2.マネキンから
隆は軽やかにサルもどきの背後をとり、仕留めるマネキンの姿を木の上から見てただただ驚いていた。そして、「この世界のマネキンは、近接格闘をこなせないといけないのか。さすが異世界だ」と、くだらないことを口にしつつ、命の危機が去ったたことに安堵していた。
「すみません。ありがとうございました。あなたがいらして頂かなければ私の命はありませんでした。私の名前はみずな、あっ!」
礼と自己紹介をしつつ登っていた木を降りようとしていた隆は、手を滑らし背中を地面に打ち付けようとした。しかし、それを見てマネキンは滑らかな動きで隆と地面の間に入り、隆の体をいとも容易く受け止め地面へそっと立たせた。
お? 助かった。しかし、このマネキンでかいな。俺は元の世界では平均的身長はあったはず、ということは2m以上はあるのか。それに、あの高さから落ちる俺を受け止めても、体の軸がぶれもしない。相当な筋力があるのか。
「すみません、度々。私の名前は水無 隆と申します。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか」
アブストラクトマネキンの卵型の頭に話しかけるってのも、かなりシュールな状況だな。そもそも、このマネキンは敵ではなさそうだが、意思疎通が可能なのか。
隆に話しかけられたマネキンは片膝を地面に付けて頭を下げた。そして、何か指示を待つかのように隆の顔を見つめるようにしていた。
なんだ、これは見つめられているのか? それに、このマネキンはだれかの指示で動いているわけではない? いや、むしろ俺の指示によって動いてる!? なら、
「すみません。私の周りを一周していただけますか?」
隆がそう口にするとマネキンは、きびきびと隆の周りを一周し再び隆の正面で頭を下げた。
なるほど。この状況を鑑みるに考えうる可能性は、1.帝国の奴らによるもの、2.何者かが操る傀儡、3.この森に生息するマネキンによく似た異世界生物、4.ホワイトアウトの空間で聞きそびれた俺の異能、か。
1.については帝国側の利点が全くないように思える。2.はあり得なくはないが、俺を助ける意味が不明なことと、帝国の連中の姿を見るにこの世界は中世か近代といったところだ。それぐらいの世界でアブストラクトマネキンという発想があるのか? 確か初期のマネキンはビスクドールみたいなものだったはず。3.にしてもこのマネキンから生命を感じられないんだよな。なら、4.が可能性大か。んー、4.を本命としてつつも、2.の可能性に留意といったところか。
「ありがとうございます。次のお願いになりますが、私の身を守っていただけると大変嬉しいです。素手ではなんですから、何か武器になりそうな……」
隆は他者の傀儡である可能性を考え、マネキンに丁寧に言葉を掛けつつ武器になりそうなものを探すため周りを見渡すと、サルもどきが持っていた石とこの世界に来てすぐに帝国の騎士から投げて渡された剣があった。どうやら隆は無意識のうちに転送される瞬間まで剣を握ったままのようであった。
「あそこに落ちている剣を使ってください。私ではとても重くて扱えませんから」
マネキンはすぐに剣のもとに行き、剣を装備して隆のそばへ戻ってきた。
なんだろう、ここまで従順に動いてくれると愛着が湧くな。卵型の頭じゃ表情も何もないけど、嬉しそうにしてる感じがひしひしと伝わるな。
隆がマネキンの動きを見ていると突如マネキンが装備した剣を背後の草むらに向けて構えた。すると、そこからギャー、ギャーと声を出しながらサルもどきが2匹現れた。
「戻ってこない仲間を心配してやって来たってところか。こいつら、木を盾と槍のように加工した物を持ってる。それと、さっきの奴も俺に向けて明らかに嗜虐的な表情を見せていた。知能がサルよりはるかに高いのかもしれない。すみません。あの2匹を倒していただけますか」
隆がそう言うと、マネキンはサルもどきを上回る速度と力で2匹を上下に両断し戻ってきた。
うわ、グロッ! でも、このマネキンがいる限りはこの森での生存は可能か。もしかしたら森を抜け人里まで行けるかもしれない。でも、まず必要なことは食料の確保! 腹が減った。
「このあたりで何か食料となりそうなものがある場所分かりますか」
するとマネキンはしばらく空を見上げた後、どこかを指さして歩き始めた。隆もマネキンから離れないように付いて歩いていった。
いやー、なんだか強力な味方もできた。一時は詰んだかと思ったが、うまくいってるな。着てるものがパジャマなのはいただけないが、寝てるときに転移させられてるはずなのになぜかスニーカーを履いてる。こればかりは役に立たなかったあの空間の機械みたいな奴に感謝だな。
しばらく、歩いていると黄色い果実をたわわに実らせた巨木の前に出た。そして、マネキンがおもむろに巨木を登っていくといくつかの果実を採って来てくれた。
「ありがとうございます。匂いはバナナと桃を合わせたのような感じだな。おっ、うまい! 初めての味だが酸味、甘みのバランスがいい。いくらでも食べれるなこれ。あとは、どこか水源はありますか?」
マネキンは再び空を見上げた後、指をさして歩き始めた。それに付いて行くと数十秒ほどで透き透った水が湧く小さな池があった。
見た感じ水質に問題はなさそうだな。これで有毒物質が混ざっていても確認のしようがないし、これ以上に好立地な空間は存在しないか。
「決めました。先ほどの実のなっている巨木に簡単なツリーハウスを作って、そこを拠点として行動しましょう。この森を出るにしても戦力が剣を持ったあなた一人では厳しい。この先、出てくる生物がより強力で凶暴なものへとならない保証はありません。なので、私の異能の研鑽をこの場でしばらく行いたいと思います」
といっても、このマネキンが誰かの傀儡であるなら意味のないことだけどね。
それを聞いたマネキンはスッと頭を下げ行動に移った。マネキンは持ち前の剣技と力を使い、周囲の木を倒してはそれを板状に加工し半日ほどで必要となるであろう部材を集めた。そのころ隆は時折マネキンから渡されるツタのような植物を渡されては三つ編みにしてロープを作っていた。
あのマネキン、万能すぎるだろ。ツリーハウスを作ろうって言っただけで俺のイメージしていた大きさのツリーハウス作りに必要そうな板材を切り出してくるし。もしかして、頭の中を覗けるのか。だとすれば、俺の異能による存在である可能性が高まるな、使役者と被使役者の間で脳内のイメージが伝わるなんて異世界の異能でありがちな設定だしな。
それから、日が落ちようかといったところでツリーハウスが完成した。ほとんどの作業はマネキンが行い、隆はマネキンができないような手先を細かく使う作業に専念した。
完成したツリーハウスは不格好ながらも雨風なら防げるだろうと思わせる出来となっており、安全上の理由から地上と行き来するための梯子は設置しなかった。その代わり、隆がツリーハウスへ出入りする際は情けなくもマネキンに抱えられて行うことになった。
「はぁー、ハウス完成から早一週間か。この世界の週が7日なのか、週の概念があるのか知らないけど」
この一週間隆は身の回りのことを全てマネキンに任せ、自分の異能の研鑽を行っていた。自分の異能は人形の召喚あるいは作成と仮定して、マネキンが姿を現した時のように「助けて」と叫んでみたり、自分の手で木を加工して人形のようなものを組み立ててみたりしたが、一向に進展がなかった。
まいったな、色々試してはみたが何も変化がなかったぞ。もう、思いつく限りではあと一つしかないが、”あれ”はできる気が全くしない。そもそも異能ってレベルが上がるようなことがあるのか? 先入観で何かしていればより高度なことができるようになると思っていたが、そこが間違いなのか? それに考えたくはないが、あれが他者による傀儡的存在である可能性が高まったか。この状況で森を脱出するリスクと”あれ”を試すリスクどちらが・・・
隆がうんうんと悩んでいると、マネキンが例の池から木の器に水を入れ運んでいる姿が見えてきた。
「よし! マネキンのサポートがあればリスクは少なくできるはず。すみませーん。一つご相談が「ギャーギャ」ある、グッドタイミング! あれを一匹残「グシャ、ブシャー」・・・」
水を運んでいたマネキンはツリーハウスに接近するサルもどきを3匹発見し、持っていた木の器を水がこぼれないように静かに地面に置いた後、目にも留まらぬ速さで全てを切り捨てた。そして何かを言おうとしていた隆のほうを見ていた。
「ははは……。ありがとうございます。もう何匹退治してもらったか分からなくなってきましたね。今度サルもどきが現れたときは、って気を付けてください。あなたの体の周りに何か出てきてます。あれは! マネキンが現れた時の」
隆の方を見ていたマネキンの周囲に黒い靄のようなものが集まりだし、完全にマネキンを覆ってしまった。
しばらくすると、靄は薄れ始めマネキンの表面がまるで腫瘍のような肉の塊へと変化したかと思うと見る見るうちに人の形を成し始めた。
そして、皮膚や頭髪などが現れていきマネキンであったものは直立不動で隆の目を見た。
「水無殿! ただいま受肉が完了しました。『自動人形』副官兼秘書職能付与型、1体の完全召喚を報告します」
誤字・脱字、語句の選びの間違いの指摘いただければと思います。