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第六十九話 祖国の異変9

 灰色の髪の奥に、光る、獰猛な瞳。

 口元に笑みを刻んではいるが、イレーネの機嫌が良くない事をルクレツィアはすぐに察した。


「……怒っているのですか?」


 イレーネは答えず、目の前の死体の顔面へ刃を突き立て、蹴り倒す。

 そうして死体の頭を踏み潰してから、ルクレツィアを振り返った。


「怒っている? アタシが? なぜそう思う」


 意地の悪い問いかけにもルクレツィアは動じることなく、素直に頭を下げる。

 巻き込むまいと、仲間を思ってのことだった。

 しかし、いざというときに差しのべられた手を振り払い、カルロと二人で逃げることを選んだのは事実である。

 そのことがルクレツィアにとって、負い目となっていた。


「あの。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」


「……どうして、頼らなかった? アタシらはそんなに頼りなかったかい?」


 淡々と問いかけるイレーネにルクレツィアは真摯な態度で答える。


「いいえ。イレーネ達に迷惑をかけたくなかったのです」


「迷惑をかけてこその仲間だろ」


「はい。イレーネなら、そう言ってくれると思ってました。けれど、あなたに何かあれば、ダニーロが悲しみます。たった二人の家族だと聞いておりましたので」


「……なるほどねェ。いいだろう。それなら、許す」


 胸の内にある、複雑な感情を飲み下すように、イレーネは瞳を閉じる。

 あの時、あの瞬間に、一番つらい思いをしたのは、ルクレツィアだ。

 思うところはあれども、イレーネは自らを納得させ、再び彼女を身内として迎え入れる。


「だが、次はない。次にやらかすときは、アタシらにも頼ってほしい。竜にはかなわないかもしれないが、アタシらはその覚悟をもって、仲間としている。ちゃんと覚えとけ。いいな?」


 真っ直ぐに向けられる、イレーネの瞳に、ルクレツィアは強く頷く。

 すると、イレーネはなら良し、とばかりに口端を持ちあげて、ルクレツィアの髪をかき混ぜるように撫でた。


「大変なときに力になってやれなくて、すまなかった。よく頑張ったな。……辛い思いをしただろうに。この国のために戻ってきてくれて、感謝する」


 王城へ連行された後、ジャンが彼女の元を訪れた時には、逃げ出すつもりはなかったのだ。

 しかし、結果として、イレーネの覚悟と心意気を踏みにじることになってしまった。

 そんな自分を再び受け入れてくれた懐の深さに、ルクレツィアは強く感謝した。


「いいえ、そんな。イレーネが謝る必要はありません! ……心配してくれて、ありがとうございます。イレーネ」


 感極まって抱きつくルクレツィアに、少し照れ臭そうに笑ってイレーネは尋ねた。


「互いに謝罪しあって、礼を言い合ってたらキリがないね。……それで、あの竜はどうしてるんだい?」


 ルクレツィアはイレーネを解放すると、王都の鉄門の方を見やりながら答えた。


「カルロは王都の外にひしめいく死体たちを、焼いています」


「それは助かる。まさかとは思うが、門が破られたら厄介だ。……ああ、そうだった。愚弟を連れてきてくれたことにも、礼を言わないとな」


 視線をダニーロに移して微笑むイレーネ。

 ダニーロは早くも瞳を潤ませ、手にした剣をだらりと下げた。


「姉貴……無事でよかった!」


「ちったァ逞しくなったと思ったが、この程度で泣くようじゃあまだまだだねェ」


「なんだよ! 僕だって強くなったんだからな!」


「ほう? 言ったな。ならば見せてみろ」


 にい、とイレーネが笑う。

 ダニーロはしまったとばかりに、口元を押さえるが、時すでに遅し。

 廊下の向こう側からやってくる死体たちを、イレーネは顎で指した。


「ああ、もう! なんでこうなるの!?」


 ダニーロはやけくそ気味に、剣を構えて死体たちに向かってゆく。


「どうしてこの区画まで死者が?」


「王太子殿下が部屋から抜け出したんで、そっちの方に人員がとられてるのさ」


「えっ? この状況で抜け出したんですか?」


「ああ。理由は聞くなよ。元より知らんからな」


 ダニーロの奮闘を見ながら会話を交わす二人。

 イレーネが服の裾を引かれて視線を落せば、そこには第三王女が立っていた。

 年の頃十に満たない少女は、すっかりおびえ切ったように、ルクレツィアを扇子で指し示す。


「イレーネ! さっきから黙ってみておったが、何をしておるのじゃ! 知人だか何だか知らぬが、それは一時忘れよ。銀の髪に紫の瞳の、月の魔力をまとった女……あやつはルクレツィア=ガブリーニであろう? 此度こたびの騒ぎの原因と聞いておるぞ!?」


 興奮したように、扇子を上下させて荒ぶる王女殿下を、ジャンが落ち着いた態度で宥める。


「リゼル王女殿下、ご安心ください。此度の件、彼女は関与していないでしょう」


 王女――リゼルは、ジャンの言葉に大きく目を見開いた。

 大きな青い瞳がこぼれ落ちそうなほどである。

 強張った表情と、止まった息、全身で驚愕を示していた。


「ジャンティーレ、おまえまで何を言い出すのじゃ!」


 わなわなと肩を震わせるリゼルに、ジャンはしれっと答える。


「ルクレツィア嬢が王都を襲うならば、このような遠回りな手を使うわけがありません。彼女なら、直接乗り込んでくるでしょう」


「現に、今そこに来ているではないか!? はっ! 兄上が危ない! 早う、そこな女を捕えい!」


 白いドレスの裾を忙しなく揺らしながら、リゼルが扇子でルクレツィアを指さした。

 これには、さすがのルクレツィアもむっとして、眉をひそめる。

 彼女の不快を察したエルモは、慌ててリゼルの肩を掴んで、扇子を下げさせた。


「まァ、落ち着けって、嬢ちゃん」


 思うように物事が進まず、リゼルはエルモの手を振り払う。


「無礼であるぞ!」


 つんと顎を逸らす少女。

 エルモは彼女の前にしゃがみこんで、リゼルの空色の瞳と目を合わせた。


「無礼がどうした。ルクレツィアはそんなことしねェ。たぶんワシらを助けにきたんだ。それをいきなり罪人扱いたァ、礼儀知らずはどっちだ?」


 そんなことをされたのは、初めてだったらしく、リゼルが目にも明らかに動揺する。

 嫁いで行った姉も、彼女を置いて部屋を出た兄も、こうして彼女と同じ目線で(いさ)めることはなかった。


「う、うむー。エルモ、おまえ、本気で申しておるのか?」


 怒りと興奮に頬を紅潮させたリゼルは、落ち着かないように視線をうろつかせる。

 ようやく話を聞く態度になったリゼルに目元を緩めながら、エルモは彼女に語りかけた。


「当然だ。ワシらは何度も命を預け合った仲だ。互いを信じられずして、んなことできるわけがねェ」


 真摯な言葉に、リゼルもエルモの瞳を見つめ返す。

 探るような、見定めようとするような瞳だった。


「……その言葉に、偽りはないか? もし、あやつが元凶ならば、おまえもただではおかぬぞ」


 王族からの最後通告をものともせず、エルモはしっかりと縦にふった。


「ない!」


 脊髄反射とも取れるような反応に、リゼルは苦笑した。


「少しは迷うても良いと思うのじゃが……まあ良い。ならば、ルクレツィアよ。潔白を示すためにも、兄上をここへ連れてまいれ」


 そうして、ルクレツィアを睨み付ける少女。

 命じるが当然とでも言うような態度に、ルクレツィアが冷めた瞳で少女を見下ろす。

 底の見えない、深い紫の瞳。赤く艶やかな唇には、甘さのかけらもなかった。


「わたくし、もうレッチェアーノの臣民ではありませんの。そのように傲慢な依頼を、受ける理由もなくてよ」


 リゼルにはルクレツィアの全身から冷気が漂う幻覚が見えた。

 リゼルの目の前に立つ者は誰だって頭を垂れ、彼女の命ずるままにことを成す。

 それが少女にとっての日常だった。


「リゼルの命がきけぬと申すか?」


「わたくしはどこの国にも属しておりません。つまり、例え誰であろうと、わたくしに命令することはできませんの。そんなにお兄さんのことが心配ならば、ご自分でどうにかなさったら?」


 しかし、目の前のルクレツィアは不遜(ふそん)にもリゼルを見おろし、下らないものを見るように鼻を鳴らす。

 意にそわぬ命令をはねつけ、威圧してくる美女に圧倒され、リゼルの両手がじっとりと汗ばんだ。


「なっ、なんじゃとッ!?」 


 気圧されて、リゼルは口をはくはくと開閉する。

 稀代の魔術師の威圧に恐れをなして一歩引くも、諦めるわけには行かず、彼女は素早く周囲を見渡す。


「イレーネ!」


 ご指名を受けたイレーネは肩をすくめて、一言。


「アタシに言われてもな」


「ジャンティーレ!」


「すみません、殿下。私はルクレツィア嬢よりも弱いんです」


 本当に申し訳ないと思っているのか、疑わしい微笑で、ジャンが頭を下げる。


「おまえは近衛騎士じゃろう!?」


「相手はおそらく、世界最強の魔術師ですよ。全盛期のホフレ=リストスキーを想定してください。一介の騎士には荷が重いかと」


「エルモ!」


 最後の砦とばかりに、ばっとエルモを振り返るリゼル。


「無茶言うな」


 エルモは困ったように、首の後ろを撫でた。


「ぐぬぬぬぬ! あいわかった! もうよい!」


 兄――ジュリオに良く似た、澄み渡る青い瞳を涙で潤ませて、少女は癇癪かんしゃくを起すように叫んだ。


「この城に……リゼルの味方は、兄上を助けてくれるものは、おらぬということじゃな!?」


 涙交じりの言葉の端に、寂しさと不安、恐れを滲ませて、リゼルは息をふるわせる。

 王国存亡の危機の瀬戸際、家族と離れ離れになった幼子としては当然の反応だろう。

 王族として、相応しい態度ではないが、ルクレツィアは初めて少女に好感をもった。

 

「どうしてそうなるのでしょうか。傲慢な命令ではなく、家族を思う女の子の願いならば、わたくしも無碍むげには致しませんのに」


 乱れた長い金髪の間から、伺うようにリゼルがルクレツィアを見上げる。


「……願うだけで良いのか?」


 恐る恐ると言った風に問いかけてくる少女に、庇護欲をそそられて、ルクレツィアは少し声を和らげた。


「無礼な態度を詫びてくれても、良いのですよ」


 しかし、その言葉は厳しい。


「ぐっ……ぶ、無礼はいったいどちらじゃ……!?」


 リゼルは再び髪を振り乱し、煩悶はんもんした。

 顔を真っ赤にしながら悩むも、思い切って、リゼルは頭を下げる。


「ええい! わかった! 謝罪する。リゼルが悪かった! だから、早う、兄上を!!」


 少女の願いに、良く出来ましたとばかりに頷いて、ルクレツィアはイレーネに視線を移した。


「イレーネ。ホフレ先生がどこに居るか、知りませんか?」


「ホフレ? ホフレ=リストスキーのことか?」


「ええ」


「ホフレ=リストスキーは城の結界を張りなおすために、地下に行ったらしい。地下からも死者が湧いているようだから、今は手が離せないだろうな。それより、外を見てみろ」


 イレーネは言いながら、部屋の窓際に行き、親指で窓の外を示した。

 ルクレツィアも彼女の後に続く形で、窓の外を覗きこむ。


「外がどうかしたのですか?」


 外は暗く、学園から届いている白銀の光にうっすらと照らされている。

 学園の塔の先端は学園長の部屋となっており、窓はないはずだ。

 そこから光が漏れているとは考えにくい。

 まるで塔自体に魔力が宿っているかのようであった。


「学園の塔のあの光。どこかで見た覚えがないか?」


「そう、ですか……?」


 これまでの記憶を掘り起し、思案気にうつむくルクレツィア。

 色々あり過ぎて、思い出すのも一苦労である。


「アウトゥンノの、死者だ」


 イレーネの言葉に、ルクレツィアは弾かれたように顔をあげた。


「ああ! あの時のランプ!!」


 アウトゥンノ郊外の村で、死者が蘇り、旅人を襲うという事件があった。

 カルロが死者の死を封じる魔道具として、四人に示したランプ。

 学園の塔から放たれている光は、大きさこそ異なるものの、確かに良く似ているようであった。


「アタシも確認に行きたいんだが、この状況だ。代わりに行ってくれないか?」


「わかりました。すぐにでも」


「ルクレツィア!?」


 兄を連れ戻るという話はどうなったのだ!

 と言わんばかりにリゼルが悲痛な叫びをあげる。


「安心なさい。ついでに兄君も見てきて差し上げますので」


「連れてきてくれぬのか……?」


「それは、兄君次第です」


 振り向きざまに微笑んで、ルクレツィアは王女の居室を後にした。

 外に出ると、ダニーロがまだ死者たちと闘っているようであった。


「はあ、はあ! ちょ、これ、いつまでやればいいんですかねえ!?」


 流石に息が上がりつつあるダニーロを目がけてやってくる死者。

 それを、通りすがりに風の陣でひと殴りして、ルクレツィアは口端を持ち上げる。


「さあ? 辛くなったら、姉君に助けを求めてはいかがでしょう?」


「鬼ですか!? あと、強すぎー!!」


 背後で叫ぶダニーロの声を聞きながら、ルクレツィアはとりあえず一階を目指した。

 王女の護衛を放ってまで、一階に兵士が集中していたのは、死者を退けるためというのもあるだろう。

 けれど、王太子捜索のためと考えれば、納得がいく。


「さて、久々の再会というわけですわね」


 玲瓏な声が、静寂に響いた。

 淡く光り、流れる髪に隠され、その表情は知れない。

 中庭近くで、小さな悲鳴が聞こえ、彼女は地を蹴った。

 閉ざされた硝子窓を開いて宙へを身を躍らせ、複数の陣を起動する。

 銀光が煌めくと同時に、数体の死者が爆ぜた。


「いったい、何事だ!? ……うわッ、なんだこれ。くさッ!!」


 爆散する腐肉を一身に受け、青年が叫ぶ。

 纏わりついた肉片を一心不乱に払いのけながら、彼は顔をあげた。

 夜風に靡く金紗の髪と、真昼の青空のような瞳。

 その瞳を驚愕に見開きながら、彼は叫んだ。


「ガブリーニ公爵令嬢ッ!?」


「あら。その名は剥奪されましたのよ。お蔭さまでね」


 皮肉気に言って、ルクレツィアは冷ややかに微笑んだ。


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