89.望外の感謝
マクトル領軍司令官であるアルトナーが直々に領軍を連れてボイオス総督領に入ることを手紙で知ったユタカは、ゼクティア達5人の完全体と不完全体4体を引き連れてボイオス総督領都であるボイアテスからマクトルへ続く1号線と仮称している街道を進んでいた。
ボイアテス周辺では徐々に噂になりつつある黒服の総督とその仲間達ではあるが、頻繁にすれ違う荷馬車の御者たちはユタカが乗る大型馬車とのすれ違いの時に安全を考慮して速度を落とさざるをえないことに少しイラついたような顔をしながら去って行った。
「結構舗装工事が進んでるね。前にトンネル工事の現場を視察しに行ったときより道の具合がいいから早く進んでるような気がする。それに馬車に乗ってるときの揺れが少ないから体力の消耗が少なくて助かる」
「この区間はちょうど石材とかの資材を輸送する馬車が舗装工事を終えたところを走行するからいい具合に踏み固められて、仕上がりがしっかりとしてるんだ。さっきから物資輸送をしてる大きな馬車としょっちゅう出会うだろ」
今回の道路工事に関する具体的な工法の提案、助言をしたテヒニクは少し自慢げに話していた。テヒニクの言う通り、砕石を敷き詰めた道路は踏み固められており舗装材となっている石同士のぐらつきが少なくなり、土がむき出しであった以前の状態とは格段に走行速度の向上と雨天時の路面状況の悪化を防止することが可能となった。
「マインラートさんの話によれば各工区での作業員の労働意欲は高く、想定を上回っているようです。特に計画以上の成果は求めてはいないようですが、与えられた仕事を真面目にこなさない者に対する厳しい処分が周囲の作業者への良い影響となっているようです。先ほどからすれ違う御者の者にしても私達とすれ違うことで予定していた仕事量がこなせないことを嫌ったのでしょう」
仕事をする意欲を見せれば、効率を無視してでも雇い入れるという半ば慈善事業な意味合いをこの工事に持たせたかったユタカは、思いのほか成果志向となっている雰囲気に危機感を抱いたがゼクティアが確認している情報では女子供などの労働力に劣る者はその限界に見合った適切な評価が徹底されているらしく安堵した。
その後、ユタカ達の馬車が1号線を進んでいくと舗装が十分に踏み固められてなく、道の周囲にテントや簡易的な小屋が多数並び建つ区間に差し掛かっていた。
そこでは多くの作業者が各々の作業を進め、その周辺には兵士が配置され盗賊などからの襲撃と作業者同士でのトラブルの防止に努めていた。大半の作業者はユタカの姿など見たことも無く、通りかかった大型の馬車に奇妙な服で統一した護衛をつけている商家の子供程度に考え、さして気にも留めることなく黙々と作業を進めた。
「活気があっていいね、それに作業者を相手にした屋台とかが出店して経済効果もある程度は出てるみたいだ」
「ユタカ総督閣下! このような所にいらっしゃるとは。何かあったのでしょうか」
工事の具合を見るため馬車の速度を落とし、ゆっくりと進んでいたユタカ達を後ろから走りながら声を掛ける役人がいた。ユタカが馬車から後ろに目を向けるとマインラートの部下の一人で1号線の工事を担当するグループをまとめている役人であった。
さすがに馬車に乗ったままで話をするのは失礼と思い、ゼクティアに手を借りながら馬車を降り、フェルト指揮の下、周囲を警戒するマネキン達に囲まれながら役人の元へと向かった。
「こんにちは、順調なようで何よりです。実はマクトル領軍が治安維持のために派遣されて来るのですが、その出迎えに向かう途中でここを通りかかったんですよ。しかし、思いのほか皆さんは仕事が速いようですね」
「はい。この1号線には私の担当するこのグループしか投入されていませんが、作業者は皆この周辺の住人であることもあって、自分たちが作っている道が故郷の助けになると実感が労働意欲に影響を与えているようです。それに、石材などの物資の供給も順調で、連日計画を上回る速度で工事が進んでいます。とはいえ、1号線の全長を考えればまだまだですが」
ユタカが話していると周囲でユタカがボイオス総督領と統治している者だと聞きつけた作業者たちがユタカに向けて頭を下げたり、涙ながらに感謝を示したりし始めた。難民キャンプで終わりの見えない不安と飢えに怯え、あるいは町の中でいつ尽きるとも分からぬ物資にすがりながら生きていた領民たちにとっては、決して自分が生業としていることではないにしても、仕事が与えられ対価が与えられるこの工事現場は地獄の中に突如として現れたオアシスであった。
しかし、その光景を見たユタカはどこまでも効率性を求め、自分の決めた物差しで命の取捨選択を行った上での事業によって、これほどまでの感謝の念を向けられることに後ろめたさを隠せずにいた。
「な、なんだか、工事の邪魔になってるみたいだね。俺は先を急ぐとするよ。皆さん、頑張ってください」
ユタカは役人との会話もそこそこにして、感謝の声を掛けてくる作業者たちに対して小さく手を振りながらそそくさと馬車に乗り、移動をした。作業者たちからはユタカの馬車に大きな歓声を上げながら見送りをした。
「は~、あんなことで感謝されるとは。いたたまれないな」
「ふふ、ユタカは感謝され慣れていないんですね。目的や経緯はどうであれ、彼らにとっては食料や資金を得る機会を与えられたというのは事実です。ならば、素直に感謝されればよいではありませんか。たとえ彼らの親族や知人の中にユタカが不要と判断し、廃棄した者達が含まれようともこの領全体にとっては益のあることなのですから」
ユタカの乗った馬車はユタカの物差しによって廃棄処分の決定を受けた犯罪者たちが収容され、強制労働に従事させられ、日々多数の死者を出すバイパス工事現場へと向かって進んだ。
「別に犯罪者たちに罪悪感の欠片も感じないけど、別に感謝をされようとしてこの事業を進めている訳じゃないから、面と向かって感謝されるとどうしても面はゆいんだよね。俺はあくまでも仕事としてやってるだけだから」
「ユタカ殿は深く考えすぎのようだ。人心を集めれば今後の総督として行う様々に事業に良い影響を与えることが出来るだろう、程度に考えていれば良いのではないですか。所詮は大公殿に雇われて就いている役職なのです。給金以上の義務も責任も無いのですから」
オーバストの割り切った意見を聞いて、さすがは管理職的な職能を持っているだけあって含蓄の言葉だな、と感じながらユタカは頷いていた。
1号線を進むユタカの馬車は再び未舗装の区間に入り、馬車の揺れが大きくなったがアルファとベータの活躍によって周囲の賊が駆逐され治安が回復した道を順調に進んだ。そして、一度の野営を経てフェリクスが管理している犯罪者の収容所に到着した。
その収容所では先日開通した第一トンネルを通って、その先に広がっている山岳地帯を縫う道を作る作業を行うために犯罪者が多く存在した。
「フェリクス所長、盛土区間で行っている工事の完了の見込みが立ちました。後三日ほどで完了し第二トンネル掘削現場に到達する予定です」
「・・・そうですか。第二トンネルですか。は~・・・」
正式に犯罪者収容所の所長へとなってしまったフェリクスはトンネル工事区間が再び始まるという知らせを所員が勤務や寝泊まりする管理棟にある所長室で受けた。再三にわたりマインラートに向けて配置転換の要望書を出し続けているのにも関わらず、移動どころか同所での出世を重ねている現状に泣きそうになっていた。
そんなフェリクスの状況を初期から知っている兵士としては、今まで死者を出さずに進めることの出来た掘割と盛土の区間での工事期間中に大分体重を戻した姿が以前のやせ細った姿に戻ってしまうことを憐れんだ。そして、その元凶たる存在がこの地に近づいていることを告げる罪悪感に押しつぶされそうになった。
「・・・それと、総督閣下がもうすぐこちらにいらっしゃるとのことです」
それを聞いたフェリクスは自分の執務机にしがみついて、ユタカを出迎えないというささやかな反抗を示そうとしたが、今後のフェリクスの身を案じた兵士によって机からはがされ強制的に出迎えの準備をすることにした。
管理棟の玄関前で兵士らと共に並び、ユタカの出迎えをするために立っていると逃走防止用の柵の一部に設けられた門から入ってくる大型の馬車と黒い服の一団が近づいてきた。そして、フェリクスがマクトル公爵家主催のパーティのスタッフをしたときに見たどの貴族の令嬢より美しい少女の手を借りながら馬車から降りる、子供の姿を目にしながら小さくため息をした。
一見すれば幼さが残る少年が背伸びをして、変わった黒い服に身を包んで背伸びをしているように見えるが、その実、多数の犯罪者が労働中に死亡する工事を忌避するどころか、嬉々として推進する冷徹な思考の持ち主であることを実体験として知っているフェリクスや兵士たちは近づいて来るユタカを緊張しながら待っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。ユタカ総督閣下。十分なお出迎えが出来ずに申し上げございません。この失態は職を辞してお詫び申し上げます」
「? 出迎えなんて、そんなどうでもいいことでフェリクスさんを辞めさせるはずがないじゃないですか。先日の報告を受けましたが、順調に工事が進んでいるそうではないですか。第一トンネルの貫通が出来ない可能性も十分あると思ってたのにすごい成果ですね」
あなたが工事の中止を全く考えていなかったから、私や兵士たちと一緒になって知りもしないトンネルの作り方を勉強していたんだ。早く終わらせないとあなたは収容者が全滅しするまで続けていただろ!
「い、いえ。私達が無い頭を使って何とかそれっぽく作り上げたにすぎません。やはり、専門家とプロの工員が必要かと思われます。それに私ほどの若輩者がこれほどの規模となる収容所の所長の任を賜るのは分不相応なのではとも感じています」
何かにつけて現職の解任あるいは人事異動をさせようとユタカに提案するフェリクスとそんなフェリクスの手腕を大いに評価し賞賛をし続けるユタカとの間で全くかみ合わない会話が続いた。
次回は4月12日午前0時の投稿となります。
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