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第五章 見聞録も、俺もおかしなほうに進んでいる気がする

第五章 見聞録も、俺もおかしなほうに進んでいる気がする


        1


 波が高かったり、天気が悪く釣ができない期間が続いたせいもあり、見聞録を粗筋完成から二ヵ月かけて完成させた。


 完成すると欲が出た。いつ出るのかが、非常に気になった。印税分はどれくらい貰えるのかという皮算用も起きた。


 完成した時点で風祭は、柊にそわそわしながら尋ねた。

「なあ、見聞録は完成したけど、いつくらいに公表になるんだろう。出版社とかが間に入って、本になるのかな? 印税とか、貰えるんだろうか」


 柊が、全く興味ないといった風に返事をした。

「あのね、書いたのは大嘘でしょ。だったら、むしろ世に出ない事態を願ったほうがいいと思うわよ。いつ、世に出るって、ボスは言ってなかったから、ひょっとしたら使われないかもね」


「使われないって、それは、酷くないか。あんなに時間を掛けて苦労して書いたのに」


 柊が何を言っているんだ、といわんばかりに、風祭の態度をチクリと刺すように発言した。

「あれれ、見聞録より釣に時間を掛けた男が、言うわよねえ。漁師でもないのに、釣をして平気で給与を貰っている人間の考えることは、わっからないわー」


 確かに、文章は上達しなかったが、釣の腕前と魚の捌き方は上達した。それだけに、言い返す言葉はなかった。


 柊がそれでも、研究所の動きを教えてくれた。

「研究所で、瞬間移動のマジックで有名なマジシャン三名と、科学者三名を実験室に招待して、公開でネズミの瞬間移動実験をやったそうよ。マジシャンは種が全くわからないと言って、瞬間移動装置を認めたわ。科学者は沈黙して否定も肯定もしなかったそうだけど」


 おそらく、風祭が以前に見た実験と同じ物を、やってみせたのだろう。もっとも、手品師がいたから、実験装置を組み立てる段階から見せたと思う。


 科学者は騙されやすいが、プロでいくつもの種を知るマジシャン三人を同時に騙すのは、難しい。とすると、瞬間移動は、やはり本当なのだろうか。


 とりあえず、これで、瞬間移動装置の存在が世に知れたのかもしれない。

「それで、世間の反応は、好意的それとも懐疑的」


「テレビの最後の電話投票だと、一般人は四割も信じていたね。マジシャン十人の投票では実験参加した三人だけ信じるに投票した。科学者は二十名投票して、アメリカから来ていた有名な科学者一人だけが信じるに投票して、なんか話題になっていたそうよ」


 一般人の四割が信じるというのは日本人の国民性としてはありうるだろう。

 目の前で見た三人のマジシャンが見破れなかったので、信じるに投票せざる得なかったのも理解できる。


 ただ、信じるに投票した科学者が一名だけとはいえ、いたのは驚きだ。


「なあ、柊。所長、瞬間移動の論文をどこかの雑誌に投稿したとか、言っていたか」

「うーん、なんていったかしら。なんか私でも、耳にしたことある、雑誌に投稿したって四谷が言っていた気がするわね。ああ、名前は思い出せないわ」


 所長が論文をどこかの学術雑誌に投稿していたとすると、当然、論文を精査するレビュワーがいる。

 ひょっとして、信じるに投票した一人の科学者は、たまたま、レビュワーで先に論文を読んでいた科学者ではないのだろうか。


 レビュワーは数人おり、誰がやるのか秘密だが、関連する研究者がやるのが常だ。

 論文が瞬間移動なら、精査できる人間も限られてくる。だとすると、所長が当りを付けて呼んだ二十人の科学者の中にレビュワーが入っている状況も、ありえる。


 論文を先に読んだ科学者が論文に信憑性があると認めていたなら、やはり瞬間移動は本物なのだろうか? となってくると、やはり大嘘見聞録は存在してはいけない気がする。見聞録の大嘘が科学者に露見すれば、正規の論文すら危うくなる。


 風祭は一度はまずいと考えたが、すぐに、考え方を改めた。

 論文は科学者向けに堂々公表する。見聞録は一般人向で、なおかつ表向きには流通されないようにするのではないだろうか。


 一般人向けに世の中で注目を集めようとすれば、最初は出版という形態ではなく、流出という形で世に出したほうがいいのかもしれない。


 また、大嘘見聞録は読み物として面白くないがゆえに、そこに信頼性と懐疑性が生まれる。

 研究所側で、流出させておいて、最初は見聞録の存在を、肯定も否定をせず、世間で話題性を保持に使うのかもしれない。


 科学者は権威を持っているが、お金を持っているのは世間様だ。

 危険な橋のような気もするが、所長なら渡りそうな気がした。


        2


 一作目ができたので、二作目の粗筋を作っていると、クルーザーが停まった。また補給なのかと思ったが、今度はドアに鎖が掛っていなかった。


 出てもいいのだろうかと思い、以前にも扮装した、郵便局強盗ファッションで甲板に出て見ると、小さな島の港に、クルーザーが停まっていた。


 甲板には柊とセシリアがすでに立って、荷物を持っていた。

 柊がおどけながら、説明した。


「ようこそ、南の島へ。ああ、南の島っていっても、日本の島だから、パスポートの心配は、しなくていいわよ。島の名前は忘れたけど。昔は、十世帯くらい人が住んでいたそうで、今は無人島で誰も住んでいないわ。広さは、百ヘクタールくらいだったかしら。ここが、次の隠家よ」


 船がおおよそ南に向っていたのは、釣をしていたので、太陽の位置と、冬になってきているのに、寒くなってこない状況から、なんとなく感じていた。


 今、立っているのは確かに南の島なのだろう。しかも、かなり南の島だ。十二月の半ばだというのに、コートの要らない暖かさだ。


「隠家って、ずっと船の上で、隠れているんだろう? 大丈夫なのか。ここ、無人島だといっても、近くに人が住む島はないのか」


 セシリアが黙々と荷下ろしをする傍ら、柊が説明した。

「隠家の変更については、私もつい最近になって聞いたわ。人に見つかる心配は、ないそうよ。人が住んでいる一番近いマーカス島から五十キロくらいあるから、見つかる心配もないだろうって。そうそう、辺りの海には鮫が泳いでいるから、温かいからといって、海水浴は控えなさいね。さあ、従いてきなさい」


 せっかく船に慣れたと思ったら、とんでもない場所に連れてこられた。

 港から歩いて五十メートルほどの場所に、築四十年は経過しているような、長方形の古い鉄筋コンクリートの二階建ての建物があった。


 元は何かの観測所だったようだったが、なにを観測していたかは不明だった。

 外壁は風雨に曝されて剥げ、ちょっとした心霊スポットのようだ。ただ、全ての窓には新しい雨戸が嵌っていた。


 柊が真新しい玄関扉を開けて中に入った。

 入口のスイッチを入れると、明かりが点いた。


 電気が使えるのには驚いた

 きちんと清掃された玄関の横に、内側から大きな閂が閉められるようになっている構造を発見して、なぜだか不思議に思った。

 

 不思議な点は、まだ色々あった。天井や壁に使われている壁紙は安っぽそうだが、真新しい。廊下の床板も新品。きちんと最近リフォームされた形跡があった。


 概観と中身は大違いだ。中身が新しいのは嬉しいが、なんだか、外の古さと中の新しさのギャップに違和感を覚えた。


 柊が説明した。

「電気は基本的に太陽光発電で、昼に電力を貯めて、夜に使う。足りない時は、重油で発電できる機構も裏にあるけど、燃料は貴重だから、電気の使用は控えめにして早寝、早起きを心掛けてよ。蛇口から出る水は、屋上にある雨水を溜める貯水槽から来ているから、飲料用は必ず、いったん浄水器を通してから飲んでよね。水がもしなくなったら、裏に井戸があるから、そこから使ったらいいわ。もっとも、水質調査をしてないから、井戸の水も飲料には適しているかどうかはわからないけど」


 風呂場も壁が塗り替えられており、カビ一つなかった。トイレは簡易水洗トイレ。ただ、風呂もトイレも使った形跡がまるでないのが、かえって不気味だった。


 キッチンは広く、大型の冷凍庫があり、食料が詰まっていた。食堂には米、缶詰、レトルト食品もふんだんにある。建物内の食料だけでも三人で二ヵ月は生活できそうだった。


 気になったのが、キッチンの勝手口の扉にも丈夫な閂があった点だ。

 玄関扉といい、勝手口の扉といい。猛獣も泥棒もいない島で、なんでこんな頑丈な閂が必要なのだろう。


 一階には上部に小窓がついた物置部屋にあった。物置部屋には新しい釘と金槌の他、吸水ポリマー製土嚢というものが置いてあった。


 物置部屋の他にも四部屋あった。ただ、家具、ベッド、机、パソコンがあるのは一部屋のみだった。


 衣装ダンスの抽斗を開けると、男物の下着が入っているので、家具がある部屋が風祭の部屋なのだろうが、これでは、柊の作業部屋とセシリアの部屋がない。


「なんで、俺の荷物だけあるんだ?」


        3


 二人の部屋は二階になるのかと思い、二階に上がってみた。

 二階に上った印象がまた奇妙だった。二階は廊下も部屋も、天井は新しいのだが、壁は全て風雨に曝されたように、ボロボロ。


 二階に二つの大部屋と会議室があったが、部屋の中は、壊れた机や収納棚が崩れた状態で放置されてあり、生活できない廃屋状態。なのに、雨戸と部屋のドアだけは新品だった。


 二階全てが古びている状態なら、一階しか手を入れなかったと、理解できる。だがなぜ、二階は天井、雨戸、扉と、中途半端にしか手が入っていないのかが、不明だ。


 まるで、建物の内装をしに来た業者が、二階部分を改装中に、何かの封印を解き、未知なる物に襲われ、忽然と消されたかのようなホラー感すら漂っていた。


 見ようによっては、入る前に全ての雨戸が降りていたので、建物内が封印されていたようにも、見えなくはなかったが。


 全ての部屋を見て気が付いたが、窓の近くに、たいてい窓枠より大きい、×字状の木枠が三つ一組で、荒縄と一緒に置かれていた。ただ、なぜ置いてあるのか、意味がわからなかった。


 風祭には、なにかの魔避けのようにも思えた。

「ねえ、柊。あのさ、この建物、なんか変だよね。各部屋に×印の木枠とかあるし、二階とか、工事が途中で終っているしさ」


 柊は何も気にする点はないとばかりに発言した。

「×印の木枠? 台風シーズン用でしょ。二階の工事が途中で終っているのは、きっと予算の関係よ。工事途中でも別にいいでしょ。生活空間は一階にだけあるなんだからさ。二階は使わなければいいのよ」


 二階のどこかに血痕でもあれば、絶対に泊まりたく建物だ。


 風祭は、言い知れない怖れを感じ、案内された建物内での生活をやんわりと拒絶しようとした。

「この建物の中で生活するより、クルーザーの中で寝起きしたほうが快適だろう。柊が作業するパソコンもないし、セシリアの部屋もない」


「クルーザーで生活するほうが快適かもしれなれいけど、私はボスに呼ばれているのよ。私とセシリアは一度、戻らなきゃならないわけ。だから、クルーザーで、生活させるわけにはいかないのよ。というわけだから、今晩、次回作の粗筋をチェックするわね。粗筋、纏めておいてね」


 柊の部屋とセシリアの部屋がない理由は、わかった。


 次回作の粗筋はもう完成しているので、問題ない。けれども、孤島に一人で置き去りにされるのは、初めて聞いた。

「え、おい、それって、俺一人きりで、この島に篭るのか。できた文書を所長に送信したりする手段は?」


 柊は日常会話のように、平然と言ってのけた。

「ないわよ。外部と連絡とる方法はないから、体には精々、気をつけなさい」


 隔離された。心理テストで精神異常を装う作戦は完全に裏目に出たのかもしれない。確かに陸なら揺れないが、揺れには、もうとっくに慣れた。


 こんな奇妙な建物が建つ孤島に置き去りなんて、住環境と精神衛生の悪化だ。

 前作は完成するのに、粗筋ができてから、二ヵ月も掛かった。


 完成するまで、柊が戻って来ないとすると、今度も無人島に、二ヶ月おいてけぼりにされるのではないか。

「ちょっと待ってくれ、明日から、無人島に置き去りはないだろう。俺、そんなに悪いことした?」


 柊がどこまでも、他人事のように、発言する。

「船に乗った最初の頃、執筆場所は孤島だっていいって、言ってたわよね。船の上も、無人島も、同じような環境でしょうが。むしろ、島のほうが、揺れないし、沈まない。置き去りっていうけど、電気、ガス、水もあるから、問題ないわよ」


「でも、何かあったら、どうするんだよ、急病とか怪我とか」


 柊が、とてもにこやかな笑顔で、言い放った。

「大丈夫よ。心配ないわ。風祭に何かあったら、風祭の遺志を引き継いだ誰かが、見聞録を書くから、そのために見聞録を一人称で書いているんでしょ」


 悪魔の笑顔だった。

 風祭は「この鬼め」と心の中で罵った。


 すぐに、柊が風祭の肩を軽く叩いて、宥める。

「笑いなさいよ。冗談よ。何も起きやしないって」


 なんか、ホラー映画で、いわくつきの洋館に行く事態になったのを渋る、後の犠牲者Aにでも向って言うセリフだ。


 抵抗は無駄だろうな。無人島生活での見聞録の執筆は決定事項になっているようだ。


 無人島で一人暮らしになったのは姑息な策を弄した結果だとしても、今さら「御免なさい。心理テストで嘘を吐きました」と告白できる状況ではなかった。


 風祭の心境を知らない柊が、前向きに軽妙な口調で風祭を説得していく。

「異世界に行った男になるんだったら、無人島生活くらい、しておいてもいいでしょう。それに、見聞録が終ったら、大金を手にするんでしょ。無人島で、三ヵ月や四ヵ月、生活するくらい覚悟は、あると思っていたけどね」


 いいように乗せられている気もするが、柊の言葉は、もっともだ。確かに、報酬が破格だ。

 二ヵ月間くらいは、無人島の奇妙な内装の建物で一人暮らしするくらいは、やらねばならないのかもしれない。


 風祭は用意された部屋にダンボールや釣道具、お気に入りの衣類を運び込んで、建物の設備を使える状況を確認して、無人島に篭る準備をした。


 設備の点検と生活必需品とダンボールの運び込みが終ると、夕暮れになった。

 建物内のキッチンで、夕食後、柊と見聞録の二作目の粗筋のチェックをした。


        4


        *

(大嘘見聞録・二作目・前半)

 俺が瞬間移動した先は、破壊された建物がいたるところにある場所だった。

 どこかの紛争地域に瞬間移動したのかと、俺は緊張した。

 だが、すぐに、瞬間移動したのは、日本より科学技術が進化した世界で、世界大戦を終えた、戦後間もない世界だと知った。

 勝者なき戦争が終っても、戦争が生み出したロボット兵器が暴走して人類を襲っていた。

        *


 柊が、これは困ったというように顔を顰めた。

「次はSFね、ベタといえばベタだけど。大嘘見聞録だからね。ありなのよねー。でも、正直、メカってあんまり詳しくないのよ。風祭は日本の男でしょう。日本の男って、こういうメカとか好きでしょ。メカ・デザインのラフ画って描ける?」


「おいおい、日本の男が皆、ロボットやメカが好きというのは、偏見だぞ」


 とはいえ、正直に言えば、メカは好きだ。深夜枠のロボット・アニメは、ほとんど、見ている。仕事が終れば、見られなかった期間に放送されていた、特典付きBOXを必ず買うだろう。


 でも、逆に好きだからこそ、良いメカ・デザインには天性センスが要るのを理解している。

 俺は所詮、雇われ大嘘吐野郎。素敵なメカ・デザインなんて、できやしない。余計な言葉で、やっかいな仕事を背負いたくない。


「デザインは俺の仕事ではないよ。まあ、見聞録中は、これこれこういうメカだったとは記述するけど、詳しいデザインは、頭に全くないよ」


 柊の顔を見ると、明らかに浮かない顔をしている。まずい感触だ。

 柊にデザインを丸投げして押し付けてもいいが、柊の様子ではウンとはいわないだろう。とは思うが、もし、せっぱつまった柊が、何かのアニメ作品をパクってメカをデザインすれば、結局、風祭に災いが降りかかってくるのは、目に見えていた。


 アニメ作品の兵器に関する軍事考証は、一部を除いて滅茶苦茶だ。

 風祭自身もロボット・アニメは好きだが、戦闘兵器に詳しくなく、スペックもよくわからない。


 柊の作り出したメカを覚えたはいいが、あとで人に聞かれて答えた時、軍事オタクが風祭の答を聞いて、機構的に不可能だと理論的に反論され検証されれば、ボロが出る可能性がある。


 とはいえ、もう時間がない。こうなれば、仕事の押し付け合いをするより、妥協に走ろう。

「よし、じゃあ、こうしよう。話では、未来世界で、戦争が終っても暴走するロボット兵器から人類を守るために、有人兵器に乗って人類が戦いを繰り広げる話のはずだったけど内容を変えよう。水没した世界で人魚と人間が恋をする物語の構想もあるんだけど、そっちの粗筋を急遽、創るよ」


 水没世界の構想は、すでに頭の中にある。幸いというか、不幸というか、幽霊船も見たわけだし、クルーザーで船旅もした。それなりの話にできる自信がある。


 柊が、風祭が示した解決策を手で制止した。

「人魚の話はNG。所長から、話は面白くなくてもいいけど、二作続けてのファンタジー色のある話はやめるようにとの指示が出ているのよ。だから、風祭の行き先は、ありきたり未来はよくても、人魚の住む島には行けないのよ」


 そんな、大人の事情的な縛りは、初めて聞いた。

「ちょっと待ってくれよ。急に離島に連れて来て、あらすじの締め切りが今日ですって言われても、そんなにすぐ他のアイデアは出ないよ」


 柊は風祭の弁解なんて、全く聞かなかった。すぐに、眉を吊り上げて、食ってかかってきた。

「出なくても、捻り出しなさいよ。どうせ、嘘なんだから、頭からポンポン生み出せるでしょうが」


「人を一人前の詐欺師みたいに言われてもなー。ああ、じゃあ、わかった。こうしよう、少し時間をくれ」


 風祭はすぐさま、机に向かって変更したあらすじを書いていった。


        *

 (大嘘見聞録・二作目・前半・改)

 俺が瞬間移動した世界では、機械兵器は進歩していなかった。代わりに、なんでも捕食して増殖する、ザーネスという生物兵器が跋扈する恐ろしい世界だった。

 俺は凶悪な鬼のようなザーネスの姿を撮影に成功するが、代償として、ザーネスに発見され、襲われて喰われそうになる。

 どうにか、ザーネスから逃げていると、発火能力を有する少女、カライに助けられた。

 カライもまた、人間を元に遺伝的改造された、ザイオンと呼ばれる生物兵器だった。

        *


 柊が感心したように発言した。

「なるほどね。登場する敵はファンタジー系を改良したモンスターを使うけど、設定は未来SFで異能力者が戦う世界にするのね。これなら、写真の作成は大丈夫。モンスター系の写真なら、作った経験があるし。機械が進歩していないなら、現代の機械を変更して代用できる。異能力バトル物も、定番といえば定番だしねー。でも、なんで、機械は発達しなったのかが、問題になるかもしれないわね」


「機械兵器が発達しなくても、大嘘見聞録なら大丈夫だと思うよ」


 一次落ち作品の未来SFを読んでいて気が付いたが、一次落ち作品の未来SFでは、ほとんど、現代の物が残っている。


 レーシック手術が現代でも復旧しているのに、未来に眼鏡が残っている。

 未来なのに、ビジネスマンがネクタイを締める習慣も残っていたりもするので、普通の人は現代の物が未来に残っていても気にしないのかもしれない。


 風祭は一応の見解を述べた。

「普通、未来っていったら、かなり生活様式も武器も変わっているのが普通だと思うよ。戦闘機なんて、五十年で大きく形が変わっているし。けど、原稿を読んでいると、やたら未来設定なのに、現代の物が溢れているのが現状だから。メカだけ古い環境でも、一般の人は、受け入れてくれるよ。都合が悪くなりそうだったら、俺の瞬間移動した国だけ、武器は一世代遅れていた状況にすればいいしさ」


 柊が複雑そうな表情でコメントする。

「こっちはありがたいし、大嘘見聞録だから、いいわよ。でも、なんか、見聞録の風祭って、見聞録を書きやすい世界にだけに行っている気がしない? 本当にそんなんでいいのかしら」


「だって、締め切りは明日だろう。メカ・デザインが不安なら、俺の出した代案で逃げるしかないって。いや、もう、こうしないと間に合わないだろう。明日から俺は外部と連絡を取らずに、ひたすら書き続けなければいけないんだからさあ」


 柊が止む得ないとばかりに妥協案に乗ってきた。

「そういわれれば、降って湧いたように、急に締め切りが決まったからね」


 急な依頼と、時間のない締め切りは駄作を量産する。でもいいさ、どうせ、書くのは大嘘見聞録だ。駄作上等だ。


        5


 翌朝、急ごしらえの粗筋にゴーサインが出たのを告げると、柊とセシリアは、クルーザーに乗って出発した。


 柊とセシリアが乗るクルーザーが小さくなっていくと、なんだか、悲しい気分になって、少し泣けてきた。


 口の悪い柊や、半ばお地蔵様のようなセシリアでも、いなくなると寂しいものだ。


 風祭は気を取り直して、自らに言って聞かせる。

「さあ、さっそく、大嘘見聞録の執筆を開始しなきゃ。柊たちが戻って来るまでに見聞録を完成させて、あとは、ゆっくり釣でもして過ごそう。よし書くぞー」


 風祭は机の前で決心したが、二時間後には、海岸に住み着いた藤壺をエサに、釣を始めていた。

 書かなきゃいけないのはわかるが、監視の目がないと、やはり遊びたくなる。


 仕事を終えてから遊べばいいのだが、先に遊んでしまう。

 わかっちゃいるけど、やめられない状態だ。しかも、こういう時に限って、魚は面白いように釣れた。


① 釣った魚を腐らすのは釣った魚に悪いので、捌かなければならない。

② 捌いたら、柊もセシリアも食べてくれないので、保存しなければならない。

③ 保存するのに電気を無駄にできないので、海水で磨いて、網に入れて、風通しのよい場所に干して、干物にしなければならない。


 そうして、①、②、③と『何々をしなければならない』と、殺人ゲームのルール的な言い訳が続いた結果、気が付けば風呂に入って寝る時間だ。執筆は、ほとんど進まなかった。


 二週間後。風祭の手元には二章の途中まで書き上げて大嘘見聞録と、売るほど干物を抱える事態になった。乾燥した干物を風通しのよいプラスチック製のカゴの箱に収納した。


 最初は、増えていく、干物が、コレクターズ食玩のように増えていくのが楽しくなったが、ある時、我に返った。


「なに、やっているんだ、俺。俺は孤島に干物屋をやりに来たのとは違う。書かなきゃ、見聞録を、見聞録を書かなきゃだめだろう。それに、あの干物の山を柊に見つけられたら、なんて言訳をすればいい」


 風祭は本来の仕事である見聞録を書こうとしたが、今度はカゴに一杯になった干物の存在が気になってしかたがなかった。


 柊に見つからないように、干物を隠しておかねば。

 一階には生活に使っていない部屋が三部屋あり、物置部屋も一つある。けれども、一階物置部屋では柊に見つかる可能性もあった。


 執筆もそこそこに、柊に「使わなければいい」と注意を受けた二階の部屋をもう一度、見た。二階の大部屋と会議室はどれも壊れた、机などがあり、汚かった。


 ただ、会議室の奥には、椅子や書類をしまっておくための、三畳ほどの物置部屋があった。

 会議室奥の物置部屋には、窓はないが、壁側上部と廊下下部に換気口があるので、適度に空気の流れがあるので、かび臭くはなく湿度も適度だった。


 風祭は物置部屋にあった、壊れた椅子と崩れそうなダンボール箱を会議室に移動させた。そうしてスペースを空けて、積もった埃や塵を掃除した。


 干物が虫に齧られないように、防虫剤も部屋に置いた。

 三畳ほどの部屋だが、掃除した日はもちろん、執筆が停まった。


 掃除して部屋に、宝物のように干物と釣道具をおいて置くことにした。


「ふふん、こうしておけば、釣りだけしていた証拠は隠せる。って、干物を隠してちゃだめだろう。俺は近未来SFを書きに来たんだ。増え続ける干物を眺めながら、ニヤニヤしている場合じゃなーい」


 だが、人間そうは簡単に変わらない。やらなければいけない仕事があっても、明確な締切も催促もなく、監視する人間がいなければ、仕事が進まない。


 風祭の心境は、絶えず宇宙のエントロピーは増加し続けるというのと同じ、ある種の真理だ。今日ほど「自分は見られていないと仕事のできない人間だ」と、思い知った時はなかった。


 結局、見聞録が三章の終わりに来る頃には、毎日の仕事をしなかった贖罪のように、干物を焼いて食べていたが、カゴの中は常に干物で満たされた。


 こうなってくると、流石に見聞録の進み方が遅くてまずいと思った。

 柊がいつ帰還するか、全くわからない。


 完成するまで来ないかもしれないが、いつか発電機を動かす重油や、米の補充にやって来る可能性がある。


 柊がやってきた時、見聞録が半分もできていなかったら、なんと言われるだろう。

 柊がギャアギャア言うだけなら、まだいいが、所長の対処法が気になる。


 いくら、素人ぽく書いて良いと言われても、量ができていなければ、仕事を切られるかもしれない。

 仕事を切られるだけでならまだいいが、なにかしらの苦痛を伴うペナルティがあるかもしれない。

 途端に、目の前に締め切りと重圧が現れた。


 さっそく、完成を急がねばと思ったが、風雨が窓を叩くのが聞こえた。

「今晩、雨が強そうだな。風も少し、出てきたな。明日は海が濁って、釣りに不向きだから、執筆は明日からにしよう」


        6


 眠っていた風祭は、風と雨が窓を叩く大きな音で起された。

 ぼんやりした頭で雨戸を閉めていなかった状況を思い出したが、眠気のほうが強かった。とはいえ、急激に風や波の音がうるさくなり、寝ていられなくなった。


 雨戸を閉めるだけでも音を小さくなると思い、起き出すと、キッチンからガシャンというガラスが割れる音がした。


 横着して寝ていたら、風で飛んできた何かが窓に当って、窓が割れたのだと思った。

 さすがに、しまったと思い、電気を点けて、服に着替えてキッチンに行った。


 キッチンの窓が割れ、猛烈に雨風が吹き込んでいた。

 手を切らないように、ゴム手袋して、窓を開けて、雨戸を閉めようとした。ところが、強くなりすぎた風のせいか、何かが雨戸に挟まっているのか、雨戸が内側から閉まらなかった。


「ダメだ。中からじゃ閉まらない。外に出て雨戸を閉めるしかない」


 再び、ガシャンという音がした。自室の方角だ。風祭が、アッまずいと思って戻った時には、時既に遅かった。


 自室の窓が割れていた。飛び込んできた太い木の枝のせいで、パソコンとディスプレィは床に投げ出され、窓から入ってくる水を大量に浴びていた。


 ディスプレィは液晶部分が壊れて液漏れし、パソコンはコードが抜けた状態で、ケースの一部が凹んでいた。


 パソコンにはバックアップ用にUSBメモリを挿し放しだった。USBメモリは見事に折れていたので、一緒にバックアップ用データがなくなった。


 風祭は急いで外から他の雨戸を閉めなければ、一階が水浸しになると思った。

 とりあえず、パソコン一式を二階に上げると、玄関から外に出ようとした。けれども、風で押されて、玄関扉は容易に開かなかった。


 少しでも扉が開くと、隙間から水が入ってくる。それでも、どうにか、扉を開けて外に出るが、立っているのも辛いほどに、風雨は酷くなっていた。


 まず、自室の雨戸を閉めようとしたが、風が強く、外からでも雨戸を閉めるのは難作業だった。

 雨戸を閉めている間にも、いよいよ風は強くなった。雨だけでなく、波も風に飛ばされ、風祭の体を容赦なく滝のように打った。


 キッチン、食堂、自室、トイレ、風呂場と、一階の開いていた雨戸を全て閉じて、家に入ろうとした時、強風によって発生した高波が風祭を襲った。


 波を頭から被った、風祭は足を滑らせると、海に引いて行く波に体が攫われた。海に向かって体が、這いずる蛇のように滑っていく。


 海に落ちたら確実に死ぬ。


 風祭は必死に手を伸ばして何かを掴もうと足掻いた。すると、どうにか海と家との間にあった木に手が届き、海に引き込まれる事態は回避できた。


 あとは必死に家まで走って、強引に扉を開けて、家の中に入った。


 風祭が自室に行くと、雨戸が外れるのではとばかりに、激しくガタガタと鳴っていた。

 この風の強さだと、発電機も故障するかもしれないと思った。部屋から懐中電灯を探し出したところで、再びキッチンでガシャンという大きな音を聞いた。


 風祭は懐中電灯の紐を首に通した。

 ガラスを踏まないために、靴を履きに玄関に行くと、扉は大男が侵入しようとしているのか、バタバタと揺れ、扉の隙間から水が少しずつ入ってきていた。


 風がまた一段と強くなったようだ。

 物置にあった給水性ポリマー土嚢を思い出し、玄関に置こうかとも考えた。だが、キッチンの状況確認を優先した。


 キッチンに行くと、目を疑った。閉じたはずの雨戸が消えてなくなっていた。雨戸がなくなった窓から、高波と雨がバケツで水を流し込むように入ってきていた。


 勝手口の扉も、外れてなくなっていた。風祭はなんで、勝手口に閂があったのか、ようやく理解した。

 閂は外から侵入されないためのものではなく、強風で扉が持っていかれないための固定用だと思い知った。


 だとすると、玄関扉も壊される危険がある。風祭は、玄関扉の閂だけでも掛けようとした。

 その矢先に、玄関から大きな破壊音がした。


 遅かった。玄関扉も強風で破られた。だとすると、玄関には、行くだけ無駄だ。


        7


 玄関扉の方角から強い風と高波が入ってきて、一瞬で床上に水が広がった。風祭の踝まで、すぐに水が浸かった。

 風祭は食料も少しでも避難させようとしたところで、床上から少し上がった場所に出ているコンセントに気がついた。

 まずい。食料を二階に上げている時間はない。ここにいたら、感電死する。


 窓から吹き込む強風により、部屋にあった浄水機が倒れ、水飛沫を上げた。


 風祭は吹き荒れる風の中、二L入りのペットボトルが入った箱一つだけを持ち出し、二階へと避難した。


 また、どこかで、雨戸が壊れる音がした。扉が大きく開いたり閉まったりする激しい音がする。

 強風は、玄関とキッチンだけでなく、一階の他の部屋の雨戸をも破壊しているようだった。


 どうにか、二階に逃げるも、風は二階にも舞い上がり、強く吹き上がっていた。二階の扉も激しくバタバタと揺れる音がした。


 風祭は、風から逃げる場所はないかと思い巡らした。そこで、窓がなく、干物を置いた二階の物置を思い出した。


 二階物置には、窓がない。窓がないなら、強風に曝される心配はないのではないだろうか。


 風祭は吹き上げる強風の中、パソコンと、唯一つ下から持ち出し、ペットボトルの箱を二階物置に運び込んだ。


 会議室に荷物を運び入れると、電気が消えた。発電機がやられたと思った。

 電気が停まったのなら、食料を上へ持ち出せるのではないかと、淡い期待を抱き、吹き上げる風に耐えながら、下に向かった。


 無駄な、足掻きだった。


 水面が上昇していた。階段にして七、八段目まで、水が上がってきていた。風が吹き荒れ、水は波が寄せたり引いたりするように、波打っていた。


 一階に下りるのは危険だ。水は、どこまで上がってくるかわからない。それに、床が見えないので、転倒したら大変だ。


 風祭は会議室に戻ると、会議室の扉の鍵を閉めた。

 会議室奥にある物置部屋に入って扉を閉めようとすると、大きな音がして、会議室の窓の一枚が、雨戸ごと外に吸い出された。


 風祭は目の前の光景を見て、なぜ雨戸がなくなるのか理解した、強風が一次的に止んだ時に発生する陰圧で、雨戸は外に吸い出されたのだ。


 ここで、風祭は魔避けかと思った三つの木枠を、柊が「台風シーズン用」と評していた理由を理解した。同時に、一階物置にあった、釘、金槌、荒縄の利用法を知った。


 台風シーズンには今のような強風に雨戸が曝される事態になる。

 陰圧で雨戸を持っていかれないようするためには、


① まず、×状の木の板二枚で、雨戸をサンドイッチにして木の板同士を釘で挟んで打ちつける。

② 室内でもう一組の×状の木枠を用意する。

③ 外から、雨戸をサンドイッチ状にした、Xの端の部分に荒縄を通す。

④ 外から通した荒縄と、室内でもう一つの×状の木組みとを結び、窓に荒縄を通す隙間だけを開けた状態で、雨戸を固定しておく。


 こうすれば隙間から雨が入るものの、外から風に押されようが、陰圧で中から引っ張られようが、雨戸を持っていかれる事態だけは回避できる。


 おそらく、台風の経験がある人間には常識なのだろう。けれども、北海道育ちで、研究所のある茨城より北にしか、住んだ経験しかない風祭には、まるで知らなくて当然の対処法だ。


 というよりも、天気予報を聞けないなら、風が強くなってきた時点で、よほど慣れた人間でもなければ、全ての窓に対策を施すなんて、無理だ。


 風祭は二階物置の扉を閉めて、中に入った。扉が押されたら、扉を押し返し、内側に引っ張られ時には扉を引っ張り返した。


 外で会議室の扉が外れる音がした。外れた扉の廊下に出たり部屋に入ったりする音が、押さえている扉越しに聞こえた。


 少しすると、天井板も剥がれたのか、板が中を舞う音も聞こえてきた。

 風祭は風が弱くなるまでの間、風祭は扉を押したり引いたりしながら、長い夜を過ごさねばならなかった。


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 風が弱まり、換気口から僅かに光りが差し込んだ時には風祭はヘトヘトになっていた。

 ドアを開けて会議室の中を見ると、四枚あった雨戸はなくなり、真新しい天井は激しい風で、剥がれ落ちていた。


 二階は特に風が激しかったのか、風祭が押したり引いたりし扉以外は全て全損、天井の板もどこも剥がれていた。


 なぜ、建物に着いた時、二階は工事途中だったのか。

 なんのことはない、建物は手を入れる前から、風雨で天井、雨戸、扉は全てなくなっており、廊下も長い期間に亘って雨ざらしになっていたのだ。


 二階は使わないとはいえ、そのままだとまずい。そこで、電気配線や照明の関係で二階は天井だけ新たに張り、最低限のドアの設置と風を防ぐための雨戸を付けただけの話だ。


 朝になると、一階の水は引いていたが、ドアは全て壊れ、雨戸も綺麗サッパリなくなっていた。自室は家具が残っていたが、ベッドはずぶ濡れで使えない。


 キッチンでは食器棚が入口で倒れて、中身が散乱。冷凍庫は仰向けに倒れて開いており、水に浸かっていた。浄水機は飲料水用のタンクが破損。飲料水が流出していた。


 幸い、外にあったガスボンベは頑丈な鎖に繋がれていたので無事だった。どうにか、ガス台は使えた。

 置いてあった部屋の食糧のほとんどが水に持ち出されていた。残っていた米袋は穴が空き、海水に浸かって食べられない状態だった。


 風祭は、それでも、食べられる食料を探した。

 食べられそうな食料は、冷凍品の調理済み唐揚げが二袋、枝豆一袋、ツナカンの缶詰が六個と、レンジでチンできるご飯が四つ、果物の缶詰が二個に、未開封の醤油ボトルが一本。


 大半の食料が消えた。

 こうなると、二階に隠しておいた、自作の干物が本当に宝の山になった。


 井戸水を汲んでみると、濁ってはいなかったが、そっと、指につけて唇につけると、確実に塩気がした。


 柊がいつ戻ってくるかわからない状態では、危機的な状態だ。


 嵐に遭って一夜で、リフォームした新築同様の隠れ家が廃屋になった状況なんて、想像していないだろう。


 風祭は頭を抱えて、座り込み嘆いた。

「ああー、もう、本当にこんな苦労は、見聞録の中だけにして欲しいよ」


 風祭は自分で嘆いて気が付いた、見聞録! どうしよう。


 パソコンはあるが、電源がないので、床に投げ落とされたパソコンのハードディスクの中身が無事なのかすら不明だ。


 普通なら、災害なのでいたしかたなしとなるが、所長は説明がなかったとはいえ、対応策として×印の木枠と土嚢を用意していたので免責してくれない気がする。


 バックアップUSBも壊れたので、最初から紙に書き直さなければならない。

「家が廃屋になっただけでも災難なのに、最初から見聞録を紙に書かなきゃいけないのかよ。最悪のリスタートだ。というのか紙はあるのか」


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 風呂場の風呂桶は無事だったので、風呂場を洗った後、施設の二階にあったビニールシートを▽状に設置する。風呂桶に水を張り、蒸発して落ちてくる水を、大きなバケツを置いて貯め、飲み水を確保しようとした。


 そうして蒸発した水が、飲み水が自動で溜まるようにしておいて、風祭は流されずに残っているものが島にないか、探索した

 島の中にはレトルト食料があっても、どれも枝に引っかかって小さな穴があいたせいか、食べられない。


 島を歩いても回収できるものは、ほとんどなかった。その日は疲れたので、水で体を洗い、服を乾かして終った。


 次の一日は荒れた部屋の掃除をできるだけ掃除しようとしたが、途中で嫌になり、放置した。

 もう一階はほとんど使えないので、自室と体を洗う風呂場さえ綺麗なら、あとはどうでもいい。


 淡水は、嵐で多量に雨が降ったから、屋上の雨水を溜めるタンクが一杯になったので、大丈夫だろう。

 窓のない自室だけを綺麗にして、使うとしよう。

 何か使えるものはと探すと、不幸と言うか幸いというか、干物部屋から移動させたダンボールの中に、ゴミ袋に入った、分厚い機械の見積書と仕様書を発見した。


 見積書と仕様書の紙はゴミ袋に入っていたので、雨の影響は受けていなかった。

 紙は、多少は黄ばんでいたが、触ってもボロボロにもならず、裏が使えたので、見聞録を書くのに使う紙にすると決めた。


 自室の机の中には使えるボールペンがあったので、手書原稿で見聞録書きも可能になった。


 風祭は、パソコンのハードディスクが壊れた事態を想定して、第一章から、記憶を頼りに古い書類の裏を使って、手書きで見聞録を書き始めた。


 水害に遭ったせいか、あれだけ好きだった釣をしに海辺に行くのが、嫌になった。

 風祭は朝になると起き出し、干物を焼いて食べ、慣れない手書きで、見聞録を書いてゆく。


 見聞録の風祭は正にヒーローであり、どんな苦難にも負けないが、現実の風祭はボロボロだった。気が付くと、独り言が多くなった気もする。


 雨の日になると、また嵐が襲ってくるのではないかと、不安になった。

 嵐の日から二週間が経つが、柊は現れなかった。


 研究所側で、明らかに嵐のため、風祭が過酷な状況に置かれているとは気が付いてくれていない証拠だ。


 干物が底を尽いてきたので、しかたなく、海辺に行って、釣りをした。

 だが、こういうときにこそ、魚は全く釣れず、食料が心細くなってきた。


 風祭は沈み行く夕日を見ながら思った。

「ひょっとして、もう誰も島には来ないのではないだろうか。俺は切り捨てられたのかもしれない。そうして、島で死んで何十年か後に島をやって来た人間に白骨化した姿を発見され、一生懸命に書いた見聞録はゴミとして風に舞う。人生の最後ってあっけないな」


 流れ流された人生の果てにやってきたのは孤独死という名のバッドエンドなのかもしれない。

 さらに、二週間が経過した。食べ物はもうわずかな干物とツナカン一個になった。


 いよいよ、ダメなのかと思うと、魚が一杯、釣れたので、餓死はしなかった。この時ばかり、釣竿に感謝して、釣竿に釣助と名前を与えたほどだった。


 食料に余裕ができると見聞録を書き、乏しくなると釣りをした。なんのことはない、生活リズムは以前に戻った。


 しばらくの間、魚を釣って、見聞録を書くと言う作業をしていると、不思議な気分になってきた。魚が釣れ続けるのなら、こんな生活を続けるのも、いいのかもしれない。


 夜明けと共に起きて、釣りをして生活の糧を得て、昼から架空の見聞録の話を書くのに熱中する。今までにない生活だが、これは、これで極楽なのかもしれない。


 風祭がある種の境地に達しようとした前日、彼方から遠い日に見た、見覚えのあるクルーザーがやって来た。


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 風祭はクルーザーに手を振るが、クルーザーからの反応がなかった。

 あまり、クルーザーが近付いてこないので、夜に幽霊船を見た次は、昼にクルーザーの幻覚を見たのかと思ってしまったくらいだ。


 そのうち、クルーザーが港にゆっくり泊った。

 中から柊が出てきたが、柊は明らかに警戒していた。


 柊は、ジャングルで行方不明になり、死んだと聞かされたが、実は生きていたという兵隊でも見るかのような目をしていた。


 風祭から話し掛けた。

「あれ、どうしたの、柊。何かあった」


 相手を風祭と確認して初めて、柊が口を開いた。

「何かあったのは、あんたのほうでしょう。どうしたの、その汚らしい格好。独身生活で身なりが汚れるにしても、限界があるでしょう」


「うーん、簡単に言うと、柊がいなくなった後に、酷い嵐に遭って、それで、生活用品の大半を流されたかな。その後、釣った魚で飢えを凌いで生活していたよ」


 もっと、感きわまるとか、泣きそうになるかと思ったが、意外と普通に説明できた。


 柊の顔が曇り、友人の生死でも尋ねるように慌てて聞いてきた。

「それで、見聞録は? 見聞録は、どうなったのよ」


 柊は風祭の苦労を労うことなく、見聞録の心配をしていた。普通なら、あんまりの対応だと思うが、風祭はもう少しどこか壊れたいたのか、普通に返答した。


「電気が使えなくなったから、手書きで紙の裏に書いていたよ。一応、完成している」


 手書きとはいえ見聞録が完成している事態に安堵したように、柊が指示を出した。

「見聞録は無事なのね。じゃあ、まず、見聞録をちょうだい。それから、臭うから、クルーザー内で風呂に入りなさいよ」


 風祭が釣竿の釣助を、クルーザーの部屋に運び込むと、建物内に入り、見聞録を持ってきて、柊に渡した。


 それから、久しぶりにクルーザーの風呂に入った。建物内の風呂場は使えたが、石鹸等が流されていたので、石鹸で体を洗うのは久しぶりだ。


 髪はゴワゴワしており、シャンプーが一回では泡立たなかった。

 久々に、石鹸の香りを嗅ぎ、温かいお湯に入った時点で、やっと、「助かった」と実感が湧き、涙が出た。


 新しい衣服に着替えて、スプリングが効いたベッドに横になると、いつしか寝ていた。柊が夕食の支度ができたと呼びに来て、風祭は久しぶりに米の飯を食べた。


 柊は現状を所長に伝えるためか、食堂にはいない。

 セシリアに「オイ」と呼びとめられた。食堂の隅にビニールシートが敷いてあり、上に椅子が載っていた。


 セシリアが手に鋏を持ってチョキチョキと動かしていた。散髪をしてくれそうな雰囲気だったので、散髪してもらった。


 散髪中にセシリアに話しかけようとした。けれでも、少しでも頭が動くと、セシリアが神経質に頭を抑えて、正面を向かせられたこともあり、ろくに話はできなかった。


 まあ、できたとしても、会話は通じないのだが。

 ほどなくして、鏡を見せられると、見事に丸刈りにされていた。以前なら一言いいたいところだが、無人島で二ヵ月近く過ごすと、もう大抵の事態が、どうでもよくなっていた。


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 散髪後、クルーザー内の自室に、柊がやってきた。柊は風祭のベッドに座ると開口一番に文句を付けた。


「施設にあったパソコンを回収して、電源を入れたけど起動しなかったわ。きっと、電源だけでなくハードディスクも壊れているわ。それに、あんたの書類の裏に書かれた原稿。字が汚すぎて読めないわよ。ボスにスキャンしたものを送ったら『旧幕府引継書は読めても、風祭の手書き見聞録は読めない』との評価を貰ったわ。一週間あげるからクルーザーのパソコンで清書してちょうだい。清書は、できた章毎に私に渡して」


 確かに字は綺麗なほうではないとの自覚はあったが、そこまで酷かったとは、風祭自身でも驚きだ。

 でも、紙に書いた文章をそのまま打っていくだけなら、そんなに時間は掛からないだろう。

「たぶん、一週間あれば打ち直しはできると思う。にしても、今まで時間の区切りがなかったのに、なんで一週間なの」


 柊が研究所側の動きを詳しく説明してくれた。

「実はプロジェクトがボスの予定より早く進んでいるらしいのよ。なんでも、犬を使った長距離テレポート実験の成功率も、八割がたできるようになったとか。来月辺りに、また科学者と手品師を呼んで、犬を使った公開実験をするそうよ」


 つい五ヶ月前まで、成功率が一割だったのが、もう八割にまで精度が上がったのは、喜ばしい状況だが、進展が早すぎる気がする。


 ひょっとすると、大嘘見聞録によるイメージ浸透作戦は必要なかったのでは、という気すらしてきた。

 風祭は不安になった。見聞録を使われなかったとしたら、果たして報酬は出るのだろうか。

 今回の仕事でいえば、事情が事情だけに、風祭の側には契約書の類は一切ない。


 対して、研究所側では、風祭が吐いた嘘の心理テストデータがあり、心理テストの結果では、風祭は精神的異常者になっているかもしれない。

 見聞録を書く仕事自体が、異常者の妄想と片付けられて、闇に葬られるかもしれない。


 風祭は思わず立ち上がって、聞いた。

「ちょっと待って。見聞録って、使われているんだよね。書いた分だけ、お金ちゃんと、貰えるんだよね。使われなかったからといって、執筆料を踏み倒されて、職場から追い出されたり、しないよね」


 柊が少し怒ったような顔で、風祭に乱暴に言い聞かせる。

「落ち着きなさいよ。見聞録がボツになる事態はないから。第一作目の見聞録は研究所の非公式記録として、もう世に出回っているのよ」


 非公式記録として出回っている発言から推測するに、やはり見聞録は以前に風祭が予測した通りに、流出という形を取ったのだろう。

 流出でも、なんでも、世に出たのならいい。書いたのにお金が貰えないという罠は回避できたと思った。


 風祭はとりあえず、椅子に座り直したが、不安が過ぎった。

 待てよ。逆に危ないのかも。研究が早く進んでいるのというのは、資金繰りが思うようにいかずに、手を抜いたりズルをした結果かもしれない。


「あのね、柊。研究所が資金繰りに困っているって状況は、ない?」


 柊が呆れたように、宥めた。

「あんたも本当に、心配症よね。私が見ている限り、どこから引っぱってきているかわからないけど、資金は潤沢にあるわよ。お金が貰えないとしたら、充分な貢献ができなかった時だけよ」


 風祭は一応は納得した振りをしたが、心中では疑っていた。

 テレビで公開実験といっても、資金に余裕があるからやっているのでは、ないかもしれない。


 倒産寸前の会社が、派手に広告を打って羽振りを良く見せて資金繰りが悪化しているのを隠す行為は、世間一般ではよくある状況だ。


 すると、最悪、書くだけ書かされて、お金が貰えない新人作家に起きる悲劇みたいな事件が降り掛かるかも。


 考え用によっては、もっと悲劇かもしれない。新人作家が原稿料を踏み倒される事件とは、被害金額の桁が違う。


 詐欺の片棒担いで捕まったり、世間を歩けなくなるリスクがあるぶん、貰える予定の金額は大卒公務員の初任給換算で二百年分だ。


 これは困った。隔離され、軟禁同様の現状では、所長の財布の中身は知りようがないし、柊は所長側の人間だ。結託されれば、俺なんて、どうとでも騙せる。


 大嘘見聞録を書いている大嘘吐きが、実は最後に騙された、と落ちがつくのではないだろうか。


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