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祖父と孫

扉の奥は天井から吊るされた光る石、輝光石の詰められたカンテラがほのかに室内を照らす丸太で組まれたログハウスの一室だった。

部屋の中心には木製のローテーブルが1台とその隣にはソファーが1脚、据えられており、ソファーにはいぶし銀の騎士鎧と淡いエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばし、白いワンピースに身を包んだ少女が腰を下ろし、ゆったりとお茶を楽しんでいた。

いち早く私の入室に気づいたのは少女、パナの方だった。


「あら、アステルではありませんか。こんな時間にくるとは珍しいですね」


そう言うとパナは飲みかけのカップをテーブルに置き、私に微笑みかけた。


『アステルか。珍しいのう…、ん?主の後ろにいるのは誰じゃ』


翁も私に気づき始めは朗らかに声を掛けてくれていたが、私と一緒に来た存在に気づくと、険しい雰囲気を醸し出した。私が言葉を発する前に後ろにいた勇者が明るい口調で喋り始めた。


「やっぱり、その声、じいちゃんだ」


『む、その声はまさか…』


翁が正解を言う前に勇者はその身を翁達の前に晒していた。


「よっ、じいちゃん、パナ、久しぶり」


軽く右手を上げるとにかっと勇者は2人に笑いかけた。


「大きくなりましたね」


言うパナの声には懐かしさと感慨深さが込められ、


『こんな所まで来おって、馬鹿者が』


言葉とは裏腹に翁の声にも深い愛情と懐かしさが込められていた。

言葉もなく翁達3人は互いを見詰め合っていた。

それから暫くして、最初に言葉を発したのは翁だった。


『お前がわし元に来たという事はパナを継ぎにきたということか?』


翁の言葉ににこやかだったパナの顔は強張り、勇者も困っり顔で頬をかきながら視線を彷徨わせていた。


「まあ、そうは言われたんだけどさぁ、…パナはじいちゃんと居たいよな?」


勇者の問いにパナはコクコクと首がもげるのではと心配になる速さで頷き返した。


「私の主はこの方のみ。この方が滅ぶまで私はこの方の元を離れるつもりはありません」


ひしっと翁の腕に涙目のパナがしがみ付く。しがみ付いた先が分解され輝く光の粒子に変わっては自己修復機能でいぶし銀の鎧は元通りに戻っていた。

涙目のパナに勇者はニコリ微笑むと


「そうだと思った。俺はパナを連れ戻しに来たんじゃないよ」


「え?」


『何じゃと?』


想定外の言葉に一瞬、パナも翁も呆気に取られていると笑顔のまま勇者は話を続けた。


「ばあちゃんから頼まれたんだよ。何でもいいからじいちゃんの遺品を捜してきてくれってさ」


『戦いばかりに明け暮れた、だめな夫でもアイツは愛してくれていたのか…』


肩を落としうなだれる翁の肩を勇者はポンと軽く叩く。


「ダメかどうかはばあちゃんの気持ち次第だよ。で、何ならもっていっても良い?」


翁の身体を下から上に眺めながら勇者が問うと翁は胴の中心に収められていた青緑色の宝石を外すと勇者に手渡した。


『アイツにはこれだけ残ったと伝えてくれ』


「分かった」


勇者は宝石を受け取ると丁寧に布でくるみ木箱に収めると背負っていた鞄にしまい、


「じゃ、用も済んだし、今日は俺帰るわ。また、顔は見せにくるからさ」


近所の祖父の家に遊びに着て帰る子供のような気軽さで勇者は別れを告げた。

あまりに軽い勇者の態度に勇者を除く私達は困惑していた。


『それで良いのか?』


翁が現状の良し悪しを問うと勇者は何のことやらと首をかしげた。


「何が?」


『勇者の親族が、先々代が魔物になったのに何もせずにいるとは一族の恥にはならんのか?』


聞かれた勇者の顔はああ、そんなことかと言いたげな顔だった。


「死んだことにすれば良いじゃん、死んだら英雄だし。俺はどんな形であれ、二度と会えないと思ってたじいちゃんとまた会えるんだからこのままでも良いと思ってる」


『勇者は全ての魔物を倒すんじゃないのか?』


闘技場で剣を交えている時から疑問に思っていた。勇者が本気で私を殺そうと思えばあの場で私は殺されていた。しかしそうはならなかった。

私の問いに勇者は少し寂しそうな笑みを浮べながら答えた。


「ん、まあ、今まではそうだったかもしれないけど、俺は魔物が全部が全部、人に害なす奴らじゃないんじゃないかなって。魔王だって話したら意外と良い奴かもしれないんじゃないかなと思ってな」


『何を馬鹿な事を言っておる。魔物は…全て……』


語気を荒げ勇者を否定していた翁だったが最後まで話すことは出来なかった。

空っぽの鎧の魔物、リビングアーマー。それが今の私と翁。


『わしも魔物じゃったな』


その呟きは深い悲壮感が込められていた。


「じいちゃんさー。そんなに凹むなよ。生きてりゃ良いこともあるって」


沈み、俯く翁に勇者は明るく励ました。


『そうかのお』


今まで聞いたことのない、翁の心細そうな声。私が知っているのは優しくもあり厳しく、自信に溢れた頼れる大人の男性といった姿だった。


『貴方でもそんな声を出すこともあるんですね』


意外だった。けれど、以前ラミナに言われた一言が蘇る。「貴方の前だから立派であろうとしているんじゃないの」と。翁も父さんと同じだったのかもしれない。


『生きてれば良いことありますよ。現に今、お孫さんにも会えているじゃないですか』


私も勇者に続いて翁を励ました。

私は生きていて良かったと思っている。大切な家族が出来て、私を慕ってくれている人もいる。これ以上幸せなことはない。


「生きていれば、私といっぱいいっぱいお話できますわ」


パナも翁を励まそうと口を開いたが、出た言葉はむしろパナの願望の方だった。パナの励ましが決め手になったようで、翁は小さく笑うと


『そうじゃな。悪いことばかりではなかったな』


立ち上がり、勇者の頭をわしゃっと乱雑に撫で、次いで近くにいた私の頭もいつものように乱雑に撫でられた。


『元気に育った孫の顔も見れたし、最後に良い弟子も出来たことじゃしな』


ふぉっふぉっふぉと笑う翁はいつもの朗らかな翁に戻っていた。


「じいちゃんも元気になったみたいだし、帰るわ」


『今日はお騒がせしました』


翁達に一礼して、扉に鍵を挿し回す。開いた扉の先は私の自宅の寝室だった。

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