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グレース・デュラメルの談話室

グレース・デュラメルの相談室

作者: 葛霧

グレースは困っていた。

生まれてこの方、ここまで困ったことは本人の気性や生まれ持った家の権力もあるのだろうが、ある程度の問題はあったがその手の厄介ごとはなかった。


何を困っているのかというと、敵意も露わに目の前にそこそこ質の良い白手袋をグレースに目掛けて投げ捨てられるという、いわゆる決闘の申し込みをされたからだ。


「さぁ、拾いなさい、グレース・デュラメル!貴方が自分の仕事をしないから私があなたの代わりに、私から貴方へ決闘を申し込むわ!!」


目の前でいきり立つ桃色の髪を左右で2つにリボンで縛った碧眼の少女は黙って微笑んでいれば親しみやすい愛らしさを感じるだろうに、親の仇でも見つけたような顔では台無しだ。


綺麗な封筒に校舎裏に来てほしいという用件だけの手紙に暇つぶしに来てみればこれだ。

グレースは自分の短慮を後悔した。ちょっと話のネタになるかな、ぐらいの気持ちだったのに。


今更ではあるが、グレースは女性だ。別に女騎士をしているわけでもない、それなりに安定した地位を持つ侯爵家の娘だ。自分の仕事は今は学生の身分であるのだから、学業であるし、そうでないのなら貴族として社交や淑女教育のはずだ。

間違っても決闘を面識のない令嬢に意味もなく吹っかけることではない。


「……あの、どなたかと間違っておられるのでは?」


グレースは困惑を隠しながら周囲を静かに見渡したが、他にグレースと同じ亜麻色の女学生は見当たらなかった。

そんなグレースの様子を憎々しげに睨みつけながら露わになった手でグレースを指した。


「白々しい。この世界にグレース・デュラメルがそう何人もいるわけないでしょう!悪役令嬢は何度でも蘇る、自分が死んでも次の悪役令嬢が現れるとでもいうつもり?乙女ゲームなんだからそんなテンプレないんだからね!!これだけ条件そろっててゲームジャンル間違えるとか本当ありえない」


相手はエモネ子爵家の末姫のコレット・エモネ嬢とやらだったような気がする。挨拶もしたことがないので自信がないが、たぶんそうなのだろう。

噂もたまには的を得たことを言うようだ。

エモネ家の電波姫、別世界の夢見る少女コレット・エモネ。

前者の電波というのはわからないのだが(教えてくれた当人もわからないらしい)、なかなか理解できない言葉を発して暴走する令嬢ということは聞いていたのだ。

初めて聞いたときは未婚の若い女性になんという二つ名をつけるのだろうと眉をひそめたものだが、本人が実証してくれた。


しかし、グレースが聞いていたのは暴走するにしても、『ただし、麗人・容姿の優れた男性に限る』、というものであったのだが、趣味の幅が広がったのだろうか?

ぜひとも自分が関わるのは遠慮させていただきたい。ぶっちゃけお断りさせていただく方向で働きかけたい。決闘吹っ掛けられている絶賛進行中ではあるけれども。


グレースはため息をそっと隠すように吐き出しながら、コレットの手袋を拾い上げた。

少し汚れてしまった手袋を軽くはたいていくらかましになったのを確認してからコレットへそれを差し出した。


「どこのご令嬢かは存じ上げませんが、決闘を受け入れる心当たりも理由もありません。あなたからの決闘を受け入れることはできません」

「なんですって!?決闘を断るなんて聞いたことないわ…!なんて非常識なの」

「いえ、淑女が決闘を申し込むこと自体が非常識かと」


非常識に非常識と言われるというのは、自分が常識を持っているということでよいのだろう。

つい現実逃避に違う思考へ逃げそうになるが、この桃色美少女(仮)は逃がしてくれそうにない。

というか、まず名を名乗れ。子爵家でグレースは侯爵家なのだから、グレースから声をかけ許されなければ桃色美少女(仮)は挨拶も身分なのだから、非常識なうえに無礼者か。


「理由がないというのなら教えてあげるわ。私の愛するセルジュ殿下をあなたのような人を利用することしか考えていない高慢ちきで強欲で性悪な女に渡すわけにはいかないからよ!」


え?初対面のご令嬢からいきなり罵られた??

ポカーンとしてしまいたいところを、鍛え抜かれた淑女微笑にして誤魔化したが、頬が引きつってならない。


「セルジュ殿下?あのセルジュ・ニコラ・ラグランジェ第二王子のことですか?」

「この世界のどこに同じ名前の王子様がいるのよ」

「それはまぁ、確かに」


殿下と名のつくセルジュ様が早々転がっていては困るので、そこは納得しておく。

だが、自分が高慢ちきで強欲で性悪だというのはいただけない。人のことを利用するというのは否定する気もないが、貴族である以上利用し利用される、利害関係があるのは当たり前ではないか。

というか、勝手に色々持ちかけられるから適当に流しているだけなんだけれども。


「セルジュ殿下の名ばかり婚約者であるグレース・デュラメル嬢には舞台から降りてもらうわ。そして私がセルジュ殿下と一緒になるの」


確かにグレースはセルジュ第二王子の婚約者である。婚約発表は7歳の時に国王による勅命で決められたのだから、そこにグレースどころかセルジュの気持ちもないはずだ。

だが。


「あの、セルジュ殿下とはどのような関係で?」

「もちろん、恋人同士よ」


どやぁ、とかいう音がどこからか聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

この暴走娘、何の根拠もなく妄想だけで突っ走っているのかと思えば、それだけなら別の手段で訴えてくるのではないかと思ったのだ。猪突猛進型ではあるのだろうが、前提条件が片思いというには自信ありすぎるだろう。いや、そういうタイプなのかもしれないけれど。


結論から言えば、根拠どころかセルジュ様、まんまと引っかかっているというね!

いや、ありえないといいきれない殿方ではあったのだけれども。

まさかこんなよりにもよってこんな令嬢を選ばなくてもと思わずにはいられない。

婚約者たる自分がこんな暴走癖のある令嬢と横並びにされるとか嫌すぎる。


「とりあえず、事情は分かりました」

「じゃあ、決闘は」

「受けません」


パッ!と明るい笑顔を浮かべたが、そんなものは却下だ。


「とにかく。そちらの主張は分かりました。こちらも立場がありますので「はい、そうですか」、で終わるわけににもいきません。申し訳ございませんがまた日を改めてご連絡させていただきます。そちら様のお名前をうかがっても?」

「……あれ?まだ言ってなかったっけ?」

「えぇ。いまさらですが、わたくしはデュラメル侯爵家、カーティス・デュラメルが娘のグレース・デュラメルです」

「え、ええと、エモネ子爵家のコレット・エモネです」


殿下と恋人関係にあるのであれば、それなりに貴族社会で付き合いもあるべきであるのだが、コレット嬢はぎこちない礼をした。

グレースはそれを見て、軽く頷いた。


「承りました。わたくしはこの後用事がありますので、コレット様、御機嫌よう」

「え?ちょ、まだ話は終わってない」


下手を打つとさらに面倒なことになりそうなので、こういう時はさっさと逃げるに限ります。

グレースは素早く身を翻すとコレットを撒くように校舎へと戻った。




*********************************



「というわけでね、セルジュ殿下とコレット様はグレース様の目を盗んでできていてー、セルジュ殿下は美味しいどこどりしようとしていたみたいけど、コレット様が暴走してグレース様に突撃しちゃった、みたいな?」


満面の笑顔を浮かべながらダークブラウンの髪を内巻にした令嬢が先ほどの様子を簡潔に述べていた。彼女はグレースの親友のクリスタ伯爵令嬢で、それを聞くのは話題の当事者であるグレースと、クリスタの婚約者である騎士団長子息のフレデリック、セルジュとグレースの幼馴染のエドガー公爵子息、そしてグレースの兄であるクロードだ。


ちなみに全員暇つぶしに先ほどのコレット嬢騒動記を一部始終見ていた。グレースの身の安全のためという建前はあるが、第二王子の婚約者であるグレースに思いを寄せるとはどんな思い切った男か考えなしのバカか是非ともお目にかかりたいという実に下種な理由である。

なので、完全にこの騒動は当事者以外は娯楽扱いだ。

……グレースと、その兄であるクロード以外は。


「もっとぶっちゃけてしまえば、アホ王子が二股かけてたら浮気相手が本命に殴りこみかけてきたっていう話だろ」

「ぶっちゃけすぎだろう……」

「クリスタよりかはえぐくない」

「あなたたち、他人事だと思って……」


フレデリックとエドガーが観劇の感想でもいうような気楽さで話すのを恨めし気にグレースは睨んだ。

そんなグレースの肩を抱き寄せながら、クロードは二人を睨みつけた。


「そうだぞ。おまえたち。こんなに美しく賢く可愛らしい私のグレースがそもそもあんな阿呆王子と釣り合うわけがない。勅命だから適当に相手をしてやっていたのを勘違いしていただけだ」

「兄上、ちょっと黙ってください」


自他ともに認めるシスコンであるクロードをグレースは美しい装飾が施されたヒールを容赦なくクロードの足に叩きつけながら、こめかみを押さえた。クロードは足を押さえて悶絶しているがどことなく嬉しそうで、当人以外はそっと目をそらした。


何度も阿呆と言われているセルジュであるが、顔は母親が頑張ったのだろう極めて高いレベルの容姿である。しかし、残念なことに彼の優れた点のほとんどは外見に使い切ってしまったようで、甘ったれで偽善的な考えがいまだ抜け切れていない王子に育っている。


デュラメル侯爵家としては、嫁ぎ先に困ることはない名家で資産も不自由しない程度にある。王家に拾ってもらわなければならないわけでもないし、恩を売らなければ政治的に窮地に陥りそうなわけでもない。完全に、阿呆のお守りとしての政略結婚なのだ。

クロードにしても可愛い可愛いたった一人の妹が、いらぬ苦労をすることを承知でそんなところに嫁がせたくはない。もっといい男ならたくさんいるだろうに。いや、許さないけど。


そんなクロードの姿も見慣れたと言わんばかりに、クリスタはその光景を流しながらグレースを見た。


「でもさぁ、グレースとしてはあんな男の尻拭いのためだけに王妃になるなんて気持ちとしては御免だったんでしょ?渡りに船じゃん。今こそじわじわ広げてきたグレースの迷える子羊たちを使う時でしょー」


クリスタはにやにやしながら、紅茶の少し減ったカップでグレースを指した。

誤魔化すようにグレースは自分のカップに口をつけながら、クリスタを睨んだ。

クロードと似た眼光に、クリスタはますます何が面白いのかにやにやする。


「そういうつもりで、人の相談に乗っているわけじゃないわ」

「うんうん、知ってるー。グレースは面倒なだけだもんね。避けるのも面倒だから、人の話をついつい聞いて、困ってたらその伝手見つけて橋渡ししちゃって、見つからなければ泣き付かれるのが嫌だから自分で何とかしちゃってるだけだもんね。そうだね、迷える子羊ちゃんたちは勝手にグレースの子羊ちゃんになってるだけで、グレースは興味ないもんね」


子羊ちゃん、とクリスタが呼ぶのはグレースが今までに相談に乗った貴族や商人たちのことだ。きっかけはただの友人の恋の悩みや知人の困りごとを聞いて、力になれる範囲だったから手伝っただけのことだ。それが気が付けば自分が知らないうちに『グレースの相談室』なんていう会となり、情報交換や出会いの場として重用されることになっていたのだ。


第二王子とはいえ、王位継承権は側室腹の第一王子より上であるセルジュの婚約者であるグレースの立場もあるのだろうが、グレースを中心とした輪は気が付けば国内だけでなく隣国の一部にすら広がっていた。現在のグレースの人脈を使えばやり方次第でできないことはさほどないだろう。


ただ、グレースは自分の能力はそれを使いこなせるものではないとして、持て余し気味だと感じていた。とはいえ、クリスタが軽々しく『グレースの相談室』を口に出すのも、下手に動けば自体が無駄に大きくなることを危惧してのことだった。



「クリスタ、ちゃかせる話ではないだろう。『グレースの相談室』の情報網は未婚の女性が持てるレベルじゃないんだ。国王だって軽視できない。正面からいっても婚約破棄はできないだろう」


エドガーはクロードに冷やしたタオルを渡しながら、グレースに振った。

エドガーも『グレースの相談室』を広めた一人ではあるが、彼の目的はグレースの意志をくんで当初からセルジュとの婚約破棄に向けた手札の一つとしてだったから、この状態は不本意なものであった。


「グレース、僕らは君の友人であり味方だ。だから、僕や僕たちが持てるすべてで君を守りたい。君が幸せになるに、君はどうしたいのか教えてくれ。こんな、不本意な形は誰も望んでいないはずだろう?」


グレースにしてみれば、自分以上に不本意に思う人間はいないはずだ。

エドガーの言葉に同視するように、フレデリックは言葉を繋ぐ。


「なぁグレース。もうちょい俺たちを頼ってくれてもいいと思うんだ。確かに俺たちだけでできることも少ないし、俺はお前みたいに頭もそんなによくないけどさぁ。

それでも、ここまであいつが馬鹿に育ったのはグレースのせいじゃないし、完全に巻き込まれ事故だろ。そんなことのためにグレースがなんで我慢しなきゃならないんだよ。

もう、我慢できる上限とっくに過ぎてるだろ?お前、クリスタより気も長くないのに、なんでそこまで無理すんだよ。限界になるまで我慢なんかしなくていいって、お前の周りの人間みんな言ってるだろ」


クロード以上に実の兄のように諭すようにフレデリックは私に真摯に気持ちを伝える。

知っている。家族はもう3年も前から無理はしなくていいと言ってくれている。

相談室に来て一度は晴れやかな顔になった人も、最近は心配そうに悩ましげに私を見てくる。

逃げてもいいことからは避けて逃げるけれども、それでも、それをしたら大切な人たちが傷つくから、少しでも、悪くなるのならば、それを耐えるのは私にとって面倒でも何でもない。


「……そもそも、勅命なんだから私にどうこうできる問題ではないわ」

「じゃあさ、グレースはどうなると思うの?」

「国王がセルジュ殿下の気持ちを優先させるなら、王妃は私で側室としてコレット様を迎える可能性が一番高いわ」


基本的に一夫一妻が法で定められている国ではあるが、国王は側室を持つことが許されている。現在の国王も王妃のほかに側室を2人抱えているが、子は側室の子1人と王妃の子、セルジュの2人のみである。

王太子の予備と外交の手段として王の子は少ないよりはいくらかいたほうが都合がよい。

だが。


「グレースはそれでいいの?」

「嫌に決まっているでしょう」


即答した。


「殿下だけでも持て余しているのに迷惑をかけることにしかならない側室の面倒までみろなんて、いくら貴族に生まれたから多少の我慢はするけど、馬鹿にしているのかと言いたくなるわ。だいたいこんな相談室なんて放り投げずに今まで付き合ってきたのだってセルジュ殿下の尻拭いをするのに必要だったからだもの。どれだけ今まで私が迷惑をかけられたと思っているの?婚約者というだけで、どれだけ理不尽なことがあったと思うの?私をどれだけ馬鹿にして蔑にすれば気がすむというの?都合の良い女扱いですか。しかも消耗品的な。勅命をなんだと思っている?本当に、あのバカ息子にあの親ありだわ。こんな我儘すら御せないでどうして国を支えることができるというの。こんな、傾きかけた国を守るために、どれほどの人が苦しんで耐えているか知らないくせにあの……!」

「グ、グレース………?」


はきかけた言葉を飲み込むように、グレースは一気に紅茶を飲みほして、カップを置いた。

そして一度大きく息を吸った。


「…彼女にとって私は悪役の存在らしいから、そのように動いてあげましょう」


グレースは微笑んだ。


「婚約破棄、望むところよ。

それに私、クリスタの言うとおり、面倒なことは嫌いなの。だから、殿下の相手も国の面倒も負債も何もかも殿下とコレット様に押し付けてしまいましょう。

並みの困難ではないでしょうが、私の関与することではないですもの」


決闘を申し込むほど愛し合っているのですから、何の障害にもならないはずよね?

むしろ障害は愛のスパイスとかいうらしいじゃないですか。




グレースは機嫌よく見せながら、自分を囲む4人を見渡した。


「いいわ。『悪役』らしく、持てるすべての力を使ってねじ伏せてあげる」


今まで貴族の勤めから逃げていたあなた達に社交界の人脈という力を見せてやろう。





途中で力尽きたので短編になりました。


恐らくこの後はグレースが人脈無双して影の薄い第一王子を王太子に挿げ替えて第二王子を臣下に下らせたり、愉快な仲間たちと話していたらコレットに「これが悪役令嬢ルートだと…!?」と慄かれたり、相談室に第二王子が来て「以前の生活に戻りたいがどうしたらいいか」相談しに来てグレースとクリスタがフルボッコにしたり、グレースが婚活したりするんだと思います。



読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] そも現王陛下が妾を先に孕ませてる時点でオツム弱い系愚王である事がバレちゃってますね。
[良い点] 面白くなりそう。 [気になる点] 短編?「グレースの愉快な婚約破棄」と合わせて前後編にまとめないと、おかしな感じです。
2016/03/30 07:55 退会済み
管理
[一言] 続きが読みたいです。 消化不良なかんじ。バカ王子様のざまぁも見たいし。 コレットもは正直きらいになれない。決闘申し込むところがむしろ潔い(笑) 次も頑張ってください。ヽ( ̄▽ ̄)ノ
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