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第七十四話 祖国の異変14

 塔の最上階、学園長室の扉からは、白銀の光が漏れていた。


「あからさまにあやしいですわね。どうして、国はここを調べなかったのでしょうか?」


 罠を疑って、扉を観察するルクレツィア。

 アマーリエも見習ってみるものの、異変は見当たらず、首を傾げた。


「わかりません。たぶん、今は王都の結界を張りなおしたり、死者に対応することで手がいっぱいなんだと思います」


 ルクレツィアの出奔の後、国中に衝撃がはしった。

 ガブリーニ公爵家令嬢の醜聞はもちろんだが、王都に竜が現れ、結界が破られたのだ。

 魔術に詳しい者の話によると、完全に破られた結界を元通りにするには、ひと月以上の時間が必要らしい。

 その間、王都には結界の護りがなくなるという事だ。関係者に口外を禁じても、噂は自然と広がり、王都内を騒がせることとなる。

 混乱の中でも学園の結界は正常に機能していた。

 そのため、学園を利用していた貴族の子女たちは暗殺や誘拐を恐れて、一時的に学園へと避難することとなった。アマーリエもそのうちの一人だ。

 しかし、学園の結界を管理していた学園長の不在が続いたせいか、王都の結界が張りなおされる前に学園の結界も崩れ去った。

 学園の結界が消えたのと同時に、王都で異変が起こり始める。

 王城や学園を中心として、化け物が現れるようになったのだ。

 国の兵や魔術師たちにはもはや、結界の修復をする余力はなかった。王族や国政に携わる貴族たちの身の周りを固め、現れる腐りかけの死体たちの対処に追われることとなった。

 アマーリエは避難してからずっと学園にいたので、外のことは良くわからなかったが、助けに来てくれた友人からそう聞いている。


「なんでこんなことになっちゃったんでしょうね」


 これまでの経緯をルクレツィアへ手短に説明し、アマーリエは小さくため息を吐いた。


「学園の結界だけ、正常に機能していたのですか。学園の結界はティート=バドエルが管理していたものですし、国から独立して制御されていたことを考慮すれば、おかしなことではありません。しかし、急に壊れてしまったというのは妙ですね」


 ティートが居なくても結界が維持されるというのであれば、急に壊れるというのはおかしい。

 怪物が現れる直前に壊れるなど、とても偶然とは言い難い状況である。

 ルクレツィアは扉の取っ手を睨みつけ、アマーリエに問いかける。


「アマーリエさん、話ついでにもうひとつ、教えて下さらないかしら」


「あ、はい。なんですか?」


「ティート=バドエルには娘がいたと思うのですが、その子は今どちらに?」


「学園長先生の娘さんですか? ……聞いたことないですけど。もしいらっしゃれば、学園でも話題になったと思います。でも、わたしはそういう話、聞いたことがないです」


「……そうですか」


 そんな会話を交わしながら、二人は扉を見つめ続ける。

 扉の先にいる人物、あるいはこんな事態を引き起こした人物の見当はついた。

 なにも難しく考える必要はない。

 ルクレツィアの冤罪も含め、おそらくすべては学園の中から始まったことなのだから。

 けれど、ルクレツィアにはその理由までは分からない。

 これだけの災害を起こした人物、彼はなぜ、愛する娘の居る国を壊すような真似をするのか。

 ルクレツィアには理解できなかった。


「この先に、何があるんですか?」


 アマーリエはごくりと唾を飲み込んで、ルクレツィアを見上げた。


「さあ。どれも推測の域を出ませんし、開けて見なければわかりません」


 願わくば、推測が外れていますように。

 愛する娘を持つ父親と殺し合いをせずに済みますように。

 心の中で小さく祈ると、ルクレツィアは見上げてくるアマーリエ視線を移す。


「……覚悟はよろしくて?」


「はい!」


 力強く頷くアマーリエに、ルクレツィアは胡乱うろんげな視線を向けた。


「階段でへばっていた割に、返事だけは立派なんですから」


「えへへ」


「褒めてませんわよ」


「酷いです!」


「酷くてけっこう」


 そしてアマーリエの表情に迷いがないことを確認すると、その白く細い指先を扉へと伸ばす。

 共に階段を上る間に、ルクレツィアもアマーリエの扱いが分かってきた。

 これ以上のやり取りはきりがないと見切りをつけ、周囲に魔力を巡らせながら、彼女は扉を開く。


「危ないですから、下がってなさい」


 扉を開いた瞬間、白銀の光が視界を奪う。

 目がくらんで、ふらつく二人。

 目の前に手をかざして光をさえぎれば、荒れた室内が彼女たちの視界に映りこむ。

 石造りの床には本と実験器具が散乱していた。

 天井には白銀の魔術陣が描かれている。その陣から月の魔力を込められた光が降り注ぐ。

 光は部屋の壁や床に吸い込まれ、部屋全体が光り輝いていた。

 ――強い光の中に浮かびあがるのは、異様な光景だった。

 部屋の中央には磔にされた木乃伊みいらが設置されている。

 十字に組まれた材木に磔にされた木乃伊それの前には、同じく木製の台座が設置されている。

 台座には黒髪の幼い少女の死体が寝かされていた。

 そして、それら二つの死体の前に、何者かが立っている。

 彼は色の抜けた髪と肩を震わせ、歓喜に口元を歪めた。


「ああ。確率は五分五分であった。せっかく逃がしてやったというのに、戻ってくるとは。やはり、これが運命というやつですかな」


 狂気的な笑いを含んだ、しゃがれ声が、静かな部屋に木霊する。

 ――記憶のそれより、ずいぶんと年を取った老人。

 骨と皮ばかりの、枯れ木を思わせる腕と、干からびた果実のような顔。

 魔力は枯れ、その命が風前のともしびであることは誰の目にも明らかだった。


「ティート=バドエル……! あなた、行方不明のはずではなかったかしら?」


 予想はしていたが、ルクレツィアには当たってほしくない予想だった。


「儂はずうっとここにおった。死んだことにした方が自由に動けますから、結界と魔術でちいと細工をさせていただきましたがの」


 自分をおとしいれた人物を目の前にして、ルクレツィアは奥歯を噛みしめる。


「どうしてわたくしの罪をねつ造したのですか?」


「あなたをこの国から逃がしてやるためです。ただでさえ、都合良く遣わされていらっしゃいましたからな。国に死者が戻り人を襲う事態になれば、真っ先に使い潰されてしまうだろうと」


 いったん言葉を切って、ティートは深いため息をついた。


「……今思えば儂がこの手にかけてしまう前に、逃がしたいという思いもあったのかもしれぬ。娘を奪われる苦しみは、ようと分かっておるゆえ。ホフレの"娘"だけでも逃がしてやろうと思い、画策しました」


「逃がすため、ですか」


「うむ。まあ、疑いの目を令嬢に向けて、動きやすくするためというのもありますがね」


 悪びれないティートの言葉。

 ルクレツィアがどんな言葉をぶつけようと、彼の心は決まっているかのようだった。


「国を滅ぼしかけてまで、いったい、何をしようというのです?」


 きりりとまなじりを吊り上げ、詰問するルクレツィアに、ティートは引き攣ったような笑い声をあげた。


「ご令嬢、あなたも手伝ってくださったことです。陛下には不老不死の研究だと話しておったが、真の目的は死の女神に奪われた者を完全な形で、この世によみがえらせる研究。儂の悲願ですな」


「死者を、よみがえらせる……?」


 王都の中に死者をあふれさせるのが、目的という事ではないらしい。

 彼の濁った瞳に、狂気を感じて、ルクレツィアの全身に鳥肌が立った。


「そう。死を司る女神の遺骸いがいと魂をにえとして、定められたことわりを壊し、我が娘――フィオナをこの世に呼び戻すのです」


「娘さんを……? あなたの娘は既に死んでいたと? ですが、あなた、娘さんをよろしくとわたくしにおっしゃいませんでしたか?」


「儂は長くない。いや、すでに死んでいると言ってもよいでしょう。娘が女神としてよみがえった後に、支えとなってやれる方が必要かと思いました。しかし、それも望めぬと考え直し、諦めました。そもそも人知を超えた存在としてよみがえるのならば、支えなど不要かもしれませんがね」


 ティートはゆるゆると首を振って、うっすらと笑みを浮かべた。


「この術式は不完全な形ではあるが、フィオナ以外のものも呼び戻す。当然、王家が知れば妨害しようとするでしょう。あなたもまた王太子殿下と婚姻を結ばれた後は、敵対する可能性が高かったので、逃がすついでに利用させていただいた」


 ルクレツィアの疑問に、ティートは丁寧に応対した。

 祖国に見捨てられてなお、気高くあろうとするルクレツィア。

 彼女への敬意を表して、ティートは残されたわずかな時間を彼女のために、費やすことにしたのだ。


「ずいぶんと身勝手な理屈ですのね。貴族たちがアマーリエに過度な嫌がらせをしたのもあなたの差し金ですか」


「いいや。儂は事態の鎮静化に務めていた。しかし、どれだけ芽を摘もうと、新たな問題が現れる。貴族たちの意識が変わらない限り、根本的な解決にはならなかったでしょう」


 王太子を巡ってもめる貴族や、能力ある人材の周りで勃発する問題等々、これまでの出来事を思い出し、ティートは苦く笑った。

 その全てを利用してことを成した彼が言えた義理ではないが、この国の上層部はどうしようもなく、腐っていた。

 熟れ過ぎた果実が腐り、その隣の果実も腐らせる。

 祖国の放つ腐臭に耐えかねたのか、ティートのかつての仲間たちは、自由人なホフレを除いて国を去った。

 けれど、ティートにはこの国に残り、成さなければならないことがあった。

 娘と妻を失うきっかけとなった国に残り、目的を果たすために今日まで生きながらえてきたのだから。

 過去を振り返るティートへ、ルクレツィアが更なる質問を投げかける。


「状況ごと利用したというわけですわね。……外にあふれる死者は、あなたのせいですか?」


「ふむ。あれほどの規模になるとは想定外であった。しかし、儂の計算では古き女神の消滅と同時に、我が娘が新たな女神としてよみがえる。その後に、世界のことわりも元通りになるはずである」


「娘さんをよみがえらせるためだけに、これほどの災害を引き起こしたとおっしゃるのですか。あなたのせいで、いったいどれほどの人が苦しんだと……!?」


「この手で罪なき人々を殺し、世界の全てを敵に回す、その覚悟は二十年前に済ませました。儂の娘と妻についてはもう、お調べになりましたかな?」


「いいえ」


「そうですか。もっとも調べたところで何も出てきませんがね。儂の妻と娘の死は「なかったこと」になったのですから」


「それはいったい、どういう意味ですか?」


「話せば長くなります。一言で言ってしまえば「不幸な事件だった」それだけです。儂の不在時に妻と娘が殺され、その件に王族が関わっていた。賊は罰せられたが、事件を公にするわけにはいかず、儂の妻と娘の死はその記録ごと消されてしまったのです。以降、儂の家族の話に触れるものはいなくなりました」


 王族の醜聞となる可能性のある事件は、記録ごと消されてしまう。

 王兄アレッサンドロ=ガブリーニが王族として迎えられたときに、生母の記録の一切が抹消されたのは有名な話である。

 知ってはいたが、ティートにはとても耐えられなかった。


「妻が息を引き取る寸前に、儂は一つ約束をしました。彼女が自らの命と引き換えに守ろうとした娘を、私たちの愛する娘を、必ず救ってみせると。決して彼女の死を無駄にはしないと!」


 ティートは強く拳を握りしめ、かつての嘆きを叫びながら地を踏みつけた。


「儂らの大切な子どもが消されてしまったのならば、決して揺るがぬ存在としてよみがえらせればよい。ゆえに儂はこの二十年間、この手で娘をよみがえらせるためだけに生きてきたのです」


「決して揺るがぬ存在……」


 ルクレツィアの背を冷たい汗が流れた。

 ティートは本気で娘を女神としてよみがえらせようとしている。

 それを悟ったのだ。


「あと一歩、月の魔力が足らなんだが、あなたのお蔭でそれも解決される。……自分で逃しておきながら、戻ったことに救われるとは、なんとも皮肉なものですがな」


 不穏な言葉に、ルクレツィアの背に冷たい汗が流れた。

 陣を紡ごうにも、口から流れる魔力は全て天井の陣へと吸い取られて行く。

 魔力の親和性の良さが裏目に出たようだ。


「さて、そろそろ話は終いです。後は振り返らず、ことをなすのみ! 二十年の歳月と死の壁を超えて、ようやく、あの子がかえってくる。今日のこの日を、儂はどれほど待ちわびたことか……!」


 ルクレツィアは隣のアマーリエに視線を移した。

 彼女は、膨大な魔力にあてられて全身を震わせ、陣を紡ぐどころではない様子である。

 無理に紡がせれば、暴発する可能性があった。


「待ってください!」


「儂らはもう十分待った! これ以上は待たぬ!!」


 天井の魔術陣が一際強く輝き、ルクレツィアの魔力が急激に吸いだされる。

 彼女の身の内にある魔力を根こそぎ持っていこうとする、乱暴な力にルクレツィアが地面にひざをついた。


「大丈夫ですか!?」


 はっと我に返って、ルクレツィアを支えるアマーリエ。

 ルクレツィアは青白い顔で、彼女の腕を掴んだ。


「いいから、あなたは早く逃げなさい」


 迫りくる強大な”なにか”を感じて、ルクレツィアは脂汗を流す。

 その間にも無理やり吸い出される魔力。

 彼女は体を内側から裏返されるような、激しい痛みにめまいがした。


「ルクレツィアさんを置いていけません!」


 アマーリエはルクレツィアを引きずって、部屋から出ようとする。

 しかし、彼女の体は地面に張り付いたように動かなかった。


「うそ!? いやだ、なんで……? この、えいっ! ああ、もう! なんで動かないのッ!?」


 髪を振り乱し、両の手で必死にルクレツィア引っ張りながら、アマーリエが叫ぶ。

 ルクレツィアは、気怠けだるい手で、彼女の手を握り、渾身の力で振りほどいた。


「わたくしはいいから。行きなさい! 二人とも死ぬよりましでしょう!? あなたは生きて、このことを他に伝えなければなりません!」


「死ぬって、そんな!? 嫌です! 諦めないでください! もうちょっとで動きそうなんです」


「……どのみち、魔術陣が発動されれば、わたくしは解放されます。何が起こるかわかりませんが、出来うる限りの対処をしておきますので、あなたは助けを呼んできてください」


「えっ? でも、さっき二人とも死ぬかもって……?」


「わたくしも頭が混乱していたようです。魔力を失ったくらいで、人は死にません。だから早く行きなさい」


 ――それは、半分だけ嘘だった。

 ほとんど魔力を持たない人間ならともかく、膨大な魔力を持つ魔術師にとって、魔力の枯渇は一大事である。

 魔力がなくなっても死なないが、一気に失うほどの負荷をかければ、体の方が持たないかもしれない。

 しかし、ルクレツィアはそのことをアマーリエに告げるつもりはなかった。

 毅然(きぜん)とした表情で力強く微笑むルクレツィアに頷いて、アマーリエは立ち上がる。

 決断して後の行動は早かった。


「わかりました! すぐに助けを呼んできますから、待っていてくださいね!」


 言ってすぐに、アマーリエは部屋を飛び出す。

 逃げる彼女を追う力は、もはやティートには残っていないようである。

 万が一、陣の中に入って邪魔をするようならば、ティートは彼女の魔力も命も根こそぎ吸って、ちりにするつもりであった。


「ああ。ようやくだ。ようやく、我が娘に会える――ッ!!」


 かすれた声で空気を震わせ、ティートが歓喜を叫ぶ。

 ルクレツィアの魔力によって起動した陣は、一際強い輝きと共に収束し、はりつけ木乃伊みいらを打ち砕いた。

 砕かれた破片と光は、その真下にある少女の遺体に吸い込まれて行く。

 どくん、と。

 まるで、心臓が拍動するように。

 少女の遺体が、歪み、波打つ。

 まるで時間を巻き戻すように、青白い頬に赤みが差してゆく。

 やがて、睫毛が震え、閉じた瞳がゆるゆると開かれた。

 

「フィオナ。やっと――戻ってきて、くれた」


 陣の発動と同時に、ティートは力尽きたように、地に崩れ落ちた。


「フィオナ……!」


 骨と皮ばかりの指先を伸ばし、冷えていく体で床をいずって、ティートが娘に呼びかける。

 彼の、白濁した眼球からあふれた涙が、はたはたと床を濡らした。


「ここは……?」


 あどけない声で言うと、少女は木製の台座から起き上がり、床石へと足を下ろした。


「フィオナ。本当に、すまなかった。不甲斐ない父を、どうか許しておくれ」


 外にうごめく死者と違って、生きた人間と比べても見分けがつかぬほど、瑞々しい少女。

 ティートは機能を停止つつある体を、腕の力のみで引きずり、少女へ向かって進み続ける。

 少し進むたびに、人としての限界を超えた体が、指先からぼろぼろと崩れていく。


「フィオナ、お前が望まぬのなら魔術師になど、成らずともよい。お前が死ぬまで、儂はそんなことにもわからぬ愚か者だった」


 腕が崩れれば今度は肩で、彼は懸命に娘へ向かっていく。


「だが、お前を失って、気付いたのだ」


 フィオナと呼ばれた少女は、彼の目の前にしゃがみこみ、かつてそうしたように、無邪気に微笑んだ。

 ひび割れたティートの頬に伝う涙を、少女の小さな指がすくいとる。


「魔術師の親としてではなく、一人の父親として、儂はお前を――」


 愛している、と言葉を紡ぐ前にティートは塵にかえった。

 少女はただ静かにそれを見下ろして、立ち上がる。

 短い黒髪が内側から、ふわりと膨らんだ。

 かと思うと、数瞬の後、その髪は長く伸びて、白銀に変わる。

 小柄だった背はすらりと伸び、瞳は紫に変わった。


「――哀れな男よ。せめて、安らかに眠れ」


 夜の闇を思わせる、深く、しっとりとした声だった。

 ティートが居た空間に向けられた眼差しは慈悲深く、死者を悼むように伏せられている。


「あなたが、フィオナ……?」


「いいや、あれはこの肉体に残った記憶を再現しただけじゃ。こやつは失敗した。人が女神になんぞ、成り変われるわけがなかろうて」


 ルクレツィアの呼びかけに、美女は振り返ることなく答えた。


「失敗、ですか」


「本当ならば、わらわもよみがえる予定ではなかったのじゃがな。少し前に、娘の魔力が地を伝ってきてのう。それがあまりに悲痛なものであったから、しばし目が覚めてしまったのじゃ」


 まるで鏡を見ているかのようだった。

 自分とうり二つの姿の女性を眺めていると、ルクレツィアの心はなぜか激しくかき乱される。

 最初に感じたのは(こら)えようのない怒りと憎しみ、そして、振り切れない切なさ。

 急に胸が苦しくなって、彼女は掌で自身の両腕を握りしめた。

 彼女と同じ姿をした美女は、彼女を振り返り、ほほ笑む。


「久しいな、ルネッタ。世では随分と時が流れたようだが、無事に戻ってきてくれたようで、母は嬉しく思うぞ」


 ルクレツィアの瞳に映った憎悪の感情に、鏡映しの美女は首を傾げた。


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