第三十九話 闇ギルド
「あれ? エイジさんはまだ帰ってないんですか?」
二階の寝室から降りてきたフィルディアが、一階リビングのソファーに座ってマカロンを食べているカイトにそう訪ねた。
「帰ってないよー」
「そうですか……」
カイトの答えを聞いた後、フィルディアは少し寂しそうな表情を見せ、降りてきた階段の方へと向かおうとしたが、
「ねぇ、フィルディアさん」
カイトが呼び止めた。
「何ですか?」
「今、外から何か感じなかった?」
「いえ、特に何も…」
「そう? じゃあ、気のせいか…。ああ、呼び止めてごめん! エイジが帰ってきたら呼ぶよ」
「……? では、お願いします」
会釈をしたフィルディアが降りてきた階段を登っていった後、カイトは窓際に近寄り、右手で窓に触れて街の方を眺める。
(さっきの感覚、あれはティアさんの魔法に間違いない。街で何が起こってる……!?)
多少は気にしたが、カイトはカーテンをしめてソファーに戻り、テーブルに積んである本を手に取って読み始める。
「ま、ティアさんが動いてるって事は、間違いなく師匠も動いてる訳だし、気にする必要はないかな」
ソファーでリラックス状態のカイトは、もはや外を気にする事なく、マカロンを口に運び、本のページを捲った。
一方その頃、魔道具で形成された空間では、エイジが驚きの光景に言葉を失っていた。
ユニーク発動状態で倒す事が出来なかった魔石を内蔵したゴーレム。それを、目の前に立つ剣士は楽々と倒し、全てが土塊に還っていた。
「低質の魔石を使ったゴーレムでは勝てないか。まぁ、当然の結果と言えるだろうね」
圧倒的不利な状況に立たされているというのに、アヴィケブロンは全く動じる事なく、逆に余裕を見せている。
「でも、これならどうかな?」
そう言ったアヴィケブロンは、懐から一つの魔石を取りだした。
その魔石を見た瞬間、
「何故、お前がそれを持ってやがるッ!?」
アヴィケブロンに向かって叫んだ。
魔石のカラーは黒。この世界に黒の魔石は一種類しか存在しない。
その名を――魔鎧の魔石という。
「ねぇ、英雄君? 君はあれを知ってるの?」
「はい…嫌って程に知ってます。だから――使われる前に奪い取る!!」
ティアの回復魔法による治療中だったエイジだが、魔鎧の魔石でのゴーレム作成を阻止する為、ユニークを再発動して走り出す。
しかし、アヴィケブロンは魔石を作成中のゴーレムに投げ入れ、土塊が人形を象り始める。
「残念だが、こちらの方が速い」
エイジとゴーレムの距離は凡そ五メートル。自己強化したエイジの速度でも、ゴーレムの生成速度を上回って距離を詰める事はとても厳しく、大きなダメージを受けている現状では不可能に等しい。
(やべぇ、マジで間に合わねぇ! 考えろ、あの魔石に届く方法は――)
「――あった! いや、この方法しかない!」
土塊は殆ど人形を形成し、完成まであと一秒弱と言ったところだが、エイジは諦める事をせず、ズボンのポケットから昼間に購入した魔石を取りだし、完成間近のゴーレムに全力で投げ込んだ。
そして、
「弾けろ!」
その叫びと同時に、ゴーレムの内側に入り込んだ魔石が水魔法を放ち、完成ギリギリで内側から上半身を吹き飛ばし、剥き出しになった魔石をエイジが掴み取ろうとしたが、折れた腕が激痛に襲われ、バランスを崩して勢いよく転がり倒れた。
「ッ!? チクショーー!!」
宙を舞う魔石へと伸ばした手を地面に叩きつけ、エイジが悔しさを叫んだ。
「まさか、この様な展開になるとは!? だが、これを譲る訳にはいかない!」
奥の手を妨害されたアヴィケブロンの顔からは余裕が失われ、必死になって宙を舞う魔鎧の魔石へと手を伸ばす。
だが、
「俺が居ることも忘れるなよ!」
エイジと同時に走り出していたジークが、アヴィケブロンの目の前で魔鎧の魔石を左手で掴み取った。
アヴィケブロンも魔石を掴みに行っていた為、現在はジークの間合いの内に位置しており、ジークの振るったバルムンクがアヴィケブロンに迫る。
だが、アヴィケブロンはゴーレム魔法を発動させ、自分とジークの間にある地面を大きく盛り上げ、攻撃を妨害して後ろに退く。
「勝機は失われてしまったな。ならば、ここは退くべきか…」
「逃がすか!」
目の前に作り出されたゴーレムを即座に倒し、無駄な時間を省く為に崩れる土塊を一直線に抜け、バルムンクを構えて接近する。
「私はボスを開放するまでは死ねない。そして、君の友だった彼の死を無駄にするまでは! 『転移』!」
転移と唱えると、アヴィケブロンは光りに包まれ、そこをジークが斬りつけたが手応えは感じず、一ヵ所に集まった光を散らしただけだった。
「――ッ!? アヴィケブロォォンッ!!」
バルムンクを地面に突き刺し、偽りの空を見上げながら叫んだ。
発動者が空間から離脱した事で、エイジたちを閉じ込めていた空間は直ぐに崩壊し、空間内にいた三人を正しい時間軸の空間へと開放した。
――キャメロットから離れた場所に位置する古代遺跡。
魔道具で転移を行ったアヴィケブロンは、辺り数十キロの範囲で街や集落のないこの場所に転移していた。
「やれやれ。これは一度使うと壊れてしまうのが難点だね」
右手の人差し指にはめてあった、魔石部分が割れてしまっている指輪を投げ捨て呟く。
「少年を連れ帰る事には失敗したが、目的の半分は達成できた」
そう言って取り出したのは透明の小瓶。
中にはバチバチと弾ける雷の魔力が封じられている。
――そう、それはエイジの魔力だ。
エイジが助けを呼ぼうと打ち上げたあの一撃の魔力は、アヴィケブロンの持つ魔道具に全て吸収されていたのだ。
「ボスを助ける為に必要なものはあと一つ。それさえ手にはいれば――」
「――事はそう簡単に運べやしねェぞ」
右手に持つ小瓶を眺めながら喋っていたアヴィケブロンの言葉を言葉で遮り、後ろへと振り返ったアヴィケブロンの右腕を切り落とした。
「うわあああぁああぁぁあああぁぁぁッ!!!」
一瞬の出来事だった。
故に、アヴィケブロンには何が起きたのか理解する事は出来ず、ただただ刹那に襲ってきた痛みに向き合うだけで、思考が停止した。
しかし、叫びながらも三秒後には思考が再び活動を始め、無くした腕が持っていた小瓶の確認する。
だが、落ちた右腕の手のひらには、エイジの魔力が込められた小瓶は握られていなかった。
「――ッ何処だ……何処へ消えたのだ!!」
落ちた右腕の辺りを見渡し、そう叫んだ。
すると、ガシャンという擬音が先に聞こえ、それに続いて先程と同じ人物の声でこう言った。
「お前の希望ってのが、まさかこんなに脆いものだとはなァ。うっかり砕いちまった」
アヴィケブロンが再び振り向いた時、そこには小瓶を握り潰し、破壊していた人物がいた。
「お前は――死神!」
「ご明察。俺は、死神グリムリーパー。ユニーク狩りを楽しむゲーマーだ」
「私はユニークを持っていないぞ! そんな私を、君は何故襲うんだ!?」
「そんなのは簡単だ。お前たち闇ギルドは、俺のゲームにとってはバグでしかねェからな」
「バグ…だと……。どういう意味だね!」
「要するに、必要ねェってことだ。だが、チャンスくらいなら与えてやってもいいぜ」
「チャンス?」
「一つ条件をだす。それを飲めるなら、お前たちを組み込んだゲームを用意してやるよ」
死神は不気味な笑みを浮かべ、アヴィケブロンに条件をつきだす。
その選択の答えで、エイジたちの運命は大きく変わる事になるのだが、それはまだ先の話である。
「さて、運命はどちらへ向かうかな?」




