第九話 その身に迫る危険
冒険者のパーティーには、パーティーランクと言うものがあたえられる。
最低ランクがFで、E、D、C、B、Aと上がっていき、ミズガルズ一の冒険者パーティーのみがSランクをあたえられる。
しかし、ここ五年間でその高みに至った冒険者パーティーは存在しない。
最後に高みに至った冒険者パーティーも、新たに発見された新種の魔物によって壊滅した。
その名は――。
「なぁ、フィルディア。クエストボードの隣に書いてある魔鎧種ってなんだ?」
まだ七時だというのに騒がしいギルド内で、昨日までは張られていなかった『魔鎧種の魔物に注意』と書かれた張り紙を見たエイジが質問した。
「それはですね、五年前に発見された新種のことですね。私も詳しい事は知りません」
「そうか。まぁ、いいや。今日のクエストはどれにする?」
「そうですね、このクエストはどうでしょうか? ゴブリンバサラの討伐です!」
フィルディアの指差すクエストを見たエイジは、場所や報酬を確認する。
「えーっと、場所は森か。…確か、カイトが受けなかったゴブリンの討伐クエストも、場所はこの森だったな」
そのクエストとは、一番最初に受けるクエストをカイトと選んでいたときだ。
「そのクエストはやめておいた方がいいよ」
クエストボードの前で話す二人に話しかけたのは、エイジの口から名前がでていたカイトだった。
「森の周辺では危険な魔物が目撃されていたんだけど、昨日、その魔物は魔鎧種のゴブリンだって分かったんだよ」
カイトの真面目な表情を見て、ただならぬ状況を察したエイジは、カイトに一つ質問する。
「…誰かやられたのか?」
「駆け出しのパーティーがね。五人パーティーで、助かったのは一人だけらしいよ。昨日、二人がギルドを出たあと、ギルド内はこの事で大慌てしてたよ」
「今もギルド内が騒がしいのは、その事が関係しているんですか?」
「そうだね。ギルドはもともと騒がしい場所ではあるけど、今日はいつも以上だよ」
そう言ったカイトは、ある紙をギルドのカウンターで一枚貰い、それをエイジとフィルディアに見せた。
そこには、『ゴブリン・魔鎧を倒した冒険者には、賞金、二百万ガルズをあたえる』と書かれている。
「賞金に釣られた冒険者が、大慌てで魔鎧を倒すための情報収集や、参加者を集めたりしてるわけか」
「正解。でも、僕から言わせれば、無謀もいいところだよ」
「私もそう思います。Sランクパーティーが壊滅させられたという話も聞きますし」
「強敵と戦いたい僕でも、魔鎧とだけは戦いたくないね」
「私も魔鎧とは関わりたくは無いですね」
二人がそう話す間、エイジはカイトから紙を受け取り、その紙に書かれている魔鎧の情報欄を読み進めていく。
しかし、戦いに役立ちそうな情報は一切書かれていない。
「弱点の属性とかも書いて無いんだな。魔鎧種の弱点は通常の魔物と一緒って事か?」
「違うよ、エイジ」
そう言われ、エイジは視線を紙からカイトに移す。
「魔鎧には、僕達が魔物と戦うための唯一の力である魔法が効かないんだ」
「魔鎧はどうやって倒すんでしょうか?」
「さぁ、倒された事例が無いから分からないよ。でも、過去に魔鎧を撃退した人は、武装魔法の武器で戦ってたらしいよ」
それを聞いたエイジは、手に持っていた紙をカイトに返し、
「この話は止めだ止め! なんかフラグっぽい。話を続けてたら戦う羽目になりそうだ」
そう言って話を終わらせ、パーカーの内ポケットからライセンスカードを取り出した。
「それよか、大事な話をしようぜ。リーダー」
そう言い、フィルディアに視線で合図を送り、話を促す。
「あ、はい! カイトさん、私達のパーティーに入りませんか?」
フィルディアもライセンスカードを取り出し、パーティー欄を見せて言った。
「それは楽しそうだ! シルヴィアが入るなら僕も入るよ。今は朝食中だから、向こうの方にいるよ。聞いてきなよ、フィルディアさん」
「はい!」
カイトの指差した方へとフィルディアは走っていき、それを見送った後でカイトがエイジに話しかけた。
「ねぇ、エイジ。そのネックレスはなに?」
「これか?」
「そう。昨日はしてなかったよね?」
「そうだな。さっきフィルディアに貰ったばかりだからな。『神秘のペンデュラム』って言う魔道具らしい」
「効果は?」
「知らん」
エイジはフィルディアに貰った神秘のペンデュラムの効果を知らず、フィルディアの方も理解していない。
そもそも、ダンジョンにあった魔道具の為、説明書なんて存在しないのだ。
「異常なほどに魔力が込められてるし、凄い魔道具ではあるみたいだね」
「まぁ、これに効果があろうと無かろうと、俺にとって大切な物に変わりはない」
そう言って、神秘のペンデュラムをそっと握りしめる。
「エイジ、二人が来たよ」
エイジが振り替えると、フィルディアが食事を終えたシルヴィアを連れてきていた。
「エイジさん! シルヴィアさんが入ってくれるそうです! つまり、カイトさんもです!」
「そうか。二人共、これからよろしくな」
「うん! よろしくね!」
「よろしく」
こうして、フィルディアをリーダーとした冒険者パーティーは四人となり、その内のユニーク持ちが二人と、なかなか存在しない様な凄いパーティーの完成が決まった。
と言っても、四人のレベルは低く、駆け出しの冒険者パーティーに変わりはない。
「それじゃあ、登録に行ってきますので、エイジさんはクエストを選んでてください」
二人を連れたフィルディアは、エイジのライセンスカードを預り、再びパーティーの登録に向かった。
その間にエイジはクエストを選んでいたが、エイジ達のレベルで受けれるクエストは程度が知れており、多い報酬を狙うなら、昨日の様な大量討伐クエストしかない。
「うーん。報酬を諦めて、街の外にいる強い魔物でレベリングってのも一つの手だよな」
クエスト以外の事を考えたが、エイジにはどこにどんな魔物がいて、どれだけの経験値を持っているかも分からない為、レベリングスポットまでは考える事ができない。
「鬼種のボスとかは避けたいな。昨日のあれより強いとか、全くもって勝てる気がしないからな。クエストなら安全そうなのにしよ」
クエストボードに張られているクエストを全て確認し、エイジはいくつかの候補を選び、三人が戻ってくるのを近場の椅子に座って待つことにした。
エイジが椅子に腰を掛けてから間もなくして、三人は登録を終えて戻ってきた。
「エイジさん、登録が完成しました!」
フィルディアはエイジにそう伝え、ライセンスカードをエイジに返す。
三人が戻ってきたところで、エイジは候補に選んだクエストと、クエスト以外でのレベリングの話を伝え、リーダーであるフィルディアに選んでもらうことにした。
その後、フィルディアはクエストの方を選択し、クエストに行くことが決まった。
フィルディアがクエストを選んだ理由は、クエストでなければパーティーランクに影響する経験値を得られない為だ。
「……では、クエストはメタルベアーの討伐にしましょう。場所は…山ですね」
「俺が候補に選んどいてなんだが、その場所は森に近いぞ」
メタルベアー討伐のクエストは山の上流付近で、魔鎧が目撃されたのは中流付近の森だ。
「大丈夫だよ、エイジ。魔鎧は中流付近の森を縄張りとしていて、そこから移動してないみたいだから」
「……そうか」
嫌な予感がするエイジだったが、今は冒険者レベルを上げる事を優先し、クエストを受けることにした。
メタルベアーの討伐クエストは、冒険者レベルが十以上でなければ受けれないが、このクエストの条件はさほど厳しくなく、パーティーに一人でもレベル十以上がいればパーティーとしてクエストを受けることが可能だ。
その為、レベルの低いエイジやシルヴィアからしては、レベルアップしやすい魔物という訳だ。
「クエストを発注しました。それでは、クエストに出発しましょう!」
街から山までは結構な距離があり、山に着いてもそこから上流まで登らなければならない。
さらに、魔鎧との遭遇を避けるために遠回りもしなければならず、エイジ以外のパーティーメンバー全員が上流付近に着いた時点で体力が底をつき、木陰で休憩をとっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。……あれだね、山は地図で見るほど楽な道のりじゃ無いね」
「はぁ、はぁ、そうだね……。私、もう山には来たくないかも」
「はぁ、はぁ……。エイジさんは、疲れてないんですか?」
息が上がっている三人とは違い、余裕そうにしていたエイジにフィルディアが聞いた。
「全くではないけど、そこまで疲れてはないな」
フィルディアの質問に答えると、エイジは辺りを見渡し、川のある方角を向いた。
「川は近い様だし、ちょっと見てくるよ」
「あ、私も行きたい! おんぶしてー!」
「自分で歩け。それじゃ、シルヴィアと川の方に行ってくるよ。何かあったら呼んでくれ」
「分かりました。でも、こっちにはカイトさんがいますから、ある程度は大丈夫です」
「そうか。行くぞ、シルヴィア」
「はーい」
二人はそこから百メートル近く歩き、川のある場所に移動した。
エイジは辺りを警戒して見渡したが、近くに魔物の気配は感じず、警戒はしたまま川に近づいていく。
「やっぱり、川の方が涼しいよ! 川の水も冷たいし、足を冷やそうっと!」
「流れが速いから気を付けろよ。…シルヴィア、ちょっと待て!」
川の方に走るシルヴィアを呼び止め、エイジは大きな木の方を向いた。
「隠れてないで出てこいよ! そこにいるのは分かってるんだ!」
武装魔法を発動させたエイジがそう言うと、木の後ろから黒のローブで全身を覆っている人物が現れた。
「まさか、俺が気づかれるとはなァ」
「お前は誰だ!」
「俺かァ? 俺はグリムリーパー。お前らみたいにユニークを持ってるやつを殺す死神だァ!」
そう名乗った瞬間、グリムリーパーの前に赤色の魔方陣が現れ、炎属性魔法の『フレイムスフィア』で攻撃をしかけてきた。
その攻撃を雷刃で切り裂いたエイジは、シルヴィアの元に駆け寄る。
エイジが駆けだすとほぼ同時に、グリムリーパーは再び『フレイムスフィア』を放ち、シルヴィアの前に移動したエイジがまたも切り裂いた。
だが、放たれた魔法は一発ではなく、魔法を切り裂いたエイジの前に、先ほどより強い魔力を放つ炎属性上級魔法が現れる。
エイジはその魔法に向けて雷刃の追撃能力の雷をぶつけ、グリムリーパーの魔法を撃ち落としたかに見えたが、グリムリーパーの放った魔法は『スフィアボム』と言うで、雷がぶつかった瞬間に魔法は大爆発を起こし、エイジとシルヴィアを川の方へと吹き飛ばしてしまう。
「ぐっ!」
「きゃああああああああああああ!!!」
二人が川に落ちる前に、グリムリーパーは再び魔法を放つが、エイジはシルヴィアを自分の方に抱き寄せ、右手に持つ雷刃の雷で撃ち落とした。
そして、二人は川の中へと落ちてしまう。
「あいつ、雷の魔法を!? 逃がすかァ!!」
グリムリーパーが川に流される二人に魔法を放とうとした瞬間、そのグリムリーパーに炎と水属性の魔法が放たれ、妨害された。
「爆発音を聞いて来てみれば、僕の妹と親友ににちょっかい出してくれたみたいだね!」
「私は、あなたを許しません!」
二人は、グリムリーパーが仕掛ける前に魔法で攻撃を放つ。
だが、二人がかりの魔法を、グリムリーパーは意図も容易く相殺させ、次の魔法を放つ。
その魔法をシルヴィアが水属性魔法で防いだのだが、蒸気が発生して段々と視界が悪くなり始めた。
「さっきの二人よりはやるなァ。ちょっとは楽しめそうだなァ!」
グリムリーパーは、フードの奥で不気味な笑みを浮かべた。
「がはっ!……はぁ、はぁ、はぁ。怪我はしてないか、シルヴィア?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…大丈夫。エイジ君のおかげだよ、ありがとう!」
川に流されたエイジとシルヴィアは、中流付近で陸に上がる事ができた。
「いや、お礼を言うのはまだ早いようだ! シルヴィアは俺の後ろにいろ!」
エイジは、近くにものすごく禍々しい魔力を感じ、再び雷刃を出してシルヴィアの前に移動した。
そして、その魔力をもった魔物は、直ぐにエイジとシルヴィアの前に姿を現した。
「まさか!?」
「お前には会いたくなかったよ…魔鎧種!」




