表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/87

第六十七話 祖国の異変7

 王都の中は暗く、通りに設置された魔道灯も壊され、残骸が散らばっていた。

 遠くの塔からうっすらと届く光に照らされて、その惨状が視界に浮かび上がる。

 夜でも暖かく、心休まる花の香りがしていた王都の風は、冷え切っており、異臭を運んできた。

 踏み荒らされた花と、割れた石畳。

 立ち並ぶ商店の中は、何の店かも分からないほど、壊されていた。

 壁に穴が開いている建物すらある。

 そこらじゅうを死者が歩いていた。それらはルクレツィアの魔力に惹かれ、ふらふらと歩み寄ってくる。


「さて、御二方。覚悟はよろしいですか」


「あっはい!」


「おう!」


 ルクレツィアは拳に陣を紡ぎ、死者を殴り飛ばす。

 紡いだ陣は空間圧縮の陣だ。

 陣から解き放たれた気体が向かってくる死体どもに叩きつけられる。

 履きなれた革の長靴が地を蹴り、風圧で服の裾が翻った。

 輝く銀髪をなびかせて、彼女は踊るように戦い続ける。


「わー。相変わらず、派手ですねえ」


 それを横目に見やりながら、ダニーロが剣を一閃させる。

 向かい来る死者たちの首が一つ、落ちた。


「それが嬢ちゃんのいいところなんじゃないか」


 大斧の一振りで三体の死者をほふり、グイドが笑う。

 一行は危なげなく、歩みを進めた。

 人気ひとけのない第三区画を抜けて、破壊された第二区画の門を過ぎる。

 歩きながら『学園』の塔を見上げると、塔は白銀に光り輝いていた。

 あれが王都を照らす光源となっているようだ。

 不思議に思いつつも、ルクレツィアまず、第二区画の屋敷へと向かう。


「家がどうなっているのか、目にするのが少し怖いですわね。ソフィアは無事でしょうか」


 屋敷が近づくとルクレツィアがぽつりとつぶやいた。


「ソフィアなら、きっと大丈夫だ」


 自分に言い聞かせるようにグイドも言葉を返す。


「どうしてそう、ソフィアのことを気にかけておりますの?」


「決まってるだろ! 惚れたからだ!」


「長らく放置していた割に、ずいぶんと率直ですのね」


「柄にもなく悩んだりしたが、そんなことはもうやめだ! オレもリナルドを見習うことにした。くよくよ悩まず、男はひたすら前に突き進むのみ」


 ぶん、と風を切って振られた斧が、歩み寄る死体たちを薙ぎ払う。


「そうですわね。この期に及んで思い悩んでも仕方ありません」


 彼の雄姿に鼓舞されて、ルクレツィアも襲って来る死体へ拳を叩きこむ。

 ここまでの道のりで、住民や兵士と出会うことはなかった。

 もしかしたら、建物に避難して、戸を固く閉じているのかもしれない。

 捜索の陣を紡ぐほどの余裕は彼女に無かったので、それもさだかではなかった。

 やがて、彼女たちは屋敷の前へとたどり着く。

 塔の明かりのお蔭で、特徴的な赤煉瓦の屋根がうっすらと見える。

 自然駆け足になる三人の、耳を打ったのは何かが潰れるような音だった。

 液体を含んだ物体が潰れ、あるいは踏み砕かれる重々しい音が闇に響く。


「ソフィア」


「だな」


 ルクレツィアとグイドは頷きあって、駆けだした。

 その女性の、両手つけた厚手の革のグローブは、殴ったものの液体で湿っていた。

 服の袖は、千切れ、侍女服の裾も破れている。

 塔から届く光に薄く照らされた長身、破れた服から覗く見事な筋肉を備えた美女。

 年の頃は20歳前後と言ったところであろうか。

 涼しげな切れ長の目元は、静かに敵を見据えている。

 きっちりと編みこまれていたであろう髪は、崩れていたが、それすら様になっていた。

 しばらく見ぬ間に、彼女はより強く、逞しくなったようだ。

 呼吸を一つ。

 整えて。

 動く死体が動けなくなるまで、拳を叩きこみ、屋敷周囲の敵を地に沈める。

 そうして、ルクレツィアたちの方を向くと、心持を示すように深く頭を下げた。


「――お帰りなさいませ、ルクレツィアさま」


 努めて平静を装った表情よりも、雄弁な声。

 いつもは感情を示さない彼女の声は、少し湿っぽく震えていた。


「ただ今戻りました」


 彼女は長い間、一人でこの屋敷を護り続けていたようだ。

 これまでの厳しい戦いの痕跡が滲む姿。

 その姿に、ルクレツィアは継ぐべき言葉を失い、しばし黙した。

 ソフィアはずっと待っていたのだろう。

 戻ると言った主の言葉を信じて。

 大きく吐き出した、ルクレツィアの吐息が震える。


「顔をあげて下さい。……苦労を、かけましたね」

 

「もったいないお言葉にございます」


 頭を下げたままそういって、ソフィアはゆっくりと顔をあげた。

 先ほどまで冷静に敵を見据えていた黒瞳は、涙を含んで潤んでいる。

 同調するように、ルクレツィアの視界も滲んだ。 


「流れている噂については、耳にしております。さぞ辛い思いをさせたことでしょう」


 取り残された彼女の心の内を想像し、ルクレツィアが罪悪感に瞼を伏せる。

 彼女はこぼれそうになった涙を押さえ、熱くなった目頭を夜気で冷やそうと試みた。


「いいえ。我が主を愚弄するものあれば、この拳にて沈めるのみ。わたくしめの心は、ただ御身を案じておりました」


 ソフィアは主の言葉をきっぱりと否定して、自身の胸に手を当てた。

 それは、言葉に嘘偽りがない事を示す、臣下の礼である。

 言葉にこそしなかったが、ルクレツィアは彼女の凛とした在り方に胸を打たれた。


「……何かもめごとでも、あったのですか?」


「ご安心ください。王侯貴族には手出しを控えました」


「そ、そうですか。ソフィアと家族が無事ならば、わたくしから言うことはありません」


「外はご覧の有様ですが、邸内に死者が湧き出でる事はないようにございます。すぐにご案内できますが、いかがいたしましょうか」


「ソフィア、あなたの忠義に感謝いたします。わたくしはこのままガブリーニ公爵邸へ向かいます。グイドを置いてゆくので、あなたも少し休みなさい」


「かしこまりました。……あの、いま、グイドとおっしゃいましたか?」


「あなたのことが、心配でインヴェルノから駆けつけたそうです」


 微笑むルクレツィアから、後方に立つグイドに視線を移して、ソフィアは瞳を細めた。


「助けなど、必要ない」


「そうつれない事言うなって! あんたの身に何かあれば、嬢ちゃんが悲しむだろ」


「あなたには関係ない」


「俺もようやく魔核を素手で砕けるようになったんだ! ソフィアが何と言おうと、俺はここに残り、あんたと共に戦うぞ」


「……物好きめ。ならば、好きにしろ。私はお前に構うつもりはない」


 別人のような口調でグイドに応じるソフィア。

 二人のやり取りを聞きながら、ルクレツィアはダニーロに声をかけた。


「次は公爵家に向かいますが、よろしいですか?」


「はい! 美人の侍女さんと二人きりで戦うグイドが羨ましいとか、言ってられないですしね!」


 ダニーロは三人が話している間にも、黙々と地から湧き出でる死体の首をねていた。

 その剣筋は常になく、荒々しい。この調子では、すぐに体力が尽きてしまうだろう。


「言っているじゃあありませんか」


 彼の様子に、ルクレツィアは呆れたような視線を向ける。

 もっともな指摘に、ダニーロが肩を落とす。


「あ、つい。……お嬢さま。僕も、恋人が欲しいです」


「わたくしに言ってどうするのですか! 自力で何とかなさい。無駄なやり取りをしている暇はありません。さあ、屋敷へと向かいましょう」


「無駄って。ひどい。僕はこれでも真剣に悩んでいるんですが」


 厳しい言葉にダニーロが打ちのめされていると、ソフィアがルクレツィアを見送ろうと歩み寄る。


「ルクレツィアさま。ご武運を」


 草臥くたびれ、薄汚れてなお、ソフィアの美しさが陰ることはない。

 花の麗しさではなく、研ぎ澄まされた刃の放つ輝きに似ている。

 美しさとは外見に寄らず、そのものの本質からにじみ出るものだと、ルクレツィアは感じた。


「あなたもね。ソフィア。グイドは中々良い殿方だと思いますわよ」


 ルクレツィアの言葉尻に反応したグイドが、我が意を得たりとばかりに、大斧を振り回す。


「ありがとう、嬢ちゃん! 俺らも幸せになるからな!」


「あら、それは気が早すぎるようですね。わたくしの大事なソフィアに、無体を強いたらくびり殺しますので、覚悟なさいませ」


 先走り過ぎるグイドの言動に、ルクレツィアが釘をさす。

 その紫の瞳は冷え切っており、銀の魔力が闇に満ちる。

 彼女の本気を察したグイドは、首振り人形のように何度も首を縦に振って肯定した。


「お、おう。大丈夫だ。俺はそんな男じゃない!」


「安心しました。ソフィアを、よろしくお願いいたします」


 グイドの横に立つソフィアは、不満そうにグイドを睨んでいる。

 けれど、主の言葉に異を唱えるつもりはないらしく、黙って二人を見送った。

 感情を滅多に見せないソフィアがむきになるのは、グイドの前だけである。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。

 ルクレツィアにはまだわからなかったが、ソフィアが幸せならばそれでよいと、何となく思っていた。

 ルクレツィアたちについてくるのが、彼女の幸せであるのならば、それはそれで構わない。

 けれど、彼女だけを愛してくれるものと結ばれ、彼女もまた一番に愛するものと家庭をもつのならば、それもまたよい。

 ちらりと後ろを振り返れば、グイドとソフィアが背中合わせに戦っていた。

 ――ソフィアがどんな道を選んでも、自分だけはそれを祝福してやろう。

 ルクレツィアは微笑んで、意識を切り替える様に前を向いた。


「くうっ……! 僕もそのうち恋人を作ってみせます!」


 ダニーロもまた、決意を新たに地を駆けた。

 状況には即していないが、彼は彼なりに思うところがあったらしい。


「頑張ってくださいな」


「もてる者の余裕というやつですか!?」


 励ましたつもりが、噛み付かれた。

 公爵家に着くまでダニーロはずっとこの調子である。

 ルクレツィアは、彼を殴りつけたい衝動を抑え、迫りくる死体へとぶつけた。

 この様子だと、ダニーロに恋人とができる日は、遠そうである。

 それを伝えるとまた鬱陶うっとうしいことになりそうだったので、ルクレツィアは黙々と襲い来る死体を殴り続けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ