脱出前半
どれくらい時間がたったのか、腕の中の存在が切なげな声を出し始めた。
「ぱぱ、おなかすいた…」
くすんだ黄色の瞳で声の主を見るとお腹に手を当てていた。どうしてやれば良いのかそれすら今のわたしには分からなかった。
「うーん」
小さな呻き声を上げて栗色の髪の少女が目を覚ました。目を覚ましたとたん少女はコボルトに掴みかかり声を荒げた。
「ハル、あんたなにする…のよ」
コボルトの瞳が虚ろなのを見て少女の語気が弱まった。
「あんたもあいつの力には逆らえないか」
悲しげな声で少女は虚ろな瞳で宙を眺めるコボルトの頭を優しくなでた。
「おなかすいたよ」
金色の髪に紫の瞳の幼い少年が呟くと少女はポーチから何かを取り出し少年の手に乗せた。
「ごめんね。今、これくらいしかないんだ」
少女が少年に持たせたのは焼き菓子だった。
「クッキー。ありがとう」
嬉しそうに叫ぶと少年はクッキーを頬張り始め、食べ終わると「ごちそうさまでした」と少年は行儀よく手を合わせた。
「ぱぱ、かえろう。ままがまってるよ」
わたしが少年に手を引かれている姿を見て少女の我慢も限界に達したのかぼろぼろと涙を流し始めていた。
「わ゛た゛し゛も゛か゛え゛り゛た゛い゛」
座り込み泣きじゃくる少女に少年は空いている手を差し出し微笑みかけた。
「じゃあ、おねえちゃんもかえろう」
「どうやって?」
涙でぐちゃぐちゃの顔で少女が尋ねると少年はわたしに尋ねてきた。
「ぱぱ、どうやってかえるの?」
意思を奪われた生き人形状態のわたしには答えることが出来なかった。
「ねぇ、ぱぱ。おしえてよ」
涙交じりの瞳で少年がわたしを見つめてくる。わたしの大切な存在が悲しんでいるのにわたしは何も出来ないのか?そんなの嫌だ。
真っ暗に塗りつぶされた意識の中を必死にもがく。もがくほど深みに嵌っていく感覚。それでももがき続けていると頭に痛みが襲ってきた。痛みは言わば警告。痛みに構わずもがき続けていると一握りの光が差した。光を掴んだ瞬間、激痛と共に頭の中を覆っていた暗闇が晴れた。
『うぐ』
痛みに思わず呻き声を漏らし、片手で頭を押さえたわたしを心配そうな顔でソアレが覗き込んできた。こういう時だけは表情がなくて良かった。痛みで歪む顔なんか見せたら余計に心配させてしまう。大丈夫な声で装いそっとソアレの頭を撫でた。
『心配させてごめんな、ソアレ。パパはもう大丈夫だから早く帰ろうね』
翁との3年間の稽古で痛みに対する耐性はだいぶ出来てはいたが、耐性があるのとそれが痛くないと言うのはまた違う。叫びたくなるのをぐっと堪え、牢の入り口へと向かった。
扉は勿論鍵が掛かっており、押しただけでは開くはずもなく、試しに拳で叩いてみたが、ガンと金属同士のぶつかる音が響いただけで壊れる気配はなかった。
不幸中の幸いかわたしの双剣は奪われておらず、わたしの手元にあった。これで破壊できればあとは脱出するのみ。
『ソアレ、少し離れてて』
ソアレを牢の壁際まで下がらせるとわたしは双剣に魔力を込め強度を高めると、鍵に向かって横一閃に放った。
パキンという乾いた音を立てて鍵は上下に分かれ、地面に落ちカランと音をたてた。
扉を押そうと1歩踏み出そうとしたが、足に力が入らずその場に膝をついていた。息が上がる。以前に比べてかなり魔力を溜め込んでいたはずなのにもう底につきかけていた。
それでもまだ動ける。動けるうちに少しでもここから離れないと。
剣にもたれながら立ち上がり、牢の扉を押すとギーと金属の擦れる音を立てて扉は開いた。
『帰ろう、ソアレ』
わたしがソアレに手を差し伸べると、どこからか幼い子供の声が直接頭に響いた。
【兄さん達、ここから出るなら、ウチも連れてって欲しいんよ】
『どこだ?』
牢の中を見回してもソアレ以外の子供の姿はなく、あるのは栗色の髪の少女と銀毛のコボルトと先ほどまで気づかなかったが、牢の隅にソアレと同じくらいの大きさの純白の体毛に覆われたウサギのように長い耳を持ったドラゴンの子供が透明な水晶に覆われていた。
『君、なのか?』
水晶に覆われた子ドラゴンに尋ねると【そうなんよ】と照れた声で返事が返ってきた。
『誰かに封印でもされたのか?』
【いやー、それがな…】
子ドラゴンの歯切れの悪い回答にわたしが首を捻っていると
【言っても笑わんかい?】
もじもじ照れた口調で話すドラゴンに
『内容次第だが、笑わないよう努力はしよう』
わたしの回答に満足したのか子ドラゴンはまた話し始めた。
【ちょーっと、長く寝てたら、自分が生み出した魔石に閉じ込められた】
『何…だと』
笑うというよりただ呆れるしかなかった。
『ちなみに、どれくらい寝てたんだ?』
【うーん、200年くらいかな。起きたら閉じ込められてて身動き取れへんところを連れてこられたんよ】
『…それは災難だったな』
自業自得というか、自爆というか、まあそこは触れてやらないのが優しさだろう。呆れて次の言葉が出ないわたしに不安に思ったのか子ドラゴンが再度、問いかけてきた。
【それで、ウチも連れて行って…】
『ああ、構わないよ』
腰のポーチから水晶を固定するロープを出しながら子ドラゴンに近づくと
【ありがとうなのよ】
と子ドラゴンは嬉しそうな声を上げていた。
『さあ、行こうか』
子ドラゴン入り水晶をロープで固定し終え背負うとわたしはソアレに手を差し伸べる。ぎゅっとソアレはその手を握り返し、わたし達は牢を後にしようとすると背後からクックマーチに声をかけられた。
「私達も一緒に行っても良い?」
その声は振るえ、怯えているようだった。
『好きにすれば良い』
振り返らず、わたしは冷めた声で彼女に答えた。
今、この状態になった原因はほぼこの少女が原因だろう。わたしのことはわたしにも落ち度があったかもしれない。自身のことにはそこまで腹は立っていなかったが、ソアレをこんな状態にしたことにはかなり腹が立っていた。そのせいで、彼女には優しくは出来なかった。
それでも、クックマーチは小さく「ありがとう」というと銀毛のコボルト、ハルを背負うとわたし達の後に続き牢から出た。




