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花の街・恋の街2

 ノルド君が連れていってくれたのは、大通りから東に少し入った場所にあるレンガ造りの小さなレストランだった。

 時間的にお昼のピークをすぎているはずだが、それなりの人数のお客さんでにぎわっていた。客層も幅広く、おとなからこどもまで、獣人族から精霊族までって感じだ。

 ノルド君をはじめて見たときは、ちょっとびっくりしたけれど、こうやって他のヒト族を見るとノルド君はわたしたちに近いヒト族なんだなってことがよく分かる。

 なにせ、頭が魚のヒトや腰から下が馬のヒト、半分透けてるヒト、なんでもありだ。

 ついついじっと見ていると、アキちゃんに注意された。いけないいけない。あんまりぶしつけに見るのは失礼なことだよね、やっぱり。

 給仕係りのひとに案内された席は窓際の四人掛けのテーブル席で、わたしとアキちゃん、エルゼさんとノルド君が隣り合う形で腰掛けた。

 ちょっと日当たりが悪いのは気になるけど、レストランの中はおいしそうないい匂いに満ちていた。

「どれにしようっかな~♪」

 さっそくメニューを開いて、どの料理がいいか選び始める。

「ノルド君、おすすめってあるの?」

「オムライスが美味い」

「おお!じゃあそれにしようかなー。アキちゃんはどうする?」

「んー」

 気のない返事をしてメニューをアキちゃんは覗き込む。そのときだった。

 アキちゃんの頭が、テーブルにめりこんだ。

 うわー。痛そう。

 じゃなくて、大柄なおとこのひとがアキちゃんの身体を背中でつぶしていた。

 おとこのひとも誰かに突き飛ばされたような感じで、痛そうに頭を抑えている。

「なにしやがる、てめぇ!」

 おとこのひとは勢いよく体勢を整えると、乱暴な言葉遣いで吼えた。

 対峙するのは柄の悪そうな赤髪のおとこのひとで、なんというか、まさにチンピラ同士の因縁のつけあいって感じだ。近寄りたくない。関わりたくない。

「それはこっちの台詞だ、ばかやろう!あの女は俺が先に目をつけてたんだ!」

「後も先もあるかよ!んなもん早いもん勝ちに決まってるだろうが!」

 そんなことを叫びながら、おとこのひとはとっくみあいの喧嘩を始めた。

 わたしたちのテーブルの近くでやるものだから、埃はあがるわ危ないわでとてもじゃないけど座っていられない。

 でも、それ以上に、わたしのすぐ隣で不穏な空気が立ちのぼっていた。

「ひと様にぶつかっておいて、謝罪のひとつもないのか。てめーら」

 額をしこたま打ち付けたアキちゃんは、平素から凶悪な目つきをより一層つりあげて、喧嘩をするおとこのひとたちに詰め寄った。

「あ?」

「あぁん?」

 思わぬ闖入者に、おとこのひとたちは顔をそろえてアキちゃんを睨みつける。

「アキちゃん、だめだよ。そのひとたちは関わっちゃいけない人種のひとたちだよ!」

「リンちゃんも意外というのね……」

 エルゼさんの冷静な分析はおいておいて、完全に頭に血が上ったチンピラたちを遠巻きにレストランのお客さんたちが見守っている。とても迷惑そうに。

 アキちゃんって怖いもの知らずだなぁ。なんてのんきに現実逃避をしている場合ではない。とにかく、止めないと。

「ノルド君!騎士なんでしょ。なんとかしてよー」

「やだよ。めんどくさい」

 面倒だとか面倒じゃないとかの問題じゃないと思う。けど、ノルド君は完全に知らん振りを決め込んでいた。

 こうなったらわたしが……!とも思うが、あのチンピラ三人の中に入っていく勇気はない。右往左往している間に、三人はにらみ合いながらレストランの外に出て行った。まさに、表に出ろ!コルァ!な展開なんだろう。

 おなかがすいたのも忘れて、わたしはあわてて三人のあとを追って店の外にでた。

 どうか、アキちゃんがのされていませんように!

 切実に願いながら、表に出ると、アキちゃんがひとりで道に立っていた。

「あれ?」

 ほかのふたりのおとこのひとはどうしたんだろう?

 そう思って周りをよく見てみると、アキちゃんの足元でおとこのひとがふたりともうつ伏せになって倒れていた。完全に気を失っているようだ。

「へぇ。やるじゃん」

 のんびりと店の外に出てきたノルド君が、ひゅうっと口笛を吹いた。

 アキちゃんは、どう見ても肉体派ではない。ひがな一日森の中で黙想したり、おじさんの書斎で本を読んだりして過ごしてきた超インドア派のはずだ。体格のいいおとなの男性ふたりを力でねじふせることができるようにはとても見えない。

「魔法?」

「そらそーだ。俺は魔術師だからな」

 ただの喧嘩に、そんなの使っていいのかなぁ。魔法は繊細なんだって言ってたのに。

 そしてアキちゃんはなにごともなかったかのように、レストランの中に戻ろうとする。が、それは叶わなかった。わたしたちと同年代くらいの少女が扉の前に立っていたからだ。

 肩まで伸びた癖っ毛の金の髪、エメラルド色の猫のような大きな目。薄い水色のワンピースからすんなり伸びる手足。健康的な色気のあるかわいい女の子だった。

 彼女はゆっくりとアキちゃんに歩み寄り、ごく間近で微笑みかけた。

「君、強いんだね。かっこいいな」

 対するアキちゃんは、眉をひそめてうさんくさそうな目で彼女を見返す。

「あ?」

「あたし、リュネ。さっき、君が吹っ飛ばしてくれた男たちにしつこく言い寄られていて困ってたんだ。助かっちゃった。ありがと」

 うーん。声もかわいい。さりげなくアキちゃんの肩に触れて、首を傾げるしぐさもおんなのこらしい愛らしさにあふれている。

「なにかお礼がしたいんだけど、時間あいてる?」

「この辺で装身具を売ってるいい店知ってたら教えて欲しい」

「あは、もちろん。案内してあげる。こっちよ」

 も、もしや……。

 これはいわゆる逆ナンというやつではないだろうか。

 リュネちゃんはアキちゃんの右腕に腕を絡めて、歩き出そうとするが、アキちゃんは動かなかった。

 呆然となりゆきを見守るわたしを手招きして、ぐいっとリュネちゃんをわたしに押し付ける。リュネちゃんもいきなりのことにびっくりしているようだ。

「エルゼさんの棲家を探すって言ってただろ。案内してもらえよ。待ち合わせはこのレストランの前な。夕方には合流しよう」

 そして、アキちゃんはリュネちゃんから興味をなくしたようにそっぽを向いて、ノルド君に話しかけた。

「ノルド、この辺で魔術関係の施設ってあるのか?」

「そりゃね。あるよ」

「案内しろよ」

「おまえっていちいち偉そうだよなぁ。なんかムカつく」

 悪態をつくノルド君の背中を蹴飛ばして、アキちゃんは軽く手を振った。

「じゃ、そういうことで」

 あれよあれよという間に、アキちゃんとノルド君と別行動になってしまった。

 残されたわたしとエルゼさんは、おそるおそる振り向いて、リュネちゃんの様子を伺う。

「……」

 お、怒ってるかなぁ。怒ってるよねぇ。

 アキちゃんの態度はまったくもって褒められたものではなかった。おんなのこに対してずいぶん失礼だ。

 どうフォローするべきか考えあぐねていると、リュネちゃんは両頬を上気させ、両手を胸の前で合わせてそっとつぶやいた。

「超クール!かっこいー……」

 世の中にはいろんな趣味のひとがいるらしい。

 あれってクールっていうのかな。単に失礼なだけだと思うんだけど。

「さってと、将を射んとするならまずは……てことで。えーっと、さっきの男の子のお連れさんだよね。君。連れて行ってあげるから、どんな装身具が欲しいか教えてよ」

 ハキハキと喋るリュネちゃんに連れられて、わたしとエルゼさんはレストランから少し離れた場所にあるという街の北側にある宝飾屋さんに向かうことになった。

 その道すがら、リュネちゃんはたくさんの質問をした。そのどれもが、アキちゃんにまつわることで、名前や年齢から始まり、出身地や趣味などなどだ。

 本人に聞いてくれたほうが早いと思うんだけど、いないから仕方ないか。

「ところで。君たち、彼とはどんな関係なの?」

 彼、とはもちろんアキちゃんのことだろう。

 エルゼさんはふんわりと笑いながら答えた。

「私はつい最近知り合ったばかりなの。強いて言うなら、恩人、かな?あ。もちろん、リンちゃんもよ。よい友人になれると思っているわ」

 エルゼさんの答えに、リュネちゃんは満足したようだった。

 そして当然、その質問はわたしにも向けられているわけで。答えないわけにはいくまい。

「えーっと……わたしは、アキちゃんの幼馴染かなぁ。家が近かったから、よく一緒にいた気がする」

「ふーん」

 まるで探るように、エメラルド色の猫目がわたしを見つめる。

 なんだろう。ちょっと睨まれているような気がする。けど、すぐにリュネちゃんはにっこりと笑顔を浮かべて言った。

「いいな。あたしもアキのこどものころとか見たかったな。かわいかったんだろうね」

「えー。そうかなあ」

「そうだよ。ね。小さいころ、アキってどんなこだったの?」

 リュネちゃんに聞かれて、わたしは考えてみる。

 アキちゃんって、こどものときどんな風だったかな?

 アキちゃんのことを考えると、まず、浮かんでくるのは強烈な親近感。その理由を探すけれど、なんとなくぼんやりとしていて、うまく思い出せない。

 昔のことだし、すごく記憶があいまいだった。

 でも、聞かれてるんだし、答えないと。考えて考えて、結局、わたしはこう言った。

「ちいさかったよ」

「誰だって小さいでしょ。もっとほかに、思い出とかね」

 思い出といわれても、すぐには出てこない。

 誰かに聞かせられるような面白いエピソードがあればよかったのだけれど、あいにく、あの静かなさいはての森の奥では、穏やかで淡々とした日々が営まれてきたのだ。

 あの場所は平和だった。きっと、退屈で、なんでもない日々こそが平和だった。

「君って、優しい顔の割りに意地悪なんだね。思い出くらい教えてくれたっていいでしょ」

 気がつけば、リュネちゃんがぷくーっと顔をふくらませて睨んでいた。

 ちょっとぼんやりしていたらしい。わたしはあわてて両手を振って否定する。

「あ、えと。本当に、きちんと思い出せなくて。わたし、昔から頭の回転がにぶいから!もうちょっとすれば思い出すとおもう!」

「いいよ。もう。それより、店についたよ」

 リュネちゃんが案内してくれたのは、比較的大きなお店だった。宝飾屋っぽく、いろんな色の飾り玉やガラス細工が店頭に並んでいる。

 店の中に入ると、温厚そうな老紳士が出迎えてくれた。

 軽く会釈をして、店の中を見回してみる。

 お店の中には、髪飾りや首飾りといった装身具だけではなくて、手鏡や櫛といった日用品もおかれていた。それらには綺麗な石がはめ込まれていて、見ていて飽きることはない。

「わぁ。どれもすてきだねぇ」

「そうね。きらきらしてて、目移りするわ」

 エルゼさんも、ものめずらしげに店内をぶらついている。リュネちゃんを交えて、あれがいい、これもいいなどと言って軽い品評会だ。

 ひととおり店内を見て回って、なにか気に入ったものがあったかどうかエルゼさんに尋ねてみる。

「エルゼさんの棲家なんだし、エルゼさんの気に入るものがいいよ」

「そうねぇ……」

 すると、店の店主らしい老紳士がわたしたちに声をかけてきた。

「おや。もしや、精霊族の方の宿り石をお探しですか?」

 宿り石ってなんだろう?

 首を傾げるわたしに代わって、エルゼさんがうなづいた。

「ええ。新しい棲家を探しているのです」

「ほうほう。して、どなたの?」

「私です」

 老紳士は鷹揚に頷きを返しかけてから、少し仰天した風に肩を揺らした。

「あなたの?……これは失礼しました。てっきり、あなたは人間族の方だとばかり」

 たしかに、エルゼさんはまったくの人間に見える。

 そもそも、精霊族と他のヒト族の違いなんてわたしは知らないのだけれど。

 たしか、精霊族は鉱石を棲家にしていて、ヒト族の中でも長命だとカナンさんは言っていた。でも、エルゼさんを見る限り他に身体的特徴があるわけでもなさそうだし、精霊族だといわれなければ、見分けはつかないだろう。

 けど、その考えはリュネちゃんの言葉で覆される。

「へぇ。君、精霊族だったんだ。綺麗に実体化しているね。相当、力、強いんだ」

「じったいか??」

 話についていけないわたしに、エルゼさんが優しく解説してくれた。

「精霊族というのは、普段はあなたたちにみえないところにいるの。でも、ほかのヒト族とも仲良くしたいから、あなたたちに似た形をとってるの。この街にも、半透明の存在があったでしょう。あれが精霊族かな」

 そう言うエルゼさんを見つめながら、老紳士は感嘆のため息をついた。

「私も長く生きてきましたが、いやはや。あなたの力に耐えうる鉱石は滅多にないでしょうな。この店に出している品では難しいと思いますよ」

「……そうですね。残念です」

 ど、どういうことだろう?

 ぽかーんと話の成り行きを見守るわたしの頭をそっと撫でて、エルゼさんは言った。

「精霊族の棲家は、どんな石でもいいわけではないの。せっかくつれてきてくれたのにごめんなさいね」

「そうなんだ。うーん。でも、楽しかったからいっか」

「うん。私も、そう思う」

 当初の目的だったエルゼさんの新しい棲家探しは振り出しに戻った。

 けど、無理に探す必要は本当はないんだよね。エルゼさんさえよければ、あのままアキちゃんの首飾りに住んでもらうのがいいとわたしは思っている。だって、それなら、エルゼさんとずっと一緒にいれるもんね。

 このとき、わたしはものすごく楽観的だったと思う。

 だって、アキちゃんと離れることは絶対にないんだって、当たり前のように思っていたのだから。

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