第十八話 代償
静まり返ったイニティウムの街。
建物の中にも外にも人の姿はなく、街の中にいる人間は、シルヴィア、ガラム、グリムリーパーの三人だけだ。
街には、壊れた外壁部分から入ってきた魔物で溢れかえり、建物の殆どが壊されているが、領主の屋敷は無傷なうえ、魔物が守備を固めている。グリムリーパーの持つユニーク・『テイム』の力だ。
「便利な手駒だなァ。…壁を破壊してから二日、よく集まったもんだ」
屋敷の屋根から見下ろすグリムリーパーはそう言い、フードの奥でニヤリと笑った後、手に持っていた無色透明のクリスタルに魔力を込め、街の中を徘徊するコボルドに投げつけた。
そのクリスタルはコボルドの体の中へと消えた。
それを確認した後、グリムリーパーは屋敷の中に戻り、魔鎧の魔石の悪用を企むガラムのいる地下へ移動した。
地下には、大きな魔方陣が展開しており、その中心にシルヴィアが眠っている。
「何処へ行っていたのです? このプロジェクトに必要な魔方陣の術式の構築は、先生にしか出来ないのですから、早く済ませてもらいたい」
「それなら出来ている。だが、生け贄が足りない。魔石の魔力で五十人分は補えるが、街にいた一般人や、雑魚の冒険者では魔力が少ない」
「ここの兵士を使えばいい。どうせ、プロジェクトが始動したら必要ない奴等だ」
心の底からの言葉、偽りなき本心。
ガラムは、自分に仕えてきた兵士達を、何の躊躇いもなく、あっさりと切り捨てた。
その姿、まさしく悪であると言えるだろう。
イニティウムの街に、ガラムの野望を止めることができる人物はもう存在しない。
故に、ガラムはプロジェクトを早く進めたいのだ。イニティウム以外の街から、プロジェクトの障害となる存在が来る前に。
プロジェクトが始動してガラムが望む力を手にし、その力を完全に制御した時、この街、いや、ミズガルズは終わりを迎えると言っても過言ではない。
ガラムは、それ程の力を手にする事が出来るプロジェクトを行おうとしているのだ。と言っても、全てはグリムリーパーだよりなのだが。
「それじゃァ、俺が異空間で捕らえている兵士達は贄に貰う」
武装魔法を発動させ、死霊の鎌を出したグリムリーパーは、空間を裂き、異空間への道を用意した。
異空間と言っても、兵士達がいるのはエイジ達とはまた別空間で、そこにはエイジ達はいない。
空間の裂け目を見たガラムがグリムリーパーに問う。
「これ程に狭い裂け目では、兵士達を連れてこれないのでは?」
そう、グリムリーパーの用意した裂け目は、長さ一メートル程はあるが、裂け目自体は指もとおせない程に狭い。
「連れてくる必要はない。この裂け目から魔力を奪い取る」
そう言い、グリムリーパーが左手の指を弾いて音を鳴らすと、シルヴィアを中心に展開した魔方陣に、空間の裂け目から魔力が吸収されてゆく。
「おお!これは素晴らしい。耳障りな悲鳴が全く聞こえない」
異空間に捕らわれた兵士の数は三十人で、魔鎧の魔石が約五十人分の為、このプロジェクトには相当の魔力が必要となる。当然、時間もかなりかかる。
グリムリーパーがこのプロジェクトに必要となる魔方陣の術式を構成するのにかかった時間は、約一ヶ月半だ。
「準備完了ォ…」
フードの奥でニヤリと笑い、再び指を弾いて音を鳴らす。
「な、何だこれは!?」
グリムリーパーが鳴らした音を合図に、展開した魔方陣から鎖が複数現れた、ガラムに絡み付いて魔方陣の中に引きずり込む。
そして、魔方陣の中心にいたシルヴィアが姿を消し、裂け目も姿を消した。
「まさか、『ミラージュ』か!?」
「正解」
グリムリーパーが地下に来たとき、『ミラージュ』の魔法を発動させ、空間を裂き、シルヴィアを別の空間に移動させていたのだ。
「お前! この私を裏切るのか!!」
「裏切りはしないさ。ただ、協力するための見返りを貰うだけだ」
魔方陣の中心まで引きずり込まれたガラムがグリムリーパーを睨むが、それを見下して話を続ける。
「ここから先のシナリオは俺が決める。俺が、ゲームマスターだ」




