裏庭の木
黄色い絨毯。
そこに埋れてぼくは息をやめる。
ほんの少しだけ、死んだフリをする。
そうすれば、彼はやってくる。
ぼくのしたに敷きつめられたイチョウの葉と同じ色の着物を着た、美しいひと。
「死んだのか、死んでしまったのか。」
悲しい声でそう問う彼に「そうかもしれない」と返してやれば、それでおふざけは終わる。
空を見上げながら、降りそそいでくる黄色に手を伸ばす。そうすればなぜかその手を彼がとる。
「葵、おふざけはもう良さないか。まして女がそんな、脚をおっぴろげて。」
長い黒髪が、ぼくの頬をかすめる。
ほんの少し、いい匂いがしてぼくはそれに気を引かれた。だから何を言われたかもさっぱり忘れてしまった。
でも実は忘れてなんていない。
忘れたふりをしたいだけ。
「チューキは、いい匂いだな。」
大っぴらに広げていた脚を気持ち分だけ閉じて、伸ばしていた手を絨毯に埋める。
「チューキではない。中黄だ。ちゅうき、ほら呼んでみろ。」
ぼくは、ふふん、と鼻をならして焦らす。彼の白い肌が心なしか綺麗な桜色になる。頬が赤く染まったのは、ぼくが口づけをしたからだろうか。
女である自分が好きじゃなかった。
だからって男になりたい訳でもなかった。
苦しくて苦しくて仕方なかった。
「なぁ、チューキ。ぼくさ、貴方が好きだよ。」
中黄の、目が丸くなる。
綺麗な黒が少し揺らぐ。
「たとえ貴方がぼくの作ったマボロシでも。
たとえ貴方が、ぼくに誰かを重ねていても。」
初めて会った朝を思い出す。
もう死にたくて、首をつろうとしたあの朝、
木から舞い降りたマボロシに恋をした。
ふっと心を奪われて、その場に倒れたぼくを違う名前で呼んだ貴方に、ぼくは恋をした。
貴方の悲しい声に、揺らぐ黒に、惚れた。
彼は消えていく。
微笑みながら消えていく。
「かならず、葵に会いに行く。待ってろ。
生まれ変わるまで待ってろ。」
ええ、待ってるとも。
その頃には可愛い女の子になって。
待ってる。
完ー裏庭の木ー
通っていた小学校の裏にはイチョウの木がたくさんあって、秋には黄色の絨毯ができていました。そこで、ゴロゴロと寝転がっていれば誰かが迎えにきてくれるんじゃないかと、子供心になにかを確信していた。
もしかしたら、彼がいたのかもしれないですね。