嘘から出た真が目標
「嘘をつくのは至上の娯楽だよね、秋乃ちゃん」
というのが部長の本日第一声である。恐らくこの発言は真実。
高校生になって始めての夏休み。私は学校の校舎の隅にある小さな部屋に居た。
部活動の一環として、創始者にして部長である、部長と。
「秋乃ちゃんは今日も可愛いね」
「さっきの発言の後言いますか普通!? 嘘だってネタばらしてるじゃないですか!」
部長は頻繁に嘘をつく。
荷物を取りに行かせるくせに嘘つくから何度手間にもなるし。
一年の教室にやって来てクラスメイトに嘘吐くし(おかげで近寄り難いイメージを持たれた)。
風邪を引いた私の家にノートを届けに来たかと思えば、テスト範囲が全く別の場所だったり。
多くの嘘を吐いてきた。私に出会った時も、勿論例外でない。
その時の事を回想してみよう。私に吐いた、最大の嘘の事を。
※
入学式、これからの生活に胸がときめき心が躍る行事。
特段目立つ事もなく、平穏に式を終え、家路につこうとした時に一人の男性が視界に入った。
その人は桜の木の下で大きな看板を抱きかかえるように支えていた。
「新入部員の勧誘だろうな……どうしよ、話聞いてみるだけでも」
何か行動を起こしたくて仕方ない衝動に駆られた私は、自然と引き寄せられていた。
けど、私の足に急ブレーキがかかる。看板をよく見ると、こう書いてあったから。
『女子部。初心者大歓迎☆ 部員は女子しか居ないので、青春したい男の子は是非!!』
「う、嘘だ! だって看板持ってるの男の人だし、謳い文句と部名が矛盾してるし、それに、それに……つっこみ所が多すぎる!」
思わず口にしてしまった事で、私の存在を認識されてしまう。
私に気付いた部長は、それはそれは無邪気な笑顔を私に向けた。
その表情があまりに爽やかで、完全に心を奪われた。私ってこんなにちょろかったっけ。
そしてあろう事か看板を捨てるように投げ倒して、その人は私の所へ駆け寄ってきた。
どうしようかあたふたしている私に、彼はこう言ったのだ。
「すっごい可愛い。惚れた。俺の側に居てくれ、一生」
勿論ノックアウトされた。茹蛸を茹でた、ような真っ赤な顔で、引かれるようにそのまま部室へ。
私をソファに座らせると、視線を合わせて言った。
「ありがとう。苦節一年、創部以来始めての部員だ。俺の事は部長と呼んでくれ」
小躍りしながら喜ぶ部長に拍手を飛ばす。
「よ、よろしくお願いします……その、それで、女子部って」
「ああ、ごめんね。女子部っていうのは嘘。俺男だし」
「ですよね」
じゃあ、と私が問いかけるより早く、不敵な笑みを湛えた部長が嬉々として言った。
「俺はね、嘘が好きなんだ」
「ほう」
「そして……キミが好きだ」
「最低最悪のプロポーズですね!!」
随分嬉しそうに、堂々と言ったくせに。
何故か告白された。
「いまいち掴めないんですけど」
「俺は嘘をつく事が好きなんだよ。ここは俺と対話してくれる人が来る場所だ」
そして、悪びれた様子もなく言ったのだった。
私の返事は決まっている。
「帰ります」
「え、どうして!? 折角来たんだし、ゆっくりして行きなよ」
「他を探してください」
「他って……一年間探して、初めて一緒に居たいと思ったのが君なんだけどなぁ」
「へ、え!?」
いじける様に丸まりながら言う部長に、私はまたもノックアウト。
さっきの発言が嘘でも、私は既に捕まっていた。嵌っていた。嵌められていた。
「……し、仕方ないから、とりあえず居てあげますよ」
「ほ、本当かい。ありがとう! 名前は何て言うの?」
「国谷秋乃です……」
「秋乃ちゃん、か。名前も可愛いんだね。俺の事は部長で」
「ちょ、え!? 名前教えてくださいよ!!」
「恥ずかしいから秘密」
「アナタは乙女ですか!?」
※
「はぁ……」
「あれ、どうしたの?」
「いえ、入学式の事思い出したらつい溜息が」
好きになった相手は嘘つきで、いっつも偽りの愛で私を喜ばせる。
喜ぶ自分も自分だけど。
「部長は出会ったときから嘘つきだなと思って」
「出会った時はあんまり覚えてないな」
「ほら」
「ばれちゃうか」
ふん、所詮私は話し相手兼下っ端ですよ。
精一杯、皮肉を飛ばす。
「いっそ嘘と結婚したらどうですか?」
「それは無理だよ。俺のお嫁さんは秋乃ちゃんなんだから」
「は、はぁ!? そ、そそうやって私の恋泥棒しようったて無駄ですからね」
「あれ? とっくに盗めてると思ってた」
「盗まれてますよ大好きです部長ぉ!」
相手のペースに嵌ってヤケクソ気味に叫ぶ。恥ずかしさで顔を逸らす私を、部長はきっと楽しそうに見ているんだろう。
あぁ、あの言葉が嘘じゃなかったら、私は何回部長に惚れているんだろうか。
嘘でも惚れちゃうんだけどさ。
「嬉しいなぁ、秋乃ちゃん。出会った時から俺達両想いだもんね」
「はいはい。部長の嘘ってどうしてここまで心に響くんですかね」
「え? 俺、秋乃ちゃんへの気持ちに関しては嘘なんて言ったことないよ?」
「そうやって嘘つくのが厄介なんですよ。乙女に対して」
「嘘じゃないんだけどなぁ……」
私達はこうやって過ごしてきたわけだし、きっとこれからもこんなもんなんだろう。
日々、部長への愛が深まる自分にももう慣れた。
私には部長の心の内は分からない。
いつか、部長の本音を聞きだしてみたいし、部長の口から名前を聞きたい。
そして、部長の私に対する最大の嘘を真にしてやりたい。
とりあえず今は、嘘とは言え心地よいその言葉で我慢します。
でも、いつか必ず。
私は、今日も部長の嘘を聞く。