第四話 私が全部やる
村の門まで来た時、先頭を歩いていたダンが足を止めた。
「ここを出たら、引き返すつもりは一切ない。」
彼は低く威圧するような口調で言った。
アドリーへの最後の警告ということなのだろう。
「覚悟ができているなんて言うつもりはありません。
ですがジェンを救いたいという気持ちに勝るものがない、それだけなんです。」
実際、アドリーには覚悟がなかった。
人を殺すこともそうだし、自分が殺されるということに関してもだ。
「死ぬかもしれないんだ。
親や友人に挨拶もしなくていいのか?」
ダン達3人はずっと旅をしてきた。
そのため村の生活というのが実際どのようなものかということは聞いた範囲でしか分からない。
それでも誰にも言わずに行こうとしたアドリーのことが気にかかったのだ。
もし迷いを振り切るために誰にも言わずに行こうとしているならやめて欲しかった。
戦いに迷いは命取りだからだ。
それにできればアドリーを巻き込みたくなかった。
村長からこの村から1人、人を貸すと言われた時、
ダンはこんな少年を想像していなかったのである。
戦力としてはアドリーの魔力は確かに申し分ない。
だがこの年頃の少年の人生を狂わせるのはダン自身にとっても辛いことだった。
さてダンの言葉を聞いた時、アドリーの脳内に真っ先に浮かんだのはライだった。
言葉を託していくとするならライは1番言いたい相手ではあったが、
1番言ってはいけない相手だとアドリーは思っていた。
ライは止めてくれるか、それが無理なら自分も行くと言ってくれるだろう。
しかしそれはこの村にとって許されないことなのだ。
加えてライにはルーの隣に居てやって欲しいという気持ちもある。
次の候補としては、ルーや育ての親であるルーの母が思いつくが、
彼女達にこれ以上負担を負わせる必要もないだろう。
「親は行方不明なんです。」
行方不明という言い方はアドリー自身の好むところではない。
しかし死んだと表現するたびに、ライが横から行方不明と訂正してくる。
仕方なくアドリーは折れて、常に行方不明と答えるようになった。
「そう、か。」
ダンは何か悪いことでも聞いてしまったというように顔を逸らした。
シリカも居心地が悪そうに顔を逸らした一方で、
ミリカはむしろアドリーを見た。
何か話したいことがあるようにも見えたが、口に出すことはない。
アドリーも視線を感じてはいたが、
ミリカには何も言わず、自分の言葉を紡ぐ。
「俺の親友はルーとライと言います。俺達3人は家族同然に育ちました。
ルーは殺された男の娘です。今のルーにライは必要なんです。
俺は……、余計な心配を2人にかけたくないんです。
ですから今の俺に言葉を託す相手は居ません。」
ダンは軽はずみなことを言ったと後悔した。
理由もなく誰にも言わずに命がけの戦いに向かう者など居ないことぐらい分かりそうなものを。
それでもここで弱気に出たらこの少年はこのままついて来てしまいそうで、
自分を奮い立たせて厳しい調子で言った。
「じゃあ最後にもう1度、死ぬかもしれないがいいんだな?」
死にたくはない、死にたくはないがしかし、
「ジェンを失うぐらいなら俺が死ぬ方が良いとは思います。
だから……ジェンの事は本当にお願いします。」
この時もアドリーの頬には涙が伝わっていた。
その言葉に嘘偽りはなくても、自分の死を恐れる気持ちに嘘をつくこともできなかった。
ダンはやはり連れて行かない方がいいと思った。
「できれば俺のこともお願いします。」
アドリーはぽそっとそう呟いて1人先に門を出て行った。
判断に迷っているダンにミリカが言う。
「にぃ、いつも私達を守るみたいにアドリーも守ってあげなよ。
そうすれば何の問題もないでしょ。
それにここであいつらの件を片つけないと、また同じこと繰り返すよ。」
ダンはこの時になって一番覚悟が足りていないのは自分だと気づいた。
ここまで巻き込んでおいて今更何を言っているのだろうか。
巻き込んだ責任は取るべきなのだ。
「ありがとう、ミリカ。
覚悟が足りてなかったのは俺だった。」
ミリカはただ笑顔を見せると、先を行くアドリーを追って行った。
アドリーを伺うようにその横を歩いていたシリカと反対側についたミリカ。
横に並ぶ3人の背中を見て、ダンは気合いを入れた。
4人は森の中を走っていく。
道がある場所なら馬を使えるが、逃走した強奪者がそんな道を使う訳もなかった。
門前の会話もあってか黙って走っていた4人だったが
ミリカがアドリーに話しかけた。
「このスコップは本当に大事だったんだね。
こんなに追跡がはっきりとしている時なんてなかなかないよ。
相手の魔力で邪魔されているなんて思えない。」
ミリカは心底感心していた。
ミリカは偶に人の捜索依頼をこなすこともある。
そういう時は大事な物というのを渡されることもあったのだが、
このスコップ程のものはなかなかなかった。
大事な物というからには大切にしまわれてしまう場合、
いなくなった時には携帯していないぐらいには大事でない物を扱う場合、
そういうケースが多かったというのもあるのかもしれないが。
「そんなに大事にしてもらえていたなんて
益々ジェンを助けてやろうという気持ちになりましたよ。」
アドリーは力強く手を握った。
手が痛くなっても、強くしていく。
この程度の痛みでは今の気持ちを表すのに相応しくないように思えたからだ。
既に門前で見せた弱弱しさはないように見える。
しかしダンからの質問を受ける前同様、
弱さは心の奥にしまいこまれているだけだった。
「あのさ、アドリーって何歳?」
ミリカはこの答えをずっと知りたかった。
彼女だけがアドリーと会ったことを覚えていた。
ダンはともかく、シリカ・アドリーは薄情だとミリカは思う。
「19歳です。」
ミリカの唐突な質問に戸惑いながらアドリーは答えた。
19歳という答えが聞けてミリカの心は踊るようだった。
1から仲良くなればいいとミリカは思う。
薄情とは思うが、忘れてしまったというならば仕方ない。
約束が果たされないのは残念だが、別にミリカとアドリーは仲が良かった訳でもない。
「私は18歳。年下だからあたしにはタメ口でいいよ。
アドリーにあんまり敬語似あわないしさ。」
アドリーにとってこの提案は大変もっともらしく思えた。
短い付き合いではあるが一緒に死線をくぐらなければならない以上、
少しでも親しくなることは必要だったからだ。
「ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ、ミリカ。」
名前を呼ばれたことでミリカの顔が赤くなっていたのだが、
先頭を走っていたミリカの顔を誰が見られただろうか。
ただ照れると同時に、あの時には名前すら呼ばれなかったことも彼女は思い出す。
「せっかくだからシリカねぇにもタメ口にしたら。ねぇもそれでいいよね。」
ねぇって、お姉さんのことか、とアドリーは1人合点した。
あれ?じゃあにぃって……
「別に構わない。ミリカと私は双子だから私も18だよ。」
シリカとミリカが双子というのは2人の透き通るような青色の髪からなんとなく分かっていた。
髪型こそ異なっているが、顔つきも似ている箇所が多い気もする。
「ダンさんって2人のお兄さんなんですか?」
アドリーはダンの赤茶色の髪を見ながら言った。
両親の髪の色が違えばあり得ない話ではない。
兄妹と思って見れば似ていなくはない。
しかし強面の大男と双子の美少女が兄妹というのは受け入れ難かった。
「そうだ。ちなみに俺は24歳。
まあ敬語でもタメでもどっちでも構わない。」
やはりにぃはお兄さんということで合っているようだ。
ダンのような大男がにぃと呼ばれていると思うと少しおかしかった。
こんな時でもなければ腹を抱えて笑っていたかもしれない。
笑いをこらえながら、敬語を使うかどうかアドリーは考える。
24歳、アドリーよりも5歳も年上ということになる。
3人のリーダー格でもあるダンには敬語を使い続けようとアドリーは思った。
「じゃあダンさんには敬語にします。」
ダンは少し苦笑した。
もしかしたらタメの方が良かったかとも思うアドリーであったが、
訂正するのもお互いバツが悪かった。
そんな2人を振り返ってミリカがまた噴き出していた。
それにしてもこの3兄妹はどうしてこんな仕事をやっているのか、
アドリーの脳内にふとそんな疑問が浮かんだ。
両親をなくし、食うものに事欠いて、頼る者もない人がつく仕事……
それが裁き手なのだろうか?
もちろんその理由はアドリーの勝手な想像に過ぎず、何の意味もないことであった。
ただもしそうならば、裁き手が生まれもって冷酷で、
常人とは異なるという一般論は誤りなのだろう。
あるいは裁き手として働く内に冷酷になるものかもしれない。
「奴らについて確認しておく。」
恥ずかしさをごまかすように咳払いしてからダンは言った。
敬語のことをまだ気にしているらしい。
「奴らは4人1組だ。まず長身細身の男。
こいつは穴を掘る魔力がある。変形させた手で掘っていた。
隠れ家の形成や目的地への侵入に悪用していたようだ。
戦闘中乱戦になると隠れて奇襲してきたり、落とし穴を作っていたりするから気をつけろ。」
アドリーは頷く。
この落とし穴というのが厄介だとダンは付け加えた。
ダンの説明によると、一帯の地中を空洞化するようにして作られる落とし穴は
外からでは区別の仕様がないらしい。
「次に魔力を阻害する奴。奴は赤髪が特徴だ。
奴がどのように魔力を阻害するかは分かっていない。
推測ではあるが、対象のある魔力の阻害に長けているように思う。
例えば奴らを狙った魔力を込めた攻撃でも空ぶりやフェイントの威力は落ちなかった。
ただこいつ個人の戦闘能力は低いだろう。いつも仲間の後ろに隠れていた。」
恐らくアドリーの強化も落とされるだろう。
となると強めの強化が必要であり、ダンやミリカの強化は難しいとアドリーは思った。
自分が行くか、シリカに任せるかになるかもしれない。
……俺がやらなければならない……のか?
アドリーに突如舞い降りる不安。
いやそもそも3人で今まで戦っていたのだとアドリーは考え直す。
そう、自分が過剰な責任を負う必要はない。
アドリーはあまり考えないようにした。
それに自分の能力は相手にばれていないのだ。
阻害形式が明確に分かっていない以上、楽観視はできないが過剰に意識する必要もない。
「3人目が小柄で細身な男だ。
こいつは赤く光る毒を使ってくる。毒の生成が魔力なんだろう。
致死性ではないが、体は動かなくなる。誘拐の時にも使われただろうな。
毒は武器の先端に付けていることが多い。
使用武器は槍、短刀……弓も使って来たことがあったが腕はよくない。
槍や短刀を使われた方が正直厄介だろう。
当然この毒は他の仲間の武器にも仕込まれているから気をつけろよ。」
ダンはあえて言及しなかったが、槍使いのそいつがドラルの仇という訳だ。
アドリーが復讐にかられないかダンは心配だった。
ダンの心配は親友の父を殺しているという理由に起因する。
しかし実際には育て親を殺した人物なのだ。
村長が言っていた復讐は無論こちらの意図だった。
ただその心配は杞憂だったようで、
案外飄々としているアドリーにダンは拍子抜けしてしまった。
ダンから見たアドリーはそんな印象だったが、
事実アドリーはあまり復讐には囚われていなかった。
復讐心というのが湧かないことに悲しくなっているぐらいだ。
ただこれから戦うというのにそんな気持ちを引きずる訳にもいかない。
様々な感情を抑え込んだ結果が今の姿だった。
「4人目は女だ。ただ1番の武闘派だな。
10本以上の短刀を宙に浮かせて操っている。
多少は魔力で強化しているようだが、本人自身の身体能力はあまり高くない。
こいつの弱点は魔力がそんなにもたないことだな。
10本以上の短刀の操作に加え、自身の強化をしているから当たり前と言えば当たり前だがな。
ただ魔力の操作はかなり上手い。
短刀の威力を自在に変えて、こちらのペースを乱してくるから気をつけろ。
死角からの奇襲も厄介だ。3人目の魔力の毒が仕掛けられていたこともあった。」
アドリーは少しこの女を不気味に思った。
何分何をしてくるかが絞りにくい。
命がかかっているという思いが過剰な強化を招き、
魔力の浪費につながってしまいそうだ。
前を走るシリカを見る。
彼女の供給魔力にどれだけ期待していいものだろうか。
視線を感じて振り返ったシリカ、
彼女はアドリーが緊張しているのだと思った。
「心配しなくてもいい。」
少し速度を落として、アドリーに近づいた彼女は優しく言った。
「私が全部やるから。」
全部?3人で最も前衛に立つのがダンだと思っていたので、
アドリーにとってこの言葉は意外だった。
「君が全部やるなら、俺が来た意味ないじゃないか。」
全部というのは言葉の文だろうと考え直し、アドリーは冗談めかして答えた。
「それもそうだね。頼りになる部分は頼らせてもらうことにする。」
シリカはこの時不思議な感覚を覚えた。
違和感がありながらそれでいて不快でない感覚。
シリカは兄妹以外で誰かを頼ったことがなかった。
だからこそ舞い込んだ感覚だったのだが、本人はそんなことは気づかなかった。
「そういえば君たちの能力は相手にどれくらい把握されてるんだ?」
自分の強みが能力の露見していないことだとアドリーは考えた。
その強みが唯一頼れる部分かもしれない。
「今まで彼らは私達との戦いを避けていた。
私達はこう見えて比較的有名だから、能力は全部ばれているとみていいと思う。」
振り返りながら言ったシリカの目は深い海のようだった。底が見えない。
感情はその海の中であるにはあるが薄れていた。
シリカの眼は冷静に最悪を想定しながら戦う戦士の眼に違いなかった。
「俺もそう思う。だがそれは逆手にとれる。
奴らが俺達の地力を把握していればしている程、
アドリーという想定外が生きてくる。」
ダンのその言葉はアドリーの耳には届いてなかった。
村で育ってきたアドリーにはシリカの深さをすぐに受け入れられるはずはなかったのだ。
加えてその深さはどこかアドリーを魅了するものがあった。
シリカの海に潜っていくことは
自分の記憶の奥底を探っていくことに似ているようにアドリーには感じられた。
「はっ?アドリーが?どうしてですか?」
ルーが疲れて眠ったのを確認してから、
事態を詳しく聞くために村長の居る集会所にやってきたライは怒声を上げた。
「私は止めたのだが、アドリーがジェンを助けに行くと聞かなくてね。」
村長の言った嘘はアドリーから頼まれていたものだった。
こんな嘘をついてもライには通じない気もしたのだが、
村長はアドリーの頼みを断ろうとはしなかった。
彼の頼みを断らなかった理由に関しては漠然としていた。
村長自身、気持ちの整理がついていなかった。
「あいつは馬鹿だ。」
アドリーはつぶやくように言った。
「昔からそうだ。一番危険なことはあいつがやる。
俺が居ないとこで格好つけようとする。」
もう目の前の村長など見えていないようだ。
心の憤りがそのまま出てしまっていた。
ライは7年前に感じた悔しさをまた感じていた。
「俺が護りたいのはあいつもなんだ。
あいつにもそれは分かってる。
でもあいつは自分以外の俺の護りたいものを護ろうとする。
自分はどうでもいいって思ってる。
あいつが俺を頼ってくれるのなんて、俺が傍に居る時だけだ。」
ライは泣いていた。ひたすら悔しかった。
ジェンの誘拐はライも知っていた。
にも関わらずこうなることが予測できていなかった。
というよりルーのことで頭がいっぱいで、アドリーのことなど考えても居なかった。
ライは自分の迂闊さを腹立たしく思う。
「あいつは誰よりも失うことを恐れてる。」
ここまで黙って頷きながら聞いていた村長だったが、その言葉には頷けなかった。
それを頷いてしまったら村長は判断を間違ったことになるからだ。
「あいつは失ったことを悲しめないって思っているみたいだけど、そうじゃない。
俺とは違って、常に次を考えているからなんだ。
どうすればこれ以上失わないか考えるだけで頭がいっぱいなんだよ。
失うたびに失うことが怖くなって、慎重になって、
だから考えることが多くなりすぎてしまうに違いないんだ。」
村長にとってライの意見は新鮮なもので、
それはアドリーの一面を正しくとらえているようにも思えた。
しかしどうにもどこか違う気がした。
アドリーはそれだけではない、何か他の一面を有しているはずなのだ。
だからこそアドリーにジェンの奪還を頼んだのだ。
村長はふとアドリーの両親を思い出した。
村に富をもたらす存在ではあったが、
彼らは掴みどころがなく、村長にとって不気味な存在だった。
その時、集会所の扉が大きく開け放たれる。
「ライ、行く気なの?」
ルーだった。
普段なら美しい声も今は嗄れていた。
「ルー、どうして?寝たんじゃなかったのか?」
ライはできればルーには聞かれたくなかった。
「ライが手を放なさないと約束したのに手を放したから。」
起こさないよう細心の注意を払ったつもりだったのだが、
そんなことははなから意味がなかったのだ。
きっと手を放さないと約束をした以上、放すことはできなかった。
とはいえその約束をしない訳にはいかなかった。
「ごめん。」
ルーの心配そうな顔を見ていると約束を破ったことが急に申し訳なくなった。
ルーが不安で仕方ないのは分かっていたはずなのだ。
この瞬間にはライの頭はルーに関することでまたいっぱいになった。
ライが目の前の問題にぶち当たることしか知らないのが良く分かる。
「別に怒っている訳じゃないの。
私もアドリーのことは心配だし、できれば気づいて止めるべきだったと思う。」
ルーがアドリーのことを口にしたことで、ライはアドリーを思い出した。
ライの頭の中で無意識に今はアドリーを優先すべきだと結論を出す。
ルーのことも心配ではあるが、アドリーは今も命の危機に瀕しているかもしれないのだ。
「でも止められなかった。
なら次はどうするか?助けに行くしかないだろ。」
ライが語気を荒げて言った。
ルーは俯いて黙ってしまう。
その様子にライの心は辛くなるがそれでも堪えるしかなかった。
ライがそのまま集会所を出ようとする。
顔を下にし、拳を強く握りしめる。
足音は心なしかいつもより大きい。
ルーがライの服を掴んだ。
ライが肩越しに見たルーの顔はしわくちゃだった。
その表情は先ほど大泣きしていた時のルーを想起させた。
こうなるとライの頭はルーで再度支配される。
「私、もうこれ以上耐えられないよ。
怖くて震えが止まらなくて。」
アドリーをまたしても一瞬忘れていた自分にライは気づく。
ライはどうすればいいか考えてみたがどうにも考えがまとまらない。
置いていけないなら一緒に連れていこうかと考えたが、
それが余りにも短絡的で愚かしい考えというのは明らかだった。
「ライ、あなたは村の皆を護りたいんだよね?」
その言葉に否定する要素はない。ライは頷いた。
「父さんが死んで、アドリーが居ない今、誰がこの村を護るの?」
この村を誰が守るのか、それがライがアドリーについていくことが許されない理由だった。
「強奪者は今裁き手の人とアドリーが追跡してるんだろ?
だったらこの村が襲われることはないはずだ。」
言っているライもすぐ反論されるような気がしていたし、事実そうなった。
「4人も居たのよ。追跡を逃れて1人、2人来るかもしれない。
それに強奪者は別に彼らだけじゃないのよ。」
村長はそんな2人を見ながらこの村はボケていたのだと思う。
ライの両親が死んで10年。10年という年月で痛みが忘れられたなんてことはない。
しかし痛みは忘れられないと同時に忘れたいものでもあるのだ。
意識していながらあえて意識していないように行動してしまう。
そんな状態が10年も続く。するとどうだろう?
思いだけの恐怖が募っていく。
空っぽの警戒心、いざという時の心構えはできていないのだ。
「でもアドリーを見捨てることはできない。」
ライはどうすればいいか分からないままそう答えるしかなかった。
「そもそもアドリーは本当に危ないの?
裁き手の方と一緒にいるんでしょ?護るべきは今何?」
ライの頭は混乱する。
ライは皆を護りたい。
どちらが危ないかなんて考えたことなどなかった。
「ライ。」
村長は重々しく口を開いた。
彼がこの場を収めることにしたのは、
村の長として必要なことでもあり、
またライやルーに対する優しさでもあった。
非情な決断をするのは後悔する時間ももうあまりない老人がやってやるべきことだと彼は考える。
有望な若者の心に無為に深い傷を刻む必要はない。
「今回の一連の出来事は村長である儂の責任だ。
そして起こったことはどうにもならない。
儂にできる償いはどれだけ起こったことのカバーをできるのか、だ。」
村長がライと目を合わせる。
村長の鋭い眼光に抗う力は戸惑うライにはなかった。
村長がいくら自分の非と言っても、
ライは今回の件に自分の責任を感じてしまっていた。
となるとアドリーを行かせてしまった罪に対して、
その償いとして今からでもアドリーを追っかけなければならないとも思ってはいたのだが。
「村の長として頼む。ライ、ここに残って皆を守ってくれ。」
懇願する形ではありながら、それには従わざるを得ない力があった。
だからライは村長の威圧に圧されて自ら選択することをしなかった。
アドリーの跡を追うにしろ、村に残るにしろ、
彼がこの時選ぶことをしていれば、後に起こる悲劇は起こらなかったことだろう。
全てを護れる時の方が少ないのだから。
彼は考えておくべきだったのだ。何を1番大事にするかを。
彼は経験しておくべきだったのだ。選ぶということを。
「ここらへんね。たぶん地下。」
阻害されているということもあって、
ミリカの魔力ではこの周囲の地下だというぐらいが限界らしい。
地下ということは穴掘りの魔力で簡易な隠れ家を造ったのだろう。
「敵に俺達が来ているということがばれてもいいですか?」
ミリカの発言を受けて、アドリーは強化した耳目で探してはみた。
しかしアドリーは何も見つけられなかった。
そのためアドリーは次の方策に出ることにしたのである。
「それで相手の場所が判明するなら構わない。
地下は奴らのテリトリーだ。どちらにせよ侵入したらばれるからな。」
強奪者が地中深くに根城を掘り、侵入者を容易に到達させないことをダンは知っていた。
つまり奇襲はどちらにせよできないのだった。
「分かりました。じゃあ皆さん耳を塞いでいただけますか?」
アドリーは腹に力をこめて大声を出す。
音の反射を利用したソナーという訳だ。
そこまで性能が良い訳ではないが、それでも穴の出入り口ぐらいは分かる。
穴は複数見つかった。
1日、2日で作れるような代物にはとても思えない程、底が感じられない。
音が入っていくのすら恐ろしくなるほどだ。
強奪者の魔力の凄さがうかがえる。
アドリーはその深く暗い穴に吸い込まれ、どこまでも落ちていく自分を想像した。
落ちた先に待っているのは地獄。
人を殺し続けた者達が刃物を用意して迎えてくれる地獄。