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第五十六話 珍王事変1

 サルダ帝国とアルシエロの国境付近の砂漠。

 不毛の荒野でアルシエロの兵士たちは、苛立ちを隠そうともせずに、砂地を見回した。


「おい。レッチェアーノから逃げてきた、魔術師とやらはまだなのか」


 隊の中で一番年かさの兵士長が部下に問いかける。


「はあ……なんでも、魔術とやらで飛んでくるそうで」


「はっ。空でも飛んでくるってぇのか? 冗談ならば、もっと面白くしろや」


 肌に張り付く砂と照りつける太陽。

 頭と体、全身を布でまとった男たちが、砂漠で棒立ちになっている。

 その姿は少し滑稽ではあったが、本人たちにしてみたらたまったものではない。

 アルシエロは元々閉鎖的な国だ。

 しかし今や、享楽や魔石を売り、食料や酒などを他国の商人から買わなければ、国民は飢えて死んでしまう。

 それゆえ、訪れる他国からの客人を歓迎する人々は多い。

 けれど、客以外の他国の人間には、厳しい視線を向ける者も少なくなかった。


「ったく、これだからよそ者は信用できねえ。……俺たちだけで行くぞ」


「ちょっと待ってくだせえよ! 隊長ッ」


 焦る部下を置き去りにして、砂漠に向かう兵士長。

 部下たちが慌てて追いかけたその時、赤茶色の砂地が白銀に輝いた。

 一瞬の煌めきの後、そこに二人の男女の姿が現れる。

 一人は、燃える炎の様な燐光を放つ赤髪に、精悍な顔立ちの男だった。

 しなやかな筋肉に覆われた力強い体躯と、すらりと高い背。

 視線一つで、彼らの背筋を震えさせ、無意識に一歩後ずさらせるような覇気を纏っている。

 もう一人は、眩い煌めきを放つ、白銀の姫だった。

 この国特有の薄衣に包まれた肢体は、日光を知らぬと思われるほど真白で、人目を惹きつける。

 澄んだ紫水晶の瞳が灯すのは、挑戦的な光。

 これまで見たこともないような美貌の人に見つめ返されて、兵士たちが思わず視線を下げた。

 彼らの視線の先で、目のめるほど紅い唇が、華やかな笑みを形作る。

 この間、数秒。

 二人の登場に、兵たちはポカンと口を開けた。


「こりゃあ、また……随分と派手なのが来たな」


「あなたがバルトロ隊長でしょうか」


 女性の玲瓏たる声が、乾いた空気を震わせる。


「おう。そっちは?」


 照れ隠しに首の後ろを撫でながら、バルトロが顎をしゃくった。


「俺は、赤竜カルロ。んでこっちが、俺の愛する嫁さん……」


「んんっ! 魔術師のルクレツィアです。よろしくお願いいたします」


 カルロの場にそぐわない他己紹介に、咳払いを一つすると、ルクレツィアは改めてそういった。


「こっちの兄ちゃん、妙に迫力はあるがなあ。竜ってのは、ちと話を盛り過ぎじゃあねえのか。若いうちはいいが、年取ると恥ずかしさで死にたくなるぜ?」


「隊長! 魔術師さまにたいして、そんな。失礼ですよ!」


 意地の悪い表情でにやつくバルトロを、部下が慌ててたしなめる。

 貴重な魔術師なのだ。ニコラ殿下とも親しくしていると聞いているし、もめごとは避けたい。

 しかし、部下の心の内も知らず、バルトロは話の矛先を彼へと向けた。


「うるせえぞ、トマ。お前も10かそこらの頃、闇の黒竜だとかなんだとか、こっぱずかしい二つ名を自分でつけてたろ?」


「ああああッ!? や、やめてくださいよ! 恥ずかしさで死にたくなります!!」


 思わぬところで飛び火して、部下――トマは顔を真っ赤にして身悶える。

 そんなトマをまじまじと見たカルロは、呆れたように肩をすくめた。


「まあ、お前どう見ても竜じゃなくて、人間だしな」


「いい年して竜を名乗っている、あなたに言われたくないですけどッ!?」


「いや、年は関係ないんじゃね?」


 竜を名乗っていた人間に会うのは初めてだが、二人はこの国で依頼を受け始めてから、何度も似たようなやり取りをしてきた。

 彼らの賑やかなやり取りをひとしきり眺めたあと、ルクレツィアはこれまでの出来事を振り返るように、瞳を伏せる。

 カルロがアルシエロに巨大な城を建てたのは、パメラの入れ知恵によるものだった。

 アルシエロは世界最高の魔術師を得られるし、レッチェアーノも二人がサルダ帝国へ行くよりは、と諦めるだろうとのこと。

 そして、彼女の言った通りになった。

 ニコラはカルロに、アルシエロの宮殿より遠く離れた、無人の荒野を与え、そこに住居を築くことを許したのだ。

 代わりに、二人はたまに依頼を受けて仕事をしている。

 魔術師不足のアルシエロにおいて、転移と捜索が可能で、水も出せる上に戦える彼らは貴重なのだ。


「実力については、おいおいわかるでしょう。それより、急ぎの案件だとお伺いしましたが?」


「そうだな。おい、トマ。いつまでも遊んでんじゃねえ。仕事するぞ、仕事!」


「隊長、それはあまりにも理不尽です!」


「でだ、嬢ちゃんたちは、このだだっ広い砂漠から人を探すのが得意なんだろ? んじゃ早いとこ、この辺に居る人間を探してくれや」


 全身で不満を訴えるトマを、無視してバルトロは話を進める。

 これがいつものやり取りなのか、他の部下たちも素知らぬふりを決め込んでいるようだ。


「……探せますが、誰を探せばいいのですか?」


「人間が居ればまず間違いなく、そいつが救出対象だ。誰かは聞かねえ方が良い。他の隊も探しているが、一応オレたちが本命だ」


「わかりました」


 ルクレツィアは頷いて、捜索のための陣を紡ぐ。

 アルシエロに満ちる魔力はレッチェアーノのそれよりも、ひどく少ないため、大気中の魔力を取り込むという手は使えない。

 陣を発動させるための魔力は、ほぼ自前のものだ。

 体内の魔力ごっそりと持っていかれる感覚に眉を寄せながら、ルクレツィアは巨大な捜索陣を発動させる。


「ほう、こいつァ美しいな」


 砂地を走る銀光に兵たちはしばし見とれた。


「だろ。ルクレツィアはの魔力は天下一品なんだ」


 カルロが誇らしげに笑う。そのまま視線をルクレツィアに移すと、彼は愛おしくてたまらないとでも言うように瞳を細めた。

 彼女もその視線に微笑み返すと、転移魔術陣を紡いで一気に空間を跳躍する。

 砂地から砂地へ。

 銀光が煌めいたのちに彼らは岩場に立っていた。


「おお! 一瞬で移動するとは……こいつが、転移陣というやつか!」


 初めての体験に興奮する兵士たち。

 彼らの目の前には、名状しがたい光景が広がっている。


「おお~い! なれら、ちんを助けに来たのか!? 朕はここだ。早よう、助けい!」


 彼らと同じように、少し離れた岩場にのっている物体がしゃべる。

 丸々とした金色(きんいろ)の何か。それが、岩場の上で跳び跳ねながら、彼らに向かって金色(こんじき)の棒を振っていた。

 どうやら、人であるらしい。


「あれはいったい……なんですの?」


 自然、険しい表情になるルクレツィアに、バルトロが気まずい表情で顎鬚(あごひげ)を撫でる。


「あー。なんだ。あの方を助けるのがオレらの仕事だ。ここいら一帯は砂虫の巣が多いからな、襲われたんだろ」

 

「答えになってません」


 言いながらも、彼女は陣を紡いで周囲の敵を捜索した。


「虫にしては大きなのが一体と、それより小さな生き物が五体ってところか」


「ええ。全て砂地の中を泳ぐように動き回ってます」


 二人の会話に、バルトロが眉を寄せる。


「砂虫の巨大種と砂鮫か……こりゃ、厄介だな。おい、あんたらは下がって」


 ろ、とバルトロが言い切る前に、二人は砂地へ降りていた。

 アルシエロの砂に潜む魔物は、それぞれ縄張りをもっている。

 そして、その縄張りに踏み込んできた人間に食らいつくのだ。

 魔物が泳いでいる砂地に足を付けるなど、自殺行為に等しい愚行である。


「ちっ、これだからよそ者は!」


 二人を追おうと岩場を下りるバルトロが見たのは、想定外の光景だった。


「なんじゃこりゃあッ!?」


 彼の視界の中で、巨大な砂虫が宙を舞った。

 砂に煙る空を泳ぐずんぐりとした巨体を視線で追って、兵士たちがあんぐりと口を開ける。


「ははは。こいつ面白いな。デカい口だけの虫なんて、初めて見た」


 二人を捕食しようと顔を出した砂虫。

 その巨大な虫を、腕力のみで地中から引きずり出し、空へと放ったカルロが笑った。


「案外、皮膚は柔らかそうですわね」


 そして、ルクレツィアが銀の光をはしらせてそれを追撃する。

 転移陣をこれだけ正確に、目のも止まらぬ速さで紡ぐ魔術師など、バルトロはこれまで見たことがなかった。

 そもそも、逃走や要人の警護で重用する転移魔術陣を、戦闘に使用するなどという発想が有り得ない。

 転移魔術陣は空間と空間を繋ぐための、緻密で繊細な陣である。

 紡ぐためには、本来、かなりの時間と集中力を要するのだ。

 一紡ぎで一握りの黄金を得る事ができると言われる、魔術陣。

 戦闘においてもったいないなどと思ったのは、バルトロにとって初めての経験であった。

 彼の視界の中、たおやかな白い拳から繰り出される、暴風の塊が虫の胴体へ無数の穴をあけてゆく。

 ルクレツィアが空中戦を繰り広げている間に、カルロは地中の砂鮫を素手で捕獲しては、岩場に叩きつけていた。


「お、オレの知ってる魔術師と違う……」


 バルトロは呻き、開いた口を閉じるのも忘れてその光景に見入った。

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