第十五話 始まる悪夢
「なぁ、フィル。俺はここでカイトと待ち合わせしてたと思うんだが……?」
「代わってもらいました。あの二人は兄妹ですし、連携しやすいかと思いまして」
「いや、でもな――」
「昨日の事もありますし、エイジさんとカイトさんは組ませてはいけないかと。混ぜるな危険、です」
「そっちが本音か……。てか、俺達は塩素と酸性じゃねぇし」
イニティウムの街の入り口前でエイジが小さく呟いた。
この日、エイジはカイトと二人でレベルアップに行く予定だったのだが、待ち合わせしてた場所に現れたのはフィルディアだった。
しかし、この状況は仕方のないものだ。二人は前日に命に関わるような事をやらかし、フィルディアとシルヴィアの二人を泣くほどに心配させたのだから。
痛いところを突かれ、微かに元気を失ったエイジを見て、フィルディアは微笑み、エイジに本当の理由を話す。
「うふふ。冗談です。本当はですね、領主さんがシルヴィアさんに用があるそうなので、カイトさんはその付き添いです」
「用? シルヴィアだけにか?」
当然の疑問だった。何故なら、先日の領主の屋敷に行った時、シルヴィアは領主と一言も話してはおらず、一人で呼ばれる理由が分からない。怪しすぎる。
エイジでさえも心配になるのだ、兄であるカイトは余計心配するのは当たり前の話、必然的だ。
「フィル、俺達も行こう」
「分かりました」
街の外でレベルアップをする予定を後に回し、二人も領主の屋敷に向かう事にした瞬間、エイジは自分達に向けられる殺気を感じとる。
そして、エイジ達に殺気を向けた人物は、街中であるにも関わらず、屋敷へ向かおうとした二人に攻撃魔法を撃ってきたのだ。
殺気に気づいた瞬間、エイジは武装魔法を発動させて魔法銃を出し、撃ってきた魔法を魔法銃で相殺させた。
「今のは!?」
驚いているフィルディアを庇うかのよに前に移動すると、エイジは魔法を撃ってきた方に銃口を向け、サーチエリアを発動させるが、街中である為、エリア内に多数の反応が現れ、敵の居場所や人数が割りきれない。
しかし――
「そこか!」
魔法を放つ前に向けられる殺気から場所を特定し、魔法を放つ前にエイジの攻撃を命中させ、ダメージを与えて魔法を妨害した。
「無属性魔法・『バインド』」
エイジの攻撃を受けて倒れていた敵は、フィルディアの発動させた拘束魔法の『バインド』で捕らえる事に成功した。
それ故、終わったと思ったエイジはサーチエリアを解除し、油断を見せてしまう。
「エイジさん!?」
フィルディアが声を発したとき、エイジもその理由に気づいたが、回りにあった複数の反応全てが敵のものとは思ってもいなかったエイジは、自分達に向けて放たれた複数の魔法への反応が遅れてしまった。
「しまっ――」
複数の魔法は、エイジ達を中心地として大爆発を起こし、回りの建物を壊するなどの被害を与えた。
爆発より少し前。
カイトは、領主の屋敷に呼ばれたシルヴィアの付き添いで来ており、昨日とは別の部屋でガラムを待たされていた。
部屋に違和感を覚えたカイトが、ソファーの近くに立って回りを見渡していると、二人が入ってきた扉が開き、魔導兵士を三人連れたガラムが入ってきた。そして、即座に合図を出し、三人の魔導兵士にカイトとシルヴィアを包囲させ、魔法を発動させるための魔方陣を展開させる。
「何!? どういう状況なの!?」
「荒々しい歓迎だね」
こんな状況でも冷静なカイトは、領主であるガラムを睨み付ける。
「そんなに睨んで、何か気にくわない事でもあったのかい?」
本性を隠す事をやめたガラムは、そんな白々しい事を言い、手で三人の魔導兵士に攻撃の合図を出し、指示を受けた三人の魔導兵士が、カイトとシルヴィア目掛けて同時に魔法を放つ。
だが、その魔法は全て消え去ってしまう。
それは、シルヴィアのユニーク・『ルーラー』の力だ。
「無茶はしなくていいよ、シルヴィア」
「じゃあ、お兄ちゃんに任せるよ」
「ああ、任せておいて」
余所見をして話すカイトに対し、三人の魔導兵士は再び魔法を発動したが、カイトは、魔導兵士達の出した魔方陣に重ねるように魔方陣を展開させ、自分達の放った魔法で自爆させた。
通常ならありえない芸当だが、カイトはそれを余裕でやってのけた。
「もう終わり?」
「この化け物が!!」
そう叫び、ガラムはカイトに向かって風属性魔法を放ったが、カイトは『フレイムガード』と言う炎属性の防御魔法で防いだ。
シルヴィアを自分の後ろに移動させると、カイトは赤色の防御魔法の魔方陣を出したまま、ガラムに話しかける。
「シルヴィアを呼んだ用件を聞かせてもらおうかな」
「お前には関係のない話だぁぁ!!」
カイトにそう答え、ガラムは最大威力で魔法を放ち続けるが、カイトのフレイムガードが全てを弾く。ガラムの実力は、完全にカイトより劣っている。
それでも攻撃を仕掛けるガラムに対し、カイトは『フレイムケルベロス』を使い、炎の渦がガラムを三方向から襲い掛かる。
ガラムは、『フレイムケルベロス』が襲い掛かってくる三方向に風属性防御魔法を出すが、カイトの高威力の魔法は風属性防御魔法を破壊し、ガラムに命中して壁まで吹き飛ばす。
現在の地球人達の様に、魔力を持たない人間ならば今の一撃で死んでいたが、この世界に住む者達の様に、魔力を身に宿している者達は魔法に対しての防御力がある為、実力や魔力量などに圧倒までの差がない限りは、全力ではない一撃で死ぬ事はない。
魔法が上級や超級、ユニークの力になると話は別だが。
「ねぇ、やりすぎじゃない?」
「これでも加減してる方だよ」
高威力、広範囲の魔法を好んで使うカイトにしては、ガラムの防御魔法を破壊する程度の威力は加減してる方なのだ。
詰めようのない実力差、絶体絶命、万事休す。それだというのに、ガラムは余裕の笑みを浮かべている。
それは、ガラムが自分の力を信じているからではなく、完全なる他力本願、カイトに勝る人物を知っているからだ。
そう、カイトが一度敗れたあの男を。
「な、何でお前が!?」
起き上がったガラムの前に突如として現れたローブの人物。カイトはその人物を見て驚いく。
分からなかった。気づけなかった。
その人物は、カイトのたった一回の瞬きをした瞬間に姿を表したのだ。
それが錯覚か、魔法による幻覚なのかは理解出来ていないが、カイトは一つだけ理解出来た事があった。
それは――自分が詰んだという事だ。
「シルヴィア、逃げろ!! 死神だ!!」
カイトが振り返って叫んだ瞬間、そこにシルヴィアの姿はなく、さっきまではガラムの前にいた死神、グリムリーパーが立っていた。
その光景を見たカイトの頭に、グリムリーパーが見せたワープの魔法が過り、怒りのままにグリムリーパーに殴りかかる。
「シルヴィアを何処へやったああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
一瞬だった。ほんの一瞬の出来事だったが、グリムリーパーに殴りかかるカイトは、一瞬の異常なる光景を目の当たりにした。
それは、カイトが動き出す前に出した『死霊の鎌』を、グリムリーパーが、自分に向かってくるカイトの前に振り下ろし、空間を切り裂いたのだ。
カイトの目には見えていたが、カイトの体が反応出来る様な速さではなく、カイトはそのまま次元の裂け目の中へと姿を消した。
「カイト、お前はプレイヤーだからなァ、まだ死なれては困る。ステージが完成するまで、そこにいてもらう」
そう言って、不気味に笑うグリムリーパーは、部屋に発動していた『ミラージュ』という魔法を解除し、床に倒れたシルヴィアが姿を現す。
そう、この魔法は、カイトとシルヴィアが部屋に入った時から発動してあり、カイトが部屋に違和感を覚えた原因だ。
ミラージュ、つまりは蜃気楼。
カイトが、グリムリーパーの移動を目でとらえる事が出来なかったのは、そもそも、グリムリーパーがその場にいなかったからである。
グリムリーパーを目にした時、カイトがもう少し冷静だったなら、もしかしたらトリックに気づけていたかもしれない。
だが、カイトが冷静になる事も、トリックに気づくこともなく、グリムリーパーの手のひらの上で踊らされてしまっていた。
これは、再びカイトの敗北と言えるかもしれない。
「さて、最後のプレイヤーを捕まえに行くとしようか」
その瞬間、外に爆発音が響いた。




