第二十四話 君の隣に
ダンジョン攻略のタイムリミットが三十分を切った頃、エイジの案内で十五階まで来ていた。それは、サーチエリアで五階の隠し通路を見つけたためだ。
このダンジョンは不思議なワープエリアが存在し、一気に階を進んだり戻ったり出来る。
しかし、行き先の分からない片道切符だ。
それを知らなかったエイジは躊躇いなくワープし、運良く十五階というわけだ。
これは、グリムリーパーからのハンデサポートだろう。
「おー、高いな」
ダンジョンの壁にある枠から身を乗りだし、下を見ながらエイジが言い、自分達がかなり上の階にワープした事を理解した。
身を乗りだしたままのエイジは上を見上げ、残りの階が少ないのを確認した。
「よっと……!」
「残りの階はどれくらいだった?」
「四~六階かな。ここからなら、次のワープエリアを探す必要は無いな。間に合いそうだ」
「よかった………。シルヴィア、もう少しだけ待っててくれ……」
切なそうなその横顔を見たエイジは、残り少ない魔力を振り絞ってサーチエリアを再発動させ、次の階に繋がる道を探しだす。
このダンジョンは魔力に満ち溢れており、サーチエリアを発動させるだけで地形を把握出来る為、今のエイジにはありがたい。
「階段はこの道の先か……あ」
「どうした?」
「階段の前に魔物が五体いるみたいだ。できれば、戦闘は避けたかったが……」
道の先を睨むエイジは、右手から雷をバチバチッと弾かせ、いつでも戦えるように備える。
魔物のいる場所へ進もうとしたエイジだが、カイトが手で道を遮る。
「……エイジはここで休んでて、僕が先に行って倒してくるからさ。フィルディアさん、エイジを頼むよ」
「え? おい!」
そう言うと、カイトは階段のある方へとただ真っ直ぐ走って行った。
「行っちゃった……。まぁ、お言葉に甘えさせてもらうとするかな」
体力と魔力が限界に近いエイジは、カイトの言った通り休む事にし、魔法を解除した後、壁際に腰を下ろした。
右膝に右手を置いて俯き、その腕を枕代わりに休む。
その隣にフィルディアが座り、エイジの方を黙ったままチラチラと見ているが、俯き、目を閉じてさえいるエイジは気づかない。
その為、フィルディアは自分から口を開いた。
「あの、エイジさん………」
「どうしたー?」
「……さっき言った事……ダンジョンの入り口で言った事は、本気……なんですか?」
このタイミングでくる話とは思ってもいなかったのか、エイジはその話題に入った瞬間、ビックっと少しだけ反応した。
「その話の続きはシルヴィアを助けた後に、だろ?」
「分かっています……。でも、助けた後だと、話がややこしくなりそうで……」
「……? まぁ、ややこしくなる意味は分からないけど――」
俯きの態勢だったエイジが顔を上げ、フィルディアの方を向き、
「――フィルの事が好きなのは本当だ。俺は、君の隣にいたい」
嘘偽りなき言葉を述べた。
しかし、言ったエイジの方が恥ずかしさに苛まれてしまう。
「………なぁ、本当にこの話は止めようぜ。ボス戦前に死にそうだぞ」
「ボス戦?」
エイジの言葉にフィルディアが首を傾げる。
そのフィルディアに対し、エイジも「え?」と言って首を傾げる。
「エイジさん、このダンジョンにはボスがいるんですか?」
「そりゃあ、首謀者のガラムがいるに決まってるだろ?」
「あ! そうでした。存在を忘れてました」
「酷いな……」
「酷いってなんですか!? 好きな人に酷いと言うエイジさんの方が酷くないですか!」
「何で俺がせめられてんだよ!? あと、その話題は本当に止めてください!」
ボスの話で一時は救われたが、直ぐさま話題が元に戻ってしまった。
フィルディアは、この話は言質を取った時点で終えてもよいと思っていたのだが、エイジの反応が面白く、わざと話を戻したのだ。
「うふふ。約束します。話の続きはシルヴィアさんを助けた後に、て」
「俺は言うだけ言わされたけどな………」
エイジは、休む前より疲れた気がした。精神的に。
それから直ぐ、遠くから聞こえていた荒々しい戦闘音がなりやみ、二人はカイトが魔物を倒したと気づく。
「もう倒したのか……」
そう口にして立ち上がろうとしたエイジの背中に、悲しそうな表情をしたフィルディアが手を伸ばし、指で服を掴んで止めた。
「フィル?」
エイジが名前を呼んでから少しだけ間をあけた後、フィルディアが口を開いた。
「……エイジさんは、最上階で戦いますか?」
「まぁ、そうだな」
エイジが答えると、服を掴むフィルディアの指に力が入る。
「なら、約束してください……。絶対に死なないって。無茶をしないでって言っても、エイジさんは頷きませんよね。だからせめて、死なないと約束してください!」
身近な誰かを失った事でもあるのか、その言葉からは恐れを感じとれる。
だが、それは要らぬ心配だ。
エイジに死ぬつもりなんて無いし、この世界に来た目的を果たすまではいじでも死ねない。
「大丈夫だ。俺には死ねない理由があるんだ。その為に王都を目指す。スタートラインより前で死ねるかって」
エイジがこの世界に来たのは、妹の瑠花に会うためで、世界を救う為に死ぬことではない。
エイジにとって今回の事件は、スタートラインに立つための踏み台でしかない。
乗り越えれなければ、スタートラインに立つことも出来ず、皆で仲良くあの世行きだ。
それはつまり、エイジはまた、瑠花を救えないという事になる。
「俺は、変わるんだ。あんな思いはもう、死んでもしたくない」
「エイジさん………」
進む道へと振り返る前に、一瞬見せたエイジの悲しい表情。
それは、立ち入る事の出来ない闇。
そう、フィルディアやカイトはでさえ。
この世界で瑠花は生きている。だからと言って、エイジの中にある、『妹を助けることの出来なかった、無力な自分への絶望』が失われた訳ではない。
「行こうぜ!」
自分の顔を両手で叩き、両頬を赤くしたエイジが振り返り、フィルディアに笑顔で言った。
「……はい!」
先に歩みだしたエイジの後を、フィルディアも進みだした。
カイトと合流した後、エイジ達は十六階に上がり、次の階への道の探索を始めたが、入って直ぐ辺りの場所に隠し通路があり、即座に十七階へ上がる事が出来た。
しかし、残り時間が二十分を切った。




