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第四十八話 カルロの決意

 朝っぱらから酒臭い男たちの笑い声がひびき、乱闘騒ぎもたまに勃発(ぼっぱつ)する、レッチェアーノの冒険者ギルド。

 それはギルドにとっていつもの風景である。しかし、今日は珍しく、酒場の一部に妙に開いている空間があった。

 なぜ空いているのかといえば、人々がその席に近寄りたがらなかったからにほかならない。

 ――ルクレツィアから、姿と見せるなと言われた数日後、カルロは冒険者ギルドの酒場に座っていた。

 人でも殺しかねないほど、深刻な表情で強い魔力を宙に遊ばせている危険人物に絡むなど、自殺しにいくようなものである。

 しかも彼はギルドのA級冒険者であり、あの、『竜殺し』(ルーシー)の相棒なのだ。


「ルーシー……」


 しかも、ときおり呟かれる言葉は、明らかに恋情(れんじょう)をはらんだそれ。

 A級同士の恋愛話なんて、恐ろしくてギルドの荒くれ者たちも、関わりたがらない。

 酒も飲まずに酒場に居座る客など、普段ならば問答無用でただき出す店主も、見ないふりをしていた。


「おい、あんたァ。カルロだったか。こんなところで何してんだ?」


 向かいの席に座ったのは、ずんぐりとした大男。

 大男とはいっても、縦ではなく横に大きい、大岩のような人物――エルモだった。


「なんだ。エルモかー」


「おめェ、ワシの名前覚えてたのか?」


 エルモが小さな瞳をぱちぱちと瞬かせる。

 ルクレツィアしか見えていないと思っていた、カルロの口から自分の名前が出てきたことに、驚きを隠せなかったのだ。


「なんだよ。仲間、なんだろ? 俺は仲間の名前を忘れるほど、頭悪くないぞ」


 大げさな反応に、自身の賢さを馬鹿にされたと思ったのか、カルロは口を尖らせる。

 逆に、エルモは山賊めいた強面を輝かせ、歯をむき出しにすると声を張った。


「そうかィ! そうかィ! ワシらを仲間となあ!」


 ギルド中に響く大声に、他の酔っ払いたちは、迷惑そうに顔を(しか)めた。


「うんうん、そうさな。ワシらは仲間だわいな」


 機嫌よく、大きな口を開いて笑うと、エルモは手にした木杯の酒を一気に流し込む。

 どん、と勢いよくテーブルの上に杯を置くと、彼は豪快(ごうかい)な笑みを浮かべた。


「ほんで、今日はどーしたんだ。兄弟? 浮かない顔しちまってよォ」


 急に馴れ馴れしく肩を叩くエルモに不思議な顔をしつつも、カルロは聞き返す。


「兄弟?」


 耳慣れぬ単語だった。

 首を傾げるカルロに、エルモは(しか)りとばかりに頷く。


「今日からワシが兄で、おめェは弟だ!」


「意味が分からん」


「良いんだよ。弟の面倒を見るのは、兄貴の役目ってもんだ。さァとっとと、悩みを吐きやがれィ!」


 謎の勢いで、ぐいぐい迫ってくるエルモを押し返しながら、カルロはため息交じりに口を開いた。


「ルーシーが……もう二度と、会いに来るなっていうんだ」


 まるでこの世の終わりをみたかのような悲壮な声だった。

 日ごろから仲睦まじい二人の様子を知っているエルモは、ぽかんと口を半開きにする。


「なんだァ? 喧嘩でもしたのか?」


 表情豊かな彼に、カルロは憮然(ぶぜん)とした表情で言い返す。


「俺は別に怒ってない」


「んじゃあ、怒らせたんだな」


 あっさりと、嫌な言葉を口にするエルモを睨むカルロ。


「うるせー! つーか、なんであんなに怒ってんだ? 俺にはわっかんねーし!」


「何を言ったんだ?」


「ルーシーが家族がいるから、結婚したら俺と一緒に旅に出れない。って言ったから、俺が焼き払ってやるって言ったんだ」


「おい! そりゃあ、駄目だろ!」


「なんで?」


「あのなあ。ルーシーは家族を大事にしているから、家族を失いたくないし、彼らに迷惑を掛けたくないんだよ。おめェが、ルーシーを大切に思うように、ルーシーも家族のことを愛してる」


 またその話か。と、カルロは深く息を吐いた。


「……人間は愛の対象が多すぎる」


 竜が愛するのは、己のツガイただ一人だというのに。

 溜息を吐いて頬杖をつくカルロの肩をエルモがぽんと叩く。


「でも、お前さんはその人間を、好きになっちまったんだろ?」


「むう……」


「じゃあ、多少は譲歩(じょうほ)しなきゃな」


 不出来な弟を(なだ)めるようにエルモが言った。

 全て知ったかのような口ぶりに、カルロも言葉を返さずにはいられない。


「でも、もう会わないと言われた。譲歩もなにもないだろ。俺はちゃんと好きだって伝えたのに、ルーシーはただ怒るばかりだ」


「まァそりゃあ、あの子にゃ婚約者がいるからなあ」


「どうして愛してもいないものとケッコンするんだ?」


「ううむ。そいつァワシにはちっと難しいな。ルーシーは普通の人間じゃないんだ」


「ルーシーが特別なのはわかっている」


「いいや。わかっていない。あの子の結婚相手は……この国の時期国王だ。本来ならばワシらが声をかけることも許されないお人さ」


「仲間なのに?」


「仲間だからこそ、だ。ワシらは仲間の大切の思っているものを、粗末に扱ったりはしない。真なる愛とは、相手の大切にしているものを尊重してこそだってんだ!」


 愛するものを大切にするのは分かる。

 けれどそれでは、顔を見せるなと言われたカルロはどうなる。

 カルロはしゅんと肩を落として、視線を下げた。


「……それなら、俺は、ルーシーに嫌われたのか?」


「そうじゃないだろ! 寧ろ好いているからこそ、その手を取って逃げてしまわねェように、遠ざけたんだろうがよォ」


 愛する故に遠ざけるとは、絶対的な強者である竜にはない発想だった。

 カルロはもう一度深くため息をつく。


「人間ってのは、随分と面倒な生き物なんだな」


「これに関しては、ワシもそう思う」


 エルモは空になった木杯を手に、店主の元へ行くと、今度は杯を二つ持って戻ってきた。


「まあ、今日はワシのおごりだ。少し飲んで、気を楽にしろ」


 最初の勢いとは異なり、ちびちびと酒を(すす)る男二人組。

 そのどこか哀愁(あいしゅう)(ただよ)う二人組へ近づく優美な人影があった。

 薄汚れた町娘の服を身にまとっていても、気品を感じさせる娘である。

 下働き用の頭布から、薔薇色の髪が一房零れ落ちていた。


「じきに日も暮れるとはいえ、昼間から酒浸りとは。呆れて言葉も出てきませんわね」


「お前は……」


 カルロが口元に指先を当てる。


「だれだ?」


「パメラ! エスターテのパメラですわ! 忘れたとは言わせませんわよ!?」


「ああ。あの、海竜の」


「そう。その時の借りを返しに参りましたわ。……お仲間には悪いですが、少し外へ出て貰ってもよろしくて?」


「……どうにも、きな臭せェな。とりあえず、行ってきたらどうだ。ワシァ耳が良い。助けが必要なときは、駆けつけらァな」


軽く手をふるエルモへうなづくとカルロは木杯を置いて立ち上がる。


「わかった」


 そうしてそのまま、パメラの後ろに従って、彼は冒険者ギルドを出た。

 二人で並んで、人気の少ない路地裏へと向かう。

 第三区画にある、開店前の酒場の裏路地。

 そこで足を止めて、パメラはふり返った。


「わたくしにはどうでもいい情報なんですけれどもね。あなた方には、重要な情報ではないかと思いまして」


 もったいぶって前置きすると、パメラは一つ咳払いして、言葉を紡いだ。


「冒険者ルーシーこと、ルクレツィア=ガブリーニが、英雄ティート=バドエル暗殺の容疑で裁かれるそうです」


「……どういうことだ。英雄とかそういうのはよくわかんねーけど、ルクレツィアが裁かれるってのは穏やかじゃないな。それは、本当なのか?」


「貴方が神話の存在であることは存じております。神に近しき存在に偽りを告げるほど、わたくしは愚かではございません。もっとも、あなたが信じないというのなら、この話はここで終わりですけれど」


「わかった。だから、続きを聞かせろ」


「表向きは学園の護るべき弱者を理不尽に(しいた)げた罪で裁かれるそうですが、ティート=バドエルは国王と何やら重要な研究をしていたようです」


 一息に言って、パメラはさらに言葉を続ける。


「彼の手記に、ルクレツィアさまから脅されており、脅威を感じているとの記述が残っていたそうです。そしてこれ以上、学園の生徒たちや自身の研究を脅かされないためにも、国外へ追放すべきだという告発文が届けられた数日後、彼は行方不明となりました」


「それはいつの話だ?」


「大事なのは、今日の夕刻、彼女が王城へと連行されるということです。公爵令嬢を裁くのならば、間違いがあっては許されません」


 いったん言葉を切って、目の前の竜を刺激しないように、続きを慎重に紡ぐ。


「裁くと決められた以上、それ相応の罰が下されます。処刑か、幽閉か国外追放か……わたくしにはわかりませんけれど」


「おい、ちょっとまて。処刑って、なんだよ。ルクレツィアが殺されるってことか!? それなら今すぐ助けに行かないと!」


 すぐにでも城へ突撃しかねないカルロをパメラが慌てて引き留める。


「お待ちください! どうやって助けるおつもりですか!?」


「あ? んなの、人の作った城とやらをブチ壊せばすむ話だろ? 連行される場所がなければ、解決だ!」


 話している時間も惜しいと声を荒げる青年。パメラはその苛烈(かれつ)な視線を受けて、全身に鳥肌が立った。


「……本気ですか?」


「俺は本気だ」


 パメラの望みは国と領地の平穏だ。だからこそ、こんな手間をかけ、危険を冒して世話を焼いている。

 竜が本気で暴れれば、国が滅びかねない。

 それだけは避けたい。パメラはカルロを思いとどまらせるべく、言葉を紡ぐ。


「城を全壊させて逃亡すれば、あなたはともかく、ルクレツィアさまも彼女の家族もただでは済みませんわよ」


「うっ……そうなったら、ルーシーは怒ると思うか?」


「おそらく、怒り狂うでしょうね」


「ルーシーは助けたいけど、俺がルーシーに殺されたらどのみちこの国は吹っ飛ぶしなあ」


「彼女は、竜であるあなたよりも強いのですか?」


「俺に彼女は殺せない。それなら、俺が殺されるより他ないんじゃね?」


「のろけは結構です! それより、わたくしはこの国が吹き飛ばされるような事態を避けたいのです」


「いざとなったら、俺は誰が何と言おうとルーシーを助けるぞ」


「たとえ彼女に憎まれても、ですか?」


 挑むようなパメラの瞳に、黙り込むカルロ。彼は、はっと顔を上げると、燃える炎のような魔力を辺りに巡らせた。


「ちょっと! 話はまだ終わっておりませんわよ!?」


「すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってろ」


 言い残して、カルロは路地裏から姿を消した。

 彼が消える直前に感じたのは、膨大で不安定な、月の魔力。

 ルクレツィアの魔力を感じ、カルロは慌ててアウトゥンノに転移した。

 開けた荒れ野で彼女の姿を見つけても、彼はあえて声をかけず、その背を見守る。

 激しい怒りと悲しみの中で慟哭(どうこく)するルクレツィアの傍に行きたいと思った。

 けれど、彼女はそれを望まないだろう。

 彼女は竜種と近しく、気位が高い。

 なればこそ、彼は彼女が自力で立ち上がるのを見ていることしかできない。

 夕日に照らされて、流れる彼女の涙はひどく美しく、カルロはその涙をすくおうと動く足を、手を、必死でその場に留めた。

 そうして、自力で泣きやみ、夕闇の中に消えてゆく彼女の後姿を見送って、カルロもパメラの元へ戻る。


「またせたな」


「きゃあ!? いきなり現れないでくださいまし!」


 日が落ちかけた裏路地で、律儀(りちぎ)に待ち続けていたパメラへ、カルロは不敵な笑みを向けた。


「ルーシーは歩む道を決めたらしい。だから、俺も決めた」


「なにを決めたというのです?」


「例えルーシー……いや、ルクレツィアに憎まれようと俺は彼女を連れだす。守り抜かなければならないから、殺されてやることはできないけど、それ以外であればなんだって受け入れる」


 金の瞳に強い意志の炎を灯してカルロは告げる。

 何にもとらわれず、自由に生きてきたカルロ。

 けれど、その自由を手放してまでも、叶えたい望みができてしまった。

 今はただ、彼女を救いたい。それだけが、彼の望みだ。


「竜というのは、ずいぶんと健気ですのね。そういうの、嫌いじゃないわ。あなたが望むのなら、わたくしが知恵を貸してあげてもよろしくてよ」


「ふうん? けどなあ、あんたとルクレツィアは仲悪くなかったっけ?」


 カルロのもっともな疑問に、パメラは肩をすくめて答えた。


「何度も言っているように、ルクレツィアさまのためではなくて、国のためです。人に恋する愚かな竜に、愛する我が国を滅ぼされてはたまりませんからね」


 言いながら、パメラはつんと(あご)を逸らしてカルロを見上げる。


「それに、わたくし、他人の恋愛は幸福な結末を好みますの。ですから、このわたくし、エスターテのパメラがその恋、叶えてさしあげますわ」


 どこまでも高慢な態度で、薔薇色の髪の美女は(あで)やかに微笑んだ。


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