第四十二話 拳
王都キャメロットより離れた、少し前までは街が存在していた場所――イニティウム跡地。
瓦礫だけが存在している様なその場所に、金属同士がぶつかり合う音が響いた。
音の原因は二人、エイジとカイトである。
左腕にギプスをしている状態のエイジは片腕で刀を持ち、無傷のカイトは剣を両手で持っている。
その為、力強さはカイトに軍配が上がる。
だが、エイジはそれを攻撃の速度で補う。
戦いに乱入してきた魔物を二人が同時に切り裂き、二人は一度距離をおく。
「流石に、楽には勝たせてくれないか」
「当然。せっかく集まってくれた数少ないギャラリーを沸かせないとだ」
二人から少し離れた位置には、フィルディア、シルヴィア、ジーク、ティア、マーリンの五人がおり、二人の戦いを見守っている。
五人全員が二人の戦う理由を知っており、口出しをしないと決めてこの場所にいる。
ジークとティアはカイトが呼んだ。
理由は二つある。
一つは、戦いの最中、闇ギルドがエイジを狙って接触してくる可能性を考えての事。
二つ目は、師匠であるジークに、成長した自分の姿を見てもらう為だ。
マーリンの場合、楽な移動手段として呼ばれており、ほぼ巻き込み事故である。
「エイジ、エンタメごっこはやめて本気を出しなよ。じゃなきゃ君は、ここからの僕に傷の一つも付けられはしない!」
瓦礫が積もって出来た足場を蹴り砕き、エイジに向かって一直線に走り出す。
その姿を見て、カイトが身体強化魔法をブーストしている事に気づいたエイジは、同じく身体強化の魔法を使い、自分に迫っていた剣を弾いた。
その刹那、カイトは直ぐに身を横へ寄せ、背後に隠していた炎弾をブーストして放つ。
「――ッ!?」
咄嗟にエイジは、刀を横にして防御態勢に移ったが、ブーストされた魔法の連中で後ろに押されだす。
エイジは炎を防ぐ刃に魔力を纏わせ、刀を全力で横へと振るい、その剣圧でカイトの炎を消し飛ばすと、人間離れしたその脚力でいっきに距離を詰め、防御に回した剣を蹴り砕く。
一歩後ろに下がったカイトの足を払い、態勢を崩したカイトを回し蹴りで蹴り飛ばす。
だが、腕で防御していたカイトは飛ばされた場所で直ぐに起き上がり、両手をブラブラと振る。
「いってぇ! 防御魔法が間に合わなかったら危なかったな」
エイジの力量を理解したカイトは、一直線に走って来るエイジの視覚となる瓦礫にバインドの魔方陣を展開して、注意をそらす為、ブーストした炎弾を連発する。
エイジは迷うことなく、邪魔な炎弾を切り裂きながら真っ直ぐ一直線に突き進む。
しかし、
「魔方陣――!?」
自分の左右に仕掛けられた魔方陣より鎖が現れ、両手両足が絡め取られ、自分の付けすぎた速度で鎖が強く身を縛る。
「ぐッ――!?」
さらに、動けなくなったエイジに対し、カイトは大技を放つ為、魔法の詠唱を始める。
基本的に、魔法の発動に詠唱は行いはないのだが、上級以上の魔法には詠唱を必要とする程に強力な魔法も存在するのだ。
そして今、カイトはその詠唱を終え、
「焼き払え!『ブレイジングバーン』ッ!!」
自分の前に現れた魔方陣を殴る様にして、エイジを殺す勢いで魔法を放つ。
炎が迫るなかで、エイジはギプスから腕を抜き、中に隠し持っていた風属性の魔石を足元に落として、発動した魔法で鎖を断って脱出し、間一髪のところで攻撃をかわす。
それから直ぐに、自分の近場を見渡して、一番大きな岩の後ろに回り込んで、それをカイト目掛けて投げ飛ばす。
「ぶっ飛べぇぇ!!」
カイトは軽い身のこなしで避けたが、大岩に意識を持っていかれた一瞬の間に、エイジが視界から姿を消した。
だが、カイトは自分を中心に炎の渦を出現させ、範囲を一気に拡張して辺り一帯を焼き払う。
「もうこれで、君の逃げ場は無い!」
渦の中心に立ち、辺りを焼き付くすカイトがそう口にした時だ、
「――逃げ場を無くしたのはお前の方だ!」
唯一の隙とも言える渦の真上を陣取ったエイジが、そう叫んで刀を振るおうとしていた。
そんなエイジを見上げたカイトは口元をニヤリとさせ、
「僕が言っているのは――この状況の事だぁ!」
「なッ――!?」
罠に掛かったエイジを龍を模した炎で襲い、地面まで一気に叩き落とした。
「うッ……がはッ!?」
よろめきながらも起き上がったエイジが前を向くと、炎を纏わせた腕で殴られ、三歩ほど後ずさりをした場所で倒れそうになるが、それは意地で踏ん張り立て直す。
しかし、炎弾を腹部に撃ち込まれ、炎で出来た渦の壁まで飛ばされてぶち当たり、内側に弾かれた。
追撃の炎弾を倒れた態勢からアクロバティックにかわすと、炎弾を切り裂きながらカイト目掛けて攻め込んで斬りかかるが、バインドの鎖が刀を絡め取る。
次に、鎖は身体の方を狙うが、エイジは武器を手放して後ろに下がり、
「やるしかねぇ!『アーク』ッッ!!」
この戦いで始めて雷魔法を発動した。
それは、広範囲に渡って凄まじい威力の雷を放つ電弧放電で、バインドの鎖や周囲にある炎の渦を消し飛ばした――。
雷魔法による大ダメージを受けたカイトはよろめきながらも立ち上がり、気合いを入れ直すかのように両頬をバチンと叩いた後、身体強化のブーストを最大にまで引き上げた。
そんなカイト同様に、エイジもユニークの力を制御可能なギリギリラインまで引き上げ、障害物の無い開けた場所で標的目掛けて二人同時に走り出し、
「カイトーーーッ!!」
「エイジーーーッ!!」
属性魔力を纏わせた拳と拳をぶつける。
お互い血にまみれながらも、攻撃の手を止めることなく、拳や魔法をぶつけ合う。
攻撃を受け、後ろに後ずさったとしても、二人は直ぐにその分だけ踏み込む。
無茶をしている二人の体力低下は激しく、お互いに限界が近くなっている為、
「これで終わらせる!」
カイトは次の一撃で勝負を決めにかかる。
だが、勝負を焦ったカイトの動きはエイジとって見切りやすく、攻撃をかわしてカウンターを入れに行く。
カイトはその拳が自分に届く前に、防御魔法をブーストして発動したが、
「うおおおおおおおおおおぉぉぉッ!!!」
エイジの一撃は魔力障壁をぶち破り、そのままの勢いでカイトに拳を届かせる。
「俺は、俺の選んだ道を突き進む! だから、こんな所で躓く訳にはいかねぇんだぁ!!」
一撃に全てを賭けているエイジは、制御可能のギリギリラインを飛び越え、限界突破の一撃でカイトを殴り飛ばす。
決闘が決着したと判断したのだろう、
「頑張ったな、カイト」
障害物にぶつかりそうになったカイトを、師匠であるジークが受け止めた。
それから、シルヴィアもカイトの方へと駆け出して行く。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
息をするのも苦しい程に疲れ果て、エイジはその場に倒れそうになったが、マーリンのユニークでワープしてきたフィルディアが優しく体を支えてくれる。
「お疲れ様です」
「ああ、ありがとな」
フィルディアに礼を告げると、エイジは一人で歩き、フィルディアの方に向き直る。
そして、息を整えてから口を開いた。
「なぁ、フィル……」
「何ですか?」
「やっぱり俺は、君の事が大好きだ」
エイジに好きだと告げられたのはこれで三度目になるが、フィルディアは頬を赤らめ口元が緩む。
「私も、あなたの事が大好きです」
「あはは……! なら、絶対に勝たないとな」
「そうですね、絶対に勝ってください!」
「おう、任せとけ!」
胸元にあるペンデュラムを握り、迷いなど感じさせない最高の笑顔でそう答えた。
丁度その時、聞く音の全てが遠ざかる様で、感情が心の奥底に引きずり込まれる様な、そんな不思議な感覚がエイジを襲い、急な頭痛に頭を抑える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……大丈夫だ……」
『力の使いすぎで疲れたんだろう』と自己解決したエイジには、これが覚醒の予兆であることは知るよしもない。
だが、覚醒の片鱗を見せるのは遠くもない話だ。
それは今から約二週間後の五月一日、選ばれた者の中からフィルディアの婚約者を決める戦い、婚約者決定戦での出来事。
そして、時はその当日まで進む――。




