事後報告
店を出ると日は頭上高く上がり、昼時だからかいたるところから美味しそうな匂いが漂ってくる。その匂いに腹ペコ姉弟が口々に「【美味しそう」】と連呼していた。
「じゃあ、お昼にしようか」
ソフィアの提案で近くのテラス席のあるサンドイッチ屋で昼食を取ることになった。子供たちはハムとチーズに葉野菜の挟まれたものを頼み、女性陣はもう少しボリュームのある厚切りベーコンとスクランブルエッグに葉野菜と薄切りにした玉葱のは挟まれたものを頼んでいた。
さすがにここで魔石を頬張るのは流石に目立つ。
私は形だけ飲み物を頼み、皆の楽しそうな食事風景を眺めていた。
女性陣は先ほど買った服についてあれこれ楽しそうに語り合い、始めは話に入れなかったクックマーチもいつの間にか話の輪の中に入り、歳相応の少女らしい顔で楽しげに笑い、その隣で満腹になった子供たちはすやすやと寝息を立てていた。
「あらら、2人とも寝ちゃいましたか」
ソアレとキキの可愛い寝顔にマりーが笑みを浮べる。
「ホント、可愛いわよね」
ソアレの金色の髪をソフィアが優しくすき、
「ホントそうね」
とラミナが2人の頭を優しく撫でながら微笑んだ。
食後のお茶を飲み終わるとラミナは席を立ちソフィアとマりーに別れを告げた。その顔を見上げるソフィアとマりーは少しばかり残念そうだった。
「そろそろ、私達は家に帰るわ」
「そう、またいらっしゃいね。次はいつごろくる予定なの?」
「3月後くらいかしら」
「分かったわ。楽しみに待ってるから。皆元気でね」
笑顔で手を振るソフィアとマりーに私も寝入ってしまったソアレとキキを左右の腕に1人ずつ抱き上げ席を立ち、2人に頭を下げた。
『今回はお世話になりました』
「そんなに気にしないの。また遊びにいらっしゃいね」
帰路に発つ私達家族をソフィア達は笑顔で見送ってくれた。
『と、まあ、こんな事が合ったんですよ』
丸太の机を挟み対面に座る翁に先日までのことを私は語って聞かせていた。
『ふむ、なかなか戻ってこぬから少しばかり心配しておったが、そんなことになっていたとは』
「少しばかりって、かなり心配されてたじゃないですか」
ふむふむと頷く翁にパナが苦笑いを浮べていた。
『少しでも、心配されていたなら嬉しいよ。そうそう、パナにお土産があるんだ』
笑いながらシューリの店で買った髪留めをパナに手渡すと、彼女は花の咲いたような可憐な笑顔を浮かべながら、受け取った髪留めを髪につける。髪留めを付け終えるとパナは私と翁の方を見て尋ねた。
「似合いますでしょうか?」
『良く似合っておるよ』
『似合ってるよ』
「ありがとうございます」
照れているのか頬を赤らめながら微笑むパナの周りは、薄暗い魔鎧の森の中においてそこだけ光が差したかのように明るかった。
パナを微笑ましげに見つめていた翁の視線が私の方に向く。
『さて、アステルよ。進化した主の力量見せてもらおうかの』
その声は新しいものを試してみたいと興味に溢れていた。
『望むところです』
応えて、私は椅子から立ち上がり広場の中央で双剣を構えた。私との間に20歩ほど開けた対面に翁も片手剣を構える。
『どれほどのものか楽しみじゃよ。行くぞ』
ダンと地を蹴る音が合図となり、上段から振り下ろされた剣を受け止めたカキーンという金属音があたりに響いた。
何だこの重さ。翁の一撃を受けた手が痺れる。痺れる手で反撃の横なぎの一撃を放つが簡単に受け止められてしまった。
『ふむふむ。だいぶ、重くなっておるな良いことじゃ』
相変わらず私の攻撃をいなしながら翁は楽しげに空いた左手で顎を摩っていた。
幾度と切り結んでいくうちに徐々に私は翁の攻撃を避けられなくなってきていた。
けれど、傷という傷は負っていない。体表を強く打ち付けられた鈍い痛みがある程度だ。
まだ、しがみ付いていられると思った矢先、剣で受け損なった一撃がオークの斧の一撃でも無傷だった右腕を切り裂き、バランスを崩したところにわき腹を翁の回し蹴りが抉った。
地面に横向きに倒れ、慌てて立ち上がろうとした時には喉元に剣を突きつけられていた。
『まいりました』
完全に私の負けだ。少しは追いついた。そう思っていたのは幻想でしたかなった。この人はどれだけ強いんだ。私はこの人に追いつけるのだろうか。絶望感で満たされた私の身体はなかなか立ち上がることが出来なかった。
『どうした立ち上がらんか。まだ動けるじゃろ?』
私が俯いたままでいると翁は剣を収め屈むと私と視線を合わせた。
『何じゃ、追いついたと思ったら引き離されて悲しくなったのか?』
私の心を読んでいるかのような言葉に思わず肩がびくっと震えた。
『図星か。そう思うのもしかたあるまいか。…だがの、そこで止まったらいつまでたっても追いつかないぞ。見えなくとも追い続ければいつか追いつくかもしれない。わしはそう思ってここまで来た。主なら出来ると思っていたが見込み違いじゃったかの?』
そうだ、置いて行かれたなら追いかければいい。私より数倍生きてきたであろう翁にたかだか3年で追いつくと思っていたこと事体思い上がりなんだ。消えかけていた心の炎が徐々に燃え上がっていく。
『追いかけて、追いかけで、最後には追い抜きます』
顔を上げ、翁を見つめる私の金色の瞳はいつも以上に眩しく輝いていた。
『よく言った。それでこそアステルじゃ』
翁に乱暴に撫で回された頭がグワングワン揺れる。最初は心地よさも合ったものの段々目が回ってきた。
『翁…目が回る』
私が情けない声を出すとカカカと豪快に笑いながら謝罪感ゼロの謝罪を翁はした。
『すまんすまん。主がわしの孫のように可愛くてついのぉ』
翁には孫がいたのか。どんな子だったんだろう?そんなことを考えていると
『あやつも剣の道に生きて…いや、まあ血筋じゃから行くじゃろうなぁ』
顎に手をあてながら翁は言いながら首を捻っていた。
血筋?翁はさる高貴な血筋とかそういう感じはしないのだけれどなぁ。私が騎士の家系という感じなんだろうか?
『まあ、主とはいずれどこかで会う縁があるじゃろう』
『その時を楽しみにしていますよ』
笑う翁に私も笑い返しながら立ち上がった。
稽古は私が集中力を切らして伸びるまで続けられた。
翁との力量差はまだまだ埋められない。
それでも諦めず追い続け、時は流れ、いつの間にか2年の歳月が経ち、ソアレは5歳に、私は15歳になっていた。




