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レイチェルの末裔  作者: 柏木 裕
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Memo.006 花見月へと至る道 その6

 花見月の屋敷は基本的に人が出払って居て、場合によっては完全な無人だったりする。

 それに道場や道場前広場はかなりの敷地面積を占める為、荒々しく過激な魔法訓練や稽古に持って来いの場所だった。

 だが、その利用は天鳥船他、同業者組合からの申請によって順番で回す事が多く、花見月の屋敷からの連絡事項と言えば、専ら魔物の情報更新の有無の定期連絡や花見月に寄せられた依頼を代わりに引き受けてくれないかと言う要請で、招集と言う形は初めての事だった。それに時刻が、とても早かった。朝の四時に連絡を受けて、五時に整列して道場前で待って居る様に、と自棄に急ぎの用件だった。

 花見月の屋敷まで身体強化を使って全力疾走して三十分と言う所、最近特に疲労が蓄積して居る所為もあり、全員を叩き起こすのに十五分も費やした。魔物と遭遇したら時間に間に合わないかも知れず、唯でさえ毎回、白眼を剝いて死に掛ける者が続出する洗馬さんの稽古で更に危険度を増すかも、否、確実に増す。あの人はそう言う人だ。自分にも他人にも厳しい。死ぬ程の仕事量と鍛練を毎日欠かす事無くやって居る。だから、生き残れるのだと証明して居るのだ。本当に五十代なのか疑わしい。

 兎に角、焦って走ってどうにか間に合った。途中、豚人が十五体出て来たが、洗馬さんの稽古が恐ろしい皆は本当に鬼気迫る勢いで敵を倒して居た。一応、立場上、正義の味方寄りの筈だけど、あの顔付きは魔物のそれとどっこいどっこいと言われても否定出来ないものだった。

 残り一分を切り、気息奄々としながら整列した道場前広場には、洗馬を側に(はべ)らせた栄一郎が仁王立ちで待ち構えて居た。

 最初に保護された頃の数週間は顔を出して居たが、それ以来は見掛ける事はあれど声を聞く機会も無かった訳で、珍しいなんて話では済まされない。緊急事態が発生したのかと、久瑠実を含め一同が唾をごくりと飲んだ。

「天鳥船の諸君、日々忙しい中、急な招集に良く応じてくれた。感謝する。諸君らの働きは、ボキの所まで報告が上がって来て居る。本来ならば休日をより多く設け、功労の謝意を含め細やかながら祝宴を開催したいのだが、何分人手が何処も不足して居り、まだまだ皆には働いて貰う日々が続きそうである事をここに謝罪して置きたい、誠に申し訳無い」

 栄一郎がその場で頭を深く下げた。

 それを見た途端に呼吸を忘れ、冷汗を搔いた。久瑠実は慌てて、何か言おうとするも、流石にここで発言してはなら無い空気を察し、内心穏やかでは無いが踏み止まる。誰一人想像もして居なかったのだろう栄一郎の謝罪は、この場に集った面子を大いに動揺させた。

「こほん、栄一郎様。後ほどお話が御座います」

 洗馬は猛禽類の如き眼光で睥睨する。

 あ、これ、栄一郎様の独断だ。台本に無い事やっちゃった系だ。心臓に悪い事、平気でするよなぁ、あの人は。

 久瑠実を含む一同は、蒼白になり生きた心地がしない等と言う、短くも長く感じる錯覚を享受させられた。

「ボキとしては謝り足りないが、それはまた今度、感謝の言葉と共に送ろうと思う」

 何故か腹を揺らす、きりっとした栄一郎の得意気な顔があった。あれは絶対に反省して無い、そう誰もが直感した。

「今日集まって貰ったのは、可及且つ極秘の依頼が舞い込んだからである。そして、その依頼は非常に困難を伴うものであり、ボキは信頼出来る者に依頼する事を決めた。それが君たち天鳥船だ」

 花見月の極秘依頼。それを私たちに? 余りに衝撃的で、久瑠実は自分がどんな表情を浮かべて居るのか判断が付かなかった。信頼されるのが嬉しい反面、達成出来るかと言う不安感も一入だ。

「皆に詳しい内容は教えられ無いが、この屋敷からある場所までボキを護衛し、その場で一時待機、後に合流する者たちも加えて護衛をして貰い、この屋敷まで無事辿り着く事、それが依頼の概要である……何か疑問のある者は今、この場でボキが質問を受け付ける」

 要は護衛依頼だ。んー、でも、これまであった無茶難題の依頼と比較すると難しいのかな?

 あ、そう言えば、と久瑠実は率先して手を挙げた。

「栄一郎様、ご質問宜しいでしょうか?」

「うむ、何だろうか?」

「その、追加? で増える人数の目安はどの程度と想定されるのでしょうか?」

 顎に手を添える栄一郎の姿が映る。

「そうだな……恐らく百人程だろう」

 百人!? それはまた大人数だ。

 栄一郎がまだ此方を見て居たので、引き続き久瑠実はからからに乾く口内を感じながら、声を大にして問う。

「因みにその方々はどの程度の年齢の方なのでしょうか?」

「う~む、基本的には十台から五十台までだろう。幼子や老人が居たとしても僅か数名だと思われる」

「あっと……最後にもう一つ、この護衛依頼は一往復でしょうか?」

「うむ、その予定だ。幼子や老人が居たとしても、無理の無いよう休憩を挟み、野営をし、出来れば三日ほどで、皆無事にこの屋敷へ辿り着くのを理想としたい」

「ご返答、ありがとうございました」

 栄一郎は久瑠実の晴れた表情に頷くと、ゆるやかに首を振り辺りをざっと見回した。殆どの人がぱっと思い付く疑問を、今の問答で纏めて解消したと判断を下した模様だ。

「追加で質問が無ければ、次に進ませて貰う。目的地へ続く経路図、過去に遭遇した魔物の資料を【情報神の巻物(エルメスクラル)】へ配信して置く。きちんと眼を通して置く様に。出発は十五分後、屋敷の前にて隊列を組み、何時でも動ける様、連携の確認を怠るな。以上である。各人の働きを期待して居る。解散」

 威厳に満ちた栄一郎の小気味良い解散の掛け声を最後に、天鳥船は屋敷前への道を駆け出した。


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