表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/87

第七十一話 祖国の異変11

「お断りします」


 婚約者時代に育んだ情の名残を切り離し、ルクレツィアは彼の申し出をきっぱりと断る。


「あなたを助けたのは、家族を思う妹君に心を動かされたからです。わたくしはただの気まぐれに命を賭けるほど、酔狂すいきょうではありませんの」


 妹――リゼルのためだという事は意外であったが、断られるのは想定していた。

 それでも、ジュリオは肩を落とさずにはいられない。


「そうか……」


「元凶を確認するためにも、わたくしはこれから学園へ向かいます」


 変わらぬ平坦な口調で、ルクレツィアは言葉を続ける。

 先に彼女の手を離したのは、ジュリオだ。

 彼はいともたやすく、ルクレツィアの誇りを踏みにじり、信を裏切った。

 そんな彼らに救いの手を差し伸べる義理はない。

 ジュリオと彼の友人を見捨てても、ルクレツィアの仲間は彼女を責めはしないだろう。

 それで国から罪を問われたとしても、彼女には返り討ちにできるだけの実力がある。

 だから、ルクレツィアの目の前で彼女を貶めた人間たちが死んでも、何の問題もないはずだ。

 見捨てて当然であり、むしろ、助けようとする方がどうかしている。


「元凶を確認するため、学園に……? まさか、そんなッ! こんな災害を引き起こした原因が、学園にあるというのか?」


 青ざめるジュリオにルクレツィアは小さく頷いた。


「ええ、おそらく」


 だから自分はきっとおかしいのだろう。

 ルクレツィアは苦笑する。

 見捨てるべき理由は、数えきれないほどあるのに。

 助けたところで、また裏切られるかもしれないのに。

 それでも――。


「わたくしは大切な人達を助けるために、この国に戻りました。あくまでそのために必要ならば、ですが……」


 声の調子を落とすルクレツィアに、ジュリオはごくりと唾を飲み込んだ。


「必要ならば?」


 かたずをのんで見守るジュリオ。

 ルクレツィアは小さく息を吐いた後、涼やかな声で告げた。


「ついでに、あなたのご友人と言わず、国ごと救って差し上げてもよろしくてよ」


 ――それでも、目の前で災禍にあえぐ人々を見殺しにすることは、彼女の誇りが許さない。


「ついで!?」


 告げられた言葉にジュリオが驚きの声を上げる。

 望むのならば世界を救ってみせる、とカルロは言った。

 ならば、妻である自分も友人を助けるついでに、国くらい救えなくてどうする。

 この国にいる友や仲間、そして家族を真の意味で助けたいと願うのなら、国ごと助けるのが最良だろう。

 過去の出来事――と言っても、まだひと月ほど前の出来事ではあるが――にとらわれていては、もっと大切なもの失ってしまうかもしれない。

 夫の笑顔を脳裏に浮かべ、ルクレツィアは自身がなにを成したいのか、心を決める。


「ええ。ついで、です」


 そうして、過去にいだいた、暗く重たい感情を吹っ切るように、晴れやかな笑みを浮かべる。

 闇に浮かぶ真白な美女の笑みは、涼しげな声と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出した。

 それは、弱きものを(さいな)む、悪辣あくらつな人間の出せる表情ではない。

 救いの手を差し伸べられても、触れがたいほどの神聖さ。

 まさしく、女神のような立ち姿であった。


「ルクレツィア」


 気づけば、ジュリオは彼女の名を呼んでいた。

 幻想の存在が、実在することを確かめるように。


「まだなにか?」


 かえってきた言葉は素っ気ないものだったが、ジュリオはそんなこと、全く気にならなかった。

 ジュリオの知らないルクレツィア。いや、知ろうとしなかった元婚約者。

 彼女の本質を垣間見た気がして、彼は言葉を詰まらせる。

 やはり、自分はとんでもない間違いを犯したのかもしれない。

 罪を問われ、国を逃げ出した令嬢。

 世界最強と謳われた魔術師の陣を会得している彼女が、滅亡の危機にあるレッチェアーノに戻ってくる理由は……。

 もしかして――いや、それしかないだろう。

 何度考えても、彼の頭には一つの答えが浮かび上がる。


「君は本当に……無実、だったんだな」


「いまさら何を言っているのですか。何度同じ問いかけをされようと、わたくしの答えは変わりません」


「無実の者を告発し、罪を問うなど、私はなんということを……」


 彼女は最初から、真実を語っていたのだ。

 だから、話せないことは、話さなかった。

 衝撃がジュリオの背をはしる。

 自分を裏切った婚約者を救い、罪人として処罰しようとした祖国を救おうだなんて。

 彼女はとんだお人よしだ。

 強く、気高く、美しい女性。

 ジュリオが貶めた彼女こそ、高貴なる人――真に貴族と呼ぶにふさわしい人物だったのである。

 視界で散乱する清廉な光。

 ルクレツィアの心根を示すような、白銀のきらめきが眩しくて、彼はうつむいた。


「過ぎたことを悔やむよりも、大事な友人ともの無事を祈った方がいいのでは? さすがのわたくしも、死者を助けることはできませんので」


 ルクレツィアは寄ってくる死者を蒸発させるついでに、もう一つ陣を起動し、派手な光を放った。


「うわッ!? 何をする!?」


 俯いていても目がくらむほどの光。

 光が去った後には、ただ闇だけが残っていた。

 一拍おいて、遠くから兵士たちの足音がする。


「殿下ーッ!! ご無事ですか!?」


「ルクレツィア!? ……行ってしまった、か。仕方がない。私も戻るとしよう」


 ジュリオの叫び声と光に呼び寄せられた兵士に付き添われて、彼は妹の部屋へ向かった。

 これで良かったのかもしれない。

 冷静になって、ジュリオはそう考えた。

 王太子である彼の命は、とても重い。

 本来ならば、脱走などするべきではなかったのだ。

 リゼルに怒られるだろうな。

 そんなことを思いながら、妹の部屋を訪れた彼を待っていたのは、想定外のお叱りだった。


「お兄さまの嘘つき! お蔭で、リゼルはとんだ恥をかかされました!!」


「おい、一体何のことだ!?」


「ルクレツィアは約束を果たしました。つまり、お兄さまが嘘つきだということじゃ! 酷い!」


「何を言っているのかわからない。説明してくれ」


 涙を浮かべながら、小さな手で腰まわりを叩くリゼル。

 ジュリオは途方にくれて、彼女の護衛役の女性――イレーネに尋ねた。


「さて。アタシにはわかりかねます」


「ええ。なんのことか、無能な私にはわかりません」


「ワシもさっぱりだ」


「あ。すいません。僕、部外者ですんで!」


 素知らぬ顔で、そんなことをいう、三人の護衛役と部外者。

 一々口調が刺々しいというか、素っ気ないのは気のせいではないだろう。

 先刻、やすやすと脱走を許したように、王宮の兵士ではジュリオを強く(いさ)めることができない。

 と、いうことで、彼もこの三人に護衛されることとなるのだった。

 リゼルの部屋より広く、国王の居室に近いジュリオの部屋に移る途中、何度か戦闘があった。


「ははは! この程度では、肩慣らしにもならん!」


 イレーネの放った短剣が、ジュリオのすぐ横をすり抜けて、背後の死者を突き刺す。

 他の護衛兵士たちは、そっと目を逸らしてみなかったことにした。


「そうですねえ! イレーネさまには物足りないでしょうねえ! ふふふ」


 ジャンが笑いながら、死体の四肢を切断する。

 一閃ごとに、手がとび、足がとび、首がとぶ。

 見ているものが、引くほど喜色満面の表情である。


「おまえら! 笑ってないで、仕事しろ。ワシみたいになァ!」


 狭い空間で斧を振り回すエルモ。

 仕事熱心な彼は、荒々しく、容赦がない。

 ダニーロはというとジュリオに見向きもせず、リゼルの傍で、向かってくる死体を粛々(しゅくしゅく)と狩っていた。


「私は彼らに何かしたかな……?」


 さすがにこれは、何かある。

 察したジュリオが、震える声でリゼルに尋ねた。

 リゼルは胡乱うろんげな視線で兄を見上げる。


「自分の胸に尋ねてみればよかろうに。リゼルは、全て聞いたからの!」


 そういって、彼女は兄を威圧するように腕を組んで、胸を張る。

 ――可愛い妹からの、非情な言葉。

 最後のとどめを刺されたジュリオは、自室に戻るとぐったりとした様子で、寝室に向かった。


「軟弱な!」


 妹の追い討ちが、背に刺さるようだった。


 犯した過ちは、正さねばなるまい。

 ――女神の子孫である我々王族やそれに近しい血筋の者ほど、厳罰に処される事となる。

 それは、かつてジュリオが、ルクレツィアに告げた言葉だ。

 その言葉が、彼の胸に重くのしかかる。


「裏切ったのは、私の方、か……」


 虚言に惑わされ、偽りの正義を振りかざして彼女の人生を狂わせた。

 きっかけは何であろうと、無実を知るはずの父親がルクレツィアを裁いたとなれば、原因は己にあるとジュリオは確信する。

 事実が明るみに出れば、いかにジュリオといえど重罪に問われるだろう。

 父親も王座を追われることとなるかもしれない。

 けれど、彼はこれ以上、彼女に軽蔑されるようなことはしたくなかった。

 アマーリエと学園の友たち、彼らのことも気がかりではある。しかし、今は自らの引き起こした冤罪のことでジュリオの頭はいっぱいになっていた。


 襲い来る死者もルクレツィアが黒幕だろうと、彼に進言した貴族たち。

 彼らは、ルクレツィアが国に復讐をするため、此度こたびの災禍を起こしたのではないかと言っていた。

 竜の魔力で、国に災害をもたらしたのだと。

 かつて無いほどの大規模な異常現象も、神話の生物が引き起こした事態なのだと考えると、不思議と納得がいくような気がしたのだ。

 後悔と自責の念にさいなまれながら、ジュリオはしばし、瞳を閉じる。

 そうして、これがすべて夢であったなら、と思考を逃避させる自身に、苦い笑みを浮かべるのだった。


「罪を犯したのは、私の方だ。……本当に、すまないことをした」


 詰まった喉から、無理やり絞り出すような声だった。しかし、彼が許しを請うべき相手はここにはいない。

 ジュリオの懺悔ざんげの言葉は、誰に届くこともなく、うつろに消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ