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王様の目

 ぱちぱち、と焚き火の爆ぜる音がする。

 あたたかな火をみると安心する。こんな風にまっくらな闇に支配された夜はとくに。

 毛布にくるまって静かな寝息を立てるアキちゃんに寄り添いながら、わたしは焚き火の前でてきぱきと食事の用意をするおとこのひとを眺めていた。

 おとこのひとの名前はカナン。

 黒い影を退治して、わたしとアキちゃんを助けてくれたひと。

 あの小屋のあたりは危ないから、といって、カナンさんはわたしと気絶したアキちゃんを彼のキャンプ地までつれて来てくれた。

 他に仲間がいるのかな、って思ったけど、カナンさんはひとりみたいだった。

 街道近くの林の前に焚き火をして、今晩は野宿をしているらしい。屋根のある小屋のほうが安全にみえるけれど、カナンさんは、街道のほうがあの黒い影が寄ってこないから安全なんだって教えてくれた。

 わたしとアキちゃんを突然襲った黒い影。あれっていったいなんなのだろう。

「君もたべる?」

「え!」

 カナンさんは、焚き火で焼いたほかほかのパンをさしだしている。

「あ、あの、そんな、助けてもらったのに食事までお世話になるわけには!」

 そのとき、わたしのおなかは、わたしの意に反してぐぅ~っと盛大な音をたてた。

 は、はずかしい!これははずかしすぎる!

 顔を真っ赤にするわたしに対して、カナンさんはくすっと笑って頭をなでてくれた。そして、あったかいパンをわたしの手に握らせた。

「遠慮しなくていいよ。育ち盛りなんだから」

「……。はい。ありがとうございます!」

 カナンさんは微笑んでいる。なんだか、すごくやさしいひとだ。

 焚き火のあったかい火に負けないくらい綺麗なさらさらの金髪に、澄んだ夏の青空のような瞳。ちょっと目の形は鋭いけれど、整った顔立ちで、背だってとっても高い。なんだかまるで、おとぎ話の中にでてくる王子様みたいだ。

「君たち、どうしてあんなところにいたの?」

「あんなところ?」

 カナンさんはうなづいた。

「そう。このあたりは黒い影に支配されていて、ずいぶん前に避難勧告が出ているはずだけど」

「避難勧告……。はじめて聞きました」

「おかしいな。すべての村落に通達したはずだけど」

「あ、その、わたしたちすっごい山奥に住んでるんです。村とかじゃなくって、家族単位で。だから、かもです」

 いまさらながら、あのふもとの村が抜け殻のようになっていた理由を知った気がする。きっと急に避難するようにいわれて、あわててみんな別の場所に移動したんだ。

 だから、あんな風に、日常からにんげんの姿だけが切り取られてしまったみたいになっていたんだ。

「そうか。君たちを保護できてよかったよ。家族ってことは、ご両親もまだこのあたりに留まっているのかな?」

「あ!ほんとうだ、どうしよう。アキちゃんのお父さんとお母さんも、たぶんなにも知りません。山の奥でいつもどおり生活してます」

「どのあたりに住んでいるのかな。教えてくれれば、保護するように仲間に報せておくよ」

 このあたりの地理には疎いのだけれど、いままで歩いてきた記憶を頼りにカナンさんに家の大体の位置を伝える。

 おじさんとおばさん、大丈夫かな。いままで平気だったのだから、大丈夫だと思うけれど。

 あの黒い影を思い出して、ぶるっと背筋が震える。

 いまは平気かもしれないけれど、明日は平気じゃないかもしれない。やっぱり、一刻もはやくおじさんやおばさんも保護してもらうのが一番だと思う。

 でも、保護って、カナンさんってなにものなんだろう。

「ところで、君たち、こどもふたりでどこに行くつもりだったのかな」

「えっと、王様に会いに」

 ずっと優しい表情を浮かべていたカナンさんの顔が、一瞬、険しいものに変わった。

 あれ。わたし、なにか変なこと言ってしまったんだろうか。

「王様に?どうして?」

「あの、えっと……頼まれて……」

「誰に?いつ?」

「手紙が、きて、それで」

 あれ。カナンさんとの距離が、不必要に近い。

 さっきまで、焚き火の向こう側にいたのに、急に、ぐっと近くにいる。どうしてだろう。なんだか、怖い。

「それで?」

 カナンさん、笑ってるけど、笑ってない。

「……それで……」

「リン、言う必要はない」

 アキちゃんの声だ。横をみると、上半身を起こしたアキちゃんが凶悪な目つきでカナンさんを睨んでいた。

「おや、目が覚めたのかい。よかった。影に侵食されている様子もないみたいだね」

「おまえ、誰だよ」

 カナンさんからわたしを遠ざけるように、アキちゃんは手でうしろに下がるように伝えてくる。

 カナンさん、優しいけど、なんだかいまは怖い。

 アキちゃんの背中に隠れるようにして、わたしはカナンさんを伺った。

 少しだけ考えるそぶりをみせてから、カナンさんは口をひらいた。

「僕は、王様の騎士。この国の隅々まで、王様の意思を伝えるべく活動している。たとえば、君たちのように影に襲われているひとを助けたり、まだ影の土地に留まっているひとを避難させたり、いろいろしてるよ」

 王様の騎士!なんだか、すごく遠い世界のひとみたいだ。

 でも、言われて見れば納得かもしれない。困っているわたしたちを助けてくれたし、さっきちょっと怖かったのは、王様に関する話がでたから、警戒したのかも。だって、王様って言葉を出す前のカナンさんは、ほんとうにほんとうに優しかったのだ。

 けどアキちゃんは、目を半眼にしてカナンさんに悪態をついた。

「うさんくせー」

「僕は嘘はついていないよ。さて、僕は正直に答えた。君たちはなにもので、どこに行こうとしているのかな?」

 カナンさんのまっすぐな目。

 嘘をつくことを許さない、そんな目だ。

 アキちゃんは、ふっと息を吸い込むと、騎士であるカナンさんを真正面から見つめた。

「俺はアキサリス。魔術師だ。こっちのチビはリン。ふつうの人間だ。俺たちは、王都に用がある。それだけだ」

 たしかに、嘘はいっていない。いろんなことをはしょってるけど。

「そう。そちらのお嬢さんは、王様に会いにいくと言っていたけれど」

「は?」

 とたん、アキちゃんの怖い目がわたしに向けられる。

 薄氷のような冷たい色の瞳に浮かぶ色は、苛立ちだ。わたしはあわてた。

「だ、だってだって、王都のえらいひとに会いにいくんでしょ?えらいひとっていったら、王様じゃないの??」

「……。憶測で勝手に他人にぺらぺら話すなよ、リン。めんどうなことになるだろ」

 心底あきれたといった感じでため息をつかれ、軽く頭を叩かれる。

 すると、カナンさんは瞠目して首をかしげてみせた。

「おや、彼女の勘違い?」

「まぁ。とにかく、俺たちは王都に用がある。べつに、悪さしに行くわけじゃねーし、騎士さまの目のかたきにされるような覚えもない」

「……そうか。最近、不穏だから、少し神経質になっていたみたいだ。ごめんね」

 カナンさんはアキちゃんの言葉にいささか得心がいかないようだったけれど、ひとまず疑問はおさめてくれたみたいだった。

「お詫びといってはなんだけれど、君たちを王都まで送ってあげよう。少し寄り道をするけれど、安全は保障するよ」

 それは、願ってもない申し出だった。

 わたしはもちろん、よろこんだ。だって、カナンさんは騎士で、黒い影に対抗できる力をもつひとだ。そんなひとが同行してくれるなんて、こんなに心強いことはない。

「わぁ。よかったね、アキちゃん!」

「……。いらねー」

「どうして??カナンさんがいてくれたらすごく心強いよ。あの変な影だって、怖くないよ!」

 わたしの言葉を無視して、アキちゃんはカナンさんに向き合う。

「この辺で王都行きの馬車が出てる町を教えてくれ。あとは自力でなんとかできる」

「そう?けど、君たち、お金はあるの?」

「馬車に乗れるくらいは」

「黒い影が出るようになってから、危険になったからね。とてもじゃないけど君たちが払えるような金額では、馬車には乗せてくれないよ」

 おかね……。

 急に現実的な問題が立ちふさがった。

「意地悪で言ってるんじゃないんだ。事実を伝えているだけで。僕だって、君たちみたいなこどもをこんなところに放り出していくのは忍びない。それだけなんだ」

 カナンさんは、まるで諭すようにアキちゃんに告げた。

「アキちゃん、カナンさんがああ言ってくれてるんだよ。せっかくだし、甘えようよ」

「おまえさ、どんだけ単純なんだよ。簡単に懐柔されてるんじゃねーよ」

 アキちゃんは眉をひそめて、険しい顔をしていた。

 きっとアキちゃんも迷っているんだ。どうすればいいか。わたしの中の答えは決まっている。アキちゃんを説得しよう。

「けど!また、あの黒い影に会っちゃったらどうするの?」

「次は俺がうまくなんとかする。大丈夫だ」

 アキちゃんはかたくなだった。

 なんでもやろうとすることは悪いことじゃない。けど、助けを差し伸べてくれている手を跳ね除けて、進もうとするのは賢いことだろうか。

 きっと、アキちゃんはいろんなことを考えて、躊躇っているんだろう。

 けど、わたしの中では、あの光景が、アキちゃんが黒い影に覆われてしまったときに感じた恐怖でいっぱいだった。

 もしかしたら、今後、またおなじことが起きるかもしれない。もしそうなったとき、わたしではアキちゃんを救えない。でも、カナンさんなら助けられる。

 アキちゃんを失うのは怖い。

 けど、王都には行かなくてはならない。

「アキちゃん、わたし、いやだよ。もしも、また、アキちゃんが黒い影に飲み込まれそうになっちゃったら……アキちゃんがしんじゃうのは嫌だよ。もうあんなの見たくないよ。だから、カナンさんと一緒にいこうよ」

 アキちゃんはわたしを見て、戸惑ったように目を泳がせた後、舌打ちをした。

「……ちっ。わかったよ。リン。だから、泣くなよ」

 困ったような声音とはうらはらな乱暴な手つきで、毛布を顔にぶつけられる。

 毛布をみてみると、小さな染みが広がっていた。どうやら、わたしは泣いてしまっていたらしい。

「話はまとまったかな?」

「ああ。けど、その前に。あんた、王の騎士だっていってたな。証拠はあるのか?」

「あるよ。この首飾りは騎士の証。しってるかな?」

 カナンさんが見せてくれたのは、薔薇と剣の意匠が施された銀色の首飾りだった。アキちゃんの首飾りと少し似ているかもしれない。いまは、服の下にしまわれてしまっていて見えないけど、赤色の宝石は薔薇の形をしていたように思う。

「ほんものなの?アキちゃん」

「ああ」

 アキちゃんは、ほんの少しだけ警戒を解いて、カナンさんに向かってぺこりと頭をさげた。

 わたしもあわてて、アキちゃんにならう。

「迷惑はかけないようにする。だから、よろしくおねがいします」

 そんなわたしたちにむかって、カナンさんは、やさしく微笑んでくれた。


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