第三十八話 アウトゥンノ3
「まったく! カルロのお蔭で後始末に苦労しそうですわね」
ため息をつきながら、死体の首を一気に十数個ほど落すルクレツィア。
「そう言うなって。久々に体を動かしたいと思っていたところなんだ」
地に転がった首と胴体を燃やしながら、カルロは朗らかに笑った。
「やってしまったものは致し方ありません。後の事はわたくしが何とかいたします。運動をご希望なら存分にどうぞ」
言いながら、ルクレツィアは前方を指し示した。
「ごらんのとおり、死体は列をなして待ち構えております。馬車馬のごとくこき使って差し上げましてよ!」
「了解。俺の魔力が火を吹くぜ!」
「調子に乗って、口から吹かないでくださいね」
「わーってるってー!」
馬車馬とやらがよく分からなかったが、カルロはルクレツィアとともに地を駆けることが好きだった。
……何だかんだで、彼女とのやり取りは、心地よく、カルロの気持ちを浮き立たせる。
青年の背後に迫る敵を少女が一掃し、少女の足を掴もうと這い寄る敵を青年が消し炭に。
いつの間にか、二人は互いの背を護り、寄り添うように並走しながら戦っていた。
「おっと、ルーシー! 転ぶなよ!」
「転んだくらいで、死ぬようなわたくしではございません!」
足を取られる少女の手を引いて、青年は彼女の体をくるりと一回転させる。
さながら、舞踏のようであった。
回転させられた少女は、ついでとばかりに、掌から魔力光線を放出しながら回転する。
「うおーッ、それもかっこいい! なんかもう、ルーシー持ちながら戦った方が早くね?」
「わたくしは、武器ではなくてよ!?」
「はいはい。それも、わかってるってー!」
ひ弱で、竜からしたら取るに足らない存在だと思っていた人間が、これほどの強さと面白さを備えているとは。
カルロにとっては素晴らしい発見だった。
強靭な鱗も鋭い爪ももたぬ少女が、傷を負うことを恐れずに、勇猛果敢に敵へ向かってゆく。
その姿は、強さと気高さを重んじる竜の誇りに通じるものがあった。
か弱い生き物として案じる一方で、ルーシーという人間と肩を並べて戦う喜び。
二つの矛盾した感情が、カルロの中で湧き上がってはなじむように溶けてゆく。
そこらじゅうに腐った死体が転がる廃村内で、軽口をたたき合いながら共闘する二人は、遠目だときゃっきゃうふふと戯れているようにも見えた。
「遊ぶなとはいわねェが、もちったァ真面目に仕事してくれィ」
一人孤独に斧を振うエルモが、冗談交じりにぼやく。
「たしかに。狩りに夢中なイレーネさまを見習うべきだよね」
通り抜けざまに同意していくジャンの背中に、エルモは突っ込まずにはいられなかった。
「いや、おめえがいうな!」
ジャンはと言えば相変わらずである。彼はイレーネの戦闘を最良の位置で観戦すべく、位置取りに気を付けながら邪魔な個体を片付けていた。
まとまりがあるのかないのかわからない五人組。
彼らが夢中になって戦っていると、いつの間にか、山の向こうより茜色の朝日が上り始めていた。
差し込む朝日に、それまで地で蠢いていた死体たちが一気に燃え上がる。
そうして、空気に溶けて跡形もなく消え去った。
五人がさんざん暴れまわったせいで廃村は、ほぼ壊滅状態だった。
「いやー、楽しかったな!」
満面の笑みでカルロが言って、首をかしげる。
「そういや、あれは片付けないのか? あんたらが要らないなら、俺がもらうけど」
「あれ、とは……いったい、なんのことですか?」
「ここに埋葬された死者たちの『死』を封じ込めた魔道具のことだって。人にしては上手く隠してあるよなー。あれがここに残っている限り、ヤツらは何度でも戻ってくるぞ」
かみ合わない会話にぱちぱちと瞬きしつつ、カルロは村の隅にある古井戸を指さした。
すっかり土に埋まってしまっている古井戸には、土以外のものも埋まっているようだ。
「――それを早く言ってくださいッ!!」
思わず叫ぶ少女に、青年はへらりと笑う。
「え。いや、そういう遊びなのかなあと」
「そんなわけあるかァッ!」
エルモが思わず斧を振り回して突っ込む。
三人が言い合っている間に、イレーネとジャンは古井戸の中を掘り起こして、古びた鉄のランプを見つけた。
火が灯っているはずの内部には、銀色の光の球が浮かんでいる。
「魔道具とは、これのことか?」
イレーネが掲げたランプをちらりと見やってカルロは頷く。
「うん? ああ、そいつだな。一定範囲内の死者の『死』を封じて、運動を楽しむんだろ? たまにはこういうのも、悪くないな」
「……こいつは人の手に負える代物じゃないね」
言い捨てて、イレーネはランプを地面に叩きつける。
そして、その残骸を踏みつけた。
金属の持ち手が折れ曲がり、ガラスが砕け散る。
砕けた硝子の中から零れた銀の光。
それは薄くもたなびく明けの空をふわりと舞って、ルクレツィアの胸へと吸い込まれた。
「えっ?」
幻想的な光景に見惚れていた一同の視線が少女へと集まる。
ルクレツィアはというと、己が体の中に満ちた月の魔力を感じて、どこか懐かしい気分になった。
強くて美しくて、触れがたいほど純粋な魔力――いつか、どこかで……。
「それ、ルーシーの魔力に近いけど、違うよな。俺の角の時といい、そんなに魔力を拾い食いして大丈夫か?」
沈んでいく意識を引き戻されて、ルクレツィアはカルロを見上げる。
「わたくしが意地汚いみたいな言い方はよしてください!」
ぷうと頬を膨らませ、そっぽを向くルクレツィア。
そうして、自身の中に満ちる魔力を探ると、彼女は小さくうなった。
「ううん。でも、確かに、わたくしはこの魔力を知っているような気がします。おかしいですわよね。レッチェアーノで現在、月の魔力をもつのは、わたくしだけですのに」
「そうなのか? んー? 俺にもよく分からん」
どこまでもゆるい調子のカルロに、少女の緊張もほぐれる。
分からないことをいつまで考えても仕方がない。
上がっていた肩の力が抜けると、自然とあくびが出た。
全身に降りてくる程よい疲労感と眠気。少し熱をもった体を労うように、ひんやりとした風が体を撫でて通り過ぎる。
「そうですわね。長いような短いような……とても、密度の濃い夜でした。今は少し、こうして休みたいです」
ルクレツィアは枯れ井戸にもたれかかって、ぺたりと地面に座り込む。
湿った土が、布越しにその温度を伝えてきた。
「なんだよ、ルーシー。急にどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
その隣にしゃがみこんで、カルロが彼女の顔色を覗き込む。
カルロの眉はしゅんと下がり、少女の態度の変化に戸惑っているようであった。
「いいえ。カルロ。少し、休みたいだけです」
目を閉じて深呼吸を一つ。帰還用の転移魔術陣を紡ぐどころか、そのまま落ちていきそうになる意識を繋ぎ止めるので、精いっぱいだった。
カルロも少女をまねるように隣へ腰をかけ、瞳を閉じた。
「風が気持ちいいな」
「そうですね」
すっかり休止状態になっている二人につられるように、イレーネ達も、地面に腰を下ろす。
ジャンだけは、疲れた体をものともせず、すっくと立ち上がった。
そして、何とか無事だった荷物中から道具を取り出し、火を起こすと甲斐甲斐しくも飲み物の準備を始める。
きっとイレーネのために、温かい飲み物を準備しようとしているのだろう。
普段の言動に目をつぶれば、本当に健気で有能な男であった。
ぱちぱちと乾いた木が爆ぜる音を聞きながら、五人で夜明けの茶を飲む。
ゆっくりと上がってくる朝日に目を細め、イレーネがにやりと笑う。
「さァ、王都に帰る前に話してもらうぞ。――その男はいったい、なんなんだ?」
ついに向けられたその言葉に、ルクレツィアはごくりと喉を鳴らした。
「聞いたら、あなたも責を負うことになりかねませんよ」
「責だと? 誰にものを言っている?」
イレーネは鼻を鳴らして、歯をむき出しにした獰猛な笑みを浮かべた。
「その程度で、怯むくらいなら最初から聞きやしない。ルーシー、お前はアタシの仲間だ。アタシにとって、仲間ってのは、咎も責もともに背負う覚悟がある者のことさ」
自分は覚悟している。でも、お前はどうだ?
そう、尋ねられているかのよう。
少女の体に鳥肌が立ち、イレーネの覇気に押されるように体が震えた。
「――カルロは、わたくしが角を折った赤竜です」
一歩を踏み出したら、もう後には引けない。
ルクレツィアはこれまでの経緯すべてを仲間たちに話した。
「赤竜……イレーネさま、これは、国に報告しなければ……」
想定外の答えにジャンが進言するも、イレーネは首を横に振る。
「やめろ、ジャン。国が滅ぶぞ」
ひどく重たい一言に、ジャンは口をつぐんだ。
国のために報告するのに、その国が滅ぼされては、本末転倒だ。
「すみません。やはり、話すべきではありませんでしたね」
俯くルクレツィアの肩を、エルモが軽くたたく。
「あやまんなってェ! 教えろっつったのはワシらだ。まさか、竜が人になるなんてなァ。驚いたが、まあ、納得もした」
舌に沁みるほど熱い茶を啜りながら、五人はしばし無言で朝日を眺めた。
茶から上る湯気は冷やされて、白く立ちのぼると空気に溶けてゆく。
「赤竜、カルロ」
長い沈黙の後、イレーネが口を開く。
カルロに呼びかけながらも、昇りゆく朝日に視線を向けたまま、彼女は問いかける。
「ん?」
カルロも同様に、ルクレツィアの横でまどろむように茶を啜りながら、短く応じた。
「一つ聞かせてくれ」
「なんだ」
「お前は――この国を、滅ぼすか?」
淡々とした問いかけに、空気が一瞬緊張をはらむ。
その圧迫感をものともせず、カルロは小さく笑った。
「俺は脆弱な生き物には、あまり興味がなくてな。最初は角を返してもらうために、ルーシーと行動を共にしていたんだ。だが……まあ、人の世界というのもそう悪くない。今はそう思っている」
だからお前のそれは杞憂だ、とでも言っているかのようだった。
笑いを含んだ赤竜の声音にイレーネも笑みを浮かべる。
「そうか。なら、いい。……此度の件に、手を貸してくれたことを感謝する」
それは、少女が初めて仲間として迎えられたときにみせた笑みとよく似ていた。
「あんたのためじゃないけど、まあ、礼は受け取っといてやるよ。そんじゃ、俺も少し寝るわ」
あっけらかんとしたカルロの態度に笑みを深くして、イレーネも少し目を閉じる。
ジャンはめったに見れない、イレーネの寛いだ姿に釘付けだ。彼には眠気など、全くもって問題ではないらしい。
ルクレツィアはというと、カルロの隣でうつらうつらと舟をこいでいる。
エルモは豪快に、ばたりと地面に横たわった。
千切れそうに細い糸を、引っ張り合う様な緊張感が、ゆるりと和らいでゆく。
会話が無くなると、村の中を静寂が満たした。
目の前で爆ぜる火の粉と音と、遠くでかさかさと風に揺らされる木の葉の音が、彼らの耳を優しくくすぐる。
危機は去り、仕事は無事終了。そして、新しい仲間も迎えた。
五人の冒険者たちは、紅の葉をより鮮やかに染め上げる朝焼けの中、つかの間の休息――あたたかで、忘れがたい風景をともにしたのだった。




