第一話:三月は嫌いだ
私の知っている世界はこんな世界じゃない。
空は遠くて青く、雲は時に灰色に、時に白く空を染め上げ、雨に色など無く、雪は白くて、風は物を揺らして存在を示す。
そんな世界しか私は知らない。
朝は空が白んでから朝日が顔を出し、少しの赤と黄色の閃光と伴っているし、昼は突き刺すような暑さを持った光が肌に当たるものだし、夕方は赤や紫のコントラストに時に目を奪われた。
私は、そんな世界しか知らない。
季節は春の桜に始まって、新緑の初夏、全てが歪むような暑さの夏、紅葉の美しい秋、そして霧と氷雨、時々雪が降る冬が巡る。
そんな世界で生きてきたし、どこもそうだと思っていた。
数年前から一気に普及し始めた「全視覚化システム」。
このシステムはあっという間に、それこそ過去に携帯電話が流行った時のように、流行りは常識になった。
そして、私の世界と私の常識も覆していった。
この国にしては珍しく法律もすぐにでき、基準は未だあやふやだが、商品化の基盤も出来、IT企業はこぞって開発に勤しんでいるらしい。
ただ、そんなのも基本的には都会でしか見受けることはできず、田舎っていうのはそういうのが遅れてやってくる。
これでも早く入ってくるようになったほうだが、私の住んでいる地域は年配の方が多いのでそういうものはあまり入ってこない。
そして田舎の若者ってのはあんまり「流行」というものに乗らない。
だって流行ってすぐに廃っていくから流行でしょ?だから無駄だってことで乗らない。
私はそんなこの田舎が大好きだった。
時に、私は三月が嫌いだ。
別れの季節と言われているし、事実そういうものだから。
そして四月も嫌いだ。
新しいことが必ず起こるから。
私は今、大好きだった田舎から、大嫌いな都会に来ている。
それもこの国で一番大きい都会。そう、首都である。
来たくなかった。修学旅行でもない限り来たくなかったし、寧ろ修学旅行でも別に来なくていい。やめてくれ、人が多い。
―――何より、霊が多いんだよ!!!
昔から私は目で見えるものしか信じない!と言ってきた。
人の気持ち云々のものではなく、理論的なものとか、そう、物理的なものに対してだ。
にも関わらず、ムカつくことに霊なんて言われるものが見える。
嬉しくない。ちっとも嬉しくない。
しかも今のご時世、それが「全視覚化システム」を使わなくても見える人間が少ないという理由だけで名門らしい高校からスカウトみたいなことをされてしまい、私は食い気味で断ったというのに、何を思ったのか母親は二つ返事で了承したのだから笑えない。
とんとん調子に話は進み、気付けば推薦入学が中学三年生の夏という異例の時期に決定していた。
嫌だと言っても聞き入れられやしない。我が家の母親は絶対権限の持ち主である。
「それにしても空が狭いな。やってられん」
思わず小さく声が漏れてしまった。
あの小さな町は、上を見上げれば、いつだって眼前には大きな空が広がっていた。
なのにここはどうだ。
この大きな街は、上を見上げれば、見えるのはビルばかりだ。
人の歩みも早い。まるで誰も彼もが生き急いでいるように見えて胸糞悪い。
不快な気分を味わいながら小さい旅行鞄を引きずってこの大都会を歩く。
学校には寮があるらしく、一人暮らしはしなくて済んだ。家事は一応出来はするが、田舎から都会に来た身である。できれば地域格差として存在するであろう学業に専念したいと言うのが本音だったりする。
別に特別頭が良いわけではないからね、私。
こんな、何もしなくても見える、何も無くてもある程度身を守れる。
それだけの特技しかない私がなんでこんな名門らしい高校にお呼ばれしたのかなんて、未だにわからない。
聞いても担当は答えなかったし、親はまるで全てを悟ったような顔をしていた。
まるで「お前はそこに行くべきだから行かせるだけよ」と言わんばかりの顔だったし、それを見たらもう何も言えなかったのも事実で。
人がゴミのように溢れ、物がゴミのように転がっている。
そんな街で、私の高校三年間は始まることとなった。
「入学式もしていないのに、何故私はここに呼ばれているのだろうか?」
「悪かったね。そこに座っておくれよ。唐突な話に二つ返事で乗ってもらっちゃって、その後なんの話もしないまま書類だけ片付けてもらってたからね。挨拶くらいしておこうと思ったのさ」
入学式前日のことだった。
寮の部屋を与えられ、引っ越しの片づけも終わって、なんとか入学式を迎えられそうだと安心した矢先、寮母を通して校長が呼んでいるとお達しがきてしまったのが運の尽き。
貴重な春休み最終日は校長との対談で終わることになるらしい。
「挨拶など結構なんだが」
「ははっ、挨拶なんて建前みたいなものだよ」
「いや、だめだろ」
「良いんだよ。それより大事な話があるんだ。とりあえず、ソファーにでも座っておくれよ」
身長の低い、見た目だけなら小学生も低学年だろっていう見た目。
可愛らしいフリルのワンピースから見えるのは手と靴先のみ。
髪型もなんかクリックリに巻かれているし。
顔もまるで人形のように整っている。そもそも日本人なのだろうか。
最近はこういう変な感じが増えてきているから気にしてなんかいないが、喋り方と仕草と、一々ミスマッチだ。
挙句の果てに挨拶は建前だと言ってくる。
言われた通りにソファーに腰をかけると、秘書なのか何なのか、女性が紅茶と洋菓子一式を出してから下がって行った。
「で、だ。早速なんだがね?浅葱「やめてください」
「何故だ」
「名前など私にはいらない。苗字だけで十分だ。確か、守秘義務の強いこの学校なら偽名も可能だと聞いたのだが。苗字だけでの登録をさせて欲しい」
「ふむ。では、学校での登録は名前抜きにしておいてやろう。おい、そのように書類の訂正をしておいてくれ」
「わかりました」
先ほど秘書がいなくなった扉から同じ声がして足音が遠ざかる。
どうやら意見はきちんと反映されるようだ。
「だが、名前を何故そんなに嫌がるんだ」
「嫌いだとかそういう話ではない。名前を明かすことは危険だからしていない。それだけですが何か?」
「やはり…お前は…」
「えぇ。危険は避けねばならない。そして、貴方はその危険に目を付けた」
そこまで言って力を込めて目を見れば、校長は静かに目を閉じてから、ゆっくりと目を開いた。
「その危険から助けてやる代わりに、その目を三年間、我々のために使ってくれ」
言われると思った…。
実際、これ以外に私が特待生としてこの学校にいれる理由など無いし、敢えて言うなればこれさえ無ければこんな場所に来なくて良かった。
「助けれくれる、とは具体的に何をするのだろうか?人間のように規制できるわけでも無いというのに」
「間違いない。だが、戦う術があれば守れるだろう?」
戦う術ってなんだ。今までだって何もしてこなかったわけでも無ければ、何も出来ないわけではない。
確かに、もう少し簡単にどうにかできれば気が楽だとは思っていたけれど。
「戦う術って何。私は何も出来ないわけじゃない」
「そうだな。視える上に戦えるのはこの学校にはお前しかいない。わかるか浅葱」
「は?」
「視えるだけの人間、視えないが戦える人間。その二種類しかこの学校にはいない。おそらく、この国にも大体その人間しかいないだろう。お前はそれほどまでに特殊なんだよ。けれど、そのお前ですら攻撃力は決して高くはない。違うか?」
否定などできなかった。確かに私は祖母に昔教えてもらったタントラやお呪いを使って弱い霊などは避けてきた。だが、強いものが来た時は近場の神社やお寺に逃げ込む以外避ける方法など無く、家にも神主や御坊さんに頼んで幾重にも結界を張ってもらって、それでもダメで。
その方々もたまたま力の強い家の人たちばかりだから助かった。ある意味田舎故かもしれない。
昔から何かしらを弔っていたと聞く。
「否定はしない」
「だから、助けてやるさ。ここにはあらゆるものが『技術』として存在しているのだからね」
学園長がその小さいなりのままで大きく手を広げ、楽しそうに笑って私にそう言ってきた。
私はそれを濁った眼で見つめることしかできない。
当たり前だと思う。
そんな私の思いなど微塵も気にせず校長は告げる。
「ようこそ、私立総和学園へ!これから三年間、よしなに頼むよ」
私にしてみれば、試合開始のゴングにすら聞こえる言葉だった。
初めまして、仲居明日未です。
本当にはじめての投稿で、緊張しています。
大まかな動きだけを決め、人物なども大まかにしか決めず、自由に書けるようにしてスタートしました。
基本、短編しか書いたことがありませんので、短い話で話数が多くなりそうな気がしますが、お付き合いいただけたらと思います。
なるべく、月2回の更新を心がけたいと思っています。
よろしくお願いします。