第五話 だれが縄張りに踏み込んだのか
「さて、コボルドの討伐を始めるか! カイトが俺と連携できたら良いんだろ?」
「任せてよ! さっきの僕とは一味違うよ!」
「違ってなかったら、ここにいる皆の夕飯はお兄ちゃんのおごりねー」
「なんで!」
街から出て直ぐの辺りでそう話す三人は、本日二度目のコボルド討伐クエストに来ていた。
しかし、指定討伐数は一度目の倍以上のクエストを選んだ為、目的の場所が少し遠い。
「あのー、私もご一緒して良かったのですか?」
そう訪ねてきたのは、ギルドでエイジが相席していた女性だ。
「勿論だよ。カイトがバカみたいに指定討伐数が多いクエストを選んだからな、一緒に来てくれるならむしろ助かるよ」
未だにフードは被ったままではあるが、エイジは全く気にせず答える。
「そう言えば、まだ自己紹介してなかったな。俺はエイジだ、よろしく!」
カイトの時と同じ様に右手を前に出したが、相手が女性だと思い出し、その手を引き戻す。
「私はフィルディアと言います。よろしくお願いします、エイジさん!」
その名を聞き、シルヴィアと名前が似ていると言っていた事を理解したエイジを前に、フィルディアはフードを下ろし、美しい金髪碧眼の少女の顔が日の光りの前にさられる。
思いがけない伏兵に、エイジはドキッとしたのち、平然を装って会話の続きを試みる。
「あの……行こっか………」
エイジはシャイだった。
―――― 一時間後。
指定討伐数がバカみたいに多いクエストをクリアするためにカイトが案内した場所は、イニティウム周辺で一番大きいコボルドの縄張りだった。
あまりにもの数の為、ほとんどの冒険者が近づかず、縄張りに踏み込んだ冒険者のことごとくが返り討ちにされている危険スポットだ。
そして、カイトになにも聞かされていないエイジ達は、全くの無警戒で縄張りに踏み込んでしまう。
「……なぁ、カイト。辺りから聞こえる音からして、俺達は囲まれてないか?」
「流石は危険スポット、魔物の警戒レベルが高いね」
「危険スポット!? お兄ちゃん、私が戦えない事を忘れたの!!」
「安心しろよ、シルヴィア。カイトが守りきってくれるだろ」
「エイジ君は!?」
「俺は自分の事で手一杯だ。ま、余裕があったら守ってやるよ」
魔物の気配に警戒しながら、エイジは後ろにいるシルヴィアにそう言い、武装魔法を発動させて雷刃を右手で握る。
「あの、戦いの前に皆さんの魔力属性を教えてもらえますか? 私は水属性です!」
「僕は火属性だよ!」
「私の属性は風だけど、回復魔法以外は全く使えないの!」
「……質問していいか。まさかとは思うけど、魔法って一属性しか使えないのか?」
「基本はそうだよ。魔力属性は生まれつきだから選んだりはできないしね。 残りの説明は後でね、来たよ!!」
回りに隠れていたコボルド達が一斉に飛び掛かってきた為、カイトは説明をやめて武装魔法を発動させ、シルヴィアに近づいたコボルドを切り裂き、次々に攻めてくるコボルドの攻撃を受け流す。
エイジもカイトに負けじとコボルドに攻撃を決め、刀の残像を描くかの如く、雷が刀の通った宙をなぞり、追撃が決まる。
「エイジさん、今のはなんですか!?」
「落雷の事か? 分からんけど、攻撃をすると任意で追撃できる、俺のキメワザだ!」
「もしかして、エイジさんの魔力属性は雷なんですか?」
「さぁな。今日魔法を覚えたばかりだからよく分からん!」
エイジは攻撃の手を緩める事なく、フィルディアの質問に答えた。
フィルディアも水属性魔法でコボルドを蹴散らしてゆく。
「もしも、エイジさんが本当に雷属性なら…」
そう呟いたフィルディアは、自分の前方にいるコボルドを倒してから、近くで戦うエイジの方を向く。
その瞬間、エイジがフィルディアの方に雷刃を投げ飛ばし、フィルディアの顔の横をスレスレで通り過ぎ、フィルディアに背後から攻撃を仕掛けようとしたコボルドに突き刺さる。
そのコボルドとの距離を即座につめたエイジは、刺さった雷刃を掴み、そのまま切り裂く。
「あ…ありがとうございます」
「気にすんなよ」
フィルディアの礼に答えた後、エイジは五体目のコボルドを倒してからシルヴィアのもとに駆け寄り、攻撃を仕掛けた二体のコボルドをカイトと共に倒す。
「危険スポットって言う割には、数が多いだけで手応えが無くないか?」
「当然だよ。このコボルド達は下っ端で、強いのが現れるのはここからだからね!」
「そうか! 楽しくなってきたあぁぁ!!」
「ダメだあぁ! エイジ君もお兄ちゃんとほとんど同類だよおぉぉ!!」
「えっと、あの! シルヴィアさん、元気出してください!」
「無理ですよ!!」
シルヴィアが涙ながらに叫ぶ。
まともだと思っていたエイジが、残念な事にカイトと同類だった為、仕方がない。
「ねぇ、エイジ! どっちが先に縄張りのボスを倒すか勝負しない! 負けた方は、勝った方の命令に従うてきな」
「その話し乗った! こっからは俺の見せ場だ!!」
二人はお互いの拳を合わせた後、エイジは空に向けて雷刃を振り上げ、カイトは空に向けて魔法を発動させるための魔方陣を展開させ、雷と炎を空に打ち上げてコボルドの警戒心を煽る。
さらに警戒レベルを上げたコボルドは、さきほどの倍の数、四十体程で迎え撃ってきた。
「いやあぁぁ!! バカなの! 二人共どうしようもない程のバカなの!!」
「倒せるから問題無いだろ?」
「エイジの言う通りだよ。僕達は百体のコボルドを討伐しないといけないんだよ」
「それは、お兄ちゃんのせいでしょ!」
「エイジさん、私も勝負に参加したいです。いいですか?」
「いいけど、勝つのは俺だ!」
「私も負けません! 水属性魔法・『サウザンドスプラッシュ』」
フィルディアの出した青色の魔方陣から表れた攻撃魔法は、一気に三体のコボルドを倒してしまう。
カイトも広範囲の攻撃魔法でコボルドを倒し、敵の数を減らしていく。
もしも、縄張りのボスが魔法の巻きぞいでやられていたとしても、ギルドに戻ればライセンスの記録から分かる為、二人は広範囲攻撃で一気に倒しているのだ。
「不味いな。俺はまだ武装魔法しか使えないからな、ボスを見つけ出す必要があるな…。よし! フィーリングで勝負だ!」
エイジはさらに奥へと一人で踏み込んでいき、コボルドを倒しながら縄張りのボスを直感で探す。
そして、一体のコボルドに目星をつけるが、回りにいるコボルドが多すぎ、攻撃魔法が使えないエイジが倒すのは難しい。
しかし、エイジとは別方から飛んできた炎魔法により、数体のコボルドが倒れた上、コボルド達の意識が一瞬、エイジからそれてカイトの方に向けられる。
「今だ!!」
その一瞬を逃す事なく、エイジはコボルド達に向けて雷刃を振り、雷を落として分散させ、目星をつけたコボルドに接近し、刀を振るうが、
「なに!?」
その攻撃はコボルドの持つ剣に弾かれ、雷の追撃すらかわす。
攻撃をかわされたエイジに、分散されたコボルド達が一斉に襲いかかってきた。
「邪魔だ!!」
そう叫んだ時、エイジは無意識に頭で魔法を構築し、地面に大きな黄色い魔方陣が表れ、大放電を起こして回りの二十体程のコボルドを全て倒した。
「俺は勝負事に負けたくないからな! 今回の勝負にも勝ちたいんだよ!!」
エイジがボスと予測したコボルドは、エイジの攻撃魔法から逃れていたが、エイジが一気に距離をつめた。
「これで、俺の勝ちだあぁぁ!!」
エイジの攻撃をコボルドは剣で防ごうとしたが、エイジはその剣ごとコボルドを切り裂き、凄まじい落雷から遅れ、強烈な音が辺りに鳴り響く。
その光景を、エイジの後を追ってきたフィルディアは目撃した。
「本当に雷属性の魔法を…。今は存在しないはずの魔力属性……」
この世界に存在する魔力属性は基本四つだ。
それは、炎、水、風、地属性。
例外の属性も後二種存在するが、そのどちらもが雷属性ではない。
雷属性が存在したのははるか昔の話し。
それ故に、雷属性はただの伝説となった。
しかし、今、伝説は現実のものとなった。
それが指し示す意味は、まさに、神のみぞ知る事なのかもしれない。