沼地の魔女
ちょうどお茶を入れ終えた頃に、ノルド君が戻ってきた。
アキちゃんは?って聞いたら、ノルド君は呆れたように首を横に振った。アキちゃんてば、早速書庫に引きこもってしまったらしい。
ノルド君にお茶を手渡すと、彼は意外そうにわたしを見て、ふっと笑った。
「ありがと。さっき体を動かしたからちょうど喉かわいてた」
「よかった。……さっきのひと、なんだったんだろうね」
「ああ。あいつ、この集落の神官でさ。情緒不安定なんだよ。みんなのよりどころになるべき神殿のヒトが、あんなんじゃ困るよなあ」
ぐいっとお茶を飲み干して、ノルド君は嘆息した。
「そっか。見捨てられた、とか、神の子、とか変なこと言ってるなって思ったけど。しかたないね」
「あー……まぁ、その辺は神殿内でも似たようなこと思ってる奴はたくさんいるよ。口には出さないけど。ここ数年、声を聞いたヒト族はいないからなー」
うん?
ノルド君はあたりまえのように言葉を続けるけれど、いったい何の話なんだろう。
「えっと、なにが?」
「なにって、声だよ。声。神の声、神の言葉」
「ええ!神様の声ってふつうに聞こえるものなの?しらなかった……」
衝撃だ。
神様って、きっと、あれだよね。この世界を創ったとか、そんな感じのご大層な存在だよね。
声が聞こえるなんて、案外身近なんだなあ。あ、でも、声、最近はあまり聞こえないねっていう話だっけ。
なんて思考をめぐらせていると、呆れたような表情を浮かべてノルド君がわたしを見ていた。
「ふつうに聞こえないよ。聞こえるわけないじゃん」
「えー?」
どういうこと?
「だから、神の子がいるんだよ。神の声を聞いて、神の言葉を伝える御子。知らない?」
「うん」
あ、けど、そういえば、カナンさんがちょっとだけ話を聞かせてくれたことがあるような。
記憶を手繰ってみるけれど、いまいち判然としない。関係ないやって思って、聞き流していたかも。
「神の子は神の森にいらっしゃるんだ。普段は神の森への道は閉ざされていて、人間族の王と、獣人族、精霊族の族長がそれぞれ持つ3つの鍵があれば、閉ざされた道を開くことができるって言われてる。ぼくたちヒト族が争ったり、危機に晒されたとき、神の子は鳥や獣、ときには少女の姿でぼくたちの前に姿を現して、神の言葉でぼくたちを救ってくれるんだ」
「鳥や獣……ふーん。なんだか、エルゼさんみたいだね」
エルゼさんを見上げると、エルゼさんはにっこりと静かに笑っていた。
しかし、ノルド君の話が本当だとしたら。
今の状況ってぜんぜん危機じゃないってことなのかな。
だって、ここ数年、神の子は神様の言葉を伝えてないってことは、黒い影の存在にしろ、意識不明のひとが続出している件にしろ、神様にとってはとるに足らない問題、そういうことになるよね。
でも、わたしにはそうは思えない。黒い影はじゅうぶん脅威だし、この集落に起きている問題も小さな出来事とは考えられない。
神の子って、ほんとうにいるのかなあ。ちょっと疑ってしまう。
「ぼく、ちょっとじーさんの様子見てくるよ。適当にくつろいでて」
そう言ってノルド君は席を立ち、別の部屋に消えていった。
さて、テーブルの上にはあともうひとつお茶が残っている。アキちゃん、書庫にいるんだっけ。一度こもりはじめると長いからなぁ。
「アキ君に持って行きましょうか。きっと喜んでくれるわ」
エルゼさんはてきぱきとトレーの上にティーカップを乗せて、わたしに持たせてくれた。
あ。けど、わたし、アキちゃんの居場所しらない。ノルド君のおじーちゃんの個人書庫ってどこにあるんだろう。この家のどこかのはずだけれど、ひと様のおうちを勝手に歩き回るのも気が引ける。台所はちょっとあさってしまったけど!
「アキ君なら、たぶんこっちよ」
「エルゼさん、分かるの?」
「ええ。だって、アキ君、私の住処を持ち歩いてるでしょ。だからね、なんとなく」
そうなんだ。精霊族っていろんな特技があるんだなあ。
なんて、感心しながら、エルゼさんの案内にしたがって、小さな扉をくぐりぬける。扉の先は地下に続く石造りの階段があって、ちょっと湿っぽい空気が漂っている。この下に、書庫があるのかな。
階段の終着地点にはまたも小さな扉があった。木製のそれを押してみると、鍵はかかっていないみたいで簡単に開いた。そろそろと中を覗くと、古い紙の独特な匂いがむっと香った。
中は思ったよりも狭くて、大きな長机がどんっと真ん中に置かれており、その机を中心に四方にみっしりと天井まで届く本棚が敷き詰められていた。本棚の自体も、きゅうきゅうに本や紙束が押し込まれている。おまけに、入りきらなかった資料らしき紙が、部屋の隅に積み重ねられているのが視界の端にうつった。
アキちゃんは机の椅子に座らないで、行儀悪く床に座り込んで資料を広げていた。
「アキちゃん、お茶いれたんだ。よかったら飲んでね」
「ん」
一応、返事はしてくれた。
けど、アキちゃんは資料に夢中で、ちっともお茶に興味を示してはくれなかった。
冷めちゃったらおいしくないのに。湯気をたてるティーカップを見て嘆息する。
すると、白い手がティーカップに伸びて、あれよあれよという間に中身が飲み干される。びっくりして顔を上げると、人間の姿をとったエルゼさんがにっこりと微笑んでいた。
「おいしいわ。やっぱり、お茶は淹れたてがいちばんね」
「う、うん。そうだね」
ちょっと冷めはじめていたと思うんだけど。ま、エルゼさんがおいしいと言ってくれるならいいか。
「ごめんね、アキ君。冷めちゃうとよくないから頂いちゃった」
「ああ、別に」
顔も上げずに、アキちゃんは黙々と文書に目を通している。
根つめすぎるのはよくないと思うんだけどな。
「わたし、手伝うよ?」
「サンキュ。じゃ、いますぐここから出て行って、外でおとなしく待ってろ」
なにもしないことが最大の手伝いだとばかりに、アキちゃんはわたしをエルゼさんごと書庫からおいだした。ひどい扱いだ。けど、反論もできない。
わたしはもやもやした気持ちを抱えつつも、アキちゃんの言いつけどおり、おとなしくしていることにした。ひとまず台所に帰ろうと廊下を歩いていると、大きな扉の前で座り込んでいるノルド君を見つけた。
ちょっと元気がないみたいだ。耳をしょんぼりと伏せて、尻尾も力なく垂れ下がっている。
「ノルド君?」
「あ……うん。おまえか。悪い。ちょっと、思ったよりじーさんの具合が悪そうでさ」
「眠ってるだけじゃないの??」
体を休めているのに、具合が悪いってどういうことだろう。
ノルド君はすっくと立ち上がり、ぱんぱんっと服の裾を払った。そして、わたしたちに背を向けて歩き出す。
「そう。眠ってるだけ。食事もとらずに、眠ってる。このままだと、衰弱死するって」
そっか。休んでいても、体に栄養は必要だ。眠っているひとは食事をとれない。ひとは食べないと死ぬ。すごく単純なことだ。
じゃあ、ますますのんびりと構えてはいられない。
死人が出る前に、どうにかしないと――。
そして、翌日。
わたしたちは沼地にむかうことにした。
もちろん、魔女さんを討伐するためではない。
集落のひとの証言から、今回の事態に沼地の魔女さんが関わっている可能性は極めて高い、とアキちゃんは断言した。けれど、原因かどうかは調べてみないことには分からない。だから、わたしたちは沼地に向かうのだ。彼女と話をするために。
膝丈ほどもある緑の草が生い茂る沼地はじめじめとしていて、足をとられないように歩くので精一杯だ。おまけに、このところ沼地には霧が出ているらしく、見通しがとても悪い。
油断すると前を歩くアキちゃんたちの背中を見失ってしまいそうになる。気をつけないと。
それにしてもこの霧の感じ。前にもどこかであったことがあるような。
どこだったかな……。うーん。あ、そっか。エルゼさんだ。エルゼさんの村でも、こんな感じの霧に遭遇したような気がする。
って、霧は霧なんだし、自然現象なんだから似た感じなのは当然かな。
「あれ?」
しまった。気がつけばアキちゃんの背中を見失ってしまっていた。
慌ててうしろを振り返る。けど、誰もいない。
左右を確認する。誰もいない。
どうしよう。引き返そうにも、ぼんやりと歩いてきたから道がよく分からないし、この霧で方向もつかめない。
「アキちゃーん、エルゼさん……ノルド君ー?」
大きな声で呼んでみるけれど、返事はない。おかしい。さっきまで、すぐ近くにいた気がするのに。
こういうときってどうすればいいんだろう。下手に動かないで、救助を待つ?けど、わたしの周りの霧はどんどん濃くなって、わたしをまるでこの世界から切り離そうとしているみたいだ。不安がじょじょに胸をせりあげ、思考がまともに働かない。頭の中にまで霧がかかったみたいになって、からだの感覚が鈍くなる。
そんなときだった。
かすかな、声が聞こえた。
くわんくわんっと谷底に響く山彦のように、二重にも三重にも重なった不思議な声だ。
『あなた……誰?』
たしかに、そう聞こえた。
なんだろう。いったい誰なんだろう。
『わたし、あなた。あなた、誰?』
変な問いかけ。
「わたしは、リンだよ」
おそるおそる、答えてみる。
どこから声は聞こえてくるんだろう。うしろから、前から、右から、左から。全方向からわたしに向かって、声が降ってくる。
『リンは、なに?』
なにって。わたしは、リンで。アキちゃんの幼馴染だ。
それ以上でもそれ以下でもない。リンはアキちゃんのためにいるのだから。
「うん?」
ちょっと待って。いまの思考はなにかおかしいよ。
わたしはリン。わたしはアキちゃんのためにいる。うん?違う。そうじゃない。わたしはわたしで、わたしであることにアキちゃんは関係がない。そうでないとおかしい。
なのに、わたしのどこか冷静な部分が肯定している。そのとおりだって。リンはそういう存在なんだって。
嫌だ。考えたくない。こんなの嘘だ。
わたしはわたしだ。でも、本当に?わたしはいったいなんなんだろう。わたしはリンで、わたしはアキちゃんの幼馴染だ。違う。もっと他に、なにか。きっとあるはずだ。なのに、思い出せない。嫌だ。考えちゃいけない。はやく、抜け出さないと。ここは危険だ。わたしはわたしはわたしは――。
かっと目の前に閃光が走る。
「……あ……」
霧が晴れる。
頭の中にかかっていた霧が急に晴れていく。
気がつけば、わたしは沼地に座り込んでしまっていた。足元からおしりから、ひんやりと冷たい泥の感触が伝わってくる。
べとっとして気持ち悪い。うう。けど、すぐに立ち上がる気にはなれなかった。
さっきの声はなんだったんだろう。考えようとして、やめた。都合の悪いことが掘り起こされる気がしたし、晴れた視界の端に、仰向けに倒れた黒髪の少年が映ったからだ。
「ノルド君……?」
這いよって、苦しそうに顔をゆがめるノルド君を覗き込む。
目じりに涙を浮かべて、うなされている。怖い夢でも見てるんだろうか。わたしはノルド君の肩をゆすって、なんども彼の名前を呼んだ。
すると、ノルド君ははっと目をあけて、慌てて飛び起きた。
周囲を確かめるようにぐるりと見回して、ほっとため息をついたあとで、わたしと目があいぎょっと目を見開いた。
「い、いつからそこに……」
「最初からだよ。うなされているから、とりあえず起こしてみたよ」
「そうか……って、おまえ、泥だらけじゃん!なにやってんの!」
立ち上がるのがめんどうで、ずりずりっとノルド君の傍にいったから、わたしの全身は泥にまみれていた。けど、そういうノルド君だって仰向けに泥の中に倒れていたから、十分泥だらけだ。ひとのことをいえないと思う。
「さっむ。冷えてきたな……ていうか、あいつらいないじゃん。あーあ、はぐれちゃったのかよ。しかたないなー」
呆れたようにノルド君はしっぽをぱたりと一振りした。
アキちゃんやエルゼさんの姿は、見える範囲にはなかった。もしかして、あの変な声につかまってるのかな。
一度は晴れた霧だけれど、気がつけばじょじょにまた靄がかりはじめてきた。
「昔はこんな霧めったに出なかったんだけどな。とりあえず、いったん退こう」
「え。でも、急がないと。前に進んだほうがいいんじゃないかな」
だって、沼地の魔女さんに会うことは火急のようのはずだ。あっさり退いてしまっていいんだろうか。
「急がばまわれっていうだろ。まずは泥だらけの格好なんとかしないと、体力を奪われるだけだ」
たしかに一理ある。
春先とはいえまだ冷える。薄ぼんやりと霧がかった沼地をわたしたちは転進した。
けれど。歩いても歩いても、集落にたどり着くことはできなかった。むしろ、どんどん沼地の奥地に迷い込んでいるような気さえする。
前を歩くノルド君に、わたしはおそるおそる尋ねた。
「ねえ、ノルド君。まよった?」
「! な、なに言っちゃってるの?そんなわけないじゃん!このへんはぼくの庭みたいなもので、迷うとかありえないし!」
ばっと振り向いて、そう語るノルド君の表情は切羽詰っている。
嘘、へただなあ。
「いいよ。無理しなくて。わたし、大丈夫。お気楽でノー天気なのがわたしのとりえだもん」
「……悪い。自信満々に歩いといて、このざまとか……」
「この霧だし、しかたないよ。ノルド君はわるくない」
肩をおとすノルド君をはげしまして、わたしは話題を変えた。
「沼地って、どれくらいの広さなの?」
「うーん、けっこう広い」
ノルド君は口元に手をあてて、考える所作をする。
「でも、これだけ歩いて沼地を抜けないのは少し変だな」
「そっか。……霧、かなあ」
ちょっとだけ、わたしには思い当たる節があった。
「霧?」
「うん。前ね、エルゼさんと出会ったときのことなんだけど。霧がね、邪魔して、村に閉じ込められたことがあったんだ。魔術的ななにかだって、アキちゃんはいってたよ。だから、もしかしたら、沼地から出られないの、この霧っぽいもののせいかなって」
我ながら、的確な分析だと思う。単なるあてずっぽうともいうけど。
けど、もし仮に、これがあたっていたら。わたしたちは人為的に閉じ込められたってことになる。
なら、その意図するところはなんだろう。
「あ……」
つっと思考が途切れた。反射的にわたしは後方を振り返り、身を固くする。
なにか、いる。霧の向こうに。
それは確信めいていた。それくらい分かりやすく、それは存在していた。これから狩る獲物の怯えるさまを楽しむために、わざと存在を誇示しているのではないかと思えるくらいに。
ノルド君は背中の棍棒に手をかけて、かまえた。わたしを背後に隠すように、一歩前に立つ。
彼の小さな背中が大きく見えた。首筋の産毛が逆立つくらい怖がってるのに、義務感か使命感か、ノルド君はわたしをかばっていた。
「せーの、で走るぞ。霧でよく見えないし、なんかよくわかんないけど、やばいのがいる」
「う、うん。全身がぴりぴりする」
本当はこんなのん気に言葉を交わしている場合じゃないって分かってるんだけど。
ノルド君はすっと息を吸い込み、吐き出した。
「せーの!」
まるでそれが合図のように、霧の向こうからするどい鞭のようなものが二本現れて、沼地を打った。泥が飛び上がり、波紋ができる。
わたしたちはがむしゃらに走って、とにかく走って逃げた。
霧が濃くてよく前が見えない。足元だっておぼつかない。背後の気配は薄れない。
確実にわたしたちを追いかけてきている。得体のしれないものに追われてる。本能的な恐怖に襲われる。捕まったらどうなるんだろう。考えちゃいけない気がした。
「うわっ」
ノルド君の悲鳴が聞こえた。
慌てて振り向くと、ノルド君が地面に倒れている。彼の足首には緑色の蔦のようなものが絡まっていて、それが背後に迫る霧の中の生き物のものだって理解するのに時間はかからなかった。
わたしはノルド君の腕をとってひっぱった。
でも、重い。これ、ノルド君の重さじゃなくって、きっと、蔦のむこうにいる生き物の重さだ。あっちでノルド君を引き寄せようと引っ張ってるんだ。
「はな……せ。ぼくは大丈夫だから」
ぜんぜん大丈夫に見えない。
「無理だよ。見捨てられないよ」
「じゃなくて、ああ、もう!」
ノルド君はがばっと顔をあげると、片膝でたちあがった。うしろから、蔦の鋭い第二撃が飛んできたけれど、ノルド君は棍棒でそれを防いで、手放した。
棍棒が宙を飛んで、霧の中に消えていった。ばきばきって、木を砕く嫌な音。測らずしも蔦に捕まったその行く末を知ってしまい青ざめる。
霧の向こうに気をとられていたそのとき、すぐ傍の気配が毛羽立つのを感じた。
次の瞬間、わたしは風にとけていた。
そう錯覚するくらいの速さで、風景が流れていく。白いもやもやがすごいスピードでわたしを横切っていく。
なになになに!?
すっごく楽しい。妙な浮遊感とスピード感。すごくすごく昔、こんな感じがとても好きだった。そんな気がする。
このままどこかに飛んでいきたいな。なんて、のん気に思ったところで、どすんって放り投げられた。冷たい沼地にお尻から落下して、じんじん痛む。あ、涙でてきた。
「いたい……」
「あ、悪い」
転んだまま頭を上げると、目の前に、泥だらけの犬がいた。
つぶらな瞳に、黒いつややかな毛並み。大型犬っぽくて、寝転んだわたしと同じくらいの体長だ。大きな耳をぴんっとたてて、犬はくぅんとひと鳴きした。
「あの変なのはスピードで振り切った。得体がしれなくてちょーびびったけど、ま、たいしたことないな!」
「あ、霧晴れてる」
「って反応薄っ!!なにそれ!」
え。犬が喋ることに対してもっと反応しろってことかなあ。
うーん。でも、この犬。ノルド君だよね。声が一緒だし。しらない犬じゃないなら問題ないよね。うん。
「くっそー。獣人族の獣体なんてめったにみせないんだぞ。貴重なんだからな。あとで後悔しても遅いんだからな!」
なにか悔しそうに言い募るノルド君のあたまをとりあえず撫でてみる。
「助けてくれてありがとう、ノルド君。さっきのすごく怖かったね」
「全然感情こもってない気がするけど、どういたしまして。このへんの沼地、割と安全だったんだけどな。あんな嫌な気配を出す生き物なんかはじめてみた」
「そっかー。これも、病気になにか関係あるのかなあ」
「さー」
分からないよね。わたしもわからないよ。
ひとまず、霧が晴れているみたいなので周囲をよく観察してみることにする。
同じような風景が続く沼地だけど、ちょっとだけ新しい発見があった。ぬかるんだ地面に残された、ほんのわずかなくぼみ。きっとこれって。
「あしあとだ。あしあとがあるよ、ノルド君」
動物とか得たいのしれないものじゃなくって、たぶんにんげんのあしあとだ。
アキちゃんかな。エルゼさんかも。形の違うあしあとがふたつ並ぶ地面を見つけて、わたしは興奮気味にノルド君の毛皮をゆすった。