第二十一話 覚悟
有り得ない光景を目にし驚きを隠せない三人。
魔法という非科学的ものが存在するこの世界でも、それは人一人で行える領域をはるかに凌駕し、神業とも言えるだろう。
「ようこそ、我がダンジョンへ」
死神は、魔方陣を展開後、数分にしてダンジョンを創り出した。
「ウソだろ……イニティウムが……」
イニティウムが存在した場所に佇む大きな塔を見上げ、カイトが力無き声で呟いた。
フィルディアもカイトと同じく、驚きで塔を見上げるばかりだ。
そんな中、一人だけ動き出す。
「――おらぁ!!」
ダンジョンの入り口前に立つグリムリーパーに、武装魔法の刀『雷刃』を手にしたエイジが攻撃を仕掛けた。
不意を突いての攻撃だったが、手に持つ死霊の鎌の柄部分でしっかりと受けとめられている。
「お前は驚かねェのか」
エイジが武器づたいに雷を流すのを同じ要領で相殺して防ぎながらの質問だ。同じ技は通用しない事と余裕の証明だろう。
「十分に驚いたよ。でも、俺達がやることは変わらねぇ!」
「そうか。だけど、今は俺の相手をしてる場合じゃねェと思う――ぜッ!」
「くッ!」
迫り合うエイジの武器を前に弾き、その後に死霊の鎌を右側へと振り払う。
武器を弾かれた瞬間に次の攻撃に気づき、後ろに大きく飛び退いて攻撃をかわしたエイジに対し、バスケットボール程の大きさである炎属性魔法の球体を連続して飛ばし追撃をはかる。
その攻撃の殆どは足元狙いで、避けるエイジをグリムリーパーから遠ざけさせる。
「水属性魔法・『ウォーターシールド』!!」
元の位置辺りまで下がった所で、フィルディアが水属性防御魔法で炎魔法の攻撃を防ぎ、カイトが反撃の体勢に入ったが、グリムリーパーの発した一言で攻撃を止めた。
「妹が死ぬぞ」
「なん……だと」
既に攻撃の手を止めたグリムリーパーは、己の持つ武器を消し去り、戦闘の意思がない事を三人に見せつけたうえで話の続きを口にする。
「お前の妹はダンジョンの最上階、その最奥にある扉の先で囚われている」
この言葉は嘘偽りのなき真実である。
魔方陣を構築したさい、自分のユニークを干渉させており、完成したダンジョンの最奥へとシルヴィアを移動させたのだ。
「一時間後、お前の妹を生け贄にして魔法が発動する」
何の感情も無く、いや、何処か少し楽しむかのように口にするグリムリーパーへと魔法を発動しようとしたカイトだけでなく、エイジとフィルディアもバインドに捕まり、抵抗が出来なくなる。
「これでは動けません!」
足掻きはしてみるが、カチャカチャと音がなるばかりだ。エイジに至っては足掻く事すらしていない。
「何をするつもりだ!」
そう口にしたカイトの前まで歩み寄ったグリムリーパーが、フードで隠れた顔を近づけて言う。
「察しが悪いなァ、カイト。この地でルーラーのユニークを悪用するんだぞ。ガラムの企みがラグナロク以外に何があるんだよ」
「なッ!?」
「何を言っているんですか!? そんな事をしたらユグドラシルは――」
「――滅ぶだろうな。古の戦いの様に英雄様でもいなけりゃな」
エイジはグリムリーパーの言ったラグナロクがよくは分かっていないが、北欧神話と顔面蒼白の二人を見てだいたいは理解できた。
しかし、そこにシルヴィアが関わる一点のみは全くもって理解出来ていない。
「俺はお前達にチャンスをあたえてやってるんだ。一時間以内にダンジョンを攻略し、囚われの姫を助け出したなら、世界は無事救われる」
グリムリーパーは、エイジ達の後ろ数メートルまで歩き、再び出した死霊の鎌でその場の空間を切り裂いた。
「まあ、ダンジョンに入る前に死ぬかもしれないがな」
そう言い終えた時、裂け目からある魔物が一体だけ現れたのだが、ソイツから放たれる禍々しい魔力を感じた瞬間、振り向く事さえ出来ない三人は魔物の正体に気づく。
「はぁ、まさか世界の運命を背負う羽目になるとは、これが異世界転生の宿命か。だけど、俺には荷が重すぎる」
「エイジさん?」
脅威的な存在を後ろに感じながらも慌てる事無く呟いたエイジは、自分の足元に魔方陣を展開させ、手にしていた雷刃と魔法銃を手離し、魔方陣へと吸収させた。
「武装合成魔法!!」
二つの武器を手離したエイジの右手には、魔方陣から現れた新たなる刀が握られる。
武器を掴んだ瞬間、エイジは自分のバインドの鎖を破壊し、フィルディアとカイトの鎖も破壊した。
そして、
「うおりゃぁぁぁぁ!!!」
「うおおおおおおお!!?」
カイトをダンジョンの中へと投げ飛ばした。
謎の超パワーでダンジョンの中まで飛ばされたカイトは、上手く着地できずに転んだが即座に起き上がり、入り口からダンジョンの外へと出ようとしたのだが、見えない壁に体を弾かれた。
どうやら、このダンジョンは一度入ると攻略するまで出られない様だ。
カイトをダンジョンに投げ飛ばした後、エイジはフィルディアと入り口に向かって走ったが、フィルディアの背中を押してダンジョンに入れ、エイジはダンジョンの外に一人だけ残った。
「何してるんですか!? エイジさんも早く!」
「俺まで入ったら、誰が魔物の相手をするんだよ。ダンジョンの中まで追いかけてくるだろ」
そう言って作った笑顔を見せる。
「エイジ、君は一人犠牲になるつもりなのか!」
「俺がそんな事する様に見えるか?」
「見えますよ! だから心配してるんですよ……」
「そうか……けど、ここは俺を信じて進んでくれ」
エイジの言葉に涙を流すフィルディアが首を横に振る。
「フィルの涙を見るのは何度目かな……。でも、俺はフィルの笑顔の方が好きだ」
「え……?」
涙を服の袖で拭きながら、フィルディアはエイジの顔に視線を送る。
「だからさ、これ以上フィルを泣かせるような事はしない。絶対に勝つよ」
「それは……」
「物語に出てくる架空の儀式だよ。フィルの答えを聞かずして死ねるかって」
フィルディアにそう答えた後、エイジは二人に背を向け、右手に持つ武器に魔力を纏わせた。
「カイト、自分が今進むべき道を進め。あと、フィルを絶対に守ってくれよ」
「……約束する、僕に任せてよ。フィルディアさん、行こう………」
唇を噛み締め、目頭を熱くしながらも堪えるカイトも背を向ける。
「エイジさん……私は信じて待ってます!」
「ああ、任せとけ」
エイジの返事を聞き、覚悟を決めた二人はダンジョンの奥へと走っていった。
遠ざかる足音とサーチエリアで二人が進んだ事を確認し、エイジは心の底から安堵した。
「素晴らしい、見事な作り話だった」
「そう見えたか?」
「違うのか?」
「さぁな、俺を理解するのは自分でも難しい。でも、心からの言葉を口にしたつもりだ」
エイジは禍々しい魔力を放つ魔物を睨む。
長く待たされていた魔物『コボルド』は痺れをきらし、右手に剣を握り締めて走り出す。
その攻撃をひらりとかわし、コボルドの足を払ってバランスを崩させ、全力で斬り払ったが剣で防がれ、着地と同時に距離を置かれる。
「一つ言い忘れていた。今回の狙いはお前だ、エイジ。魔鎧を倒したお前に、俺が進化させた魔鎧でのリベンジがしたくてなァ!!」
進化した魔鎧。
そう、今エイジが相手にしているコボルドは魔鎧種。それも、前よりも強く禍々しい魔力を放っている。
しかし、エイジは臆する事無く刀をコボルドに向けた。
「俺の経験値にしてやるよ、魔鎧種」




