第四十九話 ホフレと仮病
屋敷の地下に灯された魔道灯。
薄黄色の光が、闇に浸された怪しげな道具たちを照らしていた。
「まったく、わしから"娘"を奪うなんぞ、いい度胸じゃわい。看取る家族もなく、後のない年よりは怖いんじゃからな。覚悟しておれ!」
いきり立つ老魔術師――ホフレ=リストスキーは、せっせと巨大な何かを生成し続けている。
これは、彼が城から"娘"を比較的平和に奪還するための、魔道具であった。
現在、城の結界はホフレの設計による魔術陣で造られている。
その全てを知り尽くしている彼ならば、無効化するのは容易い。
もちろん、そんなことをすれば彼自身、ただでは済まないだろう。
けれど、ホフレは知的好奇心旺盛な魔術師であると同時に、好戦的で挑戦を好む戦士でもある。
老い先短い我が身を惜しむような気質ではない。
彼にとっては、これまで積み上げてきた名声よりも何よりも、唯一にして最高の弟子。そして、最愛の"娘"であるルクレツィアの未来の方がずっと大事だった。
「なあ、じーさん。あんたが、ホフレ=リストスキーか?」
暗がりに漂う、赤い燐光。一瞬の後に現れた男に、ホフレが攻撃を仕掛ける。
地より生えた、闇色の杭を危なげなく避けて、男は笑った。
「だれじゃッ!?」
「黒い杭か……なるほど。あんたは確かに、ルクレツィアの師匠のようだな。魔力が萎びているが、人にしては悪くない」
場違いなほど無邪気な笑みでそういうと、赤髪金瞳の男は自己紹介をした。
「俺は、カルロ。冒険者ルーシーの相棒にして、求婚者だ!」
カルロはきりっとした顔つきで、どうだとばかりに胸を張る。
「う、うむ……?」
場違いな自己紹介に、ホフレは少々面をくらった。
そういえば、ホフレもアレッサンドロから聞いたことがあったかもしれない。
赤髪の強い魔力を持った男が、新たにルクレツィアの仲間になったようだと。
しかし、この魔力。圧倒的過ぎて、人外の域である。
ホフレの戸惑いなど気にした風もなく、カルロは真面目な表情で告げる。
「ルクレツィアが昨日城に連れて行かれたのは、知っているか?」
「無論じゃ」
「俺は助けに行くつもりだが、あいにく、城のことを良く知らない。見るだけなら見れるんだが、奪還にちょうど良い機会とかがあれば教えてほしいんだ」
「その前に。わしのことは、誰から聞いた?」
「パメラだ」
「ほう。パメラというと、エスターテのパメラ嬢か」
ホフレの脳裏に薔薇色の髪の美女が思い浮かぶ。
魔力こそ持たないが、ありとあらゆる情報を手に入れ、巧みに操る、魔性の女。
ほとんどがエスターテを守るためのものとは言われてはいるが、敵対して破滅したものも多い。
ゆえに彼女は、エスターテの魔女と呼ばれていた。
「そうそう、そのパメラだ。パメラは国を壊したくなくて、俺はルクレツィアを自由にしたい。利害が一致したらしいぜ」
「なるほどなあ。黒幕気取りの令嬢らしいやり口じゃ。しかし、此度の件については、白じゃろうな」
自身の領土のために、力を尽くしてきたというのに、国を竜に破壊されては本末転倒だ。
ルクレツィアが国を去ったところで、パメラにうまみはない。
むしろ、強い冒険者が減ることは損失だと考えるだろう。
顎に手を当ててしばし考え込む、ホフレ。
考えがある程度まとまると、カルロを見上げた。
「事情は分かった。して、どう奪還するつもりかの?」
「俺は竜だぜ? 出来ない事なんてねえって」
へらりと笑うカルロに、ホフレは苦笑する。
「ふむ。であれば、我が弟子が角を折った竜といったところかのう。しかし、竜よ、物事には順序というものがある」
「順序?」
「そうじゃ。まずは王都の結界を全て排除する。それから適した状況で襲撃し、欲しいものを奪うというのが定石じゃわい」
救出というよりは盗賊のような作戦に、突っ込みを入れる者はいない。
しかし王宮から、彼らにとっての唯一無二を奪い返すのだから、あながち間違いでもないのだろう。
「わかった。詳しく教えてくれ。パメラはアンタが敵として現れたら厄介だと言っていたんだが、そっちは大丈夫か?」
「わしももう歳じゃからなあ。最愛の"娘"を失うと知って、倒れたことにするから大丈夫じゃ」
「娘?」
「魔術師としての、じゃな。くれぐれも、口うるさいアレッサンドロに告げ口するでないぞ」
「親が沢山いるなんて、人間はややこしいな」
「それはまあよい。さて、愛する"娘"の自由のため、老骨に鞭うつとするかの。わしは作戦をまとめておく、おぬしはそのあいだに、アレッサンドロに会うてこい」
「アレッサンドロ?」
「おぬしの求婚相手の父親じゃ」
「ああ。パメラも言ってたな。ルクレツィアを自由にするには、そいつに除籍してもらうのが一番だってさ」
言うが早いか、カルロはガブリーニ公爵邸の執務室、アレッサンドロの元へ転移する。
「わしはある程度耐性があるから、だいぶ慣れたがの。――可愛い娘の求婚者がまさかの竜と知れば、アレクのやつ、さぞ驚くじゃろうなあ」
ふぉっふぉ――と楽しげなホフレの笑い声が、うす暗い室内に反響した。




