火の国王都へ向かって
王都行の獣車乗り場に向かうと、そこには先ほどの鳥、火の国では駆鳥と呼ばれる鳥がクェクェと大合唱を行っている。
火の国の国土の約半分が砂漠地帯、残るもう半分はオアシスを囲むように形成された森林地帯。
その昔は人族もオアシスの畔に町を築いていたが、蜥蜴人、蛙人、蛇人《ラミア、ナーガ》と言った種族と諍いを起したため、現在人族は砂漠地帯で暮らすことを余儀なくされていた。
牧草の育たないこの砂漠地帯で馬を飼うことは難しく、豆などのを主食とする駆鳥が重宝されている。
獣車乗り場には多くの荷台を引き連れた商人たちが獣車の御者たちと交渉を行っている姿がそこかしこで見受けられた。このまま、のんびりしていると昼前に立つものが全て無くなってしまうかもしれない。
少しばかり焦ってあたりを見ましているとけたたましい駆鳥の鳴き声と「こっちから願い下げだ」と口を尖らせ、ぶつぶつと小言を漏らす男性の姿が目に入った。小言を漏らす男性の先には珍しい黒く艶やかな羽毛の立派な体格の駆鳥が二羽、荷台につながれ鳴き喚いている。その傍らには褐色の肌に駆鳥と揃いの艶やかな黒髪を短くそろえた御者の女性が二羽の頭を優しく撫で落ち着かせていた。
暫くして、落ち着いたのかクェルゥとどこか甘えたような声を出している駆鳥の金色の眼が私達の方を見つめた。器用に一羽が轡と外すと私達の方にトタトタと歩み寄ってくるとその大きな嘴でソアレを咥える持ち上げる。
全く敵意を感じなかったせいで反応が遅れた。慌てて駆鳥に駆け寄ろうとするとぽふっと駆鳥は丁寧にその背にソアレを乗せると来た時と同じようにトテトテと御者の元に戻っていった。
「驚かせてすいませんねぇ」
苦笑を浮かべた御者の女性が私達に声をかける。返す言葉に困る私とラミナ。驚きながらも嬉しそうなソアレ。羨ましそうに口をへの字に曲げ頬を膨らますキキ。
「客がないなら乗せて欲しいんだけど」
ここで乗車交渉に出るとは流石ノティヴァン。ノティヴァンの言葉に女性は目を輝かせて微笑んだ。
「是非お乗りください。気難しいこの子がこんなに懐くなんて珍しいんです」
こうして私達は無事、火の国王都へと向かう獣車に乗車する事が出来、二羽の駆鳥が曳く幌鳥車は少しばかり揺れながらも快調に王都に向かって進み始めた。
満天の星空の下一夜を明かした幌鳥車は東の空から赤い朝日が昇り始める頃には、地平線の先に白煉瓦で作られ、表面を光を反射する塗料で塗られキラキラと輝く王都の城門を僅かに覗き見るところまで進んでいた。
何事もなければ後1時間程で王都に到着できる。
まだ、毛布に包まりスヤスヤと心地よさげな寝息を立てている、愛しい子らと愛しい女性の寝顔。その対面には口の端からよだれを垂らしながら気持ちよさげに眠る友人と寄りかかられ少しばかり迷惑そうなその相棒の姿を微笑ましく眺めている、と突如下から突き上げるような大きな揺れが荷車を襲った。
瞬時に荷車の乗員は全員飛び起きる。荷車の外を見れば駆鳥が小さな羽をばたつかせながら大声で足元の砂地に向かい鳴き喚いている。
幌鳥車の前方の砂地がズズズと音を立てながら盛り上がる。小山ほどの砂山から顔を出したのは私でさえも一飲み出来そうなほど巨大な蚯蚓のような魔物、岩喰い蚯蚓の亜種砂食み蚯蚓。
目はなくびっしりと歯の並んだ口だけの顔が私達の方にその鎌首を向けた。
考えるよりも身体が先に動いていた。砂食み蚯蚓と幌鳥車の間に躍り出ると私は剣を抜き砂食み蚯蚓に切っ先を向ける。その隣には槍を構えたノティヴァンの姿があった。
ほぼ、同時に私とノティヴァンは砂地を蹴り砂食み蚯蚓に切りかかる。危険を感じたのか砂食み蚯蚓は慌てて地面に潜ろうとする。
しかし、それは叶わなかった。「凍てつけ!」と背後のソアレから発せられた言葉により砂食み蚯蚓はその身を氷の塊に捕らわれた。
砂食み蚯蚓を捕えた氷は私とノティヴァンの一撃を受け粉々に砕ける。無数の小さな氷の欠片が日の光を受けキラキラと舞うその光景は幻想的な美しさがあった。
剣を鞘に収め振り返ると得意げに硝子ペンを掲げるソアレの姿に私も鞘に収めた剣を掲げて応える。
幌鳥車に戻ると興奮気味に女性御者が私とノティヴァンの元に駆け寄ってきた。
「凄い凄い!あんなデカい砂食み蚯蚓を一撃で倒しちゃうなんて。お客様、さぞ、名のある冒険者様なんですよね?」
キラキラと憧れの籠った瞳を向けられ、答えに窮する私に対して、ノティヴァンは自信に満ちた笑顔で朗らかに
「あぁ、勇者と愉快な仲間達だ」
と答えた。愉快な仲間?内心、繭を顰める私。そんなことにはお構いなしに女性は「私、勇者様を乗せちゃった」と小声でつぶやき目の端にうれし涙を貯めていた。
砂食み蚯蚓襲撃から程なくして御者の女性は幌荷車に乗り移った。
「ねえ、勇者様、旅の話を聞かせてくれませんか?」
「あぁ、構わないよ」
興味津々にノティヴァンに旅の話をせがむ女性にノティヴァンは笑顔で快く応えた。その隣ではバートが兜の下で渋面を作っているのが察せられ、それをラミナが苦笑いを浮かべながら見守っている。
私はというと、いなくなった御者の代わりに御者台に座り申し訳程度に手綱を握っていた。2羽の駆鳥は勝手知ったる道と言わんばかりに迷わず王都を目指しテクテクと歩みを進めていく。
その背には嬉しそうにまたがるソアレとキキの姿。
「ソアレ、さっきは助かったよ」
「ん?何のこと?」
何に礼を言われているのか分からないソアレは可愛らしく首を傾げた。ソアレは知らなくていい。私のトラウマのことなど。
楽しそうに駆鳥と戯れている姿を眺めているだけ負ったトラウマも癒されるというもの。
「ありがとうな、ソアレ」
「うーん、良くわからないけど、父さんが助かったのなら良かったよ」
私が笑いかけるとソアレには少しばかり納得しないものがあるようだが、私に笑い返すとじゃれてくる駆鳥の頭を優しく撫でた。




