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第十三話 新たな仲間

読んで下さった方々に、感謝の気持ちを込めて。

本日のみ、二回目の更新です。

 ギルド内でひときわ目を引く、受付の大きな机。年代ものであるらしく、ところどころひび割れて変色しており、四角かったであろう角は摩耗により丸くなっている。

 その机に肘をついている人物を見上げて、ルクレツィアはポカンと口を開けた。


「髪が……ない、です……」


 受付に座っている男は、公爵領の兵士たちにも劣らぬ屈強な肉体の持ち主であった。

 右頬から鼻筋にかけて、豪快に切り込まれたであろう傷跡も気になったが、なにより少女の目を引いたのはその頭部である。

 レッチェアーノでは、髪には魔力が宿ると信じられている。そして、実際に高い魔力を持つ者の髪は魔力を帯びて燐光を放つことが多い。

 ゆえに、魔力を尊ぶレッチェアーノの人間には、髪を大事にする風習がある。

 魔術師だけでなく、普通の人間であってもそれは変わらない。

 例え加齢により、頭髪が散ってしまっても、人工的に作り上げた頭髪を身に着けるのだ。これはレッチェアーノの貴族の常識である。

 だからこそ、目の前のつるりとした頭はルクレツィアにとって、とても衝撃的な光景であった。


「おいッ! いまハゲって言ったやつァどいつだ!? ええッ? 俺ァな! ハゲてるんじゃねえッ。剃ってるだけだ!!」


 怒声は少女の頭部をかすめて、酒場の荒くれ者たちの方へ飛んで行った。

 酒に酔った男たちは、受付の男の(いきどお)りも気にした様子はなく、笑いながら酒をあおっている。

 彼らの騒ぎ方は、統制された兵士たちのそれとは違っていた。

 個として独立しているのに、繋がりあっているような、ある種異様な一体感を感じさせる。


 ――市井しせいに紛れたいのならば、それらしい言動を心がけるように。

 とは、ダニーロからの忠告であった。要するに、貴族のような言動を行うと、庶民の中では悪目立ちするとのことである。

 彼の言葉を思い出し、ルクレツィアは頭を切り替えた。

 衝撃的ではあるが、彼女とは何の関係もない頭髪の話は、ひとまず置いておくことにする。

 ダニーロの話し方を思い出しながら、少女は受付の大男に声をかけた。


「こんにちは。冒険者登録に来たのですが、こちらでよろしいでしょうか?」


 すると彼はきょろきょろと視線を彷徨わせる。

 どうやらルクレツィアの背が低すぎて、彼の視界に入っていないようだ。


「あの! こっちです!」


 視線を下げた大男は目に映りこんできた子供に目を剥くと、何度も瞬きをする。

 やがてそれが幻じゃない事を理解すると、顔を顰めた。


「お嬢ちゃん、ここは子供の遊び場じゃねえ! 面倒事を起こす前にさっさとけえんな」


 犬でも追い払うかのようにしっし、と手を振られてルクレツィアは唇をかみしめた。

 全く相手にされてないことは一目瞭然である。

 しかし、どうしたらまともに取り合ってもらえるのか。

 しばし考え込む彼女の後ろから、覇気に溢れた声がぶつけられる。


「アンタがルーシーかい? 愚弟から話は聞いているよ」


 低いかすれ声ではあるが、騒がしいギルド内にあっても良く響く声だった。

 途端、ギルド内がざわめく。


「イレーネだ」


「あの嬢ちゃん、イレーネの知り合いか?」


「しっ、関わるんじゃねえ! 喉笛噛みちぎられんぞ」


 ルクレツィアも人々の声につられて後ろを振りかえる。

 すると受付から直線上にある酒場の奥、ひときわ大きなテーブルにふんぞり返る妖艶な美女と目があった。

 青く灰色かがった長い髪と瞳、浮かべる笑みは美しくも獰猛で、大型の肉食獣を連想させる。

 瞳の片方は眼帯で隠されていたが、彼女の美貌を損なうことはなく、凄味を増す要素の一つとして調和していた。

 ダニーロと同じ色彩で造詣も似ているのに、纏う雰囲気は真逆である。


「ええ、わたしはルーシー。ダニーロの友人です」


 ルクレツィアがテーブルまで向かうと、美女は身を乗り出すようにして彼女の顔を覗き込む。


「見てくれは悪くないね。うん、気に入った。仕事、受けてやるよ。アタシはイレーネ。今日からアンタの護衛であり、仲間だ」


 ど迫力の美女に至近距離で微笑まれで、ルクレツィアはしばし固まった。

 景気づけとばかりにぐいっと杯を煽るイレーネの横には、金髪碧眼の正統派美男子が一人立っている。

 彼はイレーネの杯が空になるや否や、さっと酒を継ぎ足した。

 彼はよく訓練された兵士にように、きびきびとした動きでイレーネの身の回りの世話を焼いている。


「これが、元騎士のジャンであっちが元傭兵のエルモだ。クセのある連中だが、腕は立つ」


 金髪の方を顎で指した後に、隣の大柄な男を立てた親指で指すイレーネ。

 エルモと呼ばれたのは岩山のようにずんぐりとした男であった。

 イレーネに名を呼ばれると、エルモは短く刈り込んだ髪を撫でながら、酒瓶から少女へと視線を移す。


「おう。よろしくな、嬢ちゃん」


 ルクレツィアと目が合うと、彼はところどころかけた歯をむき出しにした、豪快な笑顔を彼女へ向けた。


「なんだ。その嬢ちゃん、イレーネの依頼人か?」


 受付の男が声を張ってイレーネに問うと、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべながら機嫌よく答える。


「この子はアタシの仲間さ。見目麗しくとも一流の魔術師だ。舐めてかかると痛い目見るよ」


「アァン? 魔術師だとォ? 女の魔術師なんて聞いたことがねえぞ。しかもこんな子供がァ?」


「この子はワケアリでねェ。魔術師はギルドとしても重宝するだろ? 他に攫われないうちにアタシが拾ったのさ」


 魔術師は貴重だ。才あるもののほとんどが王族や貴族の血筋現れる。

 庶民であっても、『学園』に通って魔術の才が磨かれれば、貴族の養子になれるほどであった。

 女であれば魔術の才を持つ子供を産ませるため、貴族に見初められるものも少なくない。

 ギルドへ流れてくるのは問題を起こして追い払われた厄介者か、実戦には役に立たない半端者がほとんどだ。

 魔力を纏い、自ら光り輝く髪を持つほどの魔力もちが現れることはまず、ない。


「うーむ……イレーネがいうならなあ。わかった。ただし、何かあればお前が責任とれよ」


「当然だろ。誰にモノ言ってんだい。シバかれたいのかい?」


「いんや。それだけはカンベンしてくれや。……インヴェルノの暴れ鬼討伐のために拾ったのか? 俺にゃ足手まといにしか見えんがな」


「そうさね。まァ、最初の討伐依頼としては悪くないね」


「おいおい。冗談だろ?」


「アタシはいつだって本気だよ。アンタこそ、そんな及び腰でギルドの顔やってるなんざ、何の冗談だい?」


 揶揄するようににやりと唇を歪めると、イレーネは手にした杯を一気にあおって席を立つ。

 ――ダンッ!

 木杯を景気よくテーブルに叩きつける音を合図に、全員が席を立った。


「さて、もうろくしたジジイは放っといて、楽しい楽しい鬼退治に向かうとしようかね」


 歩き出す彼女の背を追うように男が声を張る。


「相変わらずクチが悪ィなあ。まあ、なんだ。……生きて帰ってこいよ。お前さんらが居なくなると、実入りが減っちまわあな」


「フン。下品な物言いはお互い様だねえ。帰るころには国からたんまり報酬が出るはずさ。アンタはそこで祝い酒でも用意して待ってな」


 周りに丸聞こえのイレーネと受付の会話が終了したのを見計らって、ルクレツィアは彼女に声をかけた。


「今から討伐に向かいますの? わたし、家の用事で七日後に大事な集まりを控えているのですが」


 七日後に控えているのは社交界デビューのため、王宮で開かれる夜会である。

 イレーネは知っているという風に頷いて、ルクレツィアを見下ろした。


「本来インヴェルノの鬼退治は国の仕事だ。しかし、七日後に夜会を控えているから、兵をさくことができない。アタシらに依頼されたのは夜会が終わるまでの時間稼ぎさ」


 酒に濡れた真っ赤な唇をなぞる様にして、言葉を紡ぐイレーネ。

 エルモが頷いて、その言葉を継いだ。


「今回出現した鬼は複数らしくてなァ。災害級の討伐依頼を個人で受けるのは、命を捨てに行くようなもんだ。そんな無茶な依頼を受けるのはワシらだけだわい」


「しかし、インヴェルノはイレーネさまの故郷でもあります! イレーネさまと故郷の土を踏むなんて何たる光栄! 逃す手はありません」


「黙れ、馬鹿」


 興奮気味にまくし立てる金髪の青年を蹴りつけて、イレーネはルクレツィアを見つめた。


「これは今朝ギルドに届いた依頼だ。インヴェルノから王都までの道は長く、険しい。知らせを持ってきた者の意識も朦朧としていてな。鬼の発生からどれだけの時間が立っているか、正確には分からない」


 インヴェルノは極寒の大地だ。たどり着くには運河と雪山を越える必要があったはず。

 ホフレに教えられた知識を思い出しながら、ルクレツィアはイレーネの話に耳を傾ける。


「仲間として扱うとはいっても、アタシらはアンタの父親に雇われた護衛だ。大事な用事があるのなら、無理強いはしない。しかし、可能ならインヴェルノまで転移魔術で送ってくれると助かる」


 それまで浮かべていた笑みを消して、真剣な表情で告げるイレーネにルクレツィアは、迷うことなく返事をした。


「もちろんです。イレーネさんの故郷と言うことはダニーロの故郷でもあるということです。友の故郷の危機を見過ごすわけにはまいりません」


 はっきりと答えたルクレツィアの言葉を受けて、イレーネは勢いよくギルドの扉を開いた。

 そうして、吹き込む風に青灰色の髪をなびかせながら、少女を振り返る。


「良い返事だ。あの愚弟に嬢ちゃんのような友人ができるとはねェ。昔は泣いてばかりの鼻たれ坊主だったが、あいつもちっとは成長しているようだ」


 にやりと口を歪めるイレーネ。間違っても弟の成長を喜ぶ姉の表情には見えなかったが、彼女なりに喜んでいるのだろう。

 ルクレツィアはそう思った。

 同時刻、ダニーロがガブリーニ公爵領で謎の悪寒に震えていたことなど、彼女は知る由もない。

 ルクレツィアは早速ギルドから王都の屋敷に戻ると、素早く身支度を済ませ、当面の食料や必需品を詰め込んだ鞄を引きずるようにして持った。

 ソフィアが準備してくれた鞄は、少女には重すぎて、持ち上げることができなかった。しかし、荷物については、イレーネたちの食料も入っているので、頼めば彼らが持ってくれるだろう。

 夜会の準備に関しても、幸いにして、領地でドレスの採寸や調節は済ませてある。また、小物や靴、宝石類も全て手配済みであった。

 後は夜会の開催日に戻ってくるだけである。


「見知らぬ冒険者に御身をお任せになるなど……ルクレツィアさま、どうか、わたくしも同行させてくださいませ!」


 盾としてついていくと言ってきかないソフィアに、少女は特別な任務を任ることにした。

 それは、誰にも見つからずに父公爵の執務室に忍び込んで、ルクレツィアの置手紙を設置してくることである。

 転移魔術陣が得意なルクレツィアだったが、王都内の第一区画と第二区画には強力な結界が張ってある。そのため、転移魔術陣を使用して忍び込むことはできないのだ。

 直接父親に渡せば流石に引き止められるだろうし、使用人に頼めばその使用人が処罰を受ける可能性が高い。

 戦いにおいては力技が目立つソフィアだが、鍵明けや忍び込みなど隠密行動も得意と言う万能ぶりなので、彼女になら安心して任せられる。

 そう判断して、さらさらとつづった書置きをソフィアにたくすと、ルクレツィアは新たな仲間と共に旅立っていった。

 不運にも、公爵の執務室の清掃にあたった侍女が手紙を発見し、使用人内で物議を醸しだすこととなるが、満場一致でそ知らぬふりを決め込むことが決定したという。


 ――その夜、ガブリーニ公爵の屋敷に中年男性の絶叫が響き渡る。

 慌てて主人の部屋を訪れた侍従が目撃したのは、頭を抱えて床に膝をついた、ガブリーニ公爵、その人だった。

 七日後に夜会を控えているにも関わらず、北の暴れ鬼退治に向かったやんちゃ過ぎるお嬢さまの事は話に聞いていたので、侍従はそっと扉を閉めて何も見なかったことにした。


 お嬢さま、旦那様のためにもどうかご無事で、そしてなるべく早くお戻りください!


 それは、ガブリーニ公爵家使用人一同の心の叫びだった。


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