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第七十二話 祖国の異変12

 闇に沈んだ王都内の学園。煌々と輝く塔の白銀が、敷地内を照らしていた。

 光は時間が経つにつれ、徐々に増しているようであった。

 当初、学園の利用者は、その光は学園長が緊急時に備えて、残していった陣の一つだと考えていた。

 だが、どうにも様子がおかしい。

 月が残っていた頃は、まだ光はなかった。

 月がなくなると光が灯り、徐々に輝きを増してゆく。

 光が増すほどに、死者が増える。

 不審に思ったもの達が、塔へ向かおうと試みた。

 しかし、屋外にひしめく死者たちに阻まれ、近寄れない。

 塔へと続く内部の回廊は、全て崩れ去った。

 次から次へと地面から湧きでる死者に囲まれた塔。

 学園に取り残された者達は、目の前にある塔を目指すどころではなかった。

 皆、建物内への死者の侵入を阻むだけで精いっぱいである。


「アマーリエ! 俺がひきつける、君は向かってくる死者たちを風の陣で阻んでくれ」


 背の高い栗色の髪の青年が、両刃の長剣を構えて前に立つ。

 歩み寄ってくる死者の肩からわき腹にかけて切りつけると、彼はそれを蹴り飛ばした。

 切りつけたくらいでは、相手が倒れないことはわかっている。

 死者がこの地にわき出でてより、幾度となく戦ってきた青年――オルソは上半身と下半身が別たれた死体に目もくれず、次を迎え撃つ。


「わかりました!」


 彼の少し後ろで、薄桃色の髪の少女が頷く。

 年の頃は十五と言ったところであろうか。

 童顔であどけなさが残った顔と、すらりと細い肢体が庇護欲をそそる少女だった。


「少し時間はかかりますけど、足をすくうくらいならば、私にもできます!」


 両の手をぐっと握りしめて、気迫を込め、少女が陣を紡ぎ始める。

 小さな薄紅の唇から淡い桃色の魔力が零れ、ゆっくりと丁寧に陣が紡がれてゆく。


「アマーリエ。私も手伝おう。足をすくうよりは、風の刃で切り落とし、体勢を崩す方がより効果的だ」


 彼女の横に立ったのは、青い髪の青年だった。

 こちらも背は高いが、オルソに比べると細身で、長い外套を纏っている。

 いかにも、魔術師然とした青年であった。

 彼もまた、その薄い唇から青みを帯びた魔力を流して、陣を紡ぎ始める。

 青い髪の青年が陣を紡ぐ速度は、アマーリエよりもいくぶん早い。


「お願いします。キーリ先輩!」


 死者が立っている地面に、薄桃と青の陣が少しずつ、描かれてゆく。

 二人の背後から、十歳前後の少年が顔を覗かせた。


「わたしも、何かお手伝いできればよいのですが」


 さらりと流れる上品な黒髪に、幼いながらも知性を感じさせる黒瞳を備えた少年。

 纏っている衣服はレッチェアーノでは珍しい、サルダ帝国風の長衣である。


「ええっ!? セイさまは皇子さまなんだから、気にしなくていいですよ! 身の安全が第一です」


 アマーリエがぎょっとして、背後を振り返る。

 動揺で歪みそうになる陣を慌てて塗り替えて、彼女はその手を素早く振った。


「しかし、女性が戦っているというのに、見ているばかりというのも」


 申し訳ない、と言わんばかりの表情で視線を落すセイに、アマーリエは胸を張った。


「大丈夫です! 私だって、魔術師なんだから! 礼をいうのならば、前衛として剣を振っているオルソ先輩に伝えてください」


「オルソに?」


「私たち魔術師は、陣を紡ぐのに時間がかかるんです。その間、先輩が死者を阻んでくれるから、こうして戦えます」


 微笑むアマーリエにセイは首を傾げる。


「そうか。わたしの知る魔術師とは違うのだな」


「サルダにも魔術師が?」


「うむ。事情は話せぬが、凄まじく強い魔術師であった。瞬時に陣を展開させ、単独であっという間に敵を殲滅する姿は、遠目にみても背筋が震えるぞ」


 ふるりと背を震わせて、セイは史上最速の王座奪還『珍王事変』を思い出した。

 そして、ファンは立派な王であるというのに、妙な呼称が付いてしまったものだと肩を落とす。


「素早く陣を紡いで、殲滅、ですか?」


 アマーリエは陣を紡ぎながら眉を寄せる。

 彼女の視線の先で青色の陣が起動して、死者の足を切り飛ばした。

 キーリの陣だ。威力、速度ともに、アマーリエのものとは比較にならないほど、優れている。


「単独で敵を圧倒するなんて、そんなこと、魔術師に可能でしょうか?」


 アマーリエの先輩であるキーリだって、そんなことはできないだろう。

 レッチェアーノの学園最優秀の魔術師に出来ないことをやってのけるなど、にわかに信じがたい。


「まるで、かのホフレ=リストスキーのようですね! 偉大なる大将軍も、高速で陣を紡ぎ、魔術師としては異例の、近接格闘を好んだと本に書いてありました」


 アマーリエが一つ目の風の陣を紡ぎ終え、起動する。

 素早く流れた風が動く死者の足を切りつけ、流れて行った。


「よくやった」


「はい!」


 キーリの労いにこたえるも、遅れてやってきた虚脱感に彼女はふらついた。

 しかし、それを振り払うように頭をふって、アマーリエはもう一度陣を紡ぎ始める。


「ホフレ=リストスキー、それは世界に名だたる大魔術師の名であろう。彼女は、彼の弟子……ええと、"魔術師の娘"たったかな。そう、言うておった」


「私はそんな話、聞いたことがないです。……いかに殿下の言葉といえど、信じがたい話です」


「そうなのか?」


「はい。ホフレ=リストスキーの魔術を継いだ"娘"ならば、国が放って置くはずがありません」


「……彼女は偽りを申しているようには見えなかったのだが」


 戦いのさなか、のんびりと会話を続けるセイとアマーリエを振り返り、オルソが叫ぶ。


「おい! いったん、屋内に戻るぞ! 数が多すぎるッ」


 群れ成す死者に圧倒され、オルソはたたらを踏んだ。

 余裕のない彼の声に、アマーリエが弾かれたように顔を向けて叫ぶ。


「オルソ先輩!? 大丈夫ですか!?」


「ああ、俺は大丈夫だ。いいから、キーリ! アマーリエとセイ殿下を連れて屋内へ戻れ!」


 オルソの声の調子から、その覚悟を察したキーリが強く奥歯を噛みしめる。


「オルソはどうするんだ!?」


「いいから! 俺がしのげるうちに早く!!」


「くっ」


 キーリが一瞬だけ悩んで、踵を返そうとした時、塔とは別の白銀が閃く。

 光が散ると同時に、空より降りてきた数多の雷鳴に打たれて、周囲の死者が全て砕け、燃え上がった。


「ふむ。この派手さ、見覚えがあるぞ」


 驚くアマーリエ達を余所に、セイがのんびりと辺りを見回す。


「お久しぶりですわね。セイさま」


 涼やかな声が、一同の耳をくすぐった。

 燃え上がる死体の一部たち。

 その間を悠々と歩いてくる美女に、セイは親しみを込めて微笑みかける。


「久しいな、ルクレツィア。セイで良いというておろうに、兄上も名で呼ぶよう申しておっただろう」


「では、セイ。お久しぶりです。家族のために、この国へ戻りましたが、先にあなたをサルダに送りましょうか?」


 長い銀髪を揺らして問いかけるルクレツィアに、セイは首を横に振る。


「いや、結構。わたしの身よりも、己が家族を優先してくれ」


 王族にしては実に謙虚な物言いに、彼女は苦笑した。


「あなたに何かあれば、ファンに恨まれます」


「兄上はあなたを恨んだりしません。わたしは建物内に戻って立てこもりますので、どうぞ、行ってください」


 ルクレツィアの目的を何となく察して、セイは塔を指さした。

 謙虚なうえに聡明な少年に、ルクレツィアも口元を綻ばせて頷く。


「待って! 私も行きます!」


 視線を交わしあう二人の間に割り込んで、アマーリエが言った。

 彼女の突然の行動に度肝を抜かれたオルソが、慌てて彼女を背にかばう。


「まて、アマーリエ! 彼女はあの、ルクレツィア=ガブリーニだ! 貴族を扇動し、お前を痛めつけた張本人だぞ!」


「ええっ!?」


 初耳だとばかりに、声を上げるアマーリエ。

 学園では多くの貴族たちに嫌がらせを受けてきた彼女であったが、目の前の人物には覚えがなかったのだ。

 直接面識はないが、アマーリエはジュリオから、公爵令嬢ルクレツィア=ガブリーニが黒幕であると聞いていた。

 王太子ジュリオの婚約者であるガブリーニ公爵家の令嬢が、嫉妬に狂ってアマーリエに嫌がらせをさせ、学園長を暗殺したのだと。

 騒ぎが大きくなるのを嫌ったアマーリエは、告発など望まなかった。

 しかし、王太子であるジュリオの告発を機に、あっという間に話が進み、だれも当事者であるアマーリエの話を聞こうとはしなかった。

 嫌がらせを受けたのは事実だけれど、アマーリエをさいなんできた人物たちと、目の前の女性は結びつかない。

 アマーリエにとって目の前の人物は、学園でたまに見かける綺麗な人、というだけの印象だった。

 嫌がらせをしていた黒幕が目の前の人物だとは、当事者であるアマーリエも驚きである。


「全て学園長からの告発文に記してあった。あの方が消える直前、直接陛下に奏上されたものだ」


「この人が、わたしを……?」


 アマーリエは、大きく目を見開いて、ルクレツィア=ガブリーニと呼ばれた美女を見つめた。

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