の前では、皆の前で見せなければならない優秀さは不必要で、唯の何の取り柄も無い妹に戻れたのだ。

 敗北を喫した相手と言うのもあり、肩肘張る必要が無く、雫にしては珍しく自然体になれた。

 心地好い温もりに顔がにやけ面にならないか心配して居ると、

「着いたぞ、ここだ」

 ルチルの手が離れ、終わりを感じ取り、自分でも不思議な程に気が沈んだ。

 意識を切り替えて、目的地を観察するも全然、最初居た場所との違いが解らなかった。

「…………いや、何処(どこ)だ?」

 ルチルが自身の瞳を指差して補足説明を始める。

「【記憶の渠溝(メモリスロット)】を使うと見える。が、今はいい。ここまで歩いた時間は精々五分位だが、ここは現実の場所と場所との時間を無視した移動にも使える。誰にも気付かれず長距離移動するのに便利だが、普通は迷うから使わない方が賢明だ」

 結局、何処か別の場所へ移動したくらいしか解らない。

「それで何処(どこ)へ?」

 ちんぷんかんぷんな心境の雫の疑問に、ルチルは平然と答える。

「奈央の許へ」

 その言葉に雫の心臓が跳ね上がった。

「なっ!? ……奈央、生きてるの?」

「ああ、一度死に掛けたがな。あの【災厄の日】だ」

「え、いや、だって、死んだって……あんたが殺したって、そう言った!」

 動顚した雫は、ルチルの胸倉を摑み問い質して居た。

「それは正解でもあり、不正解でもある、と言った筈だ」

 飽くまで冷静なルチルは雫の両肩に手を置き、雫の瞳を見て言い聞かせる様に語り掛ける。

「それってどう言う…………っ!? まさか……奈央を死んだ後に蘇らせた?」

大凡(おおよそ)、正解だ」とルチルは頷いた。

 何故そうしたのか疑心暗鬼になるも、助けようとして間に合わなかった可能性も否定出来ない。状況が解らない上に、そもそもルチルが奈央を助ける事情を知らないので、迂闊な事を口走るのは躊躇(ためら)われた。

 雫は強張る手の力を緩め、ルチルを解放した。

「どうしてそんな事を?」

「奈央は数多の才能に恵まれその生を授かった。それ故に敗北を知らず育った。他者との差異、明確な隔たりに逸早く気付き、離れるのは当然の事だった。それを埋めようと雫は幼いながらも頑張ったんだろう? そこは良くやった、偉いぞ」

 いきなり頭を撫で始めたルチルの行動に啞然としながら、「あ、うん」と生返事をした。

「そんな優秀な奈央だ。負ける可能性など考える筈も無かった。あの【災厄の日】も例外では無く、豚人(オーク)に食い殺される人を眼の当たりにしても、自身がそうなるとは、当人は露ほども考えて無かった」

「奈央の敗因は何だったの?」

 雫は一番知りたかった事を聞く事にした。

 簡単に負ける訳が無い。あの時点で豚人(オーク)の大群に単独で挑めたのは、奈央を置いて他には居なかったと栄一郎が言って居た。貴重な戦力だったのは言う迄も無い。

 それにあの【災厄の日】から数えて凡そ半年は、違う種類の魔物が出現しなかったとも聞き及んで居る。奈央が強弱の差はあれど豚人(オーク)(おく)れを取る姿を、未だに雫は想像出来なかったのだ。

「予め言って置くと、奈央は戦闘に敗れた訳では無い。戦闘時、着地した衝撃に骨が耐え切れず、骨折した事により身動きを取れなくなった。その隙を付け込まれた」

「……そんな莫迦な」

「事実だ、当時は五歳。子供よりずっと幼い。魔法が使えて、高速移動も攻撃も防御も思いの儘、他人の記憶を読める状態で生まれ、言わば天狗になって居た。何でも出来る奈央は想像通りに全ての事象を手中に収めたと高を括る。故に当たり前の事に気付く事が出来なかった。自分の身体の未成熟さ、脆弱さにだ」

 雫はルチルの話を全面的に信じる迄には至らないが、幼稚園に居た頃の心当たりのある記憶が蘇った。何時も奈央は人と距離を置いて一人離れて居たが、眼差しが悲し気には見えなかった。雫を見る眼とも両親を見る眼とも違って居た。あの眼に込められて居た感情は、もしかしたら他者を見下した憐れみの類いものだったのか、そう憶測して否定の意を即座に唱えられなかった。

「身体強化は文字通り身体を強化するものだ。当然、筋肉は緊張状態を維持し、攻撃力を底上げする。子供に備わって居る筈の無い怪力を可能とするとかがそうだ。私の周囲に漂って居た灰色の桜、あれは奈央の特に印象深い春の桜の記憶から形作られ本来は防御力を有して居るが、身体中を包む事で敵からの攻撃を防ぎ、移動感に掛かる衝撃を逃がす働きをする。当時の奈央はあろう事か攻撃力に九分九厘の力を分配した。自身の膨大な才能が、身体の幼さを上回る衝撃緩和を齎すと疑いもしなかった。後は動けなくなり、群がった豚人(オーク)に食い殺され掛け、気絶。それが奈央のしょうもない最期だ」

 その様な初歩的な間違いで奈央は死に掛けたと言うのか。有り得ない、とは切り捨てられない。ルチルが嘘を言っても、実際に奈央が生きて居ると言うのなら、本人に確認すれば真実は自ずと明らかになる。虚言を吐いて(いたずら)に信用を落とす行程に何の意味があると言うのか。

 そもそもからして、何の目論見があってルチルが死に掛けた奈央を蘇らせたのか。母と知り合いであったらしい事実も個人的には気掛かりだ。

 今現在の数あるルチルについて疑問の中で最も謎めいて居る行動が、どうして奈央の姿をしたまま私の前に現われたのか、と言う点だ。

 それが原因で頭に血を登らせ、話も碌に聞かず戦闘開始となった訳で、本来の姿であれば平和的な話し合いで全てが解決出来たのでは無いだろうか。現実で奈央の姿以外を模倣出来ないとしても、高度な魔法を扱えるのは確認済みだ。何らかの別の手段は取れたと想像に難くない。

 とどの詰まり、先刻の戦闘は何らかの意図があった行動と言う事になる。その推論は恐らく間違って居ない。

 にしても、ルチルには絶対に勝利する確信でもあったのだろうか。勝てなければ私に殺されてしまう危険性(リスク)は、確率的に無視出来ないものだった筈。いや、お互いに【設計図】を使えるなら五分五分まで持って行けると踏んだのか。それでも結構な大博打になる感は否めない。

「…………賭けに出る部類(タイプ)には見えないんだよな」

 雫はそう零し、結局何の意図があっての事なのかルチルの真意を読み取れず、思い思いの推論を展開し始めようとした。

 透かさずルチルは柏手(かしわで)を二回打ち、雫の思考の堂々巡りを回避する。

「まあ、私を疑わしく思うのは致し方が無い。事実、雫から見た私は怪しさ満点だからな。それでも、一先ずは奈央に会って見て、話はそれからにしないか?」

 雫の性格的にこの儘では、ルチルの疑わしき観点や謎を追求し続けるだろう。時間がどれだけあっても足りないかも知れない。

 提案を受け入れる意を固め、雫は神妙に頷いて賛同する。

「よし、私の掌に手を重ねてくれ」

 ルチルが差し出した手に、雫は借りて来た猫の様に静まり、自身の手を重ねた。

 すると、視界が真夏の蜃気楼の様に淀み出し、白い世界が一瞬で何処かの空間へと切り替わった。

 そこは部屋の番号を割り振られた扉が、等間隔に設けられた廊下の様だった。

 丁度、一室の扉の前に二人が手を重ねて出現した所。それが現在の状況である。

 偶々、廊下を此方に向かって歩いて来た人が一驚して足を止め、つい眼を合わせてしまった雫が気まずい思いをして居る内に、その人はすたすたと横を通り過ぎて行った。

 昨今の頂上現象が習慣化して居る世界あっての事か、瞬間移動とかはそれ程、珍しくも無い光景なのかも知れない。

 その去り行く後ろ姿を見て、今一度、奈央の姿を模倣するルチルを視界に収め、漸くその服装に既視感があった理由を把握した。

 ルチルが着用して居たのは、本来の白い生地で作られた制服だ。

 元々、この制服の防刃性や防弾性を高め頑丈なものへと強化したのが、雫の三城学園初等部制服Version.黒だった。

 雫の意識下だと自分の着て居るものは防刃衣と防弾衣を兼ね備えた代物、敢えて言うなれば優れた防具である。要は制服では無いので、あの白い制服とは完全に別物だと言う掛け離れた認識だった事で、妙に白くて薄い防御力の低そうな服を着て居るな、と戦闘に不向きの評価(レッテル)を貼った所で視点が服から()れてしまった。

 それに拍車を掛ける様に奈央の顔を意識した事で、服装など二の次となり、大して重要では無い事柄に頭の中で置き換えたのは言う迄もなかった。

「ここ……三城学園?」

 当たりを付けて、飽く迄、冷静であるかの様に、興味無さ気を装って雫は質問する。

 何事も無ければ通う予定だった場所だ。雫の心が少々、浮足立つ心境になるのも無理からぬ事だった。

 正直、色々見て回りたいとそわそわする気分だ。されど、奈央の安否に勝るもの無し、と言う心の防波堤を築いて居た為、事無きを得た。

「ご明察。ここは三城学園初等部()()()寮だ」

「ん? 花見月寮? 聞き間違いかな?」

「はなみづき、りょうだ」

「ちょっと待て、え、何? 花見月の管轄の寮?」

「そうだ」

「……これが言って居る意味が解らないと言う奴か。実際に陥れられると(たま)ったものでは無いな」

 雫は側頭部に指先を強く押し付けて、射抜く様な眼差しでルチルを咎める。

「花見月の管理下にありながら、奈央がこれまで見付からなかった理由を聞きたいのか?」

 意に介さないと言わんばかりにルチルが返事をする。

「納得の行く理由は、勿論あるんだよね?」

「納得出来るかどうかは雫次第だろうな」

「どう言う意味?」

「奈央に会えば自ずと解る。全て解らずとも何かしらは摑めるだろう」

 ルチルは奈央との再会一点張りで譲る気は更々無い様子だ。

 幾ら他人の機微に疎くても、直に触れなければ【記憶の渠溝(メモリスロット)】が機能しなくても解る事はある。今、雫を悩ませるあらゆる疑問と言う疑問は、奈央と再会する事で解消される、或いは理解が及ぶ範疇に足を踏み入れられる。ルチルの堂々とした態度は、それを明示して居た。

「…………解った、会うよ。寝たきりの病人とかではないんだよな?」

「勿論だ。五体満足で健康そのものだよ」

「それで、奈央は何処に?」

「眼の前の部屋の205号室。ここで奈央は過ごして居る。直ぐ会える様に出口を調整した。いきなり部屋の中に出て、対面するんじゃ流石に混乱するだろう。さっき通り過ぎて行った豊永野さんの時みたいにな」

 一応、配慮してくれたのだと知り、雫は「手間を掛けた」と頭を下げ掛け、ルチルが掌を向けてそれを制した。

「当然だ。私もな、雫お前をずっと探して居たんだ。他にも一人だけ無償でこの三年間、手伝ってくれた協力者が居る。其奴(そいつ)は生憎、今はここに居ないが、三城にまた来た時にでも一言労ってやってくれ。凄い気の良い奴だから、それだけで笑って喜んでくれるさ」

 ルチルは雫の頭にぽんぽんと手を置き、然も当然の様に撫でる。

 身長こそ変わらないが、子供扱いされる事で、雫は本来の幼さを取り戻し、ルチルは年齢不相応の大人びた佇まいに返る。

 その手の感触は小さく、温もりも仄かに温かい程度だが、雫は同じ事をしてくれた愛情溢れんばかりだった両親の姿と重ね合わせて居た。

 不思議と警戒心は湧かず、雫はルチルの気の済むまで、眼を瞑ってその一時を享受した。

 時間の感覚は長い様で短く、手が離れた頃には、無意識に張っていた緊張の糸は程好く解れて居た。

「さあ、開くぞ。準備はいいな?」

 ルチルがドアのぶに手を掛けて、最後の意思確認を行う。

 雫は何時以来か解らない酷く晴れやかな気分を噛み締めると、こくりと頷きを返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ