表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第3話

ものすごくお久しぶりになってしまいましたが…。

私も色々忘れてて困りました。

携帯投稿なので前話を見直すのが大変でした。

今度からちゃんと本体に保存しておこうと思います。

何しろ久しぶりなので、変な箇所がありましたら申し訳ありません…。

【昼下がり】


僕は、14日…つまり司の誕生日に備えて買い出しに出かけていた。

どこかの家で遅い昼食でも食べているんだろうか、カレーライスの匂いがする。

自転車の籠に入れた買い物袋が風に吹かれてカサカサと音を立てる。

中の卵が割れてしまわないか心配だ。

生クリームの油が浮いてしまっているかもしれない。

それにしても、雪の上で自転車を漕ぐのはきつい。

やっぱり徒歩で来ればよかったかもな。

そんなことを考えながら僕は自転車を走らせていた。

明日の夜ケーキを三人で作って、明後日には司と一緒に食べることになっている。

三人で料理をする、ということに、羅々はとても浮き足立っているようだ。

どこかそわそわと、落ち着かない様子で家の中を動き回っている。

天真爛漫でほんわかしているような彼女だが、実はああ見えて落ち着き払ったところがあるのに、珍しい。

外見は僕と同じような年齢、少なくとも20代前半のように思えるのに、まるで世間一般に言われる母親のような貫禄も備わっている。

一緒に過ごしてきて七年ほどだろうか。

それでもまだ羅々のことがよく分からない。


ふと前を見ると、男性が角から出てくるのが見えた。

危ない、と思って急いでブレーキを切った。

すると僕はバランスを崩して自転車ごと倒れ込んでしまった。

やっぱり徒歩で来ればよかったな。

籠に載せていたビニール袋が積もった雪に叩きつけられ、中身がぶちまけられた。

男性はびっくりした様子で地面に転がった僕に駆け寄ってきた。


「おい、大丈夫か?ごめんな」


僕が余所見をしていたのが悪かったのに、男性は謝っていた。

怒ってもいい場面なのに、こういうことを言える人に悪い人間はいない。


「はい、大丈夫です。すみません」


差し出された手をためらいなく掴んで僕は起き上がった。

服についた雪を払いながら横目で散乱した品々を確認した。

卵は無事ではなさそうだ。

生クリームももう駄目だろう。

僕の視線の先に男性も気づいたようで、また慌てて頭を下げた。


「いや、悪かった。すまない…」

「いいえ、僕が余所見なんかしていたのが悪いんで…」


道の真ん中で、一通り謝り合った後に僕達は散らかした食料を拾い集めた。


ビニール袋の中を買い直さないといけないものを考えながら眺めていたところ、転んだときに落としたらしい僕の生徒手帳を男性が拾い上げて「あっ」と言った。

そして驚いた顔で僕の顔と生徒手帳を代わる代わる見つめ、ため息をついた。


「君、竜樹くんだったのか…」



【偶然】


「覚えてるかい?僕、隆一さんのお店の常連だったんだ」


男性が僕の肩を掴んで満面の笑みで笑いかけた。

そして思い出した。

いつも背広姿で夕飯を食べに来ていた。


「室田さんですか!?」


室田さんは背広こそ着ていないものの、昔と同じように溌剌とした雰囲気をしていた。

何歳なのかは分からないが、多分あの頃で20代後半だったはずだ。

変わらないな、と僕は思った。


「嬉しいなぁ、覚えていてくれるなんてさ」


僕は自転車を押しながら室田さんと歩いた。

僕の隣に並んで歩きながら室田さんは嬉しそうだった。

聞くと、カレーライスの話をしてもらったあとに転勤が決まり、急なことだったので準備が忙しく、店に顔を出す暇がなかったのだという。

僕はよく覚えていなかったが、確かに最後に会ったのはそのときだったような気がする。


「たまたまこっちに仕事があってさ、また隆一さんの料理を食べようかと思って」


僕は一瞬身が固まる気がした。


「あ…、もう店、ないんです」

「えっ?」

「父さん、死んじゃったんですよ」


室田さんは黙っていた。

なんと声をかけたらいいのか分からない、というように。

何度か空中で手をひらひらさせたあと、がっくりと肩を落として言った。


「ごめんな」

「いいんですよ」


僕は笑ったが、上手く笑えていただろうか?


「…隆一さん、なんで?」

「……病気だったんです。余命宣告は、されてたみたいで」



【昔話】


父さんは、普通通り元気そうに――少なくとも僕には――見えた。

毎日お客さんのためにフライパンをふるって、鍋をかき混ぜて…。

だけどある日、羅々が来てからしばらく経った頃、父さんは入院をした。

そして、僕がちょうど5年生になる前の雪解けの季節、死んでしまった。

羅々が来てから、一年が経った頃だろうか。

羅々が居てくれたおかげで、色々な面倒事は回避できたみたいだった。

僕にはよく分からなかったけれど。

こうして考えてみると、どんなに僕が状況を飲み込めていなかったのか、ただ呆然としていたのかが理解できる。


どうしようもなく不安になって、泣きじゃくる僕を羅々は優しく抱きしめて言った。


「ひとりじゃありませんから。わたしのなかに、たつきくんのおとうさんとおかあさんはいますよ」



【運命】


「そうか」


室田さんの「そうか」にはどんな意味が込められているのか読めなかったが、室田さんはしばらく空を見上げて、僕の肩を大きな手のひらで包み込んだ。


「それは、運命だな」

「運命?」


いい大人の口から「運命」なんて言葉を聞くとは思わなかった。

だけど、ガタイのいい室田さんから発せられた言葉は、すとんと僕の中に入ってきた。


「その、羅々さんが居てくれたから今の竜樹くんがあるってことだろう。羅々さんが居なかったら、全然違う竜樹くんになってたかもしれないなぁ」


これは運命なんだよ、神様が決めた運命。と独り言のように呟いた室田さんの言葉が。


「で、羅々さんって何者?」


僕は、いつものように答えた。


「天使だよ」



【不在】


せっかくだからその天使さんに挨拶していくよ、と室田さんは僕と一緒に帰宅した。

途中、駄目になった卵と生クリームの買い直しもした。


「ここは僕が出してあげよう」


と気っ風のよいところを見せてくれたので、お言葉に甘えて予算の都合で買えなかった桃も追加した。

僕達は色々な話をした。

父さんのこと、母さんのこと、店のこと…上司の愚痴も聞かされた。

でも、よく考えると室田さんは何の仕事をしているのかは話していなかった。

上司の愚痴なんてどこにでもあるような変哲のない言い方だったし、もしかしたらそれは聞いて欲しくないことなのかもしれないが、どちらにせよ大人の事情に子供が深く関わってはいけない。


そしてふと、僕は思った。

高校生は、普段は大人ぶりたがるのに、実際は無力な子供でしかないのか。

例え地下鉄の料金が大人料金だって。


僕がぼんやりしているうちに、いつの間にか秋峰家に着いていた。

ドアを開けようとすると、ガツンと鍵がかかっている音がした。

とりあえず玄関の鍵を開けて、ドアを半分程開く。


「ただいまー」


声を上げて家の中に向かって呼びかけたが、返事はない。

羅々、出かけてるのか。

それにしても、僕が買い物に行っている間に出かけるなんて。

今日は用事がある、なんて言っていただろうか?

ドアを閉めて室田さんを振り返り、僕は頭を下げた。


「すいません。羅々、いないみたいです」

「いや、いいんだ。何しろ急だしなぁ」


僕は室田さんにすまない気持ちがしていた。


「まあ、少し会ってみたかったけどね、生きていればまたどこかで会えるさ」


室田さんは、やっぱり良い人だ。

雪を踏みしめて太陽の弱い日差しの下を歩いていく後ろ姿を見つめながらそう思った。


しかし、室田さんには本当に悪いことをした。

卵と生クリームプラス桃の代金を奢らせただけじゃないか。

無意味に歩かせてしまったし。


室田さんごめんなさい、と心の中で謝って、僕は家へ入った。



【前夜祭】


僕、沙織、羅々の三人は、出来上がったケーキを前にしていた。


結局昨日、羅々は夕方頃に帰ってきた。

どこに行っていたのかと問えば、「ちょっとね!」と破顔一笑してはぐらかされてしまった。

まあいいか、と僕は思ったが、なんだか気になる。


羅々は僕が、昔の常連さんに会ったことを話すと、なかなか驚いて「なんてひと?」と聞いてきた。

羅々が来る前の話だよ、どうせ羅々は知らないじゃないか、と言ったが、いいからいいからとせかされて、室田さんてひと、と答えると、羅々は一瞬動きを止めてから、そっかぁ〜と気の抜けた返事をした。

それから、ゆきみちをじてんしゃではしるのはあぶないよ、と忠告してきた。


そして今日、学校が終わってから例によって司をなんとかごまかして家には来させないようにして帰り、夜に部活が終わってからやってきた沙織と合流した。


「ごめんごめん、ミーティング長引いちゃってさ…。三年生の送別会あるんだ」


沙織は生徒会本部員だ。

今の活発な彼女にはぴったりの部活だと思う。

ちなみに、うちの学校では生徒会は部活扱いなのだ。


「生徒会ってさー、結構内輪のイベント、多いんだよね」


手早く材料をかき混ぜながら、ぶつぶつと文句を言うように呟いていたが、沙織はイベント好きだ。

本当のところ楽しみなんだろう。

だからこうやって司の誕生日パーティーの準備をしているんだよなぁ。


学校のことや、司のことを話しながら僕達は夢中でケーキを作り上げた。

そして目の前にあるケーキを感心して見ていたのだ。


「……きれ〜」

「はい、とってもおいしそうです」


フルーツがたくさん載ったショートケーキ。

お店で売っているのと同じくらい美味しそうな出来だった。

実際父さんと同じぐらいの料理の腕前を持っている羅々が中心になって作ったのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。


室田さん、室田さんに奢って戴いた卵と生クリームプラス桃、役に立ってますよ。


「じゃあ、はやいとこしまっちゃおうね。くさっちゃうとたいへん!」


羅々が素早くラップでケーキをくるんで冷蔵庫に入れた。

確かに、食べられなくなってしまうのは大変だ。

生クリームも使っていることだし。

冬場ならラップをして冷蔵庫に入れておけば数日は持つらしい。

機械に弱い羅々がこの前ネットを使って調べて発見したことだ。

どこまで信用できる話か分からないし、なんでも鵜呑みにするのもどうかと思うが、まあ羅々だから仕方ないか。


「じゃあ、本番は明日!」

「はい、またあした」


あとちょっとしたらもう明日だけどなぁ、と思ったが、口にはしないでおいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ