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少年達


 ノルドに案内されて、アキサリスがたどり着いたのは石造りの巨大な建物だった。

 同じような形をした角ばった建物が、規則正しい間隔で三棟並んでいる。丸い噴水を囲む形で向かいあうように建てられた建物の傍には、それぞれ異なる色の旗が掲げられており、東には剣、正面は星、西には錫杖の意匠が刻まれていた。

 みっつの建物のうち、正面を指差してノルドは言った。

「魔術なら、星の描かれてる旗がある建物だな」

 アキサリスは東、正面、西の順で視線をはしらせ、問うた。

「東と西にあるのは?」

「東は騎士、西は神官たちの拠点だ。剣は力を、錫杖は信仰を、星は知識を表現してるんだとさ」

「へぇ」

 聞けば、案外ノルドは親切に答えてくれる。根は悪い人間ではないのだろう。

 そう思いながら、ふと、アキサリスはノルドの背中に視線をやった。騎士の象徴は力であり、力の象徴は剣である。けれど、目の前の少年が負うものは、鋭い刃ではなく、重く打ち付ける棍だ。そのことにいささかの疑問が浮かぶ。

「あんたって、騎士だよな。剣は持たねーの?」

「僕は、神殿の騎士だからな。剣は持てないんだ。……てか、そんなことどうでもいいだろ」

「それもそうか」

「おい。そこは普通、気にする場面だろ!」

「じゃあ聞くけど?」

「ぜーったい話してやんない」

 気にして欲しいのか、気にして欲しくないのか。ノルドは口をくの字に曲げて、アキサリスから顔をそむける。

 しかし、アキサリスはさして気にかける様子もなく、まっすぐに星が掲げられた正面の建物へと向かった。そのうしろを嫌そうにノルドがついていく。

 尊敬する先輩騎士のいいつけをやぶって、アキサリスをひとりにするつもりはないらしい。口は悪いくせに、変なところで律儀だ。

 拠点の門前には、鎧を着た門番がふたりいて、入館者ひとりひとりに注意を払っている。門番たちに軽く会釈をして、アキサリスは建物に入った。ノルドもあとに続く。

 だんまりでついてくる分には、ノルドはアキサリスの邪魔にならなかった。

 むしろ、神殿の騎士という彼の身分はたしかで、この街にとって、得体の知れない旅行者であるアキサリスよりもよほど自由が利いた。アキサリスひとりであれば、この魔術師たちの拠点だという建物に入れたかどうか、それすらあやしい。

 受付らしきカウンターには赤い帽子をかぶった男が暇そうに座っていた。

 男はアキサリスとノルドの姿を一瞥して、すぐに興味を失ったように手元の本に視線を落とす。

「黒い影に関する資料が読みたいのですが、ありますか?」

 アキサリスは、カウンターの男にそう告げた。

 彼の目的は、黒い影に関する情報を集めることだった。カナンやエルゼによる伝聞の情報は、間違っているとは思わないが、不確かだ。もっと大きく、広い形で、この地のひとびとに共有されている情報を得たかった。

 男は顔も上げずに、ぶっきらぼうに答えた。

「ある。ありすぎるくらいだ」

「では、撃退方法が記載されているものは?」

「ある。ただ、素人には扱えないし、効果も影をひるませる程度のこどもだましなものばかりだな」

「それでけっこうです。どこに行けば拝読できますか?」

 男は顔をあげて、アキサリスを観察するように視線を動かした。

「おまえはこの街の人間じゃないな」

「定住している人間にしか読めない資料なんですか?」

「俺に聞くより、おまえのうしろにいる坊主に案内してもらったほうが早いと思うぞ。一応、持ち出しはできない。それだけ覚えておいてくれ」

 男に教えられた資料室には、誰もいなかった。古い紙のにおいが満ちた小部屋で、ところ狭しと並べられた木製の本棚にはみっしりと本が詰まっている。

 棚の上にも無造作に本がおかれており、はたして正確な分類がされているかはなはだ怪しい。この中から目当ての資料を探すのは骨が折れそうだった。

「おまえ、黒い影のなにが知りたいわけ?」

 この部屋にある唯一の机の上に行儀悪く腰掛けて、ノルドは本棚をあさるアキサリスに問いかけた。

「できるだけ多くのことを。成り立ちが分からなければ対策を講じることもできねー」

「成り立ちったって……なぁ。気がつけば影はあったし、昔からずっとあるもんだし。爆発的に数が増えて、被害が大きくなってきたのはここ数年だけどさ」

 ぱらぱらと分厚い本をめくりながら、アキサリスは雑談を続ける。

「どうして急に増えたのか、そもそも影とはなんなのか。昔からいるなら、そのへん研究してるやつだっているだろ。しらねー?」

「いちばん有名な説は、悪魔。人間に下される天罰。街の界隈では黒い影にまつわる変な宗教も出てくるし、すごい迷惑してる。あとは……病原菌説やら死人説やら」

 黒い影に相対したとき、アキサリスはいいようのない不安にかられたことを思い出した。この世のものではあってはならない、世界の異物。

 あの影はきっとそのようなものなのだ。

「悪魔や病原菌つーのは、分かるけど、死人ってなんだよ。根拠は」

「僕も詳しくは知らないけど、黒い影の声を聞いたって報告が何件かあるらしい。で、その声が死んだばあちゃんだったり、じいちゃんだったりに聞こえたってさ。単なる聞き間違え、空耳だろうけど。笑えるだろ」

 ノルドはそう言って笑ったが、アキサリスはちっとも笑えなかった。

 夜になれば、また黒い影がでてくるはずだ。できるだけ早く、対策を講じなければ。その一心でアキサリスは本のページをめくった。

 成り立ちさえ分かれば、アキサリスは黒い影に対抗する力を得ることが出来るだろう。なにをなすために、彼らは存在するのか。あるいは、なにをもって、彼らは存在するのか。

 アキサリスには自信があった。彼の父は偉大な魔術師であり、彼もまたそんな父を師と仰ぐ魔術師だ。

 彼の父は、魔術とは世界を紐解くことだと彼に教えた。

 世界を分解し、融合させ、思うとおりの力の形にするのだ。

 一般的に魔術を行使するためには一定の定められた手順と呪文が必要だと解されているが、これは必要条件ではない。

 どのような物に対して、どのような効果を与えたいか。強くイメージできれば、それはそのまま力として発現する。一方、一瞬でも意識がずれれば容易く崩壊してしまう。

 手順や呪文は、発現する力に対して、それらが必要だと認識していれば、無意識下で、その意識がずれることを防いでくれる役割をもっていた。いわば安全装置のようなものだ。

 その安全装置をもたないアキサリスは、ある程度自由な力をもつ反面、もろいともいえた。

「おーい。もうそろそろ日が落ちるぞ」

 世界を紐解くには、知識が必要だ。黒い影に関するあらゆる情報をアキサリスは必要としていた。

「……分かった。戻るか」

 けれど、時間は限られている。夕方には合流すると、彼は幼馴染と約束していたのだから。

 アキサリスは名残惜しげに書物を本棚にしまって、暇そうに足をぷらつかせるノルドのもとに寄った。ノルドは机から飛び降りて、くんっと両腕をあげて伸びをする。

「ぼくってやさしいよなぁ。ちゃんとこうやっておまえに付き合ってるんだから」

「少しは手伝えよ」

「色々話してやっただろー。影のこととかさぁ」

 資料室を出て、ふたり並んで白い大理石つくりの廊下を歩く。

 受付のカウンターに座る赤い帽子をかぶった男は相変わらず本を読んでいて、少年二人が出て行くのを気に留めるそぶりはない。

 二人も男に対して軽い会釈をするだけで、とくに声はかけなかった。

 知識を求める人間には変わった人間が多い。大体がひと嫌いだ。色々なことを知りすぎて、きっと人間に嫌気がさしてしまったんだろう。カウンターに座る男もその類の人間に見えた。

 そのまま星の旗を掲げる建物を出て、三方に建てられた建物につながる三又の道が合流する、丸い噴水の前をふたりが通りかかったとき、前方から歩いてくる男たちの姿が見えた。

 彼らはみな一様に帯剣しており、そろいの青い肩掛けをしている。白い詰襟に白い下衣を着た人間族の若者たちだった。

 アキサリスは特に気にもとめずすれ違おうとしたが、ひやかすような笑い声と、侮蔑に満ちた言葉が聞こえ、思わず立ち止まった。

『実力もないくせに思い上がって』

『親の七光り』

『権力を盾にする恥知らず』

 一瞬、アキサリスは自分のことかと耳を疑った。

 たしかに思い上がっているところはあるかもしれないが、見知らぬ人間にバカにされる覚えはない。

 いぶかしんでいると、うしろから背中を押された。ノルドだ。

「なに立ち止まってんだよ。さっさと行けよ」

「……ああ」

 背中の向こうで、若者たちのふざけたような笑い声があがる。

 アキサリスは遠くなっていく彼らの悪意を聞きながら、さきほどの出来事の矛先が誰に向けられていたのかを確かめた。

「あんたってさ」

「なに」

「いじめられてんの?」

 アキサリスの問いかけに、ノルドは尻尾をぴーんと逆立て、地団太を踏んで反論した。

「違う!ひがまれてんの!ぼくってさー、ほら、若いのにいちおう騎士だしー。親もちょー権力者だしー、顔もいいしー。恵まれすぎてどうしよーって感じで?」

「ほお。初耳だな。それで言い訳をしたいのかもしれないが、原因は性格じゃね?」

「うるさい!とにかく、なんて言われようとぼくは騎士なの!あんな下積みのやつらにバカにされたってぜんぜん悔しくない!」

 どうみても悔しそうだ。

 聞いてもいないことまでぺらぺらと話す少年は、白い肌を真っ赤に染めてうなっている。

 話を聞く限り、いいとこの生まれらしい彼が、固執する騎士という肩書きに少しだけアキサリスは興味を持った。

 黒い影の発生する北の地で、たったひとりでカナンは行動していた。もしも騎士というものが単なる名誉職であれば、そのような危険な仕事があてがわれることはないだろう。

 それとも、カナンは単なる例外なのだろうか。

「騎士ってそんなにいいのか?」

「当たり前だろ!カナンさんと一緒なんだ。いいに決まってる。まぁ、カナンさんは王様の騎士で、ぼくは神殿の騎士だけどさ。騎士は騎士だ。細かいことは関係ない」

 騎士の中でも違いはあるようだが、ノルドの返答はいまいち的を射ない。

 分かったのは、彼は相当「騎士」というものに入れ込んでいるらしいということだ。そして、おそらく彼は「騎士」の称号を得てなお、満足はしていないようだった。あの悪意に満ちた若者達の言を考慮するならば、その理由はおのずと見えてくる。

「ひとつだけ言っておく」

 ともかく、これだけは伝えておかねばなるまい。

 ノルドの姿を見て、アキサリスは強くそう思った。

「あんた見てると、この国は騎士って称号のバーゲンセールでもやってんのかとこどもが勘違いするぜ」

 少年達が、とっくみあいの喧嘩を始めるのはいたしかたないことであった。

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