第四十話 寂しげな世界
事件の後、病み上がり直ぐで無理をしたエイジは、先日同様に意識を失ってしまった。
「……白い空?」
目の前に広がるは何処までも続く白。何もなく寂しい虚無だ。
意識を取り戻し、それに気がついた刹那、自分の上体を起こしてキョロキョロと辺りを見回す。
そして、ようやく自分以外の人物を一人だけ視界に捕らえ、痛む左腕を抑えながら話しかけるのだった。
「こんばんは、シュバラ様。出来れば、こっちの世界では痛みを消して欲しいんですけど。痛くて楽しい話ができそうにない」
「出会い頭に注文の多い少年だね、君は」
そう文句を言う神様ではあるが、指を鳴らして魔法を発動させ、こっちの世界でのみエイジの怪我を完全に直した。
「今回は珍しく真面目な話だから、話に集中できなくては困る」
「…………」
真面目な話が何の事であるかは大方の察しはつく。何故なら、先程までその話の内容の状況下にいたのだから。
「アヴィケブロンは強かっただろ?」
「…ああ、かなり強かった……。俺じゃ勝てないって、そう感じさせられたよ……」
「そうか。でも、君がユニークを使いこなせれば勝てない敵ではない」
確信を持って言うと、いつもの様に白い虚無空間に椅子を出し、その椅子に腰を掛けて話を続ける。
「だけど、ユニークに頼りすぎというのも良くはない。君は魔法について多くを学ぶ必要がある」
「学ぶって言ってもさ、俺の属性はレアっぽいし、文献には載ってないぞ?」
僅かではあるものの、エイジもこの世界について学んだことがある。
魔力属性、それは一人一属性しか使うことができないもの。
基本は四属性、炎、水、風、地だ。
そして、魔法使いは己が持つ属性を極めたとき、超級の領域に至り、焔、氷、嵐、樹の極魔法が使えるようになる。
現在、エイジが得ている情報はこの程度だ。ついでに、この程度の情報は、この世界だと七歳までに覚える常識だ。
「学ぶにしても、雷魔法については自習しか方法がないんだけど?」
「確かに、地上ではそうだろう。けれど、私なら君に魔法を教えられる」
鳴らした指の音が響く。
すると、エイジの前に一枚の紙が現れた。
その紙を手に取り、エイジが書いてある内容に目を通す。
「これって……!? 間違いない、この紙に書いてあるのは――雷魔法」
文献に載っていない筈の雷魔法について書いてあるその一枚の紙。
当然驚くし、紙を握る手に自然と力が入る。
「それは世界の記録、その一頁を写したコピーだよ」
「世界の…記録……?」
紙を胸の辺りまで下ろし、世界の記録と語ったシュバラに視線を移す。
だが、シュバラが世界の記録について語ることはなく、エイジも聞いてはいけない事なのだと納得した。
「何はともあれ、これで君は一つ先のステージに進むことができる。まぁ、後は君次第ではあるけどね」
君次第と言うのも、エイジに渡された紙に書かれているのは雷の魔法基礎で、魔法の使い方が直接的に書かれている訳ではない。
新しい魔法は、紙に書かれている内容を理解し、自分自信で生み出す他ないだろう。
しかし、
「へぇー、なるほどなるほど。えーっと、つまりはこうか? 『サンダーバースト』ッッ!」
エイジの学習力は意外にも高く、未完成であった魔法を、今得たばかりの知識を用いて完成させたのだ。
それも、かなりの高威力で――。
「あれ……?」
自分が前方に放った高威力の雷撃を目にして驚き、そのままの姿勢でその一言だけを漏らした。
雷属性は一般の属性とは違う例外的存在。その為、雷属性の魔法には上級や超級といったランクが存在しない。
故に、エイジ次第では、その威力を超級と同等にまで上げる事ができる。
と言っても、雷属性を極めたらの話ではあるが。
「君は…何と言うか、恐ろしい少年だね。まぁ、だからこそ、君が転生者に選ばれたのだろうけど」
独りでに納得したシュバラは、エイジの前に幾つも連なる壁を創り上げた。
「これは?」
「魔法耐性を持つ特殊な壁だよ。試しに全力で魔法を放ってみるといい」
「……分かった」
シュバラに言われて壁の方へと向き直ると、エイジは先程の感覚のままに魔法を発動する。
「雷魔法『サンダーバースト』ッッ!」
前に突きだしたエイジの右手。その先に出現した黄色い魔方陣は、轟音を響かせて地面を抉りながら進む雷を放つ。
五重にそびえ立つ魔法耐性持ちの壁はその雷をもろに受け、一枚が破壊されると同時に立ち上がった煙で姿を隠した。
「どうだ!」
自信満々でシュバラの方を見るエイジだが、後ろを指差され、煙から姿を現した壁の方を向いた。
すると、そこには未だ四枚の壁がそびえ立つままであった。
「ざんね~ん! 砕けた壁は一枚だけでした~!」
「素が出てるぞ」
「あ、ヤベ!」
自信満々の結果がたったの一枚だけという事実に、うっかりシュバラの素が表にでてしまう。
「あー、もういいや。真面目にやるのはメンドーだし、君をからかいたい時にからかいながらやらせてもらうよ」
「とんでもねぇな!」
「兎に角、早く強くなって私を楽させてくれ」
「そんなことの為に強くなってたまるか!?」
「あ、そろそろ時間か……悪いけど帰ってくれる? 今日がドラマの最終回なんだよね」
「レクチャーを優先しろよ!?」
優先度をドラマの最終回に負けたエイジがツッコミをかます。
しかし、シュバラは親指と中指を弾いて音を鳴らし、エイジを光が包み出す。強制的に現世に送り返すつもりらしい。
エイジは自分を包もうとする光を必死に掻き分け、シュバラに向かって叫ぶ。
「テメー、シュバラ! テレビが見れんなら、俺に特撮ヒーローを見せろーー!! 仮面ラ――」
エイジは現世へと送り返された。
先程まで立っていたその場所には、シュバラから譲られた一枚の紙が落ちている。
「やはり、コピーでも向こうには持っては行けないか……。まぁ、持って行かれたら行かれたで大惨事になるけどね。何せ、これは未来の記録だからね」
落ちているその紙を拾い上げると、シュバラはその紙を燃やし尽くした。
「少しズルではあるけど、全世界の未来を救うには致し方ないだろうね」
灰となり果て、シュバラの手から散り行く紙。
それを先程まで掴んでいたシュバラの手は、何故か消え行く様に透けている。
「時間はあまり残されてはいない様だね……。それまでに器を……」
シュバラは無駄に力を使わぬ様に、僅かに繋げていた現世への繋がりを断つ。
「流石に疲れた……。やはり、私に無理は似合わないね……今は眠ろう。そうすれば……二週後にはまた……肉体を………」
何もなく寂しい虚無の世界で、シュバラはひっそりと眠りについたのだった。




