とある夏に聞いた廃遊園地の真相
時折酒を交わしつつ淡々と話す彼の話を聞いているうちに、段々と私の頭の中に嫌な予感が沸き起こってきた。最初は与太話の一つとでもと思っていたが、話していくうちに妙に明るくなる彼の目つき、そして壁に掛かった深夜0時を過ぎた時計が、そんな嫌な予感を十分に補強をしていた。メモを取る私の手は数分前から動いていない。それを指摘する彼は、私とは正反対になぜか楽し気に笑っていた。
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もうあれから25年経ったのだ。十分待ったんだ。この話の種明かしをするのも、そろそろ頃合いだろう。
情報は伝搬する。インターネット・ソーシャルメディアが発達した現在、噂話を完全にシャットアウトすることなんてできはしない。そして、誰も話のきっかけなんて知らずに、ただただその噂話を広げるだけなのだ。そして広まった噂は、なかなかネットの海からはその痕跡を消すことは無い。そこまで至ったのならば、それは噂とは名ばかりの誰もが知る都市伝説へと昇華するのだ。そういう噂話の多くは確かに興味を惹かれることも多いし、私自身もホラーをテーマとした与太話を作ることもある。
しかしまったく嘆かわしいばかりだ。せっかくそれに関する話、ないしはその私自身の実体験に基づき、当時遊園地で働いていたころに拷問室の噂話のきっかけとなったドリームキャストでのホラーな出来事を目の前に情景が浮かぶ勢いで詳細に描いてやったとしても、誰もそれが真実かどうかなんてことは確認をしたがらないんだ。噂話の内容を真実のものにすることも私は美学だと思うのだが、多くの人間に対してはそうでもないようだ。ただ怖ければ良い、そして噂全体の完成度なんて二の次という連中が多い。そのくせ噂話だけは一端に流れていく。読むだけ読んで満足するという連中がいかに多いことかを思い知らされる。私が読者として回る際も、中にはなかなかにリアルな雰囲気を醸し出すものを見つけ出すこともあるが、大抵はすぐに他所へ転載されて不特定多数の読むところとなる。
このうち、例えば子供が散々拷問されて行方不明になるだなんていう噂話をピックアップしてみよう。こういうふうにわざわざ被害者が子供であるという辺り、読んだ人々の心には一定以上のショックを残すこともできただろう。こんな感じの読み手への精神的な衝撃が大きく、誰が裏を取っただなんて分からない噂話が、発端となった事件を無視して噂好きの人々の間へ広がるのだ。
"裏野ドリームランドの閉園に関するうわさ"
バブルが弾けた年代に、様々なテーマパークと一緒に閉園に追い込まれた遊園地の一つ。ホラーな噂以外にこの遊園地に関する話なんてそう多くは無く、精々が経営不振から閉園に追い込まれるまであの手この手の工夫で立ち直そうとしていたくらいだ。そんな数あるランドに関する話は、つい最近になってホラー話として語られ始めているのだ。皆は誰が発端などということはもう知らない。七不思議にあらかっているのだろう。ぞっとする話から、数合わせの与太話まで、ちょうど7個の恐怖体験談がそれらのコミュニティを賑やかした。ジェットコースターで起きた謎の事故、プールに不気味な生き物が住み着いた等々。一見してどこかの誰かが考え付いたものに誰かが乗っかったものに聞こえるだろう。しかし私は知っている。これらのホラー話は、遊園地側が再起をかけて流したもののなれの果てだということを。言わば自作自演なのだ。当時の私はあの遊園地にアルバイトとして働いていた。だから終焉間際の経営状況の悪化も目の当たりにしてきた。そんな状況で経営陣が目を向けたのはホラーだった。それもただのお化け屋敷ではない、遊園地全体を一大ホラーパークにしようとしたのだ。それが閉園後に、少しのアレンジを加えて復活したのだ。
"七個の恐怖の噂話"
ジェットコースターで起きた謎の事故、アクアツアーで見られた怪生物、ミラーハウスでの精神混濁、ドリームキャッスルの地下にある謎の拷問部屋、勝手に回るメリーゴーラウンド、閉園後の観覧車に響く謎の声。元々はそれぞれの花形アトラクションには、それに対応する恐怖の噂話が割り振られていた。これで噂話は六個。そして未だ語り継がれていない七個目の噂話を、訪れた来場客たちで探索していこう。それが裏野ドリームランドが仕掛けた一連のイベントの正体だった。ただ結局このホラーイベントが功を奏することもなく、裏野ドリームランドはイベントを企画した年の末のうちに倒産を迎えることとなったがね。
この一度は忘れ去られていた噂話が再びネットの世界に姿を現したのはつい数年前だ。情報は伝搬する。蜘蛛の糸のように張り巡らされたインターネットによって。そしてその噂話は、当時の公式なものである六個が少しだけアレンジされており、そこに1つの新たな噂話が追加された。その内容は実に単純明快、子供が園内のどこかで行方不明になったというものだ。しかしその噂話の発端となったアトラクションは結局何処だかわからない。そんなこともあってこの子供が行方不明になったという噂は、他が割と具体的な内容であることの対比としてまるでコントラストのように扱われた。
さてと、なんでこんな話をしようのかというのを言っておこうと思う。単純だ、私はこの噂話の発端を知っているからだ。当時あの遊園地を形作っていたすべてのメンバーは、あの噂話をよりリアルなものにしていこうと躍起になって頑張っていたんだ。無論、私も含めてね。なんたって遊園地の存亡をかけた、当時の日本ではホラー話を題材にした唯一のテーマパーク構想に向けた第一歩だったのだからね。働いている場所を潰さないよう己の食い扶持を維持するためということもあったが、やはり一番はたのしかったからというのが大きかったよ。あんな怖く面白い噂話を仕掛ける側になったとしたらならば、なるべくリアルにしてやろうという気も起きるさ。しかし現実には君も知るように遊園地はつぶれ、次第に噂話の存在も忘れられていく。そんな折に復活したこの"裏野ドリームランドの閉園に関するうわさ"は、私の青春を思い起こすには十分の発見だった。
あれからずいぶんと時間が経ったんだ。多くの人間が裏野ドリームランドの噂話に関する発端や経緯を知らぬままいるのは気にくわない。もうその詳細を話しても問題ないころだから、まあ良いだろう
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裏野ドリームランドに関する噂話は、現在ネットを騒がせている所謂オカルト話の一つだ。その手の話を掲載してはそれっぽい説明を付け加えるオカルト誌、その一記者たる私はネタの大本を調べてこいだなんて無茶ぶりを編集長から言い渡された。しかし噂自体はいろいろな場所で語られていても、それらの話の元となった経緯についてはいくらネットを探してもヒットしない。いかんせん20年以上も前に閉鎖になった遊園地だ。最終手段として、今は廃墟と化した遊園地跡に行かなければならないと思うと頭が痛かった。そんなうっぷんとした気持ちで行きつけのバーに行ったとき、テーブル端に座っていた他の男性客に思わず愚痴をこぼしたところ、まさかの当たりといったところか。どことなく楽し気になった彼からその噂話に関する話を聞けるとは運がいい。まだ時間は夜の11時半を回ったあたり。日をまたぐ前に掲載するに足る十分に面白い話が聞けそうだ。本題に入る彼の話を一字一句聞き漏らさないといわんばかりに、私は懐から出したメモ帳にペンを走らせ始めた。
彼らが話し始めたのは、いったい何時?
彼らが話し終えたのは、いったい何時?