第二話 導かれた異世界
草原を吹き抜ける風に当てられた木が、気持ちよさそうに葉を揺らしている。
その木にもたれて眠っていた英志は、誰かに声をかけられて目を覚ました。
「あのー、こんな所で寝てたら危ないですよ」
「ん? ……ふわぁ……あれ、俺は寝てたのか……?」
声を掛けられた後、周りを見渡して状況を把握した英志は、自分の前に立つ白髪の少年を見上げる。
「起こしてくれたんだな、えーっと……」
「カイト。僕の名前はカイト・イーニティウスだ」
(名前はそんな感じなのか……)
「どうかした?」
「いや、何でもない」
そう答え、寝起きの重い体を起こした英志は、ズボンを軽く叩き、カイトに向き直って言う。
「俺の名前は……エイジ。起こしてくれてあんがとな!」
「気にしないで。僕は急ぎの用があるんで、街に戻るから。それじゃ、気を付けてね」
そう言い残し、カイトは走り去っていった。
「行っちゃった……。でも、街の方向はわかったな」
エイジは、のんびりと歩きながら街の方へと向かう。
すると直ぐに、結構な高さの壁がエイジの視界に入ってきた。
草原にそびえ立つ壁は街を囲む外壁で、離れた場所にいるエイジにも見える程に高い。
「スゲー! 俺、本当に異世界に来たんだ!」
聳え立つ外壁を見たエイジは、異世界に来た実感が現れ、心を踊らせる。
街を外壁で囲んでいるのにはちゃんとした理由が存在する。
そして、その存在がエイジの視界に入り、エイジは近くの木にに身を隠した。
「そう言えば、シュバラが魔法も存在するとか言ってた様な…? なら、こういった存在もあるのね……」
右手に巨大な斧を持った鬼。
その姿は、この静かな草原には全く持って似合わない為、その浮いた存在を見なかった事にするのは至難の技かもしれない。
少なくとも、エイジにはできなかった。
その結果、木の後ろに隠れていたエイジは、気配を魔物に感じさせしまう。
「ヤベ! 気づかれた!」
そう言いながらも楽しそうにするエイジは、周りを見渡し、もう一体同じ魔物を見つけた。
「まあ、逃げるくらいなら余裕かな」
ニヤリと笑うエイジは、自分に気づいている方の魔物を挑発し、もう一体の魔物の方へと走って行く。
当然、もう一体の魔物にも気づかれ、そいつもエイジ目掛けて走り出す。
二体の魔物は、斧を振りかぶった状態で走っているが、エイジは臆することなく、一体を後ろに引き連れ、エイジ目掛けて走るもう一体の方へと走る。
「あーヤバい、意外と足が速いのな! いや、歩幅が広いのか?」
エイジが魔物の間合いに入った瞬間、二体の魔物は足を止めて斧を振り下ろすが、エイジはギリギリで横に避け、二体の魔物は、それぞれの攻撃を直に受けた。
「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!」」
「そんじゃ、存分に仲間割れしてくれよ。バイバーイ!」
深手をおった魔物は、エイジを追うことなく戦い始め、その二体に手を振り、エイジはその場を差って行く。
四十メートル程の高さである外壁を、エイジは街の入り口近くで見上げた。
「近くで見ると大きさがよく分かるなー。外壁の上に登れたりするかな?」
眺めるだけ眺めて満足したエイジは、入り口を潜って街に入っていった。
「結構な広いし、人もいるな。おっと、それよりも、街の案内図を探すか。その次は…職だな。金が無い……」
エイジは街の案内図を探すべく、街の中を適当にぶらつく。
人に訪ねれば済む話ではあるのだが、街を見て回るのを楽しく思い、街の見物をしながらのんびりと探す。
街に入ってから二十分程して、エイジは街の案内図がある場所にたどり着いた。
「……お、ギルドって書いてあるな。興味深い……行ってみるか!」
行き先をギルドに決め、案内図を指でなぞってギルドまでの最短ルートを調べたエイジは、道の途中で目印になりそうな店などの場所も覚え、ギルド目指して歩きだす。
「えーっと、ここだよな。立て札にギルドって書いてあるし、間違いは無いか。それにしても、外に聞こえる程騒がしいな」
エイジはギルドから聞こえる酔っぱらい達の笑い声に若干引きながらも、ギルド建物内に入っていった。
そこには、広い建物内にある席が満員になる程に人がおり、その殆どが男性で酒を飲んでいる。
「うわー、俺の場違い感がハンパねー」
エイジはそうポツリと呟き、辺りを不思議そうに見渡していると、カウンターの方にさっき会ったカイトがいるのを見つけた。
すると、カイトの方もエイジに気づき、エイジの方にやって来た。
「また会ったね、エイジ!」
「そうだな。……なあ、カイト。その手に持ってるのってなに?」
「このカードの事?」
指摘したのは、カイトが右手に持つカードの事で、エイジはそれが少し気になった。
「これはね、エイジ。冒険者のライセンスカードだよ」
「冒険者か。そう言えば、アイツが冒険がどうとか言ってたな……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない。それより、俺は今仕事を探しているんだが、冒険者は俺でもなれるか?」
「もちろん。カウンターの方で頼むといいよ」
「よーし、職業獲得! 無職から脱却だ!」
「まだ冒険者になってないから無職じゃない?」
「……………」
カイトによる冷静なツッコミが入り、エイジは静かにカウンターの方に向い、冒険者登録を行う事にし、受付嬢に話しかける。
「あのー」
「あ、いらっしゃいませ! どうされましたか?」
「冒険者になりたいんですけど、登録をお願いできますか?」
「かしこまりました。では、こちらのライセンスカードをお受け取りください」
そう答えた受付嬢は、エイジにライセンスカードを手渡し、エイジがそれに触れた瞬間、ライセンスカードが光だす。
その光が消えると、ライセンスカードにエイジと名前が刻まれ、レベル一と書かれていた。
「登録完了です」
「終わり!? カードを受け取っただけなんですけど……」
「はい。そのカードに名前とレベルが刻まれたら完了です。クエストのクリア、または魔物を倒していけば冒険者レベルが上がります。レベルが上がると、より報酬の良い、高難易度クエストを受ける事が可能になります」
「なるほど、結構大事なカードなんだな。カイトのレベルは?」
「レベル十二だよ。お互い、レベル上げを頑張ろうね!」
ライセンスカードのレベルが書いてある面をエイジに見せながら、カイトはエイジに言う。
エイジもそれに軽く相槌を打った後、受付嬢の説明を聞き終え、礼の言葉を述べた後にカイトの案内でクエストボードがある場所に移動し、発注するクエストを選び始めた。
「アイテムの採取、納品系のクエストにするかな。でも、報酬が……。なあ、カイト。クエストの多重発注はできるのか?」
「三つまでなら同時に発注できるけど、今回は僕も手伝うから、報酬の良い討伐系のクエストにしなよ」
「おお! 助かるよ!」
「気にしないでよ。これも何かの縁。エイジとは仲良くなれそうな気がする」
「俺もそう思うよ。よろしくな、カイト!」
右手を前に出し、エイジがそう口にした。
「こちらこそ。よろしく、エイジ!」
カイトはそう答え、二人は握手を交わした。
斯くして、エイジは異世界に来た初日、己の欲した他者との繋がりを得たのだった。
そして、この出会いが世界を変える事になるとは、この時のエイジとカイトは知る由もなかった。