花の街・恋の街1
「ねぇねぇ、アキちゃん。ふと思ったんだけど、アキちゃんの魔法で王都までぴゅーんって飛んでいけないの?」
思い出したくないけど、王都への旅を始めた直後。わたしが変なおとこのひとに捕まったとき、アキちゃんはわたしのところへ飛んできてくれた。
あんな感じで、移動することって出来ないのかな。
「移動魔術は繊細なんだ。少なくとも、一度行ったことのあるところでないと飛べねー」
「ふーん。じゃあなんで、あのときわたしのところに来れたの?」
「……。おまえがバカ面してるから」
なぬ!?どういう意味!
追及しても、アキちゃんはのらりくらりと交わして教えてはくれなかった。しまいには「うるせー」って言って叩かれる。暴力反対だ。
ともかく、魔法で王都には行けないらしい。
地道に歩くしかないってことだ。
エルゼさんと出会った村から、大街道を歩くこと約二時間。はじめて、わたしたち以外で、街道を歩くにんげんに遭遇した。
不自然なくらいひとけのない街道にはとうぜん理由があって、このあたりの地域一帯には王様から避難勧告が出ているらしい。残っているのはわたしやアキちゃんみたいに極端な辺境に住んでいる者や、エルゼさんのように棲家を離れられない者だけと言って考えていいらしい。
こちらに向かって歩いてくるのは、わたしと同じくらいの年頃の少年だった。黒い髪に明るいとび色の瞳。薄手の藍色のフード付きのマントを羽織っていて、その下の服装はいたって簡素だ。
ぱっと見、どこにでもいるような少年だったけれど、その分、背中に背負う巨大な棍棒が余計に異様なものに見えた。
彼は、わたしたち一行に気づくと、にぱっと八重歯を見せて笑った。そして、ぶんぶんっと大きく両腕を振る。
「せんぱーい!迎えにきましたよー」
先輩?
首をかしげていると、隣を歩いていたカナンさんが少年に応えるように軽く手を上げる。
「やぁ、ノルド。ご苦労様」
どうやら、カナンさんの後輩?らしい。少年はぱたぱたっと駆け足でカナンさんの前にやってくると、びしっと腕を胸にあてて敬礼してからこう言った。
「ご苦労様、じゃないっすよ。急に連絡が途絶えて、みんな心配してたんですよ」
それから、彼はわたしやアキちゃん、ひとの姿をとっているエルゼさんを見回して、ひとなつっこそう笑顔を浮かべた。
「わぁ。このひとたちが今回、先輩の手を煩わせた愚図でのろまで危機管理のなってない役立たずさんですか?」
うわー。
かわいい顔して強烈なことを!一瞬、耳がおかしくなったのかと思った!
どう反応していいのか分からず固まっていると、すかさずアキちゃんが少年の頭を叩いていた。
「いてっ」
「殴るぞ」
「いや、アキちゃん、殴ってから言っても遅いよ!」
初対面で本音をぶちまける彼もどうかと思うけれど、手を出すアキちゃんも同レベルだ。案の定、少年はご立腹の様子でアキちゃんを睨んだ。
「なにすんだよ!」
「教育的指導」
少年とアキちゃんが真正面から対立する。ふたりとも背が低いので、ふたりの間に割ってはいるカナンさんがすごくお兄さんみたいにみえた。
「今のは喧嘩を売ったノルドが悪いよ。彼らは民間人なのだから、もっと優しく親切にしないと。騎士っていうのはね、ただ力が強いだけでは務まらないものなんだよ。わかってるよね?」
「すみません……」
カナンさんに優しく諭されて、ノルド君はしゅんっとした。なんだか、動物的っていうか、彼にしっぽがあったら力なくうなだれている姿が目に見えるようで……って。
「ねぇねぇアキちゃん。あの男の子しっぽがあるように見えるんだけど、わたしの目おかしくなっちゃったよ!」
「おかしいのはおまえの目じゃない。あいつの尻だ」
アキちゃんにも見えているらしい。動揺するわたしに向かって、カナンさんは苦笑気味に言った。
「リンちゃんの目も、ノルドのお尻もおかしくないよ。ノルドはね、獣人族なんだ。しっぽだけじゃなくてふさふさした耳もあるよ」
「そうなんですか!」
「な、なんだよ……獣人なんか珍しくもないだろ」
フードの両端をひっぱって、ノルド君はあとじさった。
獣人って珍しくないんだ。都会のほうではいろんなヒト族がおなじところに住んでいるのかな。
じっと見ていると、ノルド君はカナンさんの背に隠れてしまった。
「彼女たちは辺境に住んでいたそうだから、獣人族をみるのははじめてなのだと思うよ」
「ふーん。ともかく!先輩、いちど花の街で本部に連絡を取ってくださいね」
「うん。用事もあるしね。わかったよ」
鷹揚にうなずくカナンさん。きっと、頼れるいい先輩なんだろうな。
ところで、花の街ってどこにあるんだろう。近いのかな?エルゼさんに聞いてみた。
「そうね、ここからすぐ近くにあるわ。険しい山に挟まれた盆地の街で、北と南の交易の中心になっていたの。とても繁栄しているし、第二の都といっても差し支えないと思う」
「加えて、今現在は黒い影との戦いの最前線だね。影は国の北側で多く発生していて、少しずつ南下していってるみたいなんだ。なんとか食い止めたいけれど、なかなかね」
と、カナンさんが付け加えて説明してくれた。
どうして黒い影が現れるのか、とか、なにが原因で、とか、そういった具体的なことはなにも分かっていないし、どうやれば完全に消滅するのかも分かっていない。
ただ、白銀の剣で切り裂けば一時的に追い払うことができるらしい。
「花の街ってところも避難の対象なんですか?」
「いちおうね。けれど、多くの兵士が街に逗留しているから、しぜんと商人や関係者が集まっていて、以前よりもさらに活気がある街になってるねぇ」
カナンさんの話を聞いて、大きな街なんだなーってぼんやりとは感じていたけれど、実際、本物の花の街を目の当たりにしたときには驚きで一瞬声がでなかった。
まず、大きな山がふたつ見えてきて、その間に巨大な白い壁が作られていた。街の門のようで、人ふたりぶんくらいの高さはある鉄の扉が中央にでんっとあったけれど、その扉はきつく閉じられていた。
これ、開くのかなぁ。
わたしが不安になっていると、カナンさんはおもむろに懐から鍵を取り出し、あっさりと扉をあけた。
もちろん巨大な鉄の扉ではなくって、少し離れたところに小さな鉄の扉があったのだ。白い壁に溶け込むように、隠すように作られた扉だった。
その扉をくぐると、赤白黄色青緑、あざやかな色彩の波が目に飛び込んできた。
まぜこぜになったたくさんのひとの声が押し寄せてくる。がやがや、がやがやと活気に満ちたひとびとの声。
巨大な門の奥には石造りの大通りがあって、ずっとまっすぐに商店街が続いているようだった。
くだものやさかな、変な雑貨屋から、ちょっと危ない武器屋までいろんなお店が並んでいて、その前をいろんなひとが行き来している。
こんなにたくさんのひと、見たの初めてだ。
「すごい。すごいね、アキちゃん。ひとがいるよ。いっぱいだよ!」
我ながら大興奮して、アキちゃんの服の裾を引っ張る。アキちゃんも、ひとの多さに少し圧倒されているようだった。田舎から出てきたふたりだ。仕方あるまい。
「街なんだから、ひとがいるのが当たり前だろ」
あきれた様子でノルド君がつっかかってくる。もちろん、アキちゃんにだ。
「うるせー。俺はびびってもいねーし、興奮もしてねー」
「は?なに言ってるの?誰もそんなこと言ってないでしょ。ふーん。おまえ、興奮してびびってんだ。ふーん」
すかさずアキちゃんの手が出て、けど、ノルド君はそれをひょいっと避ける。
「へ。ぼくだって騎士のはしくれだ。民間人相手に遅れをとるかって……!!」
場所が悪かったんだ、と、ノルド君の名誉のために言っておこうと思う。
アキちゃんの鉄拳をうまく避けたノルド君だったが、運悪く足元に木箱があったために、盛大にこけてしまった。痛そうだ。
石畳に倒れふすノルド君を見下ろして、アキちゃんの一言。
「あんた、ばかだろ」
「い、いまのは油断しただけだ!」
がばっと顔をあげて、アキちゃんを睨むノルド君。
打ち付けた鼻先が赤くなって痛々しい。
「はいはい。坊主ふたりが仲良くなったみたいでお兄さんは嬉しいよ」
「仲良くなんかなってねーよ!」
「仲良くなんかなってません!」
カナンさんのからかいに対して、お約束のようにふたりの息はぴったりだ。
これにはエルゼさんも苦笑いを浮かべている。
「僕は本部に連絡をしてくるから、その間、こどもたちとエルゼさんのことは頼んだよ、ノルド。宿はひばり亭にとっておいておくから、疲れたらそこで休むようにね」
と、カナンさんは言って、ひとごみの中へ消えていった。
ノルド君は「はい!」っていい返事をして、笑顔でカナンさんを見送ったけれど。その背中が見えなくなった途端、あからさまにめんどうくさそうな顔をしてわたしたちを見回した。
「それで。おまえら、どこか行きたい所とかあるの?」
「いきなり不親切なやつだな。この街になにがあるかも分かってねーんだぞ、俺たちは。答えられるか」
「めんどくさいなぁ。ま、いいけど。てきとーに連れまわせば時間もつぶれるかな」
口ではそういいながらも、ノルド君はあんがい親切に街の中を案内してくれた。
わたしたちが最初に立ち尽くしていた大きな扉があるところが北門で、ながーい通りを挟んで向かい合わせにあるのが南門。この街の入り口は北と南にある大きな門だけで、必ずそのどちらかをくぐらなければ出入りができない造りになっている。
そして街の門から伸びる大きな通り沿いには大きな商店街があって、ここにくれば大抵のものは揃うらしい。その通りを中心にして、西側は一般的な住宅街で、公共施設や短期滞在者のための宿屋など、生活に則した施設がたくさんある。そして東側は個人住宅や王国の兵士たちの駐在所に加えて、ちょっといかがわしいお店が立ち並んでいるらしい。
「もともと商業で発展した街だし、なんだかんだで娯楽施設はひととおり揃ってるな。真昼間なんかは、黒い影の影響なんてなんにも感じさせないくらいだ」
大通りの隅っこで、ノルド君はりんごをかじりながらそう教えてくれた。
「影って、夜しかでないんだ」
「は?あたりまえだろ。そんなことも知らないの?おまえらって、ほんっとド田舎から来たんだな」
ちょっと疑問を口にすると、ノルド君はすぐに田舎者扱いしてくる。そりゃ、否定はできないけど何度も言われるとちょっと落ち込む。
「ある意味、しあわせなことではないかしら。十数年、彼女たちは影に怯えずにすんだのだから」
エルゼさんのあたたかいフォローが身にしみる。
「そんなの、単に運がよかっただけだろ。カナンさんが保護しなかったら、遅かれ早かれおだぶつだったろうな」
さすがカナンさんだ!などと、心酔した様子でノルド君は語っている。
初対面のときから、なんとなく感じていたけれど、ノルド君って本当にカナンさんのことが好きなんだな。好き、というか、尊敬、なのかもしれないけれど。街の案内の合間合間にカナンさんがどれだけすごいかというのを挟んでくるので、正直、カナンさん豆知識についてはおなかいっぱいの状態だ。
そんなノルド君の話を、うんうんって聞いてあげられるエルゼさんの懐の広さに感動する。
「ねえ、アキちゃん。おなかすいたかも」
「そろそろ、そう言うと思った」
お昼の時間はとっくに回っていて、街の中は目新しいことだらけで、案内してもらっているときは空腹も感じなかったけれど。
急速におなかの虫がだだをこねはじめた。だって、成長期だし。
「ノルド君、ノルド君」
「それで、カナンさんは俺に言ったんだ。騎士としてではなく、ひとりの人間として君」
「ノルド君!!」
「ん?」
カナンさん語りに熱の入るノルド君の肩を思いっきり揺らして、主張する。やっと気づいてくれた彼は、話を邪魔されたからかちょっと不機嫌そうだ。
だが、知ったこっちゃない。こっちは腹ペコでもっと機嫌がよろしくないのだ。
「おいしいごはんが食べられるお店につれてって」
「具体的に食べたいものとかないのか?」
「食べられるならなんでもいいよ。ひもじいよ」
寛大すぎるわたしの主張に、ノルド君もアキちゃんも、エルゼさんまで笑っている。
こっちはいたって真剣だというのに、ちょっと酷いと思う。