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楽園への招待

「王都ってとおいんだねぇ」

「馬車でいけば、四~五日ってところだな。村から乗合馬車の駅まで丸一日かかる」

「そっかぁ。なんだか旅行みたいでわくわくするねぇ」

「……。おまえは気楽でうらやましいよ」

 アキちゃんのお父さんの元に送られた手紙は、なんと、王都に住むえらいひとからの招待の手紙だったらしい。おじさんって、無口で静かだから、なにをやってるのか、なにを考えてるのかよく分からないなぞのひとだったんだけど、王都ではとっても有名人なんだって。

 偏屈者でも有名だから、実力があってもこんな風に召集されることは滅多にないんだっておばさんが言っていた。つまり、それだけ切迫したなにかがとおい王都では起こってるんだろう。

 けど、詳細なことはなにも書いてなかったらしい。

 おじさんは手紙に一度目を通してから、静かに言った。

「アキサリス、ぼくの代わりに行ってくれるね」

 頼みごとでも、ましてやお願いでもない。おじさんの中での決定事項だ。アキちゃんはいやぁーな顔をしたけど、しぶしぶといった感じで了承した。

 おばさんはなにも言わなかった。黙って、アキちゃんの荷造りの世話を焼いていた。

 旅装束に身を包んだアキちゃんは、さながら、夜盗のようだった。

 暗がりであったら、ぜったい悲鳴をあげてしまう感じだ。黒で統一された長袖と下ばき、羊の皮で作られたブーツにそろいの手袋。土色の麻布のマントを頭からすっぽりとかぶる形で身体にまきつけている。うん、近づきたくない。目、怖いし。

 簡素な服装の中で、目をひくのは赤い首飾りだった。こどものころにも首からさげているのをみたことがあるけど、ずっとつけていたのかな。赤くて丸い宝石を銀の鎖で通したシンプルな首飾り。お守りみたいなものなのかもしれない。

 一方、わたしといえば。

 紺色のフードつきの膝元まであるローブを着て、さらに上から同じ色のマントをまとっている。動きやすいように作業用のズボンをはいて、金属ちっくなあまり綺麗な色じゃない髪の毛は、うしろで束ねるだけにした。いちおう、旅だから、あまりかわいい格好はしていない。

「ところでさ、おまえ、疑問におもわねーの?」

「なにを?」

「王都に呼ばれたのはおやじ。でも、おやじは今、手が離せない用事があるから代理で俺が王都に向かうことになった。ここまではいいな」

「うん」

「で、なんでおまえもついてくることになってるのかってことだ」

 そう。アキちゃんの王都への旅路に、なんと、わたしも同行することになったのだ。

「おばさんが、アキちゃんをひとりで王都に向かわせるのは不安だからだって言ってたよ!いわば、わたしは、アキちゃんの保護者になるのです」

「それでおまえは納得できるのか……そうか……」

 アキちゃんは、複雑そうな顔でわたしをみつめた。言葉を飲み込んだつもりだろうけど、アキちゃんの目は雄弁に語ってくる。裏があるに決まってるだろうが、なんでもっと考えようとしないんだ、と。

 わたしだって、疑問に思わなかったわけではない。でも、わたしはアキちゃんのお母さんとお父さんを信用している。

 両親のいないわたしを、娘のようにかわいがってくれたひとたちだ。そんなひとたちを疑うなんてできなかった。それに、アキちゃんをひとりで王都に送り出すのはやっぱり、わたし自身も心配だったのだ。……なんていうと、ぜったいアキちゃんはあきれるだろうけど。

「なによぅ。その、かわいそーな子をみるような目は」

「いや、俺がしっかりしないといけないと、改めて再認識していただけだ。……はぁ」

「ため息!わたし、アキちゃんと王都まで旅行できるの楽しみにしてるのに」

「そんな気軽じゃねぇんだよ。こっちは。せいぜいおとなしくして、足をひっぱるような真似はしてくれるなよ」

 そう言われて、わたしはもちろん!とない胸をはって言った。

 だって、村をおりて、山ろくの乗合馬車の駅までいったら、あとはずーっと馬車旅なのだ。

 なにも考える必要はない。がたがた揺られているだけで、自動的に王都につくのだから。

 だというのに。

 わたしは、さっそく足をひっぱっていた。

「くらいよー。さむいよー。アキちゃぁん、どこー?」

 日はすっかりおちて、あたりは冷え込んでいた。これが大地の上ならまだよかったのだけど、石畳はひんやりとした冷気を反射するだけでわたしをあったかく包んではくれない。石造りの箱の中で、ゆいいつ外へと続く扉は鉄格子に覆われて、引いても押してもびくともしない。

 閉じ込められたのだ。

 ふもとの村を目指して、早朝、ふたりで故郷の村を離れて山をおりはじめたところまではよかった。

 太陽が真上にほどなく到達するころあいになって、わたしの腹の虫がないた。こらえ性のないわたしはアキちゃんにごはんをねだった。渡されたのは乾パンだった。当然、わたしは抗議した。そこからは喧嘩だ。旅立ってわずか数時間、わたしたちは喧嘩別れした。

 ふもとの村に続く道は、ふたとおりあった。獣道と正規の道。悠々自適に整備された道をおりるアキちゃんに、あっかんべーっと舌をだして、わたしは獣道を駆け下りた。

 おもえば、それが間違いだったのだ。

 気がつくと迷っていた。あるようでない、ないようである道を素人が渡るなんて無理があったのだ。思わず、アキちゃんの名前を呼びそうになったけど、我慢した。

 とりあえず、下へ下へと降りていけば、ふもとにたどり着くだろう。不安を押し込めてそう結論付けると、わたしはとにかく足を動かした。

「うぇ?」

 なんの脈略もなく、首筋に衝撃がはしった。そして、暗転。今に至る。

 ほんと、ここ、どこだろう。村の近くの山の様子はある程度把握しているつもりだったけど、こんな石造りの人工物があるなんてしらなかった。

 冷え冷えとした空気に、ぶるりと身が震える。マントを前でかき合わせて、鉄格子に近づいてみる。

「すみませーん。だれかいませんかー?」

 返事はない。しんとした暗闇がただ広がっていた。

 いま、何時くらいかなぁ。わたしの腹時計は、ぺこぺこすぎて機能していない。

 アキちゃん、もうとっくにふもとの村についたかな。ひとりで、王都に向かう馬車に乗ってしまったのかな。もう会えないのかなぁ。

 ひとりで閉じ込められていると、いやなほうへいやなほうへ思考がむく。

 とりあえず、いまはなんとかしてここから脱出しないと。じっとしていても、事態がいい方向にむくとは思えなかった。

「でも、どうしよう」

 わたしは、アキちゃんみたいに魔法が使えない。それに、とくべつ力があるというわけでもない。もし、魔法が使えたら一瞬でこんなところから抜け出せるし、力があれば鉄格子をやぶって逃げることができる。

 結局、こうして手をこまねくことしかできないのだと、痛感させられた。

 才能ないからっていって、おじさんの魔法のてほどきから逃げなかったらよかったな。力がないからっていって、おばさんの護身術の教えを断らなければよかったな。アキちゃんと、あんなことで喧嘩なんてしなきゃよかったな。

 なんだか、どうしようもない後悔ばかりが押し寄せてきた。

 そのとき、ゆらりと空気が揺れた。煌々とした赤い光に闇が退けられる。同時に、かつん、かつんと闇を割るように、静かな足音が聞こえてきた。

 凶暴な光に姿を暴かれて、わたしは目をつむった。がちゃがちゃと鉄格子の鍵をあける音がする。誰だろう。怖い。身をすくめて、わたしはしゃがみこんだ。

 触れたのは、おおきな男の人の手だった。無遠慮な手つきでわたしの腕をとると、無理やり立たせる。足にうまく力がはいらなかった。ちらっと男の人の顔をうかがおうとしたけれど、男の人は顔中に包帯をまいていて、見えるのはどろりとした不気味な目だけだった。

「歩け」

 少ししゃがれた声。誰なんだろう。誰なんだろう。ぜんぜんしらないひとだ。

 男の人に導かれるまま、わたしは歩いた。細い石造りの通路だった。けっこうな距離を歩いたように思う。それとも、恐怖のあまり感覚がおかしくなっていたのかもしれない。

 やがて、わたしの目の前に木で作られた扉が立ちはだかった。

 うしろを振り返ると、男の人が顎で入れと促した。

 扉のとってに手をかける。なんとなく、あけたくないなと思った。開けたら、もう二度と光を拝むことができなくなる気がした。

 ぐずぐずとするわたしに業を煮やしてか、いきなり男の人がそばにあった金属製のバケツをおもいきり蹴った。乱暴な音に心臓が縮んで、男の人から逃げるように、わたしは扉を開けて中に滑り込んだ。

 目の前に広がる光景が、信じられなかった。

 無数のランタンが壁にかけられていた。部屋の広さはアキちゃんの家の居間くらいで、そんなに広くはない。石造りの腰掛が全部で三つおいてあった。その腰掛のうちのふたつに、ふたりの少女が並んで座っている。

 どちらもみたことのない少女だった。年のころは、わたしと同じくらい。本来は、いきいきとした瑞々しい輝きを放っているであろう肌も、瞳も、なにもかもすべてが濁っていた。

 彼女たちの足元からまるく円を描くように広がる染みの色。まるで絵の具をぶちまけたような無造作さ。ランタンのあたたかい光に照らされて、異様な光景が広がっていた。

「なに、ここ」

 ずっしりと胃のあたりが重くなって、ほとんどなにも食べてないのに吐きそうになった。うしろで、かちゃりと音がした。わたしをここまで連れてきた男の人が、扉に鍵をかけたのだろう。

 へたりこむわたしを、男の人が無理やり立たせる。そして、最後のパーツをはめるように、わたしを石造りの腰掛の上に座らせた。

「いい夜だ」

 頷けるわけがない。

「これで、世界は変わる。偽物は消えて、本物が残る。果たしてどちらが真実なのか、君に見せられないのが残念だ」

 流暢にしゃべって、男の人は、真新しいナイフでわたしの頬をすうっとなでた。ぴりりと肌を裂く音がしたのに、痛みはなかった。全身が麻痺したかのように、動けない。

 わたし、殺されちゃうんだ。

 じわりと恐怖がめじりから零れ落ちる。男の人は、まるで恋人をいつくしむかのように、優しい手つきでそれをぬぐってくれた。加虐者と被虐者の奇妙なバランスは、まるでこの男の人に愛されているのではないかという錯覚をわたしに与える。そんなのまやかしなのに。

「ばいばい」

 ぎらりと、ナイフが凶暴な光を宿した。

 目を瞑ることも、身体をよじって逃げ出すこともできずに、わたしはただその切っ先をばかみたいに見つめていた。

 風が吹いた。

 どこにも、風が吹き込むような場所があるとは思えない小部屋の中で、とつぜん、風が巻き起こった。

 次の瞬間、ふわりと土色のマントが私の目の前に広がった。

 信じられない。アキちゃんだった。

 アキちゃんは俊敏な動きで男の人のナイフを蹴り落とすと、わたしを荷物みたいに抱えて後ろに下がった。小さな部屋だから、あまり距離がとれるとは思えない。

 男の人は動揺したようだったが、すぐに気を持ち直したようだった。腰からもう一本ナイフを引き抜くと、真正面から対峙する。

「魔術師か。なぜ邪魔をする。もうすぐ、世界の真理がおとずれるというのに」

 なめまわすように、男の人はアキちゃんを見据えた。そして、彼のどろりとした感情のない瞳に、はじめて、喜色が浮かんだ。

「その石は……はは、そうか。真実はそこにあったのか」

 アキちゃんは顔をしかめてつぶやいた。地面におろしたわたしの手を握る手はわずかに震えていた。

「なにいってんだ、このおっさん」

「し、しらない」

 アキちゃんの手をぎゅっと握り返して、わたしは泣きそうになりながら答えた。だって、本当にわからないのだ。この男の人はいったいなんなんだろう。急に流暢に話し出したり、簡単に殺そうとしたり、喜んだり、わけがわからない。

 ただひとつ分かるのは。きっと、わたし、この男の人とは一生分かり合えないってことだけだ。

 男の人は、ゆっくりとわたしたちににじりよってくる。アキちゃんとわたしがいるのは、この部屋の唯一の出入り口とは反対側だった。逃げ場所はない。どうしよう。アキちゃんの魔法で脱出はできないのかな。

 ちらっとアキちゃんを見上げると、アキちゃんは首を振った。あまり、頻繁に使えるような魔法ではないらしい。すぐうしろには、無慈悲な石壁があった。絶望的だった。

「若い魔術師よ、おまえは必ずたどり着く。偽りと嘘に塗り固められた偽物の楽園は」

 男の人は、わたしとアキちゃんの目の前で立ち止まり、鋭いナイフを天高く振り上げる。

「おまえを殺すだろう」

 まるで、呪いの言葉だった。

 アキちゃんは、わたしを守るように抱きしめてくれた。ぎゅっと目を瞑ってくるべきときを待つ。

 ごめんね、アキちゃん。わたしが間抜けなばっかりに。でも、来てくれてうれしかった。わたしばかり嬉しくてごめんね。ふたり一緒なら、死ぬのは怖くないかなぁ。アキちゃんにはいい迷惑だったよね。ごめんね。ごめんね。最後に、おばさんの焼いたアップルパイが食べたかったなぁ。

 散漫な意識が、けれど途絶えることはなかった。

 おそるおそる、目をあけてみると、男の人の口から、ごぽりと赤い塊があふれおちるのが見えた。

 深々と、自分ののど元にささったナイフをいとしげになでて、彼はゆっくりと石造りの腰掛の上に崩れ落ちた。

 展開についていけなくて、唖然としてしまう。なんで。

「あいつ、自分で自分の喉を刺しやがった……」

 この異常な出来事を、わたしはうまく消化できる気がしなかった。そして、そんな時間も与えられなかった。

 男の人が崩れ落ちた、その数瞬後、この小さな部屋いっぱいに明るい閃光がひろがった。無数のランタンの明かりも、夜の暗闇も簡単に飲み込んで、白い光に塗りつぶされる。


 ねぇ、アキちゃん。

 わたしたち、これからどうなっちゃうんだろう。


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