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第六話 公爵家領地

 ガブリーニ公爵家の領地は、王都から馬車で一日足らずといった距離にある。

 肥沃な大地で育てられた、新鮮な作物や風光明媚な観光都市としても有名な場所であった。

 年中暖かく、穏やかな気候。

 色とりどりの花が咲き乱れるこの領地は、花を使った料理や菓子も多い。

 日持ちする花菓子などは、王都からの観光客に珍しくて見栄えのする土産物として好まれていた。

 そのため、この地には食用の花を育てることを専門とする職人や菓子専門の職人など、ほかの領地では珍しい職業の人々も集まってくる。

 花かごにたくさんの花を盛った花売り娘たちが行きかう通りには、甘い菓子と花の匂いが漂っていた。

 赤茶色の煉瓦道を歩く娘たちや街並みを描く芸術家も多く、観光客も彼らの作品に見蕩れて足を止めている姿が見受けられる。

 華やかで開放的な雰囲気の土地。

 花と緑にあふれ白い石で造られた家々が続く領土内で、ひときわ異彩を放つ場所があった。

 ――街の北側にある、領主の屋敷である。

 屋敷の手前には華やかな街並みにそぐわぬ、巨大な門がそびえ立っていた。

 ずっしりとした灰色の石を積み重ねて造られた門の奥には、職人の手で植林された森が広がっている。

 王都の屋敷の優美な門と違って、屋敷の主の本質を現すように、堅牢で威圧的な門。訪れる来訪者を拒むかのようなつくりにも見えた。

 門は今しがた到着したばかりの馬車を飲み込んでゆく。

 馬車の姿が消えると門は常にそうであるように、隙間から中を伺うこともできないくらい、ぴたりと閉じられた。

 公爵家の家紋が刻まれた馬車はそのまましばらく森の中を進む。

 やがて馬車が止まるとまるで砦の様な外観の屋敷がそこにあった。

 元は王都に向かう敵軍を押さえる、最後の要として建設された石造りの要塞。

 王兄であるアレッサンドロ=ガブリーニが臣籍に下る際に、前王から与えられたものだった。

 アレッサンドロは要塞の外観や機能はそのままに、自身や家族のため、一部内装を整えるにとどめる。

 ゆえにこの地は領主の屋敷と言うよりも、国防の最後の砦としての役割が強い。

 ルクレツィアやその家族は無骨な領地の砦で過ごすよりも、王都の屋敷で過ごす事を好んでいた。

 住居としては向かなくとも、魔術や剣術の訓練を秘密裏に行うとなればこれほど整った環境はない。

 今回は事前に領主であるアレッサンドロから、空いている訓練施設の一部を使わせてもらえるよう連絡を入れてある。

 馬車が屋敷に近づくにつれ、不安と期待で揺れていたルクレツィア。

 銀髪を緩くまとめて白いドレスで着飾った少女は、馬車が止まるとちらりとホフレを見た。


「到着したようじゃの。ようやく外で手足を伸ばすくとができるわい」


 ホフレは上機嫌にそういうと、悪戯っぽく微笑んで頷いた。


「さあ、お嬢さま。お手をどうぞ」


「まあ……ふふふ、では、お願い致します」


 彼は二の足を踏んでいたルクレツィアの手を取り、意外なほど洗練された動作で馬車の外へ連れ降りた。

 屋敷の管理を任されている執事は優雅な礼をもって、馬車から降りた一行を迎えた。

 髪油で綺麗に撫でつけられた、白髪まじりの後頭部を見下ろしながら、ルクレツィアは腕を組む。

 領地の管理役である執事には、あまりいい印象がないのだ。

 もっとも、それは、彼女の自業自得であったけれど。

 

「お久しゅうございます。お嬢さま。このたびの件、ご当主さまよりお伺いしております。当敷地内には兵舎があり、国防を担う兵士もおります。方々のお仕事の妨げにならぬ範囲であれば、なんなりとお申し付けください」


 執事も少女に良い印象を持っていないらしく、厳しげな口調でそういった。

 そうしてまずはルクレツィアに声をかけて一礼すると、今度はホフレに向き直る。


「リストスキーさま。此度の件、深く感謝いたします。と、当主が申しておりました。どうか、お嬢さまをよろしくお願いいたします。当主の命により環境は整えてございますが、お困りごとがございましたら、なんなりとお申し付けください」


 少女にかけた言葉とは明らかに違う、穏やかなで丁寧な様子にルクレツィアは顎を逸らした。

 彼女は小さな唇を尖らせて、不快を示すように扇子で顔を仰ぐ。

 傍らの少女の分かりやすい反応に笑みこぼしながら、ホフレは執事に頷いた。


「なあに、暇な年寄りに付き合ってくれるのじゃ。こちらが礼を言わねばなるまいて。なんども礼を言われると流石にこそばゆくてならん。わしが好きでやっているのだから、気にせずとも良いわい」


「かしこまりました。当主にもそのようにお伝えしておきましょう」


 執事とホフレの会話が終わると砦の内部に案内された。

 分厚い木の扉を過ぎると、ひやりと湿った空気が流れてくる。

 石壁は所々削れており、訪れるものへ無骨で荒々しい印象を与えた。

 ときおり砦ですれ違う兵士たちが、ホフレの顔を見ると驚愕にしばし固まり、素早く脇に避けて機敏な動きで礼を取る。


「リストスキー大将軍!? お会いできて光栄であります!」


「こらこら、わしは引退した身じゃ。そんな大層な役職で呼ぶでないわい」


「はっ! 畏まりました! リストスキー大将軍閣下!!」


「……おぬしら全く分かっておらんじゃろう!」


「申し訳ございません! リストスキー大将軍閣下!!」


「いや、もう、ええわい」


 皆一様に頭を丸めた兵士たちは背が高く、日に焼けており、頑健な筋肉の鎧をまとっていた。

 ルクレツィアの背丈は彼らの腰までしかなく、目を合わせようと見上げていると首が痛んだ。

 兵士たちはこれまで周りにいた人々と全く違っていて、別の人種のようにも見える。

 しかし、瞳の色と短い髪の毛の色から察するに、レッチェアーノ王国の生まれで間違いないのだろう。

 ルクレツィアは『リストスキー大将軍』と言う呼び名も気になってはいたが、それよりも気になるものが居た。

 褐色の筋肉の中に一人だけやや細身で、乳白色の肌の人間が混じっていたのだ。

 大柄で筋肉まみれの男達中でただ一つの異物。

 ルクレツィアは妙な親近感を覚えてその人物を目で追うが、あっと言う間に筋肉たちにのまれて見えなくなってしまう。

 砦の内部には国防における重要な機密情報も保存されていたり、武器庫や火薬庫があるため、ところどころに兵が配置されていた。

 兵士たちからの『リストスキー大将軍!?』と言う驚愕から始まる一連の挨拶を聞き流しながら、執事から砦の説明を受ける。

 いかに領主の娘であっても、当主の執務室と武器庫、火薬庫、調理場には勝手に入ってはならないらしい。

 ルクレツィアが生まれた頃に一度だけ、領地を訪れたことがあると執事は言ったが、当の本人は全く覚えていなかった。

 兵士たちは皆ホフレに夢中であるし、あれはだめ、これもだめ、と執事の説明が続き、ルクレツィアもうんざりしてくる。

 けれど、屈強な兵士たちが少年のように瞳を輝かせ、ホフレの前に整列する様をみていると水を差すのも気が引けた。

 何だかんだ言いながら、結局、彼女も最後まで彼らのやり取りに付き合うこととなったのだった。


「リストスキーさまのお部屋はこちらになります」


 ようやく客室まで案内された時、日はすでに落ちていた。


「ふむ。今日のところはこれで休むとしますかの。訓練は明日から開始しますぞ。今日は疲れたじゃろうから、ゆっくり休みなされ」


 まだまだ元気いっぱいなホフレのウィンクを受けて、ルクレツィアは頷くだけで精いっぱいだった。

 別れ際に、こっそり渡された飴玉を両手で弄んでいると、あっという間に彼女の客室に着く。

 執事に見送られて、用意されていた私室に入るとすでに侍女が待機していた。

 侍女に手伝われ、ルクレツィアは湯あみと着替えを済ませると軽食をとることにする。

 野菜たっぷりのスープと固いが甘みの強い黒パンが食欲をそそり、あっという間に食べてしまった。

 ルクレツィアは食後のお茶を頂きながら、窓の外を眺める。

 窓の外には薄青い夜の空と木々の陰が見えるのみで、王都の屋敷に慣れた彼女には新鮮な光景だった。

 手に握っていた包み紙を剥がして飴玉を取り出すと、飴玉は月光を受けてとろりとした輝きを放つ。

 口の中に入れるとほんのり甘くて、なんだか幸せな気分になった。

 からころと小気味の良い音を立てていた飴玉が徐々に小さくなって、溶けてゆく。

 口の中に広がり、消えてゆく飴玉を物足りなく思いつつも、ルクレツィアは紅茶を一気に飲み干した。

 ――明日はどんな日になるのかしら。

 寝室にある大きなベッドに潜り込むとふかふかの布団から日向の匂いがした。

 彼女はこれから訪れるであろう日々に胸を躍らせながら眠りに落ちたのだった。

 


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