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第三十二話 ギルドへの報告

三十~三十一話は短編の内容をそのまま持ってきている部分もあるので、本日のみ、三回更新です。


2016.7.8 18:00 更新三回目。

「んじゃ、俺は行くけど、何かあればいつでも『呼んで』くれよな。あんたは一応、俺の大事な命の恩人なんだし」


 冗談めかした軽い口調でそういうと、カルロは四人に背を向け、のんびりと山道を下ってゆく。


「ええ。それではまたいづれ」


 ルクレツィアはその背に向かって、言葉をかけた。

 事情を知らないイレーネ達と一緒に、カルロを連れて五人でレッチェアーノに戻るわけにもいかない。

 そんなことをすれば、流石に他の三人から追及を受けることになるだろう。

 そこで、二人はいったん別れ、後ほど合流することにした。


「まずはミルトーネのギルドへ報告した方が良いのでしょうか?」


「いや、アタシらに依頼したのは、あくまでレッチェアーノのギルドだ。あちらに先に報告を入れた方が良いだろう。後はギルドや国同士で良いようにするさ」


 こうして四人は出発して数時間も立たないうちに、レッチェアーノへ戻ることとなった。


「なんだ、やけに早ぇ帰還だなァ?」


 受付の大柄な男が、机に肘をつき、いぶかしげな表情で尋ねる。

 いくら偵察とはいえ、戻るのが速すぎた。

 適当な仕事をされては困ると、肩をいからせる男にイレーネが言葉を返す。


「仕事済ませて帰ってきたってのに、随分なご挨拶だな」


 にやにやと性質の悪い笑みを浮かべながら、彼女は受付の男へゆっくりと歩み寄る。

 剣呑な雰囲気をまとった隻眼の猛女に詰め寄られ、男は慌てて両手を上げると、降参の意を示した。


「まあ待てよ。悪かったって。んで、結局なんだったんだ? ミルトーネの怪物とやらは」


「アタシらは見てねえ。知りたけりゃ、ルーシーに教えてもらいな」


「あぁ? どういうことだよ」


「どうもこうもない。ルーシーが単独で件の怪物を撃退したのさ」


 いつの間に髪を染めたのか、見事な黄金色の髪に変わっている少女に、ギルド中の視線が釘付けになった。

 みんなミルトーネの怪物のことは気にかかっていたのだ。

 自分が受けたくはないが、噂の怪物の正体は気になっていた、と言ったところだろう。


「はあっ!? そいつァ、本当かい? 嬢ちゃん」


 がたがたと受付の机をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がり、身を乗り出してくる男。

 その勢いに戸惑いつつも、ルクレツィアは首を縦に振った。


「え、ええ。怪物は赤竜でした。魔物の巨大種なんかではなく、正真正銘の竜です。遠に絶滅したはずの幻想種ならば、ミルトーネが苦戦したのも頷けます」


「で、そいつを嬢ちゃんが退治したって? 嬢ちゃんが、竜を……えぇ?」


 神話の生き物として語られる竜種。

 すでに絶滅したはずの生物がミルトーネの怪物の正体であり、それを倒したのが齢13の小さな少女などと、どう報告したものか。

 ギルド内では少女のことを侮る連中は減りつつある。しかしそれでも、伝説の幻想種である竜を撃退したなどという話は、到底信じられない。

 ましてや、こんなことを馬鹿正直に報告書に書いて、国に提出するなど狂気の沙汰だった。

 眉尻を下げて、情けない顔で困惑する男へ少女はきりりとした顔で頷く。


「はい。出会い頭に角をへし折ったら、逃げていきました」


 ――角が折れたのは恐らく偶然だ。

 もう一度やれと言われても、ルクレツィアにはできない。

 詳細を話して細かいところまで突っ込まれると、ぼろが出る可能性がある。

 なぜ角が折れたかも、彼女には上手く説明できないのだ。

 加えてあの竜は、角を預かる少女以外の人命ならば、躊躇ためらうことなく奪ってしまうだろう。

 ともすれば、国の存亡にかかわる大事である。

 竜との話がつく、あるいは決裂するまで、一連の出来事はふせておくべきだ。

 そう判断したルクレツィアの答えに、ギルド内がざわめいた。


「えっ、あんな細っこい嬢ちゃんが竜を?」


「……竜の角なんて、どうやったら折れるんだよ! この世の何よりも硬い物質って本に書いてあったぞ」


「じゃあ、あの嬢ちゃん、伝説の竜殺し?」


「レッチェアーノの暴れ牛とミルトーネの赤竜か……惜しいことをしたな。人外魔境の戦い、観戦したかったぜ!」


「おお! いいね。そいつァ観戦しがいがありそうだ!」


「いや、あの、ちょっと待ってください! わたくしは殺してません!」


 各々、好き勝手に尾ひれをつけまくって騒ぎ、杯をあおる酔っ払いたちにルクレツィアが突っ込む。


「あと――誰が、人外、ですってぇッ!?」


 背筋が凍るほど圧倒的な黄金の魔力を身にまとい、迫りくる少女に男たちは慌てて後ずさった。


「ま、まあ、落ち着けよ。竜殺し!」


「そうだぜ。まずは一杯飲んで落ち着けって、なあ、竜殺し!」


「そうだそうだ! おれらのような飲んだくれを殺したところで、何の得にもならんぞ、竜殺し!」


「ですからッ、殺してないって、言っているでしょうッ!?」


 陣など発動するまでもなく、少女の魔力が爆ぜ、男たちは酒瓶ごと宙に舞いあがった。


「な、なんでオレまで……ッ」


 受付の机ごと吹き飛ばされた男は、少女が伝説の竜殺しの力を手に入れたのだと、信じざるを得なかった。

 これだけの大人数を純粋な魔力のみで吹き飛ばすなど、人間業ではない。

 イレーネ、エルモ、ジャンの三人は無傷で立っているあたり、無意識に彼らにぶつけるのを避けたのだろうか。

 少女本人は否定しているものの、どう考えても人の域を外れている。

 ――報告書に、なんて書けばいいんだろう。

 良い考えが浮かぶ前に、男の意識は闇に落ちた。

 後日、彼の報告書を読んだ者たちは皆、この報告をそのまま上にあげても良いことやら、と頭を悩ませたという。

 最後に報告書を読んだ、国王――セヴェリオから直々に呼び出されたガブリーニ公爵アレッサンドロは、内容の一部を目の前で読み聞かされた。

 そして、それに対する意見を求められ、一笑にふしたという。


「十代の少女が伝説に名高い竜の討伐などと……陛下、私にこのような話を信じろとおっしゃるのですか」


「うむ。そういうと思うていた。しかし、兄上。その娘は――」


 事の詳細を聞かされたアレッサンドロは、魂の抜けたような顔をしていたという。

 彼はセヴェリオの話が終わると、柔らかな椅子へくたりと沈み込んだ。


「――陛下。それは、私の娘が竜殺しになったということでしょうか」


 アレッサンドロは皺の酔った眉間を指先で押さえ、呻くように言った。

 初めて目にする兄の醜態に驚きながらも、セヴェリオは頷く。


「そうなるな。本人が言うには、角を折っただけで、殺してはいないらしいが」


「偵察するだけの任務であるにも関わらず、角を折って撃退するなど、あの子は一体何を考えているッ!?」


 思わず声を荒げるアレッサンドロに、セヴェリオも口調を変え、生来の気質であるのんびりとした調子で呟く。


「まさか、兄上の娘が伝説の竜殺しになるなんてねえ。男だったら、将来の魔将軍候補だし。娘を嫁がせて、要職につかせるんだがなあ」


 言いながら、セヴェリオは椅子に腰かけたまま目で合図し、侍従に酒の準備をさせる。

 そして運ばれてきた酒をアレッサンドロへすすめた。


「他人事だと思って……」


 心地よく喉を焼く、上質の酒にアレッサンドロは珍しく愚痴をこぼす。


「まあ、実際、他人事だからねえ」


 緩く笑みを浮かべたまま自身も酒を一口含むセヴェリオに、アレッサンドロがにやりと口角を持ち上げた。


「そうはいきませんでしょうな。このままいけば、あの子はいづれ、陛下の義理の娘となるのでは?」


「あー、そうだったね。彼女が居ればジュリオには護衛なんていらないんじゃないかな。王家としては、頼もしい限りだ。……ジュリオが尻に敷かれる姿が、目に浮かぶようだよ」


 言いながら、セヴェリオが己の息子の私室があるであろう方向を生暖かい目で見やる。

 すると、アレッサンドロもつられてそちらの方角を向いた。

 互いの子の将来を想う二人の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

 視線を交わしあい、笑みを深くすると、二人はこの国の未来に思いをはせて杯を掲げあう。


『この国の未来に』


 ちょうどぴったり重なり合った言葉。それが妙におかしくて、二人は久々に声を上げて笑った。

 国王陛下の私室の明かりは夜が明けるまで、消えることはなかったそうだ。

 互いの立ち位置ゆえに、久しく酒を飲み交わすことのなかった二人の兄弟。

 彼らは、これまでの時間を埋めあうかのように、尽きぬ話に花を咲かせたのだった。

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