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高松退治(6)

 

 幽玄寺有利に見えた状況は、ある情報をきっかけにひっくり返った。


 誠兵衛が存在を見破った、高松寅之助「逆転の一手」である。



「民間初の衛星通信網」



 隣国のトラブルへの介入のうわさや、高松通信の乗っ取り騒動は全て、この一大プロジェクトを隠すためのおとりだったのだ。


 もちろん囮と言っても株式投資では実際に利益を上げるであろうし、高松通信を中心に集まった反高松派の粛清も行われるであろう。


 しかし、高松の真の目的は、この衛星通信網関連の仕事を独占することにあったのである。



 ハードとソフトの開発も極秘裏に行われていたため、この構想は立ち上げと同時に一大センセーションを巻き起こした。


 高松の資本による通信衛星はその数なんと500台。日本全土から世界までを網羅したこの通信網は、料金設定の安さとあいまって国中に衛星通信ブームを引き起こすことは間違いないと目された。


 敷設までに時間がかかったり、わずらわしい接続工事など一切無しで、誰でもが安定した高速通信を楽しめるのだ。もちろん携帯電話も衛星を経由することによって、世界のどこに居ても使うことができる。



 高松通信は、新社長就任と同時に、未曾有の危機に直面することになった。


 その株は大暴落し二束三文になる。


 幽玄寺護は失意の中で消息を絶ったが、その行方を心配するものは誰も居なかった。



 そして、一連の騒動が下火になった、ある晩。


 料亭の一室に数人の男が顔をそろえていた。


 隣国の官僚、軍部首脳、そして高松寅之助である。枝葉末節な話は後々ほかの者がするとしても、国交のない国だけに、お互いの信用を得るためには、最初の顔見世をしないわけには行かないのだ。もっとも彼らの「信用」などは、紙よりも薄いのではあるが。



「うまくいきましたな。まさか国内衛星通信網でさえ、隠れ蓑になっているとは、誰も気付かんでしょう。さすがは高松さんです」


「いやいや、それほどのことはありません。ところで、お国の 方は話がまとまったんでしょうな?」


「ぬかりありませんよ。わが国は高速通信網が発達していますが、それはもともと軍事用に転用する構想があったからこそです。ご存知のとおり、わが国の軍事施設や軍隊は、大部分が地下に潜っています。そのため光ケーブルの敷設は急務だったのです」


「うむ。そしてその通信網がほとんど完成した現在、私の持つ衛星通信網と接続すれば、お国の軍事情報システムは米国をもしのぐものとなりますな。民間通信衛星が次々と打ち上げられれば、そのうちのいくつかが軍事衛星だとしても、カモフラージュすることが出来ます。まして、打ち上げるのが仮想敵国第三位のわが国であれば、まさか米軍もお国の軍事施設だとは思いますまい」


「もちろん、何十ものプロテクトはしますが、実際わが国が軍事衛星を上げて、それが知られずにすむということは、まずありえません。しかし、高松さんのおっしゃるように、日本の民間通信衛星ならば、米国の監視もゆるいでしょう。日本のセキュリティの甘さは、世界の諜報機関の物笑いの種ですからな」


「ははは、これは手厳しい。しかし、確かに事実ですな」



 腹にどろどろしたものを隠した者同士の、うつろな笑いが座敷に響いている。


 死の商人と影の軍事大国官僚は、薄ら笑いを浮かべながら、杯を干していた。


 と。


 表が突然騒がしくなる。慌てて立ち上がった男たちは、同席していることをさとられないように、早々と二手に分かれた。裏の抜け道を通って、逃げ出そうとする。


 ひとり座敷に残った高松寅之助は、警護の者を呼び寄せると、大声で怒鳴りつけた。



「騒がしいぞ! いったい何があった?」


「正義の味方がやってきたんだよ、バカ野郎!」



 警護の男たちと大立ち回りを演じながら飛び込んできたのは、もちろん 。


 菊島冬一郎三矩きくじまとういちろうみつよしそのひとだ。



「なんだ、貴様!」


「うるせえバカ! こちとら暴れたくってうずうずしてたんだぃ。てめら クソったれの売国奴なんざぁ、まとめてぶっちめてやるから、覚悟しやがれ!」


 叫びながら、後ろから踊りかかってきた男の刃物を身をかがめてやり過ごし、泳いだ胴体へ強烈な突きを入れる。げふっと悲鳴を吐き出しながら倒れた男を乗り越えると、新手に向かって身構えながら高松をにらみつけた。



「この売国奴のクズ野郎が。それだけ金を持ってても足りねえで、自分の国まで売り渡そうってのか? 腐れ外道 の守銭奴めが」



 冬一郎の激しい言葉に一瞬鼻白んだ高松は、しかし数瞬で体勢を立て直す。



「貴様、菊島のところのガキだな? まったく揃いも揃って青臭いことをほざくバカどもが。おまえのところのババアが余計なことをするから、この国はいつまでたっても二流国なんだよ。でなきゃ今ごろは世界有数の軍事大国か経済大国になっていたはずだっていうのに。わしはもう、こんな国に見切りをつけたのだ」


「何を寝ぼけたことを! 誇りまで売り払って金持ちになったとして、それに何の意味がある! 国のために俺たちが居るんじゃない! 俺たちのために国があるんだ! そんなに戦争がし てぇなら、俺が今送ってやるから地獄でやるがいい」



 冬一郎は次々と現れる警護の人間を打ち倒しながら、老人に向かって叫ぶ。


 老人は嘲笑を浮かべている。



「バカな小僧だ。いいか? 国もおまえたちも、わしのためにあるんだ」


「下種が。てめえの孫の前で、同じことを言えるのか!」



 一瞬言葉に詰まった高松は、それきりきびすを返すと、警護の人間に守られて逃げ出した。


 冬一郎はそれを追おうとするが、 幾人もの邪魔が入って、ひとりではいかんともしがたい。



「待てこの野郎! 逃げても無駄だ。おまえたちの話は、全部録音したんだからな!」



 叫びつつ、懐から取り出したボイスレコーダを再生させる。


 冬一郎の言葉に足を止めていた高松の耳に、先ほどの隣国官僚との密談が大音量で聞こえてきた。



「その男を殺せ! レコーダを奪え!」



 高松の叫びに、敵は一層の苛烈さを持って襲い掛かってくる。


 冬一郎はレコーダを懐にしまうと、獣のような叫びを上げて暴れだした。


 飛び掛った男たちは顔の骨を折られ、腕の骨を折られ、肋骨を折られてうめきながら転がる。


 憤怒の形相でにらみつけていた高松は、だんだん冷静になり、やがて背筋に冷たいものを覚えはじめる。この男の強さはなんだ? 本当に人間なのか? まるで捕らえられかけて暴れる野生動物ではないか。


 年老いた肉体は、エネルギーのかたまりのような冬一郎に、生理学的な恐怖を抱き始めていた。



 しかし、冬一郎は間違っても野生動物ではない。あくまでひとりの人間である。


 徐々に現れる疲労に、動きが鈍くなってきた。


 そしてついに、ひとりの男の捨て身のタックルが、冬一郎の体を捕らえた。


 もんどりうって倒れた冬一郎の上に、大勢の男たちが飛び掛かろうという 。



 まさにその瞬間。



どんっ! 



 爆音が響き、男たちの壁が吹き飛んだ。


 その隙を突いて冬一郎は立ち上がると、爆音の主に向かって叫びを上げる。



「てめえ、誠兵衛! 遅いじゃねえか!」


「いいじゃねえか、生きてるんだから」



 恐ろしいほど大口径の銃を構えて立っていた門倉誠兵衛は、不敵な笑いを浮かべてのんびりと言った。 と、その間隙をついて、高松のそばにいたボディガードが拳銃を発射した。音速を超えて打ち出された鉛の弾は、冬一郎の左胸を貫く。


 着弾の衝撃で、冬一郎は仰向けにぶっ倒れると、やがて動かなくなった。



「! ! !」



 声にならない叫び声を上げて、誠兵衛が発砲者に向かって銃を向ける。


 爆音とともに放たれた弾丸は、発砲者を壁まで弾き飛ばした。


 壁に激突したボディガードは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。


 鬼の形相を見せて誠兵衛が突進する先には、高松老人が凍りついたまま動けないでいる。



「そこまでだ! 全員そこを動くな!」



 大挙して現れた警官隊の先頭で警察署長、葵秀庵あおいしゅうあんが叫んだ。武装警官に包囲されて、ボディガードたちは凍りつく。


 その場の全員が動けないでいる中、しかし、誠兵衛だけは動きを止めない。



「待て、待て、待てぇ!」



いやいやをするように両手を突き出した高松老人に向かって、誠兵衛は銃口を突きつける。



「門倉さん! いけません!」



 秀庵が叫んだのと、誠兵衛の銃が火を噴いたのはほとんど同時だった。高松老人は一回転して壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 それには構わず冬一郎に駆け寄った誠兵衛は、力のなくなったその身体を抱き起こす。



「おい! 冬一郎!  ふざけるな! てめえ、何やってんだよ! おい! 起きろ!」



 誰ひとり動けない中で、誠兵衛の叫びだけが空しく響いていた。




 

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