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霧の村

 王都に向かう道すがら、カナンさんにあの黒い影について尋ねてみた。


「僕たちも、影について、はっきりとしたことは分かっていないんだ。遥か昔から、この国では黒い影の存在が確認されているけれど、ここ十年ほどで急激に増えた。結果、国の一部は影にのっとられてしまっているような状態だ。影は僕たちを侵食し、僕たちと同化する」

「のみこまれたら、どうなるんですか?」

「わからない。いま、僕たちにできるのは影を追い払うことくらいで、根本的な解決はできていないんだよ。この国の王様も、他のヒト族の族長たちも、頭を抱えているし、頼りの神の子も沈黙を守っている」

 カナンさんは、憂いを帯びた表情で、ため息をついた。

 あまり現実感がないけれど、国全体で大変なことになっているらしい。

「他のヒト族とか、神の子ってなんのことですか?」

 ずっと黙って歩いているのも苦痛なので、疑問に思ったことも聞いてみる。すると、カナンさんはすごく驚いた顔をした。

「君、本気でいってるのかい?」

「リン、おまえってほんとうにバカだったんだな」

 ずっと黙っていたアキちゃんが、反応しなくていいところで反応してきた。

 目を半眼にして、ばかにしたように口をゆがめて笑っている。ひどい。

「だ、だって、ずっと山奥にいたんだもん。しかたないよ」

「環境を言い訳にするなよ。俺だっておまえと一緒だ。けど、この国の成り立ちも、かたちも、一般常識的なことは知ってる」

「ぬけがけだ!アキちゃんずるい!」

 わたしたちの言い争いを、カナンさんはやんわりと仲裁する。

「まぁまぁ、知らなければ、知ればいいんだよ。他の種族というのは、僕たち人間以外のヒトのこと。精霊族や、獣人族が代表的かな。精霊族は実体をもたないヒトで、とても知能が高い。長命で、鉱石や樹木などの自然物に好んで棲んでいる。獣人族は獣と人間の中間みたいなヒトで、身体能力にとても優れている。反面、魔術なんかは苦手みたいだね」

「ふむふむ」

「この国を統治しているのは人間の王様だけれど、いろんなヒト族が暮らしている国だから、それぞれのヒト族の代表みたいなひとが族長って呼ばれていて、王様に色々と進言して、よりよい国づくりをしようとしているんだよ」

 流暢に話すカナンさんの言葉を引き継いで、今度はアキちゃんが話し出す。

「神の子ってのは、この国を作った男神のこどものことだ。神の声を聞き、すべてのひとの幸いのために国を見守る存在っていわれている。うさんくせー話だよな」

「はは。この国の偉いさんが聞いたらすごく怒るよ、それ。僕も正直、うさんくさいっていうのには同意だけれどね」

 朗らかに笑うカナンさんとは対照的に、アキちゃんは軽く肩をすくめて口をつぐんだ。

 それから、カナンさんは物を知らないわたしにいろいろなことを教えてくれた。

 たとえば西のほうには魔法使いだけの都市があったり、東には精霊族のたくさんすむ鉱山があるんだって。どんなところか想像もできないけど、聞いているだけでわくわくした。

 そんなとき、ふと、目の前がぼんやりとした白いもやに覆われていることに気がついた。

「おや、霧が出てきたみたいだね……。はぐれないように。この街道の先に、村がある。避難していない住民がいないかどうか確かめないといけないから、ちょっと時間をもらうけど、いいね?」

 カナンさんが指差したのは、大きな街道から横道にずれた、小さな街道だった。

 わたしたちはカナンさんに従って、霧の中を進む。はじめは整えられていた道も、しだいにでこぼこになり、緑の匂いが濃くなった。

 空を見上げると、ぼんやりとした白い太陽が中天に差し掛かっていて、そろそろお昼だな。なんてことを考えていたら、アキちゃんの背中に顔をぶつけた。

「どうしたの?急に立ち止まって」

「なにか、おかしい」

 おかしいのはアキちゃんだ。

 難しい顔をして立ち止まっていたら、カナンさんからはぐれてしまう。

 考え込むアキちゃんの背中をぐいぐい押してちょっと歩いていくと、急に霧が晴れだした。ちょうど道の脇に看板が立っていて、その看板の前でカナンさんはわたしたちを待っていてくれていた。

「行こうか。村はすぐそこだよ」

「はーい」

 そして、わたしたちは小さな村に到着した。

 その村にはたくさんのひとがいて、がやがやと活気にあふれていた。家の外で炊き出しを行っているようで、とてもいいにおいが漂ってくる。

「こんにちは。みかけないひとね」

 村の入り口の前で立ち止まっていると、綺麗なおんなのひとに声をかけられた。長い黒髪を丁寧にひとつにまとめていて、服装は簡素だけれど清潔感があった。

「あの、えと、わたしたち、王都に向かってる途中なんです」

「あら。じゃあ旅をしているのね。すてき。それに、あなたたちとっても運がいいわ。今日はお祭りの日なの」

 おんなのひとは、にっこりと笑って、わたしたちを村の中へと導いてくれた。

「私の名前はエルゼ。外のひとが来てくれるのは久しぶりよ。うれしいわ。せっかくだからゆっくりしていってね」

 エルゼさんはとても気さくな感じのひとで、今日の炊き出しは食べ放題であることや、お祭りは明日の朝まで続くことなど、いろいろ親切に教えてくれた。

「深夜になると、村の者はみんな仮面をかぶるの。悪い霊に魂をとられないように顔を隠して、みんなで火を囲んで朝まで踊るのよ。よかったら、あなたたちも参加してみたらどうかしら。仮面は炉辺でまだ売ってると思うわ」

「へー。楽しそうだねぇ。ね、アキちゃん」

 村の炊き出しのおかげですっかり満腹になったわたしは、とても上機嫌だった。

 しかし、アキちゃんはまだしも、カナンさんまで難しい顔をして考え込んでいる。

 無愛想な男たちは放っておいて、わたしは親切なエルゼさんと村を一緒にまわることにした。

 似たような小さな木造の家が、小さな池を囲むように並んでいる。道端のあちこちには花が植えてあった。池のほうに目をむけると、祈りをささげる一体の乙女の石像がたっており、そのすぐ傍にはまるで彼女を守るように大きな木がそびえていた。

「おねえちゃん、どこからきたの?」

「おねえちゃん、どこにいくの?」

 お祭りに使うんだろう、秋に咲く色とりどりの花を腕に抱えた小さなこどもたちがわたしとエルゼさんを囲んだ。

 くりくりっとした大きな目には好奇心が宿っていて、いまにもあふれ出してしまいそうだ。かわいいなぁ。

「えっとね、王都にいくの」

 そう答えると、こどもたちは口ぐちに叫んだ。

「すごーい!あたしもいってみたいなぁ」

「おおきくなったら、ぜったいいく!」

「たっくさんのひとがいるんだよね。それで、たっくさんおいしいものがあるんだよね!」

 目をきらきらさせて、駆け回る姿はげんきいっぱいで、見ているだけで元気になれそうだ。

 王都ってわたしも行ったことがないから、実際どんなところかは分からないのだけれど、すてきなところだったらいいなって思った。

 はしゃぎまわるこどもたちからお手製の花飾りをひとつもらって、わたしとエルゼさんは池の傍に寄った。

 池の真ん中は陸地になっていて、両膝をついて祈りを捧げる乙女の石像が立っている。

 きらっと光るものが見えて、よくよく目を凝らしてみると、少し伏せられた乙女の両目には水晶のような石がはめられているようだった。

「この村が出来る前から、あの石像はあったのよ。いつの時代かは分からないけど、ある青年彫刻家が貴族の令嬢にかなわぬ恋をして、その想いを閉じ込めるために作ったのがあの石像なんだって」

「そうなんだ。ロマンチックだねぇ」

「でしょ。祈る乙女の両目は、青年の想いが結晶化した石で、それに触ると恋が叶うっていわれてるの!」

「ええ!」

「……っていう噂話を広めたら、ちょっとした村おこしになると思わない?」

 冗談だったらしい。ぺろっと舌をだして、エルゼさんはいたずらの見つかったこどものように笑った。

 見た目は、長い黒髪に神秘的な紫の瞳の、おとなっぽい綺麗なおんなのひとなのに。

 かわいいなって思った。

 寄り道をしながらエルゼさんと話していたら、村の入り口に戻ってきていた。

 おおよそ十数分も歩けば一周できてしまいそうな小さな村だったけれど、お年寄りからこどもまでたくさんのひとがいた。みんな村のひとで、外から来ているのはわたしたち三人だけらしい。

「ここは街道に近い村だけれど、少し南にいったところに大きな町があるの。旅人はみんなそちらの町に滞在するから、この村に立ち寄るのは商人さんくらいよ」

 エルゼさんがそういうと、炊き出しを作っているおばちゃんがうなづいた。

「この村には木彫りの置物くらいしか特産品がないからねぇ」

「いい村なのだけれどね。ふだんひとの出入りがないから、宿とかもないのだけど。……たしか一番北側の家は空き家のはずだから、今夜はよかったらそこに泊まっていってよ」

 人好きのするやわらかい笑顔でエルゼさんが言った。

 おばちゃんも、名案だとばかりに「それがいい、それがいい」と薦めてくれている。

 村のお祭りにも興味があるし、やはり、屋根のあるところで眠れるというのは、非常に魅力的だった。

「ありがとう!えへへ、お言葉に甘えることになるかも」

「鍵はかかってないから、好きに使ってくれても大丈夫。ふふ。うれしいな。そうだ、仮面も持っていって」

 エルゼさんは炉端で仮面を売っているおじさんに二、三言つげると、木製の仮面をみっつもわたしにくれた。でも、これはさすがに悪い。売り物をただで貰うわけにはいかない。

「あの」

「いいから!だって、今日はお祭りなんだもの。もともと村人しか参加しないし、おじさんだってはなっから売れるつもり、なかったって」

 そうなんだろうか?ちょっと色黒の仮面売りのおじさんを伺ってみると、おじさんは無言でうなずきを返してくれた。

 お金はアキちゃんが全部管理しているので、わたしはいっさい持っていない。

 どうするべきか考えあぐねていると、エルゼさんにぐいぐいっと背中をおされた。

「いいからいいから。連れのおふたりにもよかったら参加してねって伝えておいて。やっぱり、参加してくれるひとは多いほうが楽しいもの」

「は、はい!」

「じゃあ、私はちょっと準備の手伝いもあるからここで失礼するね。また、あとでいろいろ話しましょ!」

 そうして、エルゼさんと手を振って別れる。

 アキちゃんとカナンさんは、村の入り口から少し離れた木陰に座っていた。腕の中にあるみっつの仮面を確かめてから、わたしはふたりに近寄った。

「おかえり。急に姿が見えなくなったから心配したよ」

 カナンさんは、わたしの姿をみとめると、立ち上がって駆け寄ってくる。背の高いカナンさんを見上げて、わたしは言った。

「ごめんなさい。ふたりとも考え事してたみたいだし、暇だったからエルゼさんに村の中を案内してもらったんだ。なんかね、今日はお祭りでね、泊まっていっていいよっていってもらえたよ」

 ふふんっとわたしは胸をはった。寝床をゲットは、けっこういい成果だと思う。

 けど、カナンさんはあまりいい顔をしなかった。

「そうか……。少しね、考えていたのだけれど」

「この村はおかしい」

 いつの間に近くに来ていたのか、アキちゃんが険しい顔で村を睨んでいた。

 カナンさんも、アキちゃんの言葉に異論はないようだった。

「僕たちは、危険と思われる地域の村落に対して、たしかに避難勧告を行い、彼らをより安全な町に連れて行った。もちろん住み慣れた故郷を離れることに対して難色を示す人々もいたけれど、黒い影の恐怖を実感すれば、理解してくれた」

 一呼吸おいて、カナンさんは憂いを帯びた瞳で村を見据えた。


「つまりね。こんなに村人が残っているわけがないんだ」

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