第四十三話 アルシエロ4
――赤茶けた岩に囲まれた洞窟。それが鉱脈の印象だった。
街の奥に続く道を行くと、開けた広場がある。
広場に先にある、巨大な岩山がいくつも集まった場所、それがアルシエロ唯一の魔石鉱脈。
アルシエロの魔石は数こそ少ないが、質や純度は高く、他国で産出されるものの数倍で取引される。
国にとって重大な財源である鉱脈の入り口は、今や岩で木の板や岩で塞がれており、中には怪物たちがひしめいているらしい。
「指示は聞いてますが、本当にここを開くのですか?」
入り口に人が近づかないよう警備していた兵士が尋ねる。
彼らは、頭部や首筋を日差しや砂から護るためか、全身をゆったりとした布で隠した衣服をまとっており、腰には三日月状にまがった短剣を下げていた。
「開けない事には、調査できないでしょう。それで、どんな怪物なんですか?」
ルクレツィアが問う。
年若く美しい冒険者に戸惑いつつも、兵士は口を開いた。
「一見蜘蛛のようなんだが……人の子供くらいの大きさで、ここで取れる魔石によく似た青色をしている。そして、石のように固く、剣では歯が立たない」
「石とは珍しい。魔獣と鬼の特徴を兼ね備えていますね」
ジャンの言葉に、イレーネが頷いた。
生物が魔力を取り込んで、巨大化あるいは、特異な能力を獲得したのが魔獣。
非生物や生物が魔力を取り込んで、原型を無くすほどに変質し、人へ害をなす存在となったのが鬼。
レッチェアーノでは、そう区別している。
どちらも魔力を溜めこんだ魔核があり、破壊すると絶命する。
魔獣の魔核は心臓で、鬼の魔核は個体によって違うのだ。
蜘蛛のようだというと魔獣のようだが、魔石に似た外見ということは、鬼の可能性もある。
「開いたとたんに襲って来る可能性がある。警戒を怠るな」
ルクレツィアはイレーネの視線に促されて陣を紡ぐ。
嫣然とした笑みを刻む唇。そこから流れでる清廉な魔力の光に照らされて、兵士はため息を漏らした。
「これは、随分と美しい。レッチェアーノの魔術師というのは、皆こうなんですか?」
「彼女は、特別だ」
鉱脈にひしめく怪物とやらを透かし見ながら、カルロが言って、ルクレツィアへと視線を向ける。
彼女は、空ける穴の大きさを調節し、衝撃で洞窟を潰さないように丁寧に陣を紡いでいた。
「奥に小さいのが、うじゃうじゃいるぞ。開けずとも、俺が焼き払ってやろう」
精悍な横顔に好戦的な表情を浮かべるカルロ。
ルクレツィアは気持ちはありがたいですが、と前置きして陣を紡ぎながら返事をした。
「派手にやり過ぎると、鉱脈が崩れる可能性があります。入り口までできるだけ誘い出してから、殲滅し、残りを狩る方が鉱脈の損傷も少ないでしょう」
陣を紡ぎながら、言葉も紡いで見せるというのは、彼女ならではの器用さ。
粛々と、緻密な図形を編み上げるルクレツィアに自称サウロ王子は、感嘆の声を上げた。
「魔術にはとんと縁がないのだが、それでもわかる。まだ年若いというのに、実に見事だ」
かみしめるように言って、砂色の髪の男はカッと目を見開く。
「はッ! まさか、お嬢さん、君の血縁に角を生やした大男はいないか!?」
男にとんでもない質問をぶつけられて、ルクレツィアの陣が僅かに歪んだ。
「い、ま、せ、ん!!」
慌てて修正しながら、彼女は拳を握りしめる。
相も変わらず、何という失礼な男だろう!
よりにもよって、角の噂だけ取り上げるとは!
「そやつのあだ名は竜殺しだったりはしないか!?」
どんなあだ名だ。
というか、あだ名でいいのか。
彼女に突っ込む余裕は、無い。
「し、ま、せ、んーッ!!」
答えながら、ルクレツィアが気合で陣を発動させると銀光が眩く煌めいた。
同時に、岩の吹き飛ぶ派手な音と、土ぼこりがあがる。
彼女の陣により、鉱山の入り口には、大人三人が並んで通れるほどの穴が開いていた。
赤茶色の岩にぽっかりと空いた先の見えない黒い穴。
イレーネ達五人は視線を交わしあい、襲撃に備えた。
「怪物どもめ。来ないのならば、こちらから行くぞ!」
ただ一人、全身に闘気を滾らせた男が、ざっと土煙を上げて洞窟へ突撃する。
手にした大剣は、狭い洞窟内の戦闘は向かないだろう。
しかし、そんなことなど些事であるとばかりに、勇猛果敢な雄たけびをあげる男の背中。
「オオオオオオォォォ――ッ!」
勇ましい男の背と雄たけびに、ルクレツィアは再び嫌な予感がした。
洞窟へ飛び込んだ男の背中は、一瞬の後、闇に消えてしまう。
唐突過ぎる消失。
「えっ?」
それは誰の声だったか。
誰が何度見なおしても、男の姿は見えない。
野太い叫び声が徐々に遠ざかってゆく。
一行が入口を覗き込むと、そこには大人の男が一人、ちょうど通り抜けられそうな落し穴が開いていた。
足場がもろくなっていたのだろう。
そこへ、筋骨逞しい大男の体重がかかって、崩落したようだ。
「なんと、ここは魔物だらけではないか! 腕が鳴るぞオオオォォッ!! フッ、フハハハハハ――ッ!」
覗き込んだ穴の下から、楽しげな笑い声が反響するのが聞こえる。
楽しそうでなによりだ。一行は再び視線を交わしあって、一つ頷いた。
「さて。アタシらもやるべきことをやろう」
「ちょっと待ってください! 彼はッ!? 仲間を助けなくていいんですか!?」
驚く兵士にルクレツィアはきりっとした顔で頷いた。
「彼なら大丈夫です」
なにせ、海竜の腹から生還した男だ。
どんな苦難に会おうとしぶとく生き残り、死の淵から高笑いと共に舞い戻る不死身の男。そんな気がした。
「――それに、助けている余裕はなさそうです」
「くるぞ」
カルロが言うが早いか、鉱脈の奥より、蠢く闇が迫りくる。
ざわりと蠢く影は、巨大な異形の怪物だった。
節くれだった長い脚と丸い胴体は、兵士の言うように、蜘蛛を連想させる。
問題は数だった。
「10……いや、もっといるな」
言いながらイレーネは大槌を振り上げる。
切れないならば潰してしまえと言うことらしい。
「関節部分は細いので、そこをつけば足を落せそうです」
ジャンが隙なく細剣を構えた。
「んな器用なことできるかよォ!」
エルモはいつものように大斧を振り回して、石蜘蛛を岩へと叩きつける。
洞窟から溢れる蜘蛛たちの一部は、件の落とし穴へいくらか落ちているようだ。
「ぬうん! 上から不意打ちとは卑怯な!? だが、その程度で我に勝とうなどと、千年早いッ! 無駄無駄無駄無駄アアァァァ――ッ」
フハハハハッ! と元気な哄笑が、下から聞こえてくる。
地下では熱い戦闘が繰り広げられているようだ。
ときおり聞こえてくるやんちゃなはしゃぎ声を背景に、ルクレツィアは陣を紡ぐ。
入り口から離れ、街に向かおうとする五つの石蜘蛛。
それらに向けて即座に紡いだ発動すると、煌めく銀光とともに炎の杭が現れ、蜘蛛たちを串刺しにした。
「取りこぼした敵は、わたくしが片づけます」
さらりと銀髪が風に流れる。
カルロは彼女に見とれつつも、気を取り直して蜘蛛たちに向き直った。
「狭いところで、ちまちま戦うのって性に合わねぇけど、硝子質の魔石っぽくて面白いな」
言いながら笑って、蜘蛛の群れに歩み寄るとおもむろに足を上げて、そのまま踏み下ろす。
一瞬の破裂音の後、石蜘蛛は砕け散った。
子供が無邪気に落ち葉を踏み荒らす様に、カルロは次から次へと石蜘蛛を踏み砕く。
彼の歩いた後には、小さな円形の窪地と石蜘蛛たちの残骸が残された。
「レッチェアーノは、化け物揃いか……!」
多くの犠牲が出た怪物を、こうも容易く討伐するとは。
特に、あの赤髪の男だ。足で化け物を踏み潰すとは、規格外もいいところ。
他の三人もだが、彼は別格だ。とても人間とは思えない。
化け物より化け物じみた、レッチェアーノの恐るべき冒険者たちに戦慄し、後方へと下がる兵士。
その姿を確認して、ルクレツィアは20の陣を一気に展開する。
発動したそれはさながら、いくつもの赤い剣が地より生えてきたようであった。
荒野の大地に生えた赤い剣は、寸分たがわず、石蜘蛛の魔核を貫く。
一瞬の後に20の怪物を殲滅し、一人立つ彼女の姿は仲間たちの肌をも震わせた。
「相変わらず、ど派手だな」
足を止めることなく、陣を器用に避けたイレーネが楽しげに笑う。
「イレーネさまも、派手ですよ!」
並走するジャンがイレーネの笑顔にきらきらと瞳を輝かせながら、親指を立てた。
「それは、褒めているのか?」
「もちろんです!」
灰色の髪から覗く獰猛な笑み。
彼女に見惚れつつも、振るわれる槌を器用に避け、ジャンが細剣で石蜘蛛の足を落した。
「イレーネさま!」
「まかせろ」
足を一つ失って均衡を崩す怪物。
イレーネはそれを見逃さず、大槌を豪快に振り回して怪物を叩き潰す。
「派手な槌使いも、大変眼福です!」
「そうかい。見たけりゃもっと足を落せ」
「了解です! 全部落して、丸裸にしてやりましょうか!?」
「一本で良い。――それで、十分だ」
「し……しびれるッ……イレーネさまが格好良すぎて、どうしていいかわからないのですが! 私はどうしたらいいのでしょう!?」
「仕事しろ」
槌を振り回す合間に、イレーネが悶えるジャンを蹴りつけた。
いつものように軽口をたたきながら、二人は手を休めることなく、狩りを続ける。
「ワシらも負けちゃあいられんわい!」
エルモが大斧を振り下ろすと、石蜘蛛が地面と斧の間でひしゃげた。
彼の大斧の範囲にある蜘蛛たちが、あっという間に蹴散らされて行く。
砂嵐のように荒々しい戦い方だった。
彼らの少し後ろ、広場の中央に立つ二人はというと――。
「ルーシーは本当に格好いいよなあ。俺もマネしていい?」
次から次へと繰り出される、ルクレツィアの炎の杭に瞳を輝かせるカルロ。
無邪気な笑顔で問うてくる彼に、ルクレツィアが釘をさす。
「仲間を串刺しにしないと誓うならば、かまいません」
「ははは、ルーシーは相変わらず手厳しいな」
軽く笑いながら、石蜘蛛を踏み続けるカルロの姿は、いつもながら彼女の言葉を理解しているのか不安にさせる。
「笑い事じゃあないんですけれど!? 石の魔物と一緒に、仲間まで殲滅しないでくださいね!」
竜と人間の感覚の違いを知ったルクレツィアの言葉は、自然ときつくなる。
しかし、カルロはそれすら可愛いと言わんばかりに眦を下げた。
「わかってるってー。だからこうして踏み潰してんだろ? そう怒るな」
「怒ってません!」
「うんうん、それもわかってる。本当は一気に燃やす方が好みだが、まぁこういう遊びも悪くない」
お花畑で散策するような呑気な会話。
けれど、二人を取り囲むのは可憐な花畑ではなく、凶暴な魔物の残骸である。
少し離れたところで彼らを見守る兵士は、緊張感のなさに眉をひそめるも、彼のすぐ隣に生えた赤い杭に腰を抜かした。
杭は忍び寄っていた石蜘蛛を貫き、その熱気で砂を溶かす。
ちり、と髪の焦げる臭いが鼻をつき、兵士の全身に鳥肌が立った。
「もう少し下がった方がよろしいのでは?」
艶やかに微笑む美貌の魔術師が、兵士に声をかける。
レッチェアーノの冒険者たちはふざけているわけではない。
この程度の討伐は、彼らにとってなんら特別ではない、日常のことなのだ。
「なんてやつらだ」
魔術師というもの見たさに、今日の見張りを買って出た時の自分を殴りつけてやりたい。兵士はそう思った。
それと同時に、この、圧倒的な戦況に心を躍らせる自分がいる事も否定できなかった。
この国の一兵士として、他国の凄腕の冒険者と肩を並べて怪物が退治できたなら、どんなに誇らしいことだろう。
我知らず、己の腰から剣を取り、構える兵士。そちらをちらりとかえりみて、ルクレツィアは微笑んだ。
「――アルシエロの兵士にも、気骨のある方がいらっしゃるようですわね。こちらで支援しますので、存分になさってくださいな」
高慢すら華とする彼女の笑みに後押しされて、兵士はその一歩を踏み出した。




